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二の鳥居: 神鳥(やたがらす)の宿り場所

秘密基地が瓦解し、大将A、(元)友達Bの代わりに、新たなアウトドア仲間が出来た時、参謀Cから感謝された。

あの時、僕が無言で戻るのを見て、「侵入」のルールを思い出したからだそうだ。もっとも、僕の知っているルールと違って、神・異形・妖怪に気付かれぬよう、声はもちろんのこと、音もなるべく立てずに戻るということらしいが。

ともあれ、あの時ルールを守ったからこそ、人格変化の祟りを受けず済んだ。それどころか恩恵らしきものさえ受けた気がする。


僕がルールを守れたのは、ひとえに、小学1年か2年の頃に二の鳥居がらみの祟りを実感したからだ。それは、父の友人一家と家族ぐるみで、二泊三日の温泉旅行に行った時のことだった。

父の友人一家と一緒に行った温泉は、火山が見える農山村地帯にあり、温泉から2kmぐらいのところに、その地域最大の神社があった。かなり大きな神社で、折角だからと、そこまで歩いていく行くことになった。多少歩く方が温泉も気持ちよいので、車で行くような無粋な真似はしない。


お参りを済ませたあと、親たちは色々と駄弁りはじめた。それは、子供なら誰でも経験する、無限に長い待ち時間。

幸い、今日は僕だけでない。父の友人にも子供が2人、僕の2つ上の兄貴Dと、その弟がいて、弟の方は僕と同じ年だ。

親を見捨てた僕たちは、二の鳥居の横の石垣で遊びはじめた。石垣の一部に崩れかけたところがあって、子供の体格だと出入り自由なのだ。

自宅の近くの神社にも二の鳥居の横が石垣になっていたけど、そちらはきちんと整備されていて、登り降りの余地がなかった。

だからつい嬉しくなったのだ。


観光地を除く地方の神社は、いかに格の高い神社(『神宮』)とはいえ、正月や七五三のような行事以外は参拝客が少ない。なので、僕たちの遊びを見とがめる大人もいなかった。

次第にアクロバットな動き、例えば側溝を跳んだり、石垣の途中から飛び降りたりと、危険度の高い遊びに変わりつつあった。

こうして膝や腕に擦り傷を作ったころ、ようやく親たちがやってきた。


親が気付いたのは、僕に続いて、兄貴Dに続いて石垣を飛び降りようとしていたタイミングだった。それが悪かったのか

『ちゃんと鳥居をくぐって外に出ないと祟られる』

しかられて、僕たちは石垣から鳥居の内側に引き戻された。


そういえばそうだっけ。そんな話、以前も聞いていた。その時に僕が理解したのは、鳥居から入ったら鳥居から出て、鳥居の外から入ったら鳥居は通らない、だった。

遊びの最中、僕たちは一度も鳥居を使っていない。

そして親たちが来た時に外に出ていたのは兄貴Dだけ。それを親は知らない。

結果的に兄貴Dだけが二の鳥居を潜らずに外にでた。


温泉旅行から帰り道、兄貴Dが、傷口が痛むという。親が見ると化膿しかかっていた。弟の方は平気で、僕もそうだ。

今にして思えば、年上な分、アクションが大きくて傷が深かったのかも知れないが、その時の僕は、鳥居のルールの祟りという話が気になっていたので、つい、兄貴Dだけが二の鳥居を潜っていないことを親に告げてしまった。


それからは大変で、再び祟りの話を僕たちに聞かせた。

『鳥居が、止まり木らしい部分と、その上の屋根らしい部分があるのは、そこに神様の部下である神鳥やたがらす様がんでおられるからだ』

神鳥やたがらす様は透明だったりカラスの中に混ざってりして、人間にはわからない』

神鳥やたがらす様は、不届きものが神社の境内に当たる二の鳥居の内側を荒らさないように見張っている』

『不届き者を見つけたら、悪事の度合いに多いてばちくだされる』

などなど。


不届き者という意味なら遊んでいた全員だろう。兄貴Dだけが祟りを受けたとすれば、それは帰り道に二の鳥居を潜っていないからに違いない。


後日、例の山好き叔父にもっと説明してもらった。

神様は人類の遥か先をくハイテクを持っていて、監視カメラとマイクを載せたステルスのドローンをカラスに似せて、神社の敷地というか、境内を出入りする者から、不届きというか、危険人物を特定してするそうだ。

小学校低学年とはいえ、アニメなどで監視社会の怖さは知っている。だから、これを聞いただけで僕は縮みあがった。

叔父に言わせると、神様の祟るのはハイテクなら簡単で、気流を操って、こっそり病原菌を吹き入れたか、病原菌を増殖しやすくしたか。

ナノ技術とか云うらしい。


その後、兄貴Dの化膿は悪化して全治1カ月だったらしい。

僕は『鳥居のルール』が少し怖くなった。


§ § § § § § § § § § § §


時は経ち、僕は中学3年になった。

その頃の僕は、中二病=「超」合理主義にかかり、代わりに神様や祟りなどの超常を鼻で笑うようになっていた。

「超」合理主義は近道も含む。山があろうがビルがあろうが、直線コースを目指す。怪談の戒めなぞ、地図の近道には叶わない。

実際、二の鳥居のルールも、近所の神社で検証して、守らなくとも祟りがないと結論づけていた。


早い梅雨明け後の週末、同級生数名とハイキングに出かけた。

入り口には神社もあり、鳥居の所から山道が始まっているらしい。


足は自転車。中学生にバス代は高すぎる。

一の鳥居の前を通り過ぎた先の駐車場に自転車を置いて、駐車場にある案内図をみると、ハイキングコースは二の鳥居からで、そこに行くには一の鳥居で曲がるべきだったらしい。

ただ、そこは渓谷になっていて、ハイキング後に楽しめそうなのと

「本当の麓から歩いた方がカッコよくねえ」

と理由で、自転車はそこに置き、そこから一の鳥居経由でハイキングを始めた。


ハイキング自体は当初の予定より早めに終わり、午後1時半には二の鳥居の入り口に降りた。

そうなれば、本殿ぐらい見て行こうという気になる。

二の鳥居から三の鳥居までの参道が100メートル以上あり、敷地というか境内も広い林が広がっていて、無人ながらも社務所もある。立派な神社だ。


参謀がC五円玉を賽銭さいせん箱に投げ入れただけの、参拝というより、見物と言う方が正しい訪問を終えての帰り道。

「おい、駐車場が見えるぞ」

同級生Eの言葉に、参道横の林を見ると、緩い下りになっているお陰か、獣道らしき踏み分け跡の先に自転車を置いた駐車場が見える。

呼応するように隊長Fが言う

あちいよなあ」

時刻は午後2時過ぎ。灼熱の太陽で、アスファルトは焼けはじめている。

車道を道なりに行くより、かなり短いし、何より木陰だ。

小学校の頃なら祟りを恐れて、それでも車道を歩いただろうが、今の僕たちは中二病の無敵だ。

隊長Fの提案に、全員一致で林の中の近道を下った。


蛇のみに気をつけて歩く。まあ、これだけの人数なら蛇の方が逃げるだろうが。

そう思った矢先、同級生Eが

『オレ、しょんべん』

と脇に入った。

神社のトイレは二の鳥居の外で、そこまで往復する手間を面倒がったのだろう。

でも、ばちが当たっても知らんぞ。


林を少し下ると、植え込みと木の柵と広めのから溝が横たわっていた。

小学校の頃の警告が頭をよぎる。ここが二の鳥居の境内だと気付いたからだ。

そんなためらいを他所よそに、

「お、ここから出られるぞ」

と隊長Fが、植え込みの薄いところから、柵を乗り越え、溝を渡って行くのが見えた。

神罰云々以前に、若干罪悪感を感じるが、友達の手前、ここで戻るのも恥ずかしい。

外側も林だ。人目につかない。それを良いことに、他の連中に続いて、僕も溝の外に出た。


外側の林は境内と違って手入れが悪く、下草も生えている。

蚊だかアブだか、そんな虫があちこちを飛んでいるから、先を急ぐ。

2〜3分で、踏み分け道がしっかりして来て、そのまま駐車場の裏手に出た。


駐車場の先は渓谷だ。だからこそ、早めに降りきったいうのもある。

渓谷でお互いの足をさらして気付く。誰もが虫さされの痕跡こんせきを大量に付けていることを。

大変だったのが同級生Eと隊長Fだ。僕の倍近く刺されていた。


このむしされ、おそらく林の中のあぶだろう。

その夏は、蚊の刺された跡すら必ず大きく腫れるようになった。一時いちどきに大量に刺された所為せいで、免疫が過剰反応するようになったらしい。もしも同種のあぶにもう一度刺されていたら、スズメバチほどでは無いにせよ、重症化していたかも知れない。

『虫が飛んでいるような季節に知らない林を山道以外で突っ切ってはいけない』

それが教訓だ。


そんなむしされだから、痒みも酷く、ハイキングから3晩続けて悪夢を見るほどだった。


僕はなぜか戦争が終わったばかりの国に来ていて、帰りの汽車に間に合うように駅の向かうと思っているけど、道路のあちこちに地雷や不発弾が埋もれていることを知っていて、足が踏み出せず焦る。そんな夢だ。


でも、それだけなら、祟りとは結びつけない。


§ § § § § § § § § § § §


週明けの月曜日、この夏一番の猛暑日となった。7月前半の高い太陽が夕方まで照りつける。

学校は街一番の低地にあって、帰りは登りだ。

自転車通学がある中学だから、日射の中の移動は最小限の時間で済むが、それでも夏の帰り道は常に地獄なのだ。

制服を汗だくにさせないため、という名目で体操服での下校も黙認というか暗黙に推奨されている。

地方都市で、個人の名前をさらけ出しても危険が無いのも大きいが。


問題は通学の際のヘルメット義務で、学校指定のヘルメットが1970年代のデザインということ。暑さのことなど全く考えていない奴だ。

猛暑日に使うと、頭が蒸して汗が流れるのも含めて、意識 朦朧もうろうとなり、五感が大きく鈍る。

毎日、クラスの誰かが帰り道で熱中症直前になったり、五感が鈍って事故になりかけたりして

昨日きのうヤバかった」

「わたしも」

という会話が成り立つほどだ。

こんな日にヘルメットを使うような馬鹿な大人は、教師・高校生を含めてこの街にはいないし、後年制定された法律も「努力」義務に過ぎないが、校則は違う。


そんな月曜日、隊長Fに精彩せいさいが無い。二晩続けて痒みが酷く、ほとんど寝られなかったらしい。

そして事故が起こった。

帰り道にトラックの風圧でふらついて、そこを何とか凌いだものの、目に汗が入った。慌てて急ブレーキをかけたが、バランスを崩していたのもあって、後続の自転車と接触、そのまま道路に倒れて頭を打ち、意識が飛んで病院に運ばれた。


後ろから接触した生徒の話によると、

『トラックが車線の外よりに走って、自転車と十分な距離を取らなかったのは、確かにそうだけど、普通ならふらついたりしないなあ。この道では対向車のいくつかがセンターラインギリギリに走るので、他の車も似たような位置どりをするので』

隊長Fの話でも、普段なら気付く後方のトラックだが、この日は気付かないまま不意打ちになったらしい。

同級生は誰もが

「メットで五感がやられたんだろう」

「猛暑だしなぁ」

と言っている。


もちろん、学校やマスコミの公式発表は

『熱中症で転倒して病院に運ばれたけど、ヘルメットのお陰で大事に至らなかった』

で、ヘルメットが原因で転倒した可能性については一切言及しない。

これでは隊長Fの事故も、将来の事故予防に役立つどころか、悪化させるわけで、隊長Fは踏んだり蹴ったりだろう。

でも、これが「正しい」とされるのが社会なのだ。


ヘルメットはともかく、翌日話を聞いたとき、僕も参謀Cも

「やっぱり祟りだよ」

うなずき合った。

同級生Eが無事なのは一見不思議だが、おそらくは『二の鳥居のルールを率先して破った者』として祟りが大きかったのだろう。


じゃあ、近所の神社で祟りがなかったのは何故なぜ


神社の近所の者ということで、神鳥やたがらすのデータベースの中で

『害がない』

という判断が済んでいたのではないか?

実生活でも、初めての外来客は玄関から入って玄関から出るけど、近所付きあいのあるところでは、垣根を越えて庭から出入りする事も多い。例の叔父がそんな例え話をしてたっけ。


都市化の激しい中、大きな緑地を守ってくる神社に、僕は実利的な意味で感謝していたし、毎年お賽銭を上げていた。

だから、祟りよりも、むしろ守るべき対象として慈悲じひをかけられていたかもしれない。

ふところに入った者を守る人ほど、無法なよそ者に苛烈かれつな罰を下す。それは祟り神ですら同じだろう。


ともあれ、隊長Fの事故のあと、僕の「超」合理主義は、神社に対する敬意と折り合いをつける形で修正された。


『二の鳥居は、目に見える祟りで警告することもある』

それでも、取り憑いたり人格変化といった、後戻りできない祟りよりはマシだ。

敬意さえあれば、二の鳥居は三の鳥居ほど怖く無い。

** あとがき **


夏のヘルメット(熱中症)の話は、元々構想に入れてましたが、2023年7月28日の米沢市の中学生が下校中に熱中症で亡くなられた事件を受けて、中学の通学として具体化したものです。冥福を捧げます。8月17日のニュースで、ようやく市販のヘルメットの使用が認められたとのことです。犠牲者が出ないと、馬鹿げた校則はなくならないのですよね。


熱中症対策としての木陰については、昨年の春の推理2022で書いております。

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