遭遇
このお話はフィクションです。
差別等を助長するものではありません。
また今話は気分の悪くなる描写があります。苦手な方はご注意下さい。
これはマズイかも知れない。半壊した修道院の扉を見て思った。頑丈な扉が外から破られている。
少なくとも、山賊に襲われたのではない。この寒さの中、人間なら扉を壊したとはいえ半開きのままにはしない。
私は気配を消して修道院に近づく。すると、こちらに来て嗅ぎ慣れてしまった血と死臭がする。そっと覗くと中扉も開けたままになっており、修道女達の遺体が並べて置いてあった。数は3〜4体。
近くには手斧が無造作に床に刺してある。修道女達からは内臓や脳などの腐敗が早い物は取り除かれていた。越冬前に人間が豚を潰すかの様に。そして部屋の隅には、その内臓の食べ残しがあった。既に食べられた者の骨と共に。
この修道院の礼拝の場は襲撃者の冷蔵食料庫なのだろう。私は手早く祈祷を済ませる。襲撃者と不死者の挟み撃ちは御免だ。
と。
「こちらです。旅の方。早く!」
正面に祀られている至高神のシンボルの近くから声がする。見れば祭壇がズレ下に続く階段が見えた。隠し階段の様だ。
そして後方から、尋常ならざる気配が急速に接近してきていた。気配を消していたにもかかわらず、どうやら発見されてしまったらしい。
私は火口の種火から煙玉に火を移した。逃げ隠れするにも時間は必要だ。入口に煙玉を放ると祭壇下に走った。
☆☆☆
「危ないところでしたね」
祭壇にロックをかけながら、その若い修道女は言った。そして階段を降りてゆく。
手には魔道具らしきランタンを持っていて、炎では成し得ない光があたりを照らしている。魔道ランタンは高額品なだけあり、前世の電灯の様に明るい。
「あれはオーガですか?」
私は疑問を口にする。一瞬見えた姿は妖魔のオーガ。手には鋼鉄製の棍棒を持っていた。
「そうです。武器庫も自由に漁っている様ですね。竜人の言う『鬼に金棒』です」
状況の深刻さに反し落ち着いた声色で若い修道女が話す。村人が話していた追放されてきた異端の司祭だろう。
「申し遅れました旅の方。私は修道女のアンゼ。イデウ家のアンゼです」
「冒険者の楓と申します」
階段を降りると短い通路があり、その先の右側に扉があった。扉を開けると石造りの小部屋になっている。通路はまだ奥に続いていた。
「ところで楓さん。魔力をお持ちだったりしませんか?」
「いえ、才無く。持っておりません」
「あぁ、至高神は、私を見捨て給いましたか」
アンゼは肩を落とし、天を仰ぐ。そして近くのテーブルに置かれた[天球儀]の様な道具に触れた。
「それは?」
「英雄リューリュが修道院に残した妖魔避けの結界装置です。魔力切れで機能していません」
聞けば、この魔道具は定期的に魔力を補充する必要があるらしい。今までは昨冬亡くなった老修道女が管理していたそうで、「毎年ナネタ村に冬越しに行く前に魔力を注いでいる」と記録されてたそうだ。
「魔力6神力6で魔術、薬学、神学に精通する魔道司祭だった様ですね。もったいない話です。」
そう話すとテーブル横の椅子に座る。
そしてもう一脚あった椅子を勧めてきた。
「ここはオーガの[越冬の巣]にされてしまいました。現在、私はゴブリンの様にオーガの目を盗んで生きています」
「[越冬の巣]?」
「詳しく説明いたします。妖魔の生態は私の研究テーマですし、時間はあります」
失敗した。この手の人物は自説を語り始めると長い。私は寒い修道院の地下室で[異端の司祭]の研究発表を聞かされる事になった。
☆☆☆
「前提としてゴブリンは人間が考えるより、社会的な生き物なのです……」
アンゼの話はオーガではなく、ゴブリンの話から始まった。説明によるとゴブリンについては前世のネアンデルタールと争っていた頃のホモ・サピエンスぐらいの知能はありそうに聞こえた。
もしゴブリンが農耕に目覚めたら、人間は繁殖力的に競り負けそうな気がする。アンゼの説ではゴブリンは長期的思考に欠ける為、農耕には向かないとの事だったが怪しいものだ。
人間どうしでさえドラペトマニアなどの虚偽の精神病が考え出された例が前世ではあった。ただの差別に医学的理由を付けて、鞭打ちを治療と称した。
ゴブリンと人間の種は異なるが、アンゼの説に立つなら、ゴブリンが人間より劣るかは怪しいものだ。
「……ゴブリンは巣を作ります。語弊を恐れないなら村ですね。そしてオーガは越冬する為にゴブリンの村に居座ります。それが[越冬の巣]なのです」
ようやく説明が終わった。簡単にいえば普段、縄張りを彷徨い続けるオーガが、冬だけ食料豊富な場所に留まる事。そしてこの修道院がその場所に選ばれた事を説明したかったのだろう。
「春になれば、助かる可能性も僅かにあります。が、難しいでしょうね。何か質問はありますか?」
「上の遺体を食べ尽くしたら、出て行くのでは?」
「オーガは肉食寄りですが、雑食なので、貯蔵された穀物や根菜も食べます。春まで出ては行かないかと」
対して、こちらは私の持ち込んだ物の他はジャガイモが小袋一つ。燃料もなくアンゼは栄養不足もあり、凍傷にもなりかかっている。
「水は井戸が通路奥にあります。排泄も奥にトイレがあります。食料だけはオーガの目を盗み食料庫に取りにいく必要があります」
「料理は出来ないので、生の根菜を噛じるしかありませんけど……」
このまま座していては詰む。が、今日はもう遅い。フールの羊皮紙を使い作った取り急ぎの晩餐はアンゼを狂喜させた。
詳しく書きませんが、ドラペトマニアは実話です。
そして治療法が鞭打ち。
治癒率は9割以上……。
人間は胸糞を平気でします。
教科書には載らない人類の黒歴史ですね。
オーガは虎と熊の習性に道具を使える知恵がついた様な妖魔です……。こちらはフィクションです(笑)
私の黒歴史がまた1ページ。




