混濁
この世界の人間は15歳成人です。ちなみに竜人もそうです。
ナネタ村を出て2日。小康状態を保っていた天気は急激に悪化しつつあった。イリアに借りた[ミリバール]の数値は下がり、低気圧の接近を告げている。
まだ昼過ぎなのに空は暗く、風に雪が混じってきた。多分夕方には吹雪いて来るだろう。私は停滞を覚悟し、適度な場所を探して歩をすすめる。
すると少し先に風避けに良さそうな岩を見つけた。裏に回り込み天幕を張り、雪壁を作れば停滞出来るはずだ。
が、そこには先客が居た。粗末な防寒着を着て、下には絹らしき修道服。多分元貴族令嬢の死体。風を避けて岩陰に座り込み、そして力尽きたのだろう。
修道院生活に耐えられずに逃げ出して来たのだろうか?私は取り急ぎ祈祷する。寒さを感じない不死者と雪中で対峙したくない。
すると木々を抜ける風が強さを増した。そして微かに風に乗った声が聴こえた気がした。
「行ってはダメ」
恐らく気のせいだ。私にはイリアの様な霊視の天啓はないのだから。雪壁を造り終えた後、見知らぬ修道女を少し離れた雪中に埋めた。
そして天幕に潜り込む直前、金の台座のルビーのブローチを拾った。拾ってしまった以上、修道院に届ける必要がある。
☆☆☆
寒い。停滞して1日が過ぎた。
フールの羊皮紙魔法陣で温めた湯を飲み、ビスケットの様なパンと干し肉を囓っても暖かくはならない。凍えはしないだろうが凍傷には気をつけねば。欠損は忍としてのパフォーマンスを低下させる。
寒さに水筒の消毒液を一口飲んだ。ドワーフの火酒はイリアに取られてしまったので、正真正銘の消毒液。[冬火病]の処置用に持ってきた残りをイリアにもフールにも黙って水筒に入れてきていた。
[ミリバール]を手に少し微睡む。気圧は下がったまま。風が甲高い悲鳴の様な音をたてた。もし停滞が長引けば、魔法陣に込められた魔力も食料も足りなくなる。とはいえ出発にはまだ早い。消毒液を一口飲む。
しかし、貴族に生まれて、追放されて雪中で死ぬとは思わなかっただろうな。何故か昨日埋めた修道女の人生に思いを馳せる。金持ちや貴族に生まれたら勝ち組だろうに。
「人生は勝ち負けじゃない」
それは勝っているか、勝ちを諦めた者の台詞だ。負けが込んでいる者の台詞じゃない。前世で恵まれた日本に生まれたくせに、負けて死んだ女が今世でも雪中の天幕で膝を抱えている。
しかも前世ではストロング缶だったのが、今世では消毒液ときた。笑えない、笑える話だ。消毒液をもう一口。マズイ、美味しい。忍は冷静でなければ死ぬ。だけど私は未熟者だ……。胃が暖かい……。[竜……]
☆☆☆
「への3番。回復が後1日遅かったら、里から放り出していたぞ」
ここ2日程、高熱にうなされていた私は師範に頭を下げた。今年で満10歳だったらしい。一昨夜、至高神との契約により前世の記憶が戻った。
今の記憶と統合するにあたり、脳がオーバーヒートを起こして発熱していた様だ。[への6番]によると、酷くうなされていたらしいが、変な事は口走らなかっただろうか?
今世での最古の記憶は忍びとしての訓練が始まる時に、師範から聞いた言葉。
「離脱率は平均年1割。励め!」
当時5歳だった私は思ったより離脱率が低いと勘違いしてホッとしていた。毎年100名前後の訓練生が掻き集められ5歳から訓練が始まる。
勘違いというのは毎年1割の訓練生が死んだり、適性無しと売られたりする事。一年目は10名、二年目は9名と一割づつ減るのだから、15歳で過程を終了して、一人前の忍になるまで生き残れるのは約35名。
現に五年目の今、生きているのは59名。四割以上の同期が死んだ。適性無しで売られる先は娼館の雛なら、まだマシなほう。
妖魔に売り渡され、オーガ飼育の訓練を兼ねた生き餌にされるのが殆どだと聞く。訓練生を恐れさせる為の嘘だと信じていた時もあったのだが。
そして前世の記憶が戻った今、目指すのは丙忍。甲忍は里の中核、乙忍は里に属し任期に励み、丙忍は資金源として販売される。
そして丙忍以下は支援要員として里に残るか、機密保持に阿呆薬を盛られたうえで、男なら鉱山、女なら娼館送り。
処分される程無能ではなく、里に役立つ程有能でもない。微妙な実力の忍。自由になるのは難しい。
取り急ぎはこんな状況に放り込んでくれた[至高神]の聖印を手に入れなくては。神聖魔法は生き延びる助けになるはずなのだから。
忍の評価基準は甲乙丙丁かABCDか迷いました。
実は丙忍は狭き門だと[への3番]は知りません。(コストかけて育てたのだから乙忍が多くなりますよね)
ちなみに訓練生には「いろはに」の順で1〜10まで番号がつけられてます。
私の黒歴史がまた1ページ。




