第5話 閃尽のミルカ
「とりあえず、強そうな奴から声をかけていこうか」
ミルカはギルドの喧騒に視線を巡らせながら言った。フードを深く被っているので表情は読めないが、その目は静かに周囲を観察している。
「ちょっと待って。お金はあるんだから、馬車を使えば良いんじゃない? わざわざ仲間を集める必要ある?」
「カースト貧乳以下は公共交通機関を使えない。個人に頼んでも断られる」
「……まじですか」
さすが乳カースト制度。馬車にすら乗れないのか。
「そもそも、街と街を行き来するのは武装した行商が主で、一般人の往来はさほど多くない。それに最近は王国領内のBDMが凶暴化しているという噂もある。ここから徒歩で王都を目指すとなれば、相応の覚悟が要る」
「命がけってこと?」
「まあそういうことだ」
「そんな旅に同行してくれる人、見つかるかな。俺たちって貧乳と無乳のカースト最底辺コンビですよね? 王都行きたい人がいたとしても、わざわざ俺たちと組む理由がないし」
「その通りだ。最悪、二人で行く」
「ぶっちゃけ俺、めちゃくちゃ弱いと思うよ。足手まといになったらミルカも死んじゃうかもしれないよ。ミルカ=フレイのお墓は誰も建ててくれないよ」
ミルカはフードの奥から俺を見た。
「ミリは絶対に死なせない」
短く、しかし迷いのない声だった。
「……なんか、かっこいい」
俺は思わず呟いた。貧乳街の廃墟に一人で住んでいた女が、こんな言葉を言える。おっぱいとは全く関係のない部分で、俺はミルカという人間が好きだと思った。
「失礼いたします」
声をかけてきた者がいた。
振り返ると、さっき受付で俺の前に並んでいた女が立っていた。上質な生地の外套、手入れの行き届いた金色の巻き髪、整った顔立ち。一目でどこかのお嬢様と分かる風貌だ。漂ってくる香りも上品だった。
そして厚着をしているにもかかわらず、主張の強い胸の輪郭に俺は目がいってしまった。俺の乳スカウターが作動する。アンダーは七十前後、Iカップはありそうだった。
「わたくし、リアナ=ヴォルムと申します」
「俺たちに何か?」
「いま、ミルカ=フレイというお名前が聞こえてきましたので、つい……」
リアナは静かに、しかし何か抑えきれないものをにじませながら言った。
「ミルカのことが何か?」
「いえ、わたくしが心から尊敬する方と同じお名前でしたので。おそらく人違いかとは思うのですが、確かめずにはいられなくて」
「尊敬する人って、どんな人ですか?」
「ご存じないですか、閃尽のミルカ様を」
「せんじん?」
「かつてのバストリア王国、乳華十傑のお一人です」
「乳華十傑……」
「乳華十傑をご存じない? そんなことありえますの?」
「すみません、いろいろあって記憶をなくしてて」
「記憶を!? ……そうですか。では説明しますね。乳華十傑とは、バストリア王国において最も強い十人の称号です。国が公式に認定する、この国の頂点に立つ魔法使いたちのことです」
「つまり、最強の十人か」
「はい。そのなかでもミルカ様は特別でした。自らの魔力を全て身体強化魔法に使い、数々の戦場を閃光のように駆け抜けたと言われています。ミルカ様が通った後には何も残らない。全てが塵と化す。だから閃尽です」
「……すごいな」
「わたくし、幼いころからずっと憧れていました。七年前に亡くなられたと聞いたときは、何週間も寝込んでしまうほど」
リアナはそこで言葉を切り、ミルカのほうへ一歩踏み出した。かがんで、フードの中を覗き込む。
「……うそ」
リアナの声が変わった。
ミルカは無言でフードを深く被り直し、一歩後退した。
「ミルカ様。生きていらしたのですか」
リアナの声が震えていた。目に光が宿っている。
「人違いだ。ミルカ=フレイの顔は世間に公開されていない。どこの誰とも知れない私を見て、確信などできないはずだ」
「わたくしは子どものころ、一度だけ王都でお会いしたことがあります。あのときの目と、声は……絶対に忘れません」
ミルカは答えなかった。
沈黙が続いた。
「先ほど聞こえてきました。お二人は徒歩で王都を目指すと。パーティメンバーも探していると」
リアナはミルカから俺へ、そして再びミルカへと視線を移した。
「同行させてください」
「えっ、いいの?」
「おい、ミリ」
ミルカが俺を小突いた。
「でも危険な旅らしい。命の保証はできない」
「構いません。わたくしこう見えて、魔法学校ではずっとトップでしたの。足手まといにはなりません。それに、わたくしも王都の魔法大学に向かうつもりでした。推薦状を頂いているので」
「魔法大学の推薦生が、なんで俺たちと?」
「閃尽のミルカ様のお供ができるなら、入学が多少遅れても構いません。それに、修行を積む良い機会にもなるでしょう」
心強い。正直、これ以上ない申し出だ。
「ミルカ、良くない?」
「待て」
ミルカが静かに、しかしはっきりとした声で言った。
「リアナ、お前は勘違いをしている。私は乳華十傑ではない。この胸を見ろ。Aカップだ。貧乳街に住む、カースト最底辺の女だ」
ミルカはフードをわずかに開け、リアナに真正面から向き直った。
「同行したいなら構わない。だが条件がある。一つ、王都まで我々に協力すること。もう一つ、私を乳華十傑と呼ばないこと。私はただのミルカ=フレイだ」
リアナはしばらくミルカを見つめていた。それから、静かに微笑んだ。
「……何かご事情がおありなのですね」
「条件を飲めるかどうかを聞いている」
「はい。承知いたしましたミルカ様」
「様も禁止だ」
「……ミルカさ……先生!」
「先生でもない」
「ミルカ……さん」
「……うん」
ミルカは短く頷き、リアナから視線を外した。
俺はその一連のやり取りを見ながら、頭の中で情報を整理していた。
乳華十傑。閃尽のミルカ。七年前に死んだとされている、この国最強の十人の一人。
廃墟の小屋に隠れ住む理由。人に言えない仕事。大量の金貨。そして昨日見せた、あの圧倒的な身のこなし。
全部つながる。
(ミルカ、本物じゃないか……)
ならばなぜ、Aカップで貧乳街に潜んでいるのか。なぜ死んだことになっているのか。
聞きたいことは山ほどある。しかし今は聞かない。ミルカが話したいときに、話してくれるだろう。
それまで待つのが、俺にできる唯一の礼儀だと思った。
「では準備を整えて参ります。しばらくお時間を頂けますか?」
「ああ、ここで待っている」
リアナは深く一礼して、足早にギルドを出て行った。
二人になると、ミルカは小さく息をついた。
「……やっかいなことになった」
「でも戦力は増えたよ。良かったじゃない」
「そうだな」
ミルカは短く答えた。それ以上は何も言わなかった。
俺はギルドの壁際に背をもたせかけ、天井を見上げた。
この世界に来てまだ半日も経っていない。なのに仲間が二人できた。一人は正体不明の元最強、もう一人は魔法学校トップのお嬢様。
AAAAカップの無乳ランク冒険者を中心にした、なかなか奇妙なパーティだ。
でもまあ、一人よりはずっとましだ。
王都グラン・バストリアまで、まだ長い道のりがある。




