第13話 獄炎のルビーフォース
「ミリ先輩さ、一つ聞いて良いか?」
「なんだよ」
「先輩、男だろ?」
その時はミルカとリアナが少し先を歩いていて、俺とフィナの距離が開いていた。木漏れ日が落ちる森の道を、二人並んで歩いていた。
「……なんで?」
俺はとっさに否定せず、理由を聞いた。動揺を悟られないために。
「ずっと私の胸を見てるだろ?」
「そんなに見てたか?」
「見てるどころか見過ぎだ。で、私の村の男どもと全く同じ目をしてる」
「フィナの村の男がどういう目をしてるかは知らないけど、別に俺が胸を見てたとしても、それが男の証拠にはならないだろ」
「じゃあ確かめさせろ」
フィナは俺の股間に手を伸ばした。
「うわっ、何するんだよ!」
「……ねぇな」
「でしょ。正真正銘、女だよ」
「……じゃあ、中身が男ってことか」
フィナはぼそりと言った。
まずい。こいつ、思ったより鋭い。
「なんで中身が男って話になるんだよ」
「ミリ先輩の胸を見る目が、性的というよりなんか研究してるみたいなんだよ。女の体に慣れてなくて、おっぱいを知識として追いかけてる感じっていうか」
「……深読みしすぎだろ」
「私はミリ先輩を見てて感動してたんだ。AAAAカップでもこんなに強く生きられる人がいるんだって。でも一晩考えたら気づいた。もしも男だったら、いろいろ辻褄が合うんじゃないかって」
俺は黙った。
田舎のヤンキー小娘と思っていた。実際、見た目はそうだ。しかしこいつの推理は、俺が今まで出会った誰よりも核心に近かった。
「まあ……自分にないものって、気になるじゃん。俺胸ないし」
「そういうことにしておくか」
フィナはそう言って、それ以上は追わなかった。
「ミリ先輩の中身が男でも女でも、私はどうでもいい。ミルカさんやリアナ嬢よりミリ先輩のほうが話しやすいしな」
「……そっか」
「ただ、おっぱいを見るのはもう少し上手くやれよ。バレてるから」
「善処する」
フィナは鼻で笑って、前を向いた。
◆ ◆ ◆
しばらく歩いたところで、ミルカとリアナが立ち止まっていた。
焦げ臭い匂いがした。
木々が途切れると、視界が開けた。広大な範囲の森が焼き払われていた。黒焦げになった幹が折り重なり、地面は炭と灰に覆われている。端まで見渡せないほどの広さだった。
「魔法だ」
ミルカが静かに言った。
「山火事じゃないのか」
「燃え方が違う。炎属性魔法、しかも高位のものだ。これほどの範囲を焼くには……」
「少なくともK級以上かと思われます」
リアナが焦げた地面に触れながら言った。
「K級。Kカップ相当の魔力が必要な魔法か……」
「もしも昨日の人型BDMの仕業なら、相当な実力を持っているということになります」
「おい、あそこに誰か倒れてないか?」
フィナが焼け野原の奥を指差した。
中央付近に、人が倒れていた。俺たちは駆け寄った。
「……ルミナか」
ミルカが息を呑んだ。ボロボロになった騎士鎧、乱れた黒髪。昨日別れたルミナが、意識を失って横たわっていた。
「息はある。ただ、魔力をかなり消耗している」
フィナがルミナの状態を確認した。リアナはすぐに膝をついて、回復魔法をかけ始めた。
「ルミナ、聞こえるか」
「リアナ様……どうして、ここに……」
ルミナがかろうじて目を開けた。
「何があったの?」
「お逃げください……あいつが……」
そこで意識が落ちた。
俺は視線を感じた。
顔を上げると、三十メートルほど先の焼けた倒木の上に、黒いローブの人影があった。深いフードで顔を隠している。身動き一つせず、こちらを見ていた。
「誰だ」
ミルカが短刀に手をかけた。リアナも杖を構える。
ローブの人影は答えなかった。代わりに、懐から細い杖を取り出し、頭上に魔法陣を展開し始めた。発光が始まる。
「転移魔法か! 待て、この森を焼いたのはお前か!」
ミルカが声を張った。
「私ではない。これはちょっとした実験だ」
声は低く、感情がなかった。
「もうじきバストリア王国は滅び、魔王様の支配下になる。胸に宿る魔力は、全て魔王様のものだ」
「魔王は十年前に死んだはずだ」
「復活した。今度は失敗しない」
「何者だ、答えろ!」
「名乗る必要はない。お前たちはどうせ、もう死ぬのだから」
光が膨らんだ。人影が消えた。
焼け野原に沈黙が戻った。
「……転移魔法。空間系の最高位魔法だ。乳華十傑でも限られた者しか使えない」
ミルカが低い声で言った。
「人型BDMがあんな魔法を使えるのか?」
「使えるとすれば神乳大陸の人型BDMだろう。しかし奴らはバストリアの魔力濃度では生きられない。だがかつての魔王は低魔力環境に適応していた。今のやつもそうかもしれない」
「あの方はお前たちはもう死ぬ、と言っていましたね」
リアナが静かに言った。
次の瞬間だった。
「ふははははは! まだ残党がいたか!」
後方から声が響いた。
振り返ると、焼け野原の端から一人の女が歩いてきた。赤と黒を基調としたローブ、大きな三角帽子、身の丈ほどの長さがある杖。小柄な体格だった。
俺の乳スカウターが反射的に動いた。ローブ越しでも分かる圧倒的な存在感。アンダー65前後、KかL。いやLか。今まで出会った誰よりも大きい。スカウターの精度が上の領域では落ちるのは、それだけデータが少ないからだ。
「……まさか」
ミルカが息を飲んだ。
「ミルカ、あいつを知ってるのか?」
「あれはルビーフォース。十年前の乳華十傑の一人だ。当時最年少で十傑入りした天才で……生きているはずがない」
「ルビーフォース……わたくしも聞いたことがあります。十年前、歴代最強とも言われた乳華十傑の一人で、序列は九位、【絶乳】獄炎のルビーフォースです。でも魔王との最終決戦で戦死されたと」
リアナが言う。
「乳華十傑? そんなに強そうに見えねぇけどなぁ?」
フィナが言った。
「油断するなフィナ。彼女は当時でさえ最強の炎属性魔法の使い手と言われていた」
「マジかよ」
「ふははは、BDMが四体……人型か。私の炎で灰にしてやろう!」
「待て! ルビーフォース! 私だ、ミルカだ!」
ミルカの声に、女が足を止めた。
「ミルカ……閃尽のミルカか?」
ミルカがフードを下ろして顔を晒した。
「……その顔は確かにミルカだな」
しかしルビーフォースは杖を下げなかった。
「ミルカは今、アストライアたちと魔王討伐に向かっているはず。こんなところにいるわけがない。BDMが化けているか、あるいは幻術か」
「私は本物だぞ」
「ならば証明してみせろ。本物の閃尽のミルカなら、私の魔法ごとき軽く打ち破れるはずだ」
ルビーフォースは身の丈ほどの杖を構えた。
「隙を見て逃げるしかないか……いや、ルビーフォースが簡単に逃がしてくれるわけがない」
ミルカが低く呟いた。
「わたくし戦いますよ! ミルカ様もミリ様もいらっしゃいますし、微力ながら協力させていただきます!」
「やるなら私も戦うぜ! ニュルニュルされたり、ペロペロされたり、助けられてばっかりだったからな!」
「……悪いな。二人とも」
ミルカが静かに言った。
俺は神乳剣の柄を握った。魔法は使えない。しかし、この剣はある。
ルビーフォース。十年前の魔王との最終決戦で戦死したはずの人物が、今ここにいる。
その事実の意味を考える余裕は、今はなかった。
ルビーフォースが杖を頭上に掲げた。
焼け野原の空が、赤く染まり始めた。




