蚕蛾
この世界養蚕の技術についてはエルフ、ダークエルフ、竜人の秘匿事項になってます。
宿の部屋で依頼主のフールと差し向かいで食事をしていた。フールが頼んだ夕食だ。
装備面では出発準備は整った。聞けば水精の再生も終わり、使役可能になったそうだ。ただ、まだ万全で動かせるわけではないらしい。
食べているのは塩茹した馬鈴薯と酢キャベツ。香草の入った腸詰め数種と蕪のスープにチーズ。ワインも一瓶つけている。いつもより断然豪華だ。
何故かとフールに聞けば、出発までの宿と食事は大地母神教団持ちになっているとの事。ただし酒類は含まれないからワインだけはフールの奢り。
そして店長に「部屋まで運ばせるから、1階の食堂には降りて来ないでくれ」と言われたらしい。パーティへの参加希望者が数人、店長に詰め寄り揉めたという。
「メンバー選考には店長の推薦が必要」と事前に公表していたのが功を奏したとドワーフ製グラスに注いだワインを傾けフールは言う。
「そういえば楓。頼んでいたパーティ名は、どうなりましたか?」
え?
たしかに意見を求められはしたが、頼まれてはいない。なんなら、あの時居た神官見習いのイリアに確認しても良い。だからフール案に追随すると決めていた。
だが、例え自分が正しくても、それを主張する事は悪手だ。重要な事ならまだしも、くだらない事で命令権者の心証を悪くしない方が良いのは前世でも里でも共通していた。
「フール様。パーティ名でございますか?」
質問を復唱して時間を稼ぎ、考える。何故か前世の動画が浮かんできた。里では忍は何時でも冷静にと学んだ。
2人組だから[ウインク]とか?でもそれだとフールが呪文詠唱中、隣で無表情で踊るイメージしかわかない。マズイ、混乱している。
「え、[エルフルズ]とか、如何でしょう」
脳内歌謡曲動画に引っ張られ、訳の分からない返答をした。脳内には2度と聴くことが叶わない名曲が響く。
フールに露骨に溜息をつかれ、更に苦笑された。そしてフールが考えていた案を提案される。
「蚕蛾ではどうでしょう?」
「蚕蛾ですか。よろしいかと。エルフはシルクが有名ですし」
「楓。蚕の事は竜人内でも秘中の事のはず。やはり貴女は只者ではない様です」
「忍を生業にしておりますれば……」
動揺を悟られカマをかけられた様だ。転生者だと知られるのは、後ろ楯でもない限り良い事はない。
至高神教団には転生者を捕らえ、知識や技術を搾り出すカルトに近い教団もある。そしてその教団が大教団の下請けである事も多い。
「ともあれ、後は大地母神教団次第ですね」
食わせ者のエルフは意味深に微笑んだ。私はグラスに注がれたワインをゆっくり口に含み、話題を変えることにした。
☆☆☆
翌朝。
昨日と同じく部屋で朝食を摂っていると、扉が少し強めにノックされた。朝食の内容は流石に毎日と変わらないがチーズを付けている。
部屋の前で停まった足音はイリアの足音だったので何かあったのかも知れない。複数人ではないので脅されてたりはしないだろう。
「イリア殿。何かありましたか?」
フールが声をかけている間に扉の横に移動する。手には十字手裏剣。そっと鍵を開けた。扉が強めに開かれる。
「受けました!啓示を受けました!」
部屋に入ってきたイリアは真新しい下級神官着を着ており、胸には薄緑の紐に通された聖印。フールの前でくるりと回って見せようとして、真後ろに居た私に気付いた。
「うわぁ!びっくりさせないで下さい」
イリアが大きな声を出す。たしかに後に立つと、問答無用に投げ飛ばす同業者もいるので注意は必要かも知れない。
「これでナネタ村に行く事が出来ます」
イリアは力強く宣言した。死地になりうる疫病の村に行きたいと志願するとは変わっているが、その情熱が大地母神に認められたのだろう。
「祝福ですね」
ん。フールが祝福を述べながら、エルフ語で何か呟いた気がしたが気のせいか。私も祝福の言葉を述べながらイリアにハグをした。普通、神の啓示を受ける事は喜ばしい。
イリアは、もうすぐ14になると聞いていたので、まだ成人はしていないはずだが啓示さえ受けたなら、旅に志願出来るとの事。大地母神殿内は相当揉めた様だ。
それだけ疫病は恐ろしく、冬の旅は厳しい。
「明日には出立出来ます!」
イリアの情熱を私は少し羨ましく感じた。
独り言
〘私から死神(大地母神)に推薦しておきましたよ〙
〘転生者は放っておくと、酷くやらかす事がありますから、監視が欠かせません〙
〘基本は放置ですけどね〙
私の黒歴史がまた1ページ。




