手札
楓視点に戻ります。
朝
私は井戸から水を汲み顔を洗った。前世でも本丸地下に井戸を掘った戦国武将がいたらしいが、そのあたりは全く詳しくない。あるのは文の雑学を聞きかじった知識ぐらい。城や砦に忍び込む為の知識は今世で叩き込まれたけれども。
今日は[練気の術]で竜力は6ある。ただ[ミリバール]からして外は雪。室内の白兵戦ではオーガの力押しには敵わないだろう。不意打ちでない限り、熟練の忍でも平凡な剣士に勝てない。オーガの実力は並の剣士を優に上回る。
私はクロスボウでの狙撃に活路を見ていたが条件は厳しい。考え事をする時の前世からの癖で部屋に戻ると紙とペンを取り出した。テーブルの細い蝋燭に灯りを移す。魔道ランタンは一つしかない為、アンゼと共用で使用している。
①オーガの急所を射なくてはならない。
②クロスボウは装填に時間がかかる。
③狙撃に気付かれてはならない。
④有効射程は70メートル程度。
紙にペンを走らせる。問題点や気付いた事を書いて、それから考える。虚を突き、実を取るのが忍の戦い方。考えた事を走り書きしてゆく。
[当てるだけなら素人でも何とかなる。急所に当てるなら照準がいる。しかし照準には時間が必要で、更に相手が少なくとも止まっている事が最低条件。動く的では当てる事さえ無理だろう]
[再装填は現実的ではない。矢は3本しか無いが、事実上1回しか撃てない]
[オーガに気付かれずに狙撃する事は恐らく不可能。気付かれたなら躱されるか矢を叩き落とされる]
[となれば、やはり1人が足留めしてもう1人が後から照準を定め狙撃するしかない]
と。
「楓さん。起きてますか?」
アンゼから声がかかった。丁度いい。冷たい朝食を摂りながら話をする事としよう。
☆☆☆
「私が射るのですか?」
アンゼは信じられないという顔をした。そして首を横に何度も振る。確かに立場が逆ならば私もそう言う態度をとっただろう。
「私が引き付けます。アンゼ殿は後から狙って射る。それだけです」
「それに礼拝堂で戦うので、危険はありません。クロスボウの扱いに少し訓練が必要ですが、半日もあれば充分足ります」
私は戦場を礼拝堂に設定した。野外での狙撃は風などを考慮せねばならず、アンゼには無理だ。更に外しても直ぐに祭壇下から地下に逃れられる。
冷徹に考えれば、アンゼを騙して囮にし、私が射る方が勝てる可能性が高い。だが、その場合アンゼは、ほぼ確実に殺されてしまう。
目的を果たす為には、効率を求め非情に徹する事。忍としては基本だが、私は非情に徹しきれない。忍として未熟なのだろう。
アンゼの説得の為に幾つかの嘘を並べた。オーガを射るには勇気が必要だし、反転して迫られる危険もある。訓練が半日なのは、即席でそれ以上訓練しても無駄だからだ。
「しかし、楓さんが危険なのでは?」
「大丈夫です。危険が無いとは言いませんが、対処出来る範囲に収まります」
これも半ば以上、嘘。オーガと正面から戦って対処出来るかは微妙。だが竜力全開なら、何とかなる可能性もある。
無論、分の悪い賭けであるのは変わりはない。チートなどないと言われた私が唯一得たのは竜力と積み重ねた忍の技。この手札で勝負し生きるか死ぬかは死神のダイス目次第だろう。
「やはり籠城策は駄目なのですか?食糧を節約すれば、春まで、オーガが去るまで待てませんか?」
「アンゼ殿。貴女は分かっているはずです。自身が弱りつつある事を。私は何とかなるかも知れませんが、貴女は春まで持ちません」
外よりはマシだが火の気のない地下は冷える。定期的に癒している様だが、アンゼの指先は霜焼けの症状を見せているし、心身共に衰弱が進んでいるのは明らかだ。
「…………分かりました。クロスボウの使い方を教えて下さい」
[ミリバール]が少し下がっている。[鉄パイプ]を持ったオーガも今日は外出はしないはず。決行するならオーガが縄張り確認した帰り際。
時間はまだある。決して多くは無いが。
楓の「熟練忍でも、並の剣士に勝てない」は今までが上澄みばかりを見ているからで、楓の実力なら正面からでも並の剣士には勝てます。
私の黒歴史がまた1ページ。




