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3.おかしいって思わないの?

 その日の夕方。


 芸術科の女子寮のロビー。その片隅にある休憩用の円卓に新入生が集まっている。


 リュオンの最高学府である王立アカデミーには地方出身の学生が多い。芸術科の新入生も同様で、一二人いる女子生徒のうち九人が寮に入っている。


 格子状の窓から射しこむ夕方の光が、円卓を埋め尽くす今日の成果を淡い橙色に染めている。


 大きさが異なる紙にはそれぞれ、微妙に色合いの異なる植物が織り成す風景や、そこで見つけた植物や昆虫といった絵が描かれていた。大釜に行った生徒達が、現地の素描をもとにして自分達の部屋で改めて仕上げたものだ。


 使っているのは木炭やペン、水彩といった短時間で仕上げられる画材ばかりだが、どれも大釜での素描や観察を活かして細かく描き込まれており、技術の高さが表れている。


「こんなキレイな蝶が飛んでいたの?私も見たかったなあ」

「この葉っぱ、輪郭がくっきりしていて浮き上がっているみたいだね。もしかしてインク使ってる?」

「いいなあ。私も行きたかった!」

「そうだよ!どうしてそんな事になったの?大釜に行けるって知っていたら、すぐに帰ったりしなかったのに!」


 大釜に行った生徒は他の人の絵を見ながら感想を語り合い、参加していなかった生徒は恨み言をこぼしていた。いつの間にか近くにいた上級生も混ざっていたから、参加組は押され気味だ。


「え、えーと……どうしてだったっけ。話の流れというか、勢いというか……」


 首を傾げつつ答えたのはマルタンだった。社交的で周りによく気を配っている彼女は、早くも新入生達のまとめ役になりつつある。


「原因はパウズ先生だよね」


 マルタンが考えこんでいる間に、コレットの声が割り込む。


 コレットは思った事をすぐに口にするタイプで、落ち着いて言葉を選ぶマルタンとは対照的だ。それでも二人は気が合うらしく、出会って一日も経たないうちに距離を縮めていた。今のコレットの発言も、返事に迷うマルタンをフォローするかのようだった。


「パウズ先生?」

「そう。今日の最後の講義って、パウズ先生の芸術概論だったじゃん?私達は質問したい事があって残っていたんだけど、先生と話しているうちにおしゃべりの時間になっちゃったの」


 コレットの話を聞きながら、フィモネはその時の事を思い出す。彼女も講義の内容について少し確認したかっただけなのに、その前にパウズ達が話を始めたせいで居残る事になったのだ。


「そうそう。そうして皆でおしゃべりをしているうちに、学校の規則の話になったの。そこで大釜の『植物を踏みつけちゃいけない』って規則の事を言い出して……」

「『みんなも規則読んだやろ?あんなんさ、魔術師以外は入んなって書いてるようなもんやん?ズルない?』って」


 コレットがパウズそっくりに話すと、皆がどっと笑った。フィモネだけが思わず顔をしかめ、気付かれないようにすっとうつむく。


「先生につられて『確かにずるい』とか『行ってみたい』とか言う人もいたけどさ、規則だからどうしようもないし、これで話は終わるかなって思ったの。でも、後ろの方にいたアンリさんが『植物を踏まないようにするだけなら、何とかできると思います』って言ったんだ」

「みんなハッとしたよね。そういえば魔術使える人いるじゃん!って」


 コレットの言葉に、その場にいた学生達は大きくうなずく。


「そこから残っていた全員が盛り上がって、すぐに行く事になったの。パウズ先生だって、止めるどころか誰よりも喜んでいたし」

「何それ、すっごく楽しそうじゃん!ねえ、浮かぶ魔術をかけてもらったんでしょう?どんな感じだったの?」

「思ったよりもふつうだったよ。最初は足元がフワフワするっていうか、氷の上を歩いているみたいな感じだったけれど、すぐに慣れたし」

「私も。アンリさんが歩きやすいように術をかけてくれたのかも知れないけどね」

「へえー!他には?何か魔術を使っていたの?」

「使ってくれたよ。ふふっ、これを見て」


 コレットがテーブルの上から一枚の紙をひろい上げる。


 描かれていたのは、アンリの魔術のおかげで見る事ができたマンドラゴラの根だった。


 しかしコレットの目を通して描かれたその姿は、目と口が異様に開いた不気味な姿をしていた。大釜に行っていない人は「きゃあっ」と素直な反応をしてみせたが、実物を知っている人は苦笑いを浮かべていた。


 そこから話題の中心はアンリに移った。髪の色がすごくキレイだとか、魔術を使う時に手を動かすのが格好良かったとか、色々な話で盛り上がる。


 その間、フィモネは黙って耳を傾けていた。声を上げたくなるのを、何回もこらえながら。


「いいなあ!私もアンリさんの魔術見たかったなあ」

「そこまでがっかりしなくてもいいでしょ。学校に行けば会えるんだし、お願いしたら面白い魔術をかけてくれるかも知れないよ」

「そうだよ。ところでさ、アンリさんは女子寮じゃないんだね。家からアカデミーに通っているのかな」

「違うらしいよ。魔術科に通っているお姉さんが王都にお部屋を借りているから、一緒に住んでいるんだって」

「へえ。アンリさんのお姉さんっていえば、あの……」

「あのっ!」

 

 我慢ができずに大きな声を出したら、言葉がかぶってしまった。


 ぴたりと会話が止まり、一斉にフィモネを見る。恥ずかしくなったが、こみ上げてきた感情をおさえるほどではなかった。


「みんなは……アンリ様がどんなお方なのか、知っているんだよね?」


「え……もちろん知ってるよ。とてもすごい魔術師だって」


 不思議そうにまばたきを繰り返しながら、マルタンが答える。


「確か、生まれてすぐに魔術が使えたんだっけ。最初の言葉を話す時にはもう、普通の魔術師じゃかなわないくらい魔術を使いこなしていたって」


「魔獣の群れから村を助けたんだよね。よちよち歩きで家族に手を引かれて来たから、村の人達はすごく驚いた、って聞いた事があるよ」


「あと、今まで誰も読めなかった呪文を何となく口にしただけで発動させちゃったとか……」


 それからは有名なアンリの逸話を一人ずつ口にしていく。よどみなく流れる言葉を聞きながら、フィモネはますます疑問を深めていった。


 言葉が途切れたタイミングを待って、フィモネが口を開いた。


「じゃあ、おかしいって思わないの?」

「おかしい?」

「そう。どうしてアンリ様が、私達と同じ芸術科にいるのかって」

「……あ」


 マルタンが短い声を発したきり、円卓の周りは静まりかえる。

 本当に、今まで疑問に思わなかったんじゃ……みんなの反応を見て、フィモネも言葉を失っていた。


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