2-4 期待の新人
あばるとです。
今回はバトルパート、桜井の登場無しで
話が進んでいきます。
主人公が出ずに物語が進む貴重な回です。
そこら辺どーぞヨロシク。
「パァンッ!」翌朝。雨の中、SK-AutoTecのガレージ内で、1人の走り屋の頬が強く打たれた。「……ッ!」桜井とのバトルに負けた村井は、SKのメンバーの目の前で赤田にビンタを食らっていた。「アンタ、ホントにいい加減にしなよ!私の忠告を無視した挙げ句、リアスポイラーまでぶっ壊して!だからラジアルにしろってあんだけ──」「……信用ならねぇんだよ。」
赤田が村井に説教をしている途中、村井が口を開く。「……信用ならない?エンジンブローさせたから、それで自己管理力が足りない人間の信用が無くなったってこと?」「一言一句、考えたことと変わらない答えありがとうな。」村井の言葉に、赤田の表情が凍りついた。「……何で負けたあなたが強気なのよ?」村井は不機嫌そうに視線を逸らし、タバコを取り出した。
「この期に及んでタバコ?全く反省しないのね。もう……呆れた。なんかごめんね、皆んな。こんな惨めな姿見せてさ。」それを見ていた、SK-AutoTecの2番手である五十嵐壮也が赤田をフォローした。「別になんてことないよユーさん。彼がどう思えど、それは言い訳にすぎない。ユーさんを怒鳴らせたのは、全て村井さんの独断による敗北が原因なんだしね。」「五十嵐テメェ!」
村井はボロクソに言う五十嵐に迫ろうとする。「やめときな。私の壮也に手ェ出すなら、今度はビンタじゃ済まさないよ。」いつもは温厚な赤田の強い言葉に、村井はたじろぐ。「……クソッタレがッ!」不服な村井は八つ当たりに、壊れたリアスポイラーを自慢のハイキックで完全に破壊し、マスタングに乗ってその場を去っていった。「……ほんと呆れる奴ね。んで本題ね。皆んないい?」
五十嵐を含むSK-AutoTecのメンバーは、赤田に視線を向け始める。「昨夜のレースで、SKはまたしても桜井悠人に敗北した。コレで3度目の敗北ね。だから、そろそろ本気でメンツを保たなければならなくなり、このチームの中でも特に速い走り屋を送り込まなければならない。と言うわけで、この中から1人、次に桜井くんと戦う走り屋を決めるつもりよ。」
チームのメンバーは、その言葉にざわつき始める。そこで、チームの2番手である五十嵐が口を開く。「僕は片桐くんを推薦したい。」「片桐……あぁ、最近入ってきた片桐勝弘って子か。で、その片桐くんは?」その言葉に反応して、一人の男が手を挙げた。「はい、片桐です。」「片桐くんね……。実力は?」片桐に対する質問に、五十嵐が代わって答えた。
「無口なんだよね、片桐くん。彼は名古屋C1を1分56秒871で回った事のあるFF使い。この記録は、SKに所属するFF乗りの中でトップの記録。まるで機械のような精密なハンドリング技術を持ってる、いわゆる期待の新人ってところだよ。」赤田は片桐の姿をじっと見つめる。「……なるほど。確かに記録も技術も申し分ないわね。なら、この子に任せてみようか。異論ないね?」
メンバーの全員が頷いた。「よろしい。じゃ、早速チューニングから始めるよ。車は?」「あのアコードです。」五十嵐は片桐の座っている車を指さした。「あのユーロR、片桐くんのだったか。」赤田はアコードに向かって歩いていく。「エンジン見せてもらえる?」「……どーぞ。」片桐はボンネットを開け、赤田にエンジンルームを見せる。
「え、エンジンに手つけてないの!?」「そう。片桐くんはほとんど純正に近いコンディションのマシンで、1分56秒台を出した。だから推薦したんだよ。」それを聞いた赤田の興味心は、ますます湧いていった。「……ねぇ片桐くん、この車のチューニングを任せて欲しいんだけど、大丈夫?」「……別に構いませんよ社長。好きに弄ってください。」
赤田はぱっと笑みを浮かべ、目を輝かせた。
「いい返事ね!それじゃあ、私のとびきりを全部込めて仕上げさせてもらうよ。」五十嵐も口を挟む。「片桐くんの走りは、正確でミスがない。車が速くなれば、その精度はさらに輝くはず。桜井悠人を倒すなら、最も適任だろうね。」片桐はアコードのエンジンをみて、赤田に質問する。「……チューニングのメニューはどうするんですか社長?」
「そうね……NAで350馬力を目標にしたいから、まずはボアアップだね。2.2Lから2.5Lに引き上げる。コレだけで250馬力は出ると思うよ。」片桐はわずかに目を細める。「……2.5L化、ですか。」「そう。NAの特性を生かして、中〜高速域の伸びを良くする。次に吸排気系のチューニング。新調のがあるから、それに付け替える。」赤田はガレージからH22A用エキゾーストマニホールドを取り出す。
「いいですね。でもこの2つで270馬力と考えると、あと80馬力をどうやって上げるんです?」赤田はエキマニを軽く掲げ、笑みを浮かべた。「そこが腕の見せ所ってやつよ。」五十嵐が腕を組みながら補足する。「ユーさんは“NA魔改造”のプロだからね。普通なら300馬力が限界だけど──」「──私はそこからもう一段階上げる。」赤田が言葉を切り取るように続けた。
「ハイカムに載せ替えて、バルブスプリングも強化。VTECの切り替わりポイントも見直して、上は9,000まで回す。フリクションを徹底的に減らせば、馬力はまだまだ伸びる。」片桐の瞳が一瞬だけ輝く。「……9,000回転仕様、ですか。」「ええ。さらにECUは私のフルコンセッティングで、点火と燃料を詰める。これで320馬力は固い。」五十嵐が口元を歪めて笑った。
「残りの30馬力はどうするんです?」赤田は静かにユーロRのボンネットを閉じ、片桐を見た。「……最後は“吸気”を極める。エアクリーナーもサージタンクも特注にするわ。実は、この条件をすべて揃えれる物を作ってくれる人を知ってるから、その人に頼む。」「……その人って、どんな人です?」赤田は片桐の質問に対し、自慢気に言う。
「高市吾郎ってヒトよ。じゃ、早速その人のとこ行くから、車出して横乗せてって!」
HIGH CITYのガレージ。「へァックシュン!!」高市は桜井から預かっている2000GTのセッティングを1人していた。「ン……誰か噂でもしてるのかな。妙に寒気がするぜ……。にしても、"もっと上まで回せるようにしてほしい"なんて、よく言うぜ。7500でまだ足りねぇって、アイツ相当高回転型エンジンが好きみたいだな……。」そこに、1台の車がやってきた。
「ゴローさん、いますか〜?」赤田が助手席から顔を出す。「ココだよ。今度はなんの用だ?」片桐は車から降り、赤田についていく。(この人が社長の言う凄腕チューナー?ただの中年オヤジにしか見えないけど……。でも社長が言うんだ。きっと凄い人なんだろうな。)赤田は高市に対して気軽に話す。「いやぁ、H22A用のワンオフパーツを作って欲しくって。出来ます?」
高市は2000GTのボンネットを閉め、タバコの箱をポケットから取り出す。「ワンオフぅ?また面倒な依頼してきやがって……出来ねぇことは無ェが……。」「じゃあお願いしますよ!ホラ、この通り!」赤田は高市に深々と頭を下げ、依頼を頼み込んだ。片桐は赤田が他人に対して頭を下げる状況を見たことがなかった為、片桐にはこの状況が少し奇妙に見えた。
(……社長が頭を下げた!?なんだか訳分かんなくなってきた……。俺にとって目上の人は社長だけど、社長にも目上の人っていたんだな。)高市は頭を下げる赤田を横目に、視線を片桐のアコードに向ける。「頭上げろよ……んで、このシブい銀のアコードか。持ち主は?」赤田は頭を上げ、片桐を指さす。「彼のです。」「ほぉ〜、若えな。歳いくつだ?」高市は片桐の元に歩み寄って聞いた。
「……19です。」「マジで若えな。俺が19だった頃なんて、まだ首都高にも出てない頃だもんな。」赤田は高市の呟きに疑問を持つ。「アレ?ゴローさんが走り屋始めたのっていつ頃なんです?」「えーと……1998年に始めたから、26かな。他と比べりゃ遅咲きだよ。」高市は笑いながらタバコに火をつけた。
「まぁ、その分な、腕を磨くのは必死だった。寝ても覚めても工具握って、夜は走って……走るのは28の頃に辞めたんだが、工具を握ることは1日たりとも辞めなかった。」赤田は感心したように頷いた。「……やっぱ筋金入りね。そういう人だから、私も頭下げるのよ。」片桐は黙って高市を見つめる。
(走るのは辞めても、車と生きてきた人……俺とは真逆だ。俺はただ“走り”に執着してきた。でも、この人は“速さの理由”そのものに執着してるんだ……。)高市はタバコの煙を吐き出し、笑いながら言った。「で?俺に作れってのは、サージタンクか?それともエアクリか?」赤田は即答する。「両方。それ以外にもあるんだけど、それはまた出来たらで。H22AをNAで350馬力まで仕上げたい。」
高市は吸っていたタバコを足元に落とし、踏みつぶした。「……ハハッ、相変わらず無茶言いやがるな。だが嫌いじゃねぇ。俺にとってもいい経験になる。いいぜ、やってやるよ。」赤田は笑顔を見せる。高市は赤田の目の前に手を出す。「……何この手。」「金だよ。さすがにワンオフパーツをタダで作れなんて言わせないぜ?」赤田は少しむっとしたように眉を寄せたが、すぐに小さく笑った。
「……はいはい。分かってるって。仕事には対価が必要だもんね。」
そう言って財布から札束を抜き取り、高市の手に押し付ける。「ありがとな……ほぉ、こんだけあるなら、いいもん作ろうって気が湧くぜ。ま、おふざけはここまでにして、完成まで少し時間もらう。そっちも覚悟しとけよ……このアコード、ただの“シブいマシン”じゃなくするからな……!!」
片桐くんのアコードユーロRは
チタニウムグレーメタリック2という
本来は三菱用の塗料を抽出し塗装しています。
シブい銀色ってこんな感じかなと思い選びました。
以上、あばるとでした。