第12話 魔力差反発現象または敗北について
日が落ちると、森はあっという間に暗くなった。
ミルカは慣れた手つきで焚き火を起こし、川で魚に似た生き物を捕まえ、俺たちが横になれるだけのスペースを作った。BDM避けの結界を張り、食事を済ませ、一通りの準備を終えると、各々が休む流れになった。
ミルカだけは横にならず、近くの岩に背をもたせかけて腕を組み、目を閉じた。
どうすれば立ったまま眠れるのか。また一つ、分からないことが増えた。
問題は、俺だった。
空を見上げると、見知らぬ惑星の月が紫色の光を撒いていた。俺のいた世界の月より五倍は大きく見える。夜空が別の色をしているのに、ここまで来てようやく実感した。俺はもう、別の世界にいる。
そして俺の左右には、GカップとIカップが眠っていた。
フィナは仰向けで、腕を広げて熟睡している。重力に従って胸が両側に流れ、寝衣の布地がかすかに上下している。
リアナは横向きで、俺のほうに顔を向けて眠っている。服の上からでも谷間の存在が分かる、穏やかで規則正しい寝息だ。
眠れない理由は明白だった。
俺はしばらく夜空を見ていた。
俺は自分が何者かについて、わりとよく分かっている。おっぱいを愛している。性欲というより、もっと純粋な何かとして、ずっとそうだった。この感情に嘘はない。
しかし今夜、自分がどこまで「紳士」でいられるかは、正直あまり自信がなかった。
手を伸ばせば、届く。
それだけは分かった。
フィナは腕を広げているせいで胸元の守りが薄い。仰向けに寝ると流れるのが本物の証拠、というのが俺の持論だ。やはりノーブラのようで、さっきまで起きていたときとは違う、無防備な寝姿だった。
俺はフィナのほうへ体を向けた。
ゆっくりと手を伸ばそうとした、そのとき。
目が、止まった。
薄明かりの中に、見えてしまったのだ。
寝衣のわずかなずれから、ピンク色の乳輪が少し、はみ出していた。
俺は固まった。
これは、計算外だった。
乳輪まで見えている状態のおっぱいをどう扱うべきか、俺の知識は完全に沈黙した。隠すべきか、そのままにするか、そもそもどこから手をつけるのか。今まで積み上げてきた理論が、一枚のピンク色の前に全て機能を停止した。
俺は静かに引いた。
今夜のフィナは俺には早すぎる。データ不足だ。今回は退散することにする。
次は、リアナだ。
横向きに寝ているリアナの胸を、サイドからならなんとかなるかもしれない。俺は位置を変え、角度を変え、あらゆる可能性を脳内でシミュレートした。
そのとき、リアナが「ん~」と唸って寝返りを打った。
……仰向けになった。
これは、チャンスだ。
俺は手を伸ばした。
指先が、もう少しで届く、というところで。
バチッ。
静電気のような力が走り、手が痺れた。
もう一度試みた。
バチッ。
また弾かれた。触れすらしない。
「ミリ、何をしている」
ミルカの声がした。
俺は手を引っ込めて振り返った。ミルカが岩から離れ、こちらを見ていた。
「……別に、なんでもない」
「正直に言え」
ミルカから僅かに殺気を感じた。
「……リアナの胸を揉もうとしてた」
「そうか」
ミルカは静かに俺の隣に腰を下ろした。怒鳴らなかった。叱りつけもしなかった。ただ、少し間を置いてから言った。
「相手の同意なく、は駄目だ。分かるな」
「……分かってた。でもやろうとした。最低だった」
俺は正直に言った。言い訳をする気にもなれなかった。
「今夜のことは黙っておく。ただ二度目はないぞ」
「ありがとう。本当に申し訳なかった」
「それと、さっきの現象は魔力差による反発だ。魔力量に大きな差がある者同士が胸に触れようとすると、時々起きる。ミリとリアナでは差がありすぎる」
「つまり俺、誰のおっぱいも触れないってこと?」
「男は魔力耐性は強い。男に戻れば問題ないだろう」
「……そっか」
俺はしばらく黙っていた。焚き火の音だけが聞こえた。
「ミルカ」
「なんだ」
「俺、男になりたいって言ったの、覚えてるか」
「覚えている」
「それって、おっぱいが揉みたいからっていうのも、理由の一つなんだ。しょうもないだろ」
「しょうもなくはない」
ミルカは言った。
「自分が何者で、何が好きで、どう生きたいか。それを分かっているのは強いことだ」
「……今夜みたいな最低なことをやってても?」
「今夜やろうとしたことは間違いだ。だが、お前の根っこにあるものは間違いじゃない」
俺はまた黙った。焚き火がぱちりと鳴った。
「ミリ」
「なに」
「……私の胸で良ければ、別に構わないぞ」
ミルカは視線をやや斜めにそらしながら、静かに言った。
俺は少し驚いた。
「……良いの?」
「同意があれば何の問題もない。それだけだ」
ミルカは淡々と言っていたが、耳がほんの少し赤かった。俺には分かった。
触っても良いと言われている胸を触らずにいられる俺ではなかった。
俺はゆっくりと手を伸ばした。
大きくはなかった。Aカップだ。でも、柔らかさはちゃんとあった。人の温度があった。
俺は泣いていた。
おっぱいの感触より先に、ミルカの優しさが心に来てしまったのだ。
「満足したか」
「……ありがとう、ございます」
「声が震えているが」
「泣いてるんじゃないよ、感動してるだけだよ」
「同じだろう」
ミルカは小さく笑った。俺はその笑顔を見て、また少し泣いた。
紫の月が、静かに森を照らしていた。
魔力差反発現象は魔力量がほぼゼロの赤ちゃんには起こりません。




