Dear, My Beloved Nightmare
これは恋じゃない。
雨上がりの橋のような湿った気持ちになるのも、その人の笑顔が見たいと思うのも、話したいのも、目を合わせたいのも、ただの錯覚だ。なのに、絶対とは言い切れない。
でも、駄目だった。結局はその気持ちから目を逸らしていただけだった。
勉強の邪魔になるからと、好きな人は作らないようにしてきた。実際小学生の頃も、好きな人と話せたことよりテストで100点を取ったときのほうが嬉しかった。
そして、これは夢だ。
明晰夢というほど、思考に自由があるわけではない。だって、この町も、この人も、この見惚れるほど白い校舎も知らないのだから。
私は押されるように見知らぬ校舎に入り、何かのテストを受け、今は帰る途中だ。異変が起きたのは、ちょうど今。
校舎の出口に近付くにつれ、周りの人の言葉が文字化けする。きっとここは日本じゃなくて、異界だ。
ふらふらと踊るように動いていて、顔を紫色に染める人。私はそれに気付かないふりをする。一体なぜ私がこんな世界にいるのか、全く見当がつかない。窓の外の空の色は白だった。でも校舎の白とは似ても似つかない。
「テスト、どうでした?」
ぼんやりとしたピントが合わない視界の中、ぼうっとしていると突然話しかけられた。心臓が浮き上がった気がする。振り返ると、色白の髪の長い女の子。綺麗だった。
「え、っと……まあまあでしたね」
自分が何を書いたのかさえ覚えていなかったから当たり障りのない答えで曖昧に微笑む。その女の子も笑っていた。
「本当は何も知らないくせに」
私の笑顔がぴき、と固まる。
「え?」
「ん?幻聴ですよ。」
女の子が可愛らしく首を傾げた。どう考えてもおかしいのに、夢だからか私は納得して頷く。
「ようこそ」
女の子がそう言って、人混みに消えた。賑やかな話し声が再開される。そこで私はあれ、とふと気付く。
先ほどは、ものすごく静かだった。
つまり、周りの人たち全員その瞬間だけ黙ったわけだ。
骨が変な音をたてる。やっぱり、何かがおかしい。
「すみません、気分が悪いです!吐きそうなので通してください!」
満員電車でそう言うと電車から降りることができる、という話を思い出して、そう叫んだ。ざあっと人が揺れて、できた細い道を私は全速力で駆け抜けた。お手洗いに走る。
はぁ、と自分のため息が響いた。物音は一切しないのに、個室はすべて閉まっている。
気だるげに鏡で前髪を整えた。レモンの匂い。
持ってないはずのスマホでマップを確認する。難しい地名ばかりで、再度ため息をついた。これは架空の住所なのかもしれない。
自分の住所を検索したが、いくら待ってもヒットしない。つまり、存在しないということだ。
そう考えると、急激に不安になった。ぐるぐるとパンケーキの匂いが循環する。駄目だ、家族の名前も思い出せない。愛情は消え去っていた。
とりあえず近くの駅に行こうと思って、でも手は反対に別の住所をタップする。そのルートが表示されると同時に、私の足が動いた。お手洗いを出る。
目の前には誰もいない。先ほどまでの賑わいが嘘のようで、後ろからはドアをきいと開ける音がして、絶対に振り返らないと心に決めた。速足でタイルを蹴った。
外は完全に田舎だ。緑しかないのが逆に安心する。
少し歩くと、ちらほらと人が見えた。でも相変わらずふらふらとしていて、人間じゃないことが分かる。
とりあえず歩いた。1キロくらい、辺りをさまよった。疲れは感じなくて、まるで何かの儀式をしているよう。例えばこの異界の完成とか。そんな馬鹿なことを考えるくらい、この世界は苦くて甘い。
「……あ」
気が狂うような真っ白。校舎だ。マップに沿って歩いたはずなのに、最初の地点まで戻ってきてしまったみたいだ。
しょうがない、と今度はさっき歩いた方向と逆のほうに歩く。今は冬のはずなのに、緑色の葉をたくさんつけた木があるのが違和感だ。
いつの間にか人の後ろにいる。前の人の歩幅に合わせて速度を落として歩いた。向こう側からも、高校生の集団のような感じの人がこちらに向かってきて、私は気まずいのと恐怖でスマホのほうに視線を落とした。
ハハハハ、と乾いた機械音声が肉体に吹き込まれているみたいで、空はクリームのようにべっとりとしている。
誰かとすれ違う。
「……え」
何か、本当に、すごく大切なものを落とした気分になって立ち止まった。人間の、肉声?
「佐伯さん……?」
聴きなれた声で自分の名前を呼ばれて、目を見開いた。
「笹塚くん?」
「あ、うん。そう」
控えめに微笑んだその姿で、胸が締め付けられた。
ああ、好きだ。
私はすぐにその思いをかき消した。ただの吊り橋効果だ。気のせい。そう、気のせい。叶わないことは考えるな。苺が増えた。
「知ってる人と会えて良かった。この人たちおかしくて、会話が全くかみ合わなくて」
体を揺らして遠くなる人を一瞥する。
「えっと、笹塚くんはこの世界のこと、知らないんだよね?」
「うん。最初は夢だと思ってた」
「分かる」
空を見上げる。一割だけピンクに染まっていて、グラデーションに目を奪われた。
「笹塚くんが歩いてきたそっち、何もなかった?」
「うん。何もなかった」
「じゃあ、私たち結構やばいかも」
私は顔をこわばらせた。
「私、さっき逆方向に歩いてたんだけど、最終的にここに戻ってきたんだ」
「つまり、出れないってことか」
「理解早っ」
そういうことだ。でも、私が道を間違えていた可能性もあると危惧して、もう一回歩こうと提案した。
「私たち、なんでここに呼ばれたんだろうね。クラスメイト、くらいしか共通点ないのに」
「ね。俺も最初は驚いた」
二人きりで話せるのが嬉しくて、浮かれていた。他愛無いことを話して、曲がり角を曲がった私たちは足を止めた。
鹿がいた。
スターバックスの袋の匂いを嗅いで、興味なさそうにワンと鳴いた。鳴き声が絶対に違う。
「……ちょっと見なかったことにして戻ろう」
「そう、だね」
曲がり角を戻って、少しだけ考えて、でも何も分からなかった。
私は再度、鹿のいたところに顔を覗かせる。
「え……え!?」
私は思わず笹塚くんの袖を握った。彼もこちらに来て、驚いた顔をする。
「鹿、いないし……マンホールの海に変わった?」
鹿はもういなくて、足元は数えきれないほどの黒いマンホール。辛うじて遠くに見えるものに目がついていた。怖いので視線を学校に向けた。
「……考えられるのは、道……というより景色が変わる、ってことか」
「終わってるなあ」
二人で頭を抱え、今度こそちゃんとした道に戻ったところを踏んだ。
「進むしかないよね」
「まあね」
笹塚くんがいるから、なんとか正気を保てている。自分一人だったら、恐怖と不安で絶叫していただろう。
進んで、進んで、時間が経った。話題も尽きてきたかと思ったそのとき、目の前に人が現れた。いや、正確には頭のない女。お腹が大きい。妊婦だろうか。ヒールを履いていて、さがしてさがしてと甲高い声でぶつぶつ呟いている。
「っ逃げるよ!」
笹塚くんが私の手を握り、後ろに駆けだした。足が遅い私は息切れしながら頑張ってついていく。
「はぁっ、はぁっ……ここまで来たら、もう」
大丈夫、と笹塚くんが言い終わらないうちに、目の前に女が現われた。ひっ、という声にならない空気を私は吐き出す。
「さがして」
「な、何をですか?」
「私のあたま。りぼんがかわいいの」
私は息を整えた。
「でも、貴方に初めて会った私たちには、何も分かりません」
「さがして……さがして!」
そのとき、視界の端に黒いものが見えた。
それが何か推測できた私は、瞬時に女のお腹に手を伸ばす。
「あたま、ここにありますよ!」
服をめくり、震える手で頭を支える。淡い水色のリボンが確かにある。
「ありがとう……」
女は震える声でそう言った。
「あのね、あのね。あかちゃんがほしかったの。あの人との。あの日、ここに連れてこられて、だめになったの。ありがとう、ありがとう。これで、あの人に会えるわ」
女は消えて、肩の力が抜けた。でも、声はまだ止まなかった。
「でもね、ここからは逃げられないの」
「どういう意味ですか」
返事はなかった。レモンの匂い。
気付けば異界は静寂に包まれ、風はないのに葉がしゅわしゅわと音を立てている。
足を動かしてその音を楽しもうとしたが、心にそんな余裕はなかった。
笹塚くんが恐る恐る私に口を開く。
「あのさ、なんか空、おかしくない?」
「え……確かに。今は白くない」
白くない、というよりかは赤かった。ピンクと赤のグラデーション。まるで、何かが始まるような。
そんなことを思っていると、耳元でズドン、と音がした。
大砲の音だ。遠くで真っ赤な火が上がる。
「嘘でしょ……」
「逃げられないって、俺たちを全力で潰しにくるってことか……!」
「逃げよう」
でも、どこに行けばいいか分からなかった。ここの建物は学校しかないし、隠れる場所なんて……。学校?
「学校!学校なら、外にいるよりは良いんじゃない!?」
「地下があったらもっと良いよね」
私たちは目を合わせて走り出した。もう手は繋がないことに、少しだけ寂しさを感じた。
走っている間も、空の赤はピンクをじわじわと浸食する。鈴の音と同時に、外で爆音。何もかもがめちゃくちゃだ。
学校に着いた私たちは、まず地下を探した。でも、あるはずがない。
ぴんぽんぱんぽーん、と放送が始まる合図がした。
『ばぐさん、ばぐさん、至急三階音楽室までお越しください』
私たちは焦りながらも怪訝な目をする。
「ばぐさん、って誰なんだろうね」
「なんか不穏な響き」
再度放送が鳴った。
『ばぐさん、ばぐさん、至急三階図書室までお越しください』
また。
『ばぐさん、ばぐさん、至急二階東階段までお越しください』
「……ね、だんだん一階に近付いてない?気のせいかなあ」
「いや……標的は俺たちなのかもしれない」
爆音はもう聞こえない。運が良い、といえたならどれだけ良かっただろう。
「もしかしたら、全部、仕組まれてるのかもしれない」
「え?」
「あの音を聞いて、私は学校に戻ってきた。いや、逃げてきた。でも、女の人は逃げられないって言ってたじゃん。私たちが出会ったのも、選ばれたのも、仕組まれてる……なんて、冗談!適当に言っただけだから!」
自分で自分を安心させたくなって、必死に笑顔を取り繕う。
「放送室、覗いてみる?一体誰が、放送してるのか」
「化け物がいたら怖いね。俺たちの学校の放送室は職員室にあるから、そこに行けばいいか……」
『ばぐさん、ばぐさん、至急一階体育館までお越しください」
「そうだね。急ごう」
足音を立てないように速足で移動する。職員室のドアを開けるとき、思ったより大きい音が出て焦った。
『ばぐさん、ばぐさん、至急一階靴箱前までお越しください』
私たちは放送室、と書かれたプレートを見上げた。ばぐさんは少しずつ私たちに近付いているようで、でも放送室からは何の声も聞こえなかった。
「ここで合ってるよね。じゃあ、3つ数えたら開けるよ」
さん、に、いち、そう数えて、ドアを勢いよく開けた。
『ばぐさん、ばぐさん、至急放送室までお越しください』
あ、と吐息が漏れる。
ガタっ、とマイクが倒れた。放送室には、誰もいないのに。
そして、後ろに何かいる。人間よりも、異界で見た人よりも、女よりも、レモンの匂いよりも強烈で、もっともっと大きい存在が。
邪悪な存在が。
『貴方達は選ばれました!』
マイクがぼきりと音を立てて半分に割れた。
『ここは、貴方達の罪を、許します』
本当だろうか?
何かを隠しているような、そんな声色。
『だから……存分、壊してください!以上です』
どろどろした黒いものが、笹塚くんに向かう。駄目だ。彼を傷つけるのだけは、駄目だ。
私はここが夢であったことを思い出した。自分の意思に反して、私は曖昧に壊れたマイクを握る。べっとりとした白い液体。
「佐伯さん……?」
私は目を瞑って振り返った。一歩、一歩前進する。
べちょ、と音がして、私は邪悪な存在にぶつかる。
私は笑っていた。清々しいくらい、どんな女優も顔負けなくらい美しく、楽しく笑っていた。
「あは」
私はマイクを振り下ろして、邪悪な存在を壊した。
壊した。
壊した。
完全に壊れなかったから、投げた。溶けた。
「佐伯さん……」
ああ、引かせちゃったのかもしれない。意識のあるものを自分の手で壊してしまったのをきっかけに、私もおかしくなりそうだ。
私は笹塚くんの手を握った。そしてニコッと微笑む。
「……」
でも、何も言えなかった。言おうとして、でも言ってしまったら終わり。
嫌だなあ。嫌われたら、怖い。
自分の気持ちに気付いて、なんだか泣きたくなって、手を握ったまま私は崩れ落ちた。笹塚くんの体温が伝わってくる。死にたくないなあ。
「大丈夫?」
「……うん。ごめん、ちょっとおかしかったみたい」
私は笹塚くんの手を離し、袖で目元を拭った。これはどうせ夢だ。たとえ醒めなくたって、構わない。彼と、ずっと一緒にいることができるのなら。
「行こう」
私は立ち上がり、光の差す方向へと歩き出す。空は、真っ赤だった。靴箱の前には黒い液体が飛び散り、それを踏まないように避ける。
「佐伯さん、俺たちやばいかもしれない」
「そうだね。だいぶ」
私たちは学校から出られない。
異界の人々が、靴箱前に集まっているから。
「徹底的に私たちを潰しに来たね」
「なんでだろうね」
「首ぽっきり折られちゃうかも。でも、そうならないために、頑張ろう」
体育館、と笹塚くんに小声で伝え、互いに頷く。
何だか叫びたくなって、あ゛ー!と叫ぶと同時に人が走り出した。
「行くよ!」
体育館へ辿りついた私たちは、倉庫の扉を開けて、鉄の棒を出す。
「この世界を、二人で壊そう」
「うん」
視界に現れたそれは、もう人といえない。赤い液体が固まっているようだ。レモンの匂いが強くて、吐き気がする。
私は自分から駆け出した。鉄の棒を振り回す。
「あははっ」
笑い声をひねり出す。でも全く楽しくなかった。赤い液体を潰すたびに、自分が削られていくようだ。つくづく戦闘には向いていない。
泣き出しそうになるのを堪えて、足を出した。
「あ……」
滑った。潰れた赤い液体に、足を滑らせてしまった。
「……自業自得、か」
私を見下ろす赤い液体と目が合う。正確に言えば、目があると思われる場所と、だ。でも今はそんなことどうでもいい。
「死にたく、ないなあ」
赤い液体が覆いかぶさってきて、私は身動きが取れなくなった。
人は誰だって死にたい、消えたいと思ったことがある。でも、死の窮地に立たされたらやっぱり死にたくない。生きたい。
でも、一番強いのはそれじゃなかった。彼と離れたくない。
それでも、この状況ではもう終わりだ。きっと私も化け物にされる。どうせなら彼に殺されたい。
そんなことを思って目を瞑ったとき、すぐそばで金属音がした。
「佐伯さんから離れろ」
私はぼうっとその様子を見ていた。私たちはお互い血でまみれていて、なのに彼は美しかった。そして気付けば私は生きていた。
「ほら」
笹塚くんが手を差し伸べてくれる。
私はその手を取った。
ぐいっと引っ張られて、私は立ち上がる。
「……ありがとう。本当に助かった」
「いや。こちらこそありがとう」
笹塚くんが優しく微笑んでくれる。助けてくれたからには、絶対に生き延びてやろうと思った。
鉄の棒を振り回し、壊した。とにかく頭を空っぽにして、壊した。生きるために。
でも、最後の奴を終わらせたと思ったのに、違った。
もっともっと大きい、この異界のようなものが現われた。赤くて、ぐちゃぐちゃだ。ただ、そうとしか言えない。今度こそ狂ってしまう。
「なんで……」
後ろは壁。狂うか、壊すかの二択しかない。
私たちは、壊すを選択した。
新しい鉄の棒でとにかく潰す。重いものを投げつける。必死だった。ときに抱き合って物陰に隠れ、同時に攻撃したりした。
駄目だった。
半分くらいは壊せたかもしれない。でも、到底ただの人間の力では完全に壊せない。真っ赤な手で私は体を掴まれ、浮かんでいた。もうボロボロだ。
「……ゕはっ」
目の前は真っ赤。今、私が握り潰された。骨と内臓が複雑に絡み合って、痛い。皮膚が変な形に歪む。
私はもういい。彼は、無事だろうか。無事であってほしい、と祈るのは無駄だろう。半端に開いた口に、赤い液体が流れてくる。私は苦しくて、それを飲み込んでしまった。
体が火照る。
数々の私の罪が浮かぶ。自分を守るためについた嘘だとか、馬鹿みたいな言動とか、彼への狂うほどの恋とか。
気分が落ち着いた。皮膚は元通り。でも内部はめちゃくちゃのままだ。
私は、もう人間じゃない。根拠はないけれど、分かる。だって、レモンの匂いが。
私は恐らく最後の苺だ。私がこうなって、この異界は完成する。というのも、錯覚か。そうだね。
無性に何かが欲しくなってくる。例えば、レモンソーダと、彼。
真っ赤な化け物がなぜか手を離した。嫌だなあ。変わり果てた私を、綺麗な彼に見られたくない。でも会いたい。ああ、矛盾している。
「佐伯さん!」
彼が駆け寄ってきた。駄目だよ。私に構わないで。貴方には、生きて欲しいのに。
「無事、ではなさそうだけど!大丈夫!?返事して!」
彼のこんなにも取り乱した姿を初めて見た。嬉しいなあ。私のことを考えてくれて。
「……ごめんね、私、もう人間じゃないよ。赤い液体、飲み込んじゃった。ごめんね。ごめんね。私からは、もう離れた方が」
「そんなこと言うなよ!」
言葉を遮られる。私は目を見開いた。笹塚くんの目から涙が落ちた。
「それなら、俺だって人間じゃないよ……。佐伯さんと出会う前、無理やり赤い液体、飲まされた。黙っててごめん」
「全然いいよ」
私は彼の腕の中だった。すごく幸せだ。
「ねえ、笹塚くん」
「好きだよ」
「え?」
理解したくて、でも信じられなくて、思わず耳を疑った。
「俺、佐伯さんのこと好きだよ。ずっと気付かないふりしてたけど、本当に、好きだよ」
「……はは、同じだね」
私は今きっと、人生で最高の笑顔をしている。
「私も好きだよ。笹塚くんのこと。」
私の手を握る力が強くなった。
「……俺と一緒に、堕ちてくれますか。」
「もちろん。ずっと一緒にいようね」
化け物は溶けていた。なぜかは知らない。でも、別に知らなくていい。今も、これからも、ずっと。レモンソーダに溶けて、泡になって、消える。
この世界からは、そして、彼からは逃げられないから。
影が顔に落ちて、ほのかな温もりを感じる。
これはハッピーエンドで、そして、最高のバッドエンドだ。
『皆さん、自分のいる世界から逃げたいと思ったことはありませんか?叶わない願いを望んだり、消えたいと思ったことは?人生をやり直したいと思ったことは!?ここは、一度でもそう思ったことがある人たちを……』
『狂わせる』




