第2話
名前は確か吉田くんだったかな? 2年の途中で彼は転校、それっきりなので、聞いたのは小学校に入ったばかりの頃のはず。
吉田くんは西日本の生まれで、ここ鹿児島にも親戚がいたらしい。その鹿児島のおじさんは農業を営んでいて、サツマイモやサトウキビ、観賞用の花の栽培から豚や牛の畜産まで、手広くやっていたそうだ。
そして当時チャレンジし始めたのが、パイナップルの生産だったという。
まあ「チャレンジし始めた」なんて言い方をすると、試行錯誤や四苦八苦の段階みたいに聞こえるかもしれないが……。
実際には、甘くて美味しいパイナップルがすぐに採れるようになった。主観的な「甘くて美味しい」だけでなく、科学的に数値を調べても、よそのパイナップルよりも糖度が高かったという。
評判を聞きつけて、遠くから仕入れ業者が足を運ぶほどだった。「おたくのパイナップル、是非うちで扱わせてください!」みたいな感じでね。
ところがおじさんは、それを断ってしまう。「流通ラインにのせるほどの収穫は無理だから」というのが理由だった。
そもそもが小規模なパイナップル畑だったし、実は仕入れ業者よりも先に、たちの悪い連中に目をつけられていて……。
「たちの悪い連中……? 誰だか知りませんが、交渉ならうちにお任せください。懇意にしている弁護士先生もおりますので……」
「いや、言い方が悪かったかな。私の方でも、具体的な相手はわからない有様なのです。まあ『百聞は一見にしかず』と言いますし、現場を見ていただきましょう」
そう言っておじさんは、仕入れ業者の男をパイナップル畑へ連れていく。
高さは人間の背丈くらいで、横幅も両腕を広げた程度しかなく、全長は数メートル。小さなビニールハウスに入ると、剣状に硬く伸びた葉がたくさん並んでいる。美味しそうに実ったパイナップルの姿もあるのだが……。
仕入れ業者の男は、さすがに専門家だ。パイナップル畑の様子を目にした途端、表情が曇った。
「これは……。荒らされていますね?」
収穫するならば一斉に収穫するだろうに、半分くらいのパイナップルが既に姿を消していたのだ。
最初から実らなかったわけではないのも明らかで、「少し前までここにありました」と言わんばかりのスペースが不自然に空いている。果実の汁らしきベタベタした液体がこぼれているところや、食べ散らかしたパイナップルの破片らしきものまで落ちていた。
「はい。どうやらパイナップル泥棒に目をつけられたらしく、何度も襲われて……。ただでさえ少ない収穫量が、さらに減っているのです」
おじさんの説明によると、食べ散らかしたような破片は、いつもほんの少ししか残っていない。消えたパイナップルとは数が合わないから、この場で食べたのは味見程度だけ。ほとんどは持って帰って食べているか、あるいはどこかで売り捌いているのではないか。
「警察に被害届は出しましたし、一応はパトロールしてくれているみたいですが……。一晩中見張ってもらえるわけではないですからね。相変わらず泥棒は続いています」
「自衛の意味で、自分で盗難対策は……?」
「それもやっています。ほら、ここに警報装置があって、こちらとあちらには罠まで設置して……」
仕入れ業者の男に対して、おじさんは具体的に設備を見せながら説明していく。
ところが、これが裏目に出た。
数日後の夜、今度はこの仕入れ業者の男が泥棒に入ったのだ!