人の上に立つもの
人の上には、人が立つ。
それがこの世界の当たり前だ。
彼はそう信じていた。
いや、信じているというより——
それ以外の考えを持っていなかった。
会社を立ち上げた。
最初は小さかった。
だが、努力した。
誰よりも働いた。
誰よりも結果を出した。
だから上に立った。
当然のことだった。
部下ができた。
最初は感謝された。
尊敬もされた。
「すごいですね」
「あなたみたいになりたいです」
彼は頷いた。
それが正しい反応だと思ったからだ。
やがて会社は大きくなった。
人も増えた。
だが、いつからか変わった。
「それ、違うと思います」
「もう少し別のやり方が——」
否定されることが増えた。
彼は理解できなかった。
なぜだ?
結果を出しているのは自分だ。
ここまで来たのも自分だ。
「上に立つ者が正しい」
それが、この世界のルールだろう?
だから、切った。
意見を言う者。
逆らう者。
考えを持つ者。
すべて排除した。
残ったのは、従う者だけだった。
会社は静かになった。
指示は通る。
反論はない。
すべてがスムーズに進む。
理想的だった。
はずだった。
少しずつ、数字が落ち始めた。
理由は分からない。
いや、分かる必要がないと思っていた。
「上に立つ者が正しい」
だから、やり方は変えない。
さらに人を切った。
気づけば、誰もいなくなっていた。
オフィスは広かった。
静かだった。
だが、問題はない。
自分は上に立つ人間だ。
一人でも、立てる。
そう思っていた。
ある日、扉が開いた。
一人の男が入ってくる。
昔の部下だった。
「……まだ、やってたんですね」
その言葉に、少しだけ違和感を覚える。
「当たり前だろう」
即答した。
「俺は上に立つ人間だ」
男は、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと手を差し出す。
「もうやめましょう」
「一人でやる必要ないですよ」
その手は、震えていた。
差し出されたものは、理解できた。
だが——
彼は、それを弾いた。
乾いた音が響く。
「必要ない」
即答だった。
「俺はここまで一人で来た」
「これからもそうだ」
男は何も言わなかった。
ただ、その手をゆっくり引っ込めた。
しばらくして、去っていった。
扉が閉まる。
静寂。
彼は椅子に座る。
そして、語り始める。
「昔はな——」
誰もいない部屋で。
「俺が会社を立ち上げた時は——」
誰も聞いていない。
だが、止まらない。
「みんな俺についてきて——」
記憶は、少しずつ都合よく変わっていく。
「俺が正しかったからだ」
そうでなければならない。
そうでなければ——
自分は、ただ一人になっただけの人間になる。
それは、許されない。
だから語る。
何度も。
同じことを。
誰もいない空間に。
拍手もない。
反論もない。
ただ、声だけが残る。
「俺は、上に立つ人間だ」
……
「——はい」
返事があった。
彼は顔を上げる。
そこに、一人立っていた。
見覚えのない男。
だが、完璧だった。
姿勢。
表情。
視線。
すべてが、“従う者”だった。
「ご指示を」
彼は、ゆっくりと頷く。
「……そうだ」
「それでいい」
口元が、わずかに緩む。
「上に立つ者が正しい」
それが、この世界のルールだ。
男は何も言わず、ただ頷いた。
その後も、男はそこにいた。
指示を出す。
男は動く。
何も問題はなかった。
数日後。
ビルの管理人が、鍵を開けた。
中は静かだった。
誰もいない。
机も、椅子も、そのままだった。
ただ一つ。
中央の席に、男が座っていた。
誰もいない方向を見て、頷いている。
何もない空間に向かって、口を動かしている。
「……はい」
「承知しました」
「あなたが正しい」
その声は、誰にも届かない。
だが——
男は、確かにそこにいた。
ずっと、そこにいた。
それでも彼は、間違っていると思えないんですよね




