第8話 パイパイアップルを探して
「リアナ、さっきは助かった。ありがとう」
街道に出た俺は、遠ざかっていくオパルムの城壁を振り返りながら言った。
「わたくしは何もしていませんよ」
リアナはほんの少し顔を赤らめながら、さらりと言った。
しかし実際には、大いにしてもらっていた。関所の衛兵に「無乳ランク冒険者など聞いたことがない、本当に冒険者なのか」と散々問い詰められた俺を、リアナの一言が黙らせたのだ。さすが貴族の娘は違う。身分の力というのはこういうときに効く。
「ところで、お二人はどういったご関係なんですか? 詮索するつもりはないのですが、どちらも正体を隠して行動されているようで、気になってしまって」
リアナが俺とミルカを交互に見ながら言う。
「ミリは……まあ、妹分のようなものだ」
ミルカが静かに言った。
「妹分。まあ、そういうことで」
俺は曖昧に話を合わせた。貧乳同盟的な意味合いか。正直釈然としないが、今は適当に流しておくのが吉だ。
「なんて尊い……! ミルカさんの妹分!」
リアナが感動した顔で俺を見ている。その目がどこか輝いている。
「あ、そういえばミルカ、王都への方角はこれであってる?」
俺は気恥ずかしくなって話題を変えた。
「北西に向かえばいい。山があろうが谷があろうが、とにかく北西だ」
「大雑把だな」
「大雑把で合っている」
俺たちは街道を外れ、森へ入った。木漏れ日が揺れ、鳥の声がする。街の喧騒が嘘みたいに静かだ。異世界の自然というのも悪くない、と俺は思った。
「ところで、伝説の剣がある村はどの辺なの?」
「この森を抜けたところにあるらしい。冒険者ギルドで聞いた話では、最近その村の近くの洞窟で剣が発見されて、村ぐるみで観光地化しているとか」
「観光地化……」
一気にパチモン感が増した。伝説の剣とは名ばかりで、田舎の村が話題作りに使っているやつではないか。まあ、実際に見てみなければ分からないが。
「止まれ」
ミルカが低い声で言った。
前方の茂みが揺れ、ピンク色の巨大なスライムがずるりと這い出してきた。
「うわ、本物だ! スライムが本当にいる!」
俺は思わず声を上げた。
「ふふ、まるでこの世界に初めてこられたような反応ですね」
リアナが微笑んだ。
ヤバい、驚きすぎた。
「ああ、ミリは記憶をなくしているからな。知っているはずのことでも驚いてしまうんだろう」
ミルカが自然にフォローした。リアナは「そうでしたね、すみません」と素直に引いた。
「そうだ、ミリにBDMについて教えておこう。BDMの脅威度は魔力量によって分類されている。Aカップ相当の魔力量なら脅威度Aクラス、Bカップ相当ならBクラスと、カップ数に対応している」
「このスライムは?」
「脅威度AAAクラスだ。問題ない」
問題ある。
AAAクラスということは、AAAカップ相当の魔力量を持つということだ。俺はAAAAカップ、つまりこのスライムより魔力が下だ。格下の俺が「問題ない」と言われても、全く安心できない。
「あの……俺AAAAカップなんですが」
「魔力量による分類であって、ピンクスライムは温厚な種だ。ただし胸の魔力を吸い尽くされれば死ぬ。それだけは気をつけろ」
「俺の魔力、一瞬で吸い尽くされそうなんですが」
「……まあ、近寄らなければいい」
ミルカは視線を逸らした。フォローになっていなかった。
「BDMは植物型、動物型、人型、特殊型の四種に大別される。このスライムは特殊型だ。大まかな脅威度は植物型、動物型、人型の順に高くなる。特殊型はまちまちだ。人型BDMは知能も魔力も別次元だが、王国領内に人型は存在しない。安心しろ」
「人型がいないのは良かった」
「BDMは基本的に魔力を食って生きている。胸に魔力が密集している女は、奴らにとって格好の標的だ」
「じゃあ俺はエサとして格落ちってことか」
「……貧相なエサとも言える」
容赦がなかった。
そのとき、森の奥から叫び声が響いた。
「クソがーーー!!」
「む、誰かがBDMに襲われているかもしれない。行くぞ」
ミルカが駆け出した。リアナがその後を追い、俺も遅れて走った。
木々を抜けると、開けた場所に出た。そこには巨大なモンスターがいた。胴体から無数の太い触手を伸ばした植物型のBDMだ。粘液をまとったその触手が、一人の女を完全に絡め取っていた。
「あれは触手型BDM、ニュルニュルだ。植物型の中では凶暴な部類に入る。粘液で動きを封じ、魔力を吸い取る。絡め取られたら自力での脱出は難しい」
捕まっている女を見て、俺は気づいた。ギルドの受付でカウンターを叩いていたヤンキー女だ。
「クソ、体が滑って力が入らない……! このままじゃ魔力を全部吸われて死んじまう!」
彼女は必死に暴れているが、触手の粘液に動きを封じられ、じりじりと魔力を奪われていた。
「ミリ、下がっていろ。あれは少なくとも脅威度Dクラスだ」
「分かった」
俺は素直に後退した。DクラスはDカップ相当の魔力量。AAAAカップの俺が近寄っていい相手ではない。
「リアナも下がれ。私がやる」
ミルカは短刀を抜いた。
ミルカが踏み込んだ瞬間、俺の目には何も見えなかった。
ただ、気づいたときには巨大なニュルニュルがばらばらに飛び散り、辺りに粘液が降り注いでいた。一秒もかかっていなかった。
「今のはA級身体強化魔法……基礎魔法でこんな、あり得ない」
リアナが両手を組んで、目に涙を浮かべていた。
ミルカはAカップ相当の魔力しかないはずなのに、DクラスのBDMを一撃とは。全盛期の一割にも満たない力で、これか。ミルカが乳華十傑だった頃、いったいどれほどの強さだったのか。想像もつかない。
ミルカは捕まっていた女を抱えて戻ってきた。
「悪いな、昔の癖でBDMに襲われている者を放っておけないんだ」
「ああああミルカ様……昔あなた様に助けて頂いたあの日のお姿と重なります……」
「え、落ち着ついて、リアナさん」
膝から崩れ落ちるリアナを俺は支えた。
彼女は泣いていて、もはや狂信的にミルカを崇拝している気がした。
魔力を吸われて疲弊しているヤンキー女をしばらく休ませ、ある程度回復したところで、ミルカが口を開いた。
「名前を聞かせてもらえるか」
「フィナ=ブレイブエッジだ。今回は本当に助かった、恩に着るぜ」
フィナと名乗ったヤンキー女は、そう言いながら粘液のついた服を整えた。
「こんな森に一人でいたのか。何をしていた」
「私は冒険者だからな、冒険してた」
「本当のことを言え」
ミルカが静かに、しかしきっぱりと言った。フィナは少し間を置いて、舌打ちした。
「……まあ、助けてもらったしな。正直に言うよ。私は伝説の果実【パイパイアップル】を探してたんだ」
「なんだそれは」
「食えば胸が大きくなるって言い伝えのある伝説の果実だ。神話の時代にはあったって古い文献に書いてあって、今もどこかにあるかもしれないって読んだんだ」
俺はミルカを横目で見た。その果実が本当に存在するなら、胸の魔力を失ったミルカにとっても無関係ではないかもしれない。ミルカは表情を変えずに続きを促した。
「フィナさんがそれを食べたいのですか?」
その前にリアナが尋ねた。
「違う。幼馴染のためだ」
フィナの声が、少し変わった。
「私の故郷はオパルムのさらに南東にある辺境の村だ。幼馴染と一緒にオパルムの魔法学校に通ってたんだけど……そいつ、胸が小さいって理由で学校でずっとバカにされて。だんだん学校に来なくなって、ある日、村の近くの崖から海に飛び込むって言い出した」
誰も何も言わなかった。
「だから私はそいつに渡したいんだよ。でかくなれる果実を。そうすれば、もう誰にもバカにされない」
「ちなみに、その幼馴染は何カップなんですか?」
俺は静かに聞いた。
「Cカップだ」
Cカップ。まじかよ。俺のいた世界では至極普通なサイズだけど、この世界の感覚では微乳級、一般カースト底辺。それだけで学校に行けなくなり、死を考えるほど追い詰められた。
俺は何も言えなかった。
「……そうか。だが、あるかどうかも分からない果実を闇雲に探しても見つかる保証はない」
ミルカが静かに言った。
「分かってる。でも他に方法がねえ。私はパイパイアップルを見つけるまで故郷には戻らないって決めたんだ」
フィナは引く気がないようだった。
「ミルカ、どうする?」
俺が聞くと、ミルカは少し考えてから口を開いた。
「このまま彼女を一人にすれば、命を落とすかもしれない。王都まで一緒に来るか? 王都なら果実の情報も何か見つかるかもしれない」
「王都か……まあ、行く当てもねぇし。いいぜ、一緒に行ってやっても」
フィナは素直ではない言い方で頷いた。
魔力量では俺より遥かに上の人間がパーティに加わる。少し不安はあるが、戦力としては心強い。
Gカップ冒険者、フィナ=ブレイブエッジが俺たちのパーティに加わった。




