1-14 白翔馬の覚醒
あばるとです。
最近罫線( ── ←こんなやつ)を覚えまして。
なんといっても、この罫線、
使い勝手が良いんですよ。それでいて迫力もある。
なのでより一層、話に迫力が加わったと、
自分の中で勝手に感心しています。
あと今回はいつもより話が少し長めです。
午前0時18分。FDがリードしている状況だった。「くっ...!」桜井は必死に、前方にいる小松のFDを追い続ける。パワー不足が否めなかった2000GTは、コーナーの立ち上がり後の加速では有利だったが、ストレートでFDに離されてしまう。2台は東片端コーナーに差し掛かる。「…やっぱり速いな、あの車は。」2000GTのメーターは230km/hをさしていたが、小松のFDはさらに上だった。
(ストレートじゃ、相手に分がある。だけど、コーナーなら。詰められるはず...!)桜井は小松のすぐ後ろに付く。「スリップストリーム...だけど、そこからじゃ遠くて意味がないんじゃない?白翔馬。」そう煽ろうとした。「なっ!?」しかし、ミラー越しに見える2000GTの姿が大きくなってきていた。(おかしい…コッチは250も出して走ってる、なのに、近づいて来れるなんて…!)
桜井はコーナーでもブレーキを余り踏まず、FDのスリップストリームを巧みに使い、FDに迫る。(ここまで相手に近づける理由…それはコーナー走行中に、アクセルを踏んで離してってのを繰り返してる。これはかのアイルトン・セナも使った技術。雨であの速さなんだ、それなりの実績はある。行ける!)桜井は再び小松の真後ろに張りついた。ストレートではパワーの差に泣かされる2000GTだが、
コーナーでは違う。タイヤのグリップと、桜井の繊細なアクセルワークが、走りを支えていた。(真後ろまで付かれた...だけど、ここからは鶴舞南までのフルストレート。時間帯的にスラロームも少ない。有利なのは、こっち!)小松はまるで待っていたかのように、FDを前へ、前へと走らせ、桜井を離していく。「来れるなら来てみなよ、白翔馬!」(スリップストリームを使わせない気か。)
ブーストのかかりきった2000GTでも歯が立たないストレートスピード。確かに2000GTのチューニングは進んだ。だが、まだ小松には届かない。2000GTは出せて400馬力、だが、小松のFDは500馬力オーバー。歯が立たないのも納得だった。だが、桜井は一つ追いつく方法を見つける。(...フッ。スリップストリームってのは、走り屋の後ろに付くときのみに発動するもんじゃない。)
桜井はアザーカーを見つけるたび、その後ろに入ってスリップストリームの恩恵を受けた。おかげで、2000GTはFDにまた最接近していく。(...確かにそうすれば、抜くことはできないけど、せめて追いつけはする。だけど、それを鶴舞南コーナーが来るまでやるつもり?)小松は、そう考えていた。桜井は次のコーナーに向けて、最適な位置取りを考えながら走行ラインを決めた。
彼の頭の中には、小松のライン、アザーカーの動き、そして今後のレース展開、すべてが鮮明に描かれていた。(まだ仕掛けてはいけない。仕掛けるのは山王橋コーナー。それまでに追いつかなきゃ勝ち目はない!)桜井は、アクセルを踏み抜きながら冷静に思考を重ねていた。(小松さんのブレーキングは深い。ラインも無駄がない。だけど、山王橋の入りでインを取れれば!)
桜井はアザーカーを次々に利用し、速度を落とすことなく追いついていく。小松もそれを察知していた。(…くる。赤田達は、はしる目的が違っていたとはいえど、走り方が全然違う。)FDのサイドミラーに映る2000GT。小松は奥歯を噛みしめる。そして、鶴舞南コーナーに入る。このコーナーにはバンクがあり、ストレートの速度よりかは劣るものの、ある程度の速度を保てる。
そんな小松の得意区間でも、桜井は離されなかった。「やっぱり、コーナーでは白翔馬が一枚上手か!」桜井はFDに迫るものの、どこか限界を感じ始めていた。セナのアクセルワークに加え、コーナー脱出直前にカウンターステアを当てる癖がある桜井は、腕が疲れてきていたのだ。(腕が痛くなってきた...。だけど、速く走るにはこれしかない...これが一番慣れてて速い!)
桜井は、握ったステアリングに力を込めながら、疲労の溜まった腕を無理やり動かし続けた。セナ式のアクセルワーク。車体の動きを“制御する”のではなく“泳がせる”感覚。全身の集中力を一点に集めなければ維持できない高負荷走行だった。(痛いけど、距離は近づいてきてる。耐えてくれよ俺の腕。お前が頼りなんだからな!)東別院S字に差しかかる直前、桜井は小松のリアに再び張りついた。
小松がわずかにラインを外にとるのを見て、桜井は即座に判断を下す。「インだ!」そして直線を抜け、勝負どころの山王橋コーナーが見えた瞬間、2000GTはインに突っ込んだ。桜井のブレーキングは限界ギリギリ。ブレーキを残しながら、コーナーイン側へとねじ込む。対してFDは、それに被せるようなライン、彼女もインを選んだのだ。小松はこのコーナーのこのライン取りを何回も経験していた。
(このコーナーには素人にはわからない、悪魔が潜んでいる。白翔馬、あなたはそれに耐えられる気でいられる?)桜井は、そのまま進んでいく。「行ける!」2000GTが、FDの間合いに入った、その瞬間だった。桜井のマシンは地面に沈みこむような動きをした。「なっ!?」山王橋コーナーのインには、小さなへこみがある。へこみが小さいというものの、
200km/hオーバーでコーナーを走る彼らにとって、少しでも姿勢が乱れるのは厄介。桜井は、その厄介な悪魔の仕掛けた罠に引っ掛かってしまったのだ。2000GTは姿勢を乱し、どんどんアウトへとズレていく。「ぐぅっ...!」桜井はカウンターステアを当て、姿勢を何とか戻したものの、小松との距離は離れて行ってしまった。「クソッ!!」桜井はダメージの入っている右腕でハンドルを叩いた。
(だけど、まだチャンスはある。)その時、桜井はふと高市のある言葉を思い出す。
それは、高市が2000GTをチューニングし終え、桜井が名古屋C1に向かう直前の事。「今回のセッティング、パワーはどのくらいになったんですか?」「そうだな、出せて400馬力ってところか。」桜井は、マシンの馬力の少なさに驚いた。「400?それじゃあ1J載せる前の方が軽石、もっとパワー出てたじゃないですか。」「まぁ聞け。実はな、走るごとにマシンが速くなるように仕組んだんだ。」
高市の言葉は、桜井にはピンとこなかった。「走るごとに?どういうことです?」「簡単さ。今回のチューニングで燃調を変えたんだ。だが、ボタン一つでもっとパワーが出るようにもしておいた。ニトロ缶を使わないニトロって訳さ。それが...。」高市はドアを開け、2000GTのコクピットを覗いてシフトレバーのパネルを指をさす。「これだ。」そこには、2つのボタンがつけられていた。
「これが、ニトロを使わないニトロですか。」「もっと言うと、それを起動させるための解除装置だな。一つが燃調調整ロックの解除ボタン。左の奴だ。そして右のが...。」桜井はその機構が分かったように答えた。「調整ボタン...と。」「そうだ。このボタンは1度押すと10秒の間、燃料噴射機構が直噴に変わり、パワーが1.2倍に増える。だが、エンジンに入るダメージも増える。」
高市は桜井に言い聞かせるように言った。「使う時は、ここぞという時に。ここで使わないと負けるって時に使ってくれ。無駄にエンジン消耗を早めたくはないだろ?」「そうですね。じゃあ、行ってきます。」桜井はその2000GTに乗り、ドアを閉めた。そして、車は静かに発進していった。
「そうだ、あれがある!」桜井は高市の仕組んだ機構の存在を思い出し、2つのボタンを順番に押した。ボタンを押すと、エンジンルームからカチッと音が鳴った。(これで燃調は変わった。こっから一気に追いついて見せる!)2000GTの性格が変わり、よりピーキーで狂暴になった。だが、ボタンを押したタイミングがストレートだったため、車はすごい速度でストレートを駆け抜ける。
一方で、小松のFDは速く、それでいて安定した走りを見せていた。だが、小松は2000GTが再びサイドミラーに映るのを確認した。(...やっと来──)その2000GTは、さっきのストレートの時よりも圧倒的に速い速度で迫ってくる。(なんて速度ッ!?)小松は新洲崎S字に入る。そこでも、2000GTは速度を上げ続け、ついに250km/hに到達する。S字を抜け、2000GTは追い抜き車線に入る。
2000GTの燃調装置が切り替わり、パワーが落ちていく。が、桜井は止まらない。そして明道町JCTコーナーが近づく。(アザーカー無し、ここでなら目を瞑っても走れる。集中するんだ、集中!)アザーカーがいない事を確認した桜井は、覚悟を決めたかのように目を瞑った。目を瞑るという、常識はずれの行為。まさに、頭のネジが外れているようだった。小松はコーナーに備え、ブレーキを踏んだ。
この環状線の中でもっとも急なコーナーをアクセル全開で曲がるなんて、不可能に近いからだ。小松はブレーキを踏むが、桜井は踏まなかった。そして一瞬、小松は桜井の姿を見た。目を瞑っていた。「なっ、馬鹿じゃないの!?このコーナーで目を瞑るなんて、このままじゃコーナーに突っ込んで、死ぬ──!!」桜井は耐えた。コーナーギリギリ、ギリギリ曲がれるその瞬間まで耐えた。
ブレーキを踏みたいという衝動を抑えて。2000GTはフラフラとふらついてくる。「…やっぱりね。車がふらついてきてる。このままクラッシュするつもりなの?」桜井はタイミングを見計らった。そして、「今だ!」桜井は目を開き、ふらついていたマシンの姿勢を、曲がる逆方向に向けた後、カウンターを当ててドリフトを決めた。しかも、それはただのドリフトではなかった。
『超高速直角ドリフト』。まるで分かっていたかのようにコーナーを走る、白翔馬のその姿に小松は圧倒された。(コーナーを、直角ドリフトで!?なんて速さなのよ!)小松は圧倒的な速さのドリフトから抜け出した桜井にどんどん置いていかれ、FDは失速していった。勝負は、桜井の一発KO勝ちで、終わったのだった…。
場面が変わるときに、改行を3行入れています。
その方が、場面が変わったことがわかると思って。
今回の話は場面の移り変わりが多いですね。
あ、あとChapter.1なんですが、来週で最終回です。
お楽しみに。以上、あばるとでした。