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サンタの仕事

作者: ねーろい

ーーサンタサンへーー


早朝。アナタが新聞を取りにポストを開けると、こんなクシャッとした手紙が届いていた。

アナタは訝しむこともなく用件を察する。どうやらもうそんな季節らしい。


アナタの街では、所謂『サンタクロース』という存在が毎年各家庭を訪れていることが確認されている。

言い換えれば、サンタクロースのいる街にアナタは住んでいる。


いや......少し表現にズレが生じているようだ。

アナタはサンタクロースであり、これから数時間だけの大仕事をこなす張本人なのだ。


しかしながら、今年の手紙は1通しか来ていない。

もう60を迎える予定の人間にわざわざ手紙を送っても、いい物は期待できないとこの街の人間は知っているらしい。

皮肉な話だが、創作のサンタはこれくらいの爺さんが主流だ。

しかし現実は違う。

最近ではもう若いサンタが毎年街を駆け回り、子供たちに幸せを届けている。これはもう引退するしかないか。

アナタはひじきを寄せ集めてなんとか作ったみたいな、文字とも言えぬ文字を見て感慨に耽る。


アナタはすぐさま庭に向かった。そこにある倉庫の中に、アナタのもう一つの顔が安置されているからだ。


ガラリと建て付けの悪いドアを、半ばこじ開けるようにして開く。中を見るのは一年とか、それくらいぶりだった。

積まれた大量の段ボールの箱に埃が降雪している。アナタはその中の1つを迷うことなく引っ張り出す。


真っ赤な使い古された服が眠っていた。


「よう、相棒」とアナタが心の中で声をかけてやると、そいつも気がついたのか「仕事かい?」と返すような感じがした。


アナタは相棒にバサリと勢いよく袖を通す。やはりコイツはよく馴染む。

あとは少しほつれてしまっている、1番上のボタンを直してやるだけで良さそうだ。

全体の色はかなり落ちてしまっているが、それは数々の思い出の積み重ねを纏っていることを想起させて、アナタ的には大歓迎だ。


アナタは玄関に再び戻り、ドアを開ける。

いつもとちょっと違うのは、右手にある新聞の他に勝負服を纏っているからであろう。




今日はいつもより早く日が落ちる。本日の主役は自身の裏側であると太陽も自覚しているのだ。

いつもは山の麓でこの世界に未練を送りながらジリジリと沈んで行く彼も、今日は潔く退場することとなった。


アナタは既に頼まれた物を用意しており、それを真っ白な袋に詰め込んだ。

昔はこれを担ぐのも嫌気がさして、『サンタを辞めようか』と悩んだ回数を数えたらキリがない。

だが今になって、その悩みがいかに贅沢であったのかを噛み締める。

袋が軽い。その現実は、アナタに重くのしかかってきた。




それから少し時が経った。アナタはシャクシャクと雪を踏みつけながら目的の家を目指している最中だ。

アナタは手紙に同封された地図を見ながら、寒さと闘っている。

少し不思議なのは、アナタの行く道に地面を弧を描くように引っ掻いた跡があること。

それも一本だけで、点々と続いている。

アナタは周りを見た。


静かだ。


クリスマスの住宅街はいつだって静かに時間が流れる。しかしどこにでもある民家のドアを開けてみると、それまでどこかに行っていた『騒がしさ』が一斉にあなた目がけて飛んでくる。

その楽しさを実感するに相応しい語を人は皆、『おもちゃ箱』と形容している。


アナタは目的地に着くまでたった一人ともすれ違うことなく、半ば一本道で向かうことが出来た。

サンタの活動はあまり人に見せるようなものじゃない。

時に目の前の道が最短だとしても、道中かすかに誰かの気配を感じたならばルートの変更を余儀なくすることは少なくない。つまり今日は運が良い。


着いた。


目の前にある家と地図とを見比べる。今回が初めての家だから、少し入念に見比べる。

しかも最初で最後。まさかそんな言葉を現実で使うことになるとは、アナタは思いもしなかった。


最後の届け先は綺麗な一戸建ての家だった。

真っ白な壁にはシミひとつなく、クリスマスらしい装飾こそされていなかったが、十分若い家であることは理解できる。


アナタは呼び鈴を押した。


「はーい」


と、かすかに若い女性の声が聞こえて、間もなく茶色のドアが開いた。

出迎えてきたのは予想通り若い女性、あとは不思議な服をつけた一匹の犬だった。アナタは犬に服を着せる飼い主がいることは知っていたが、このような服は見覚えがない。蛍光黄色の服だ。派手すぎる。

あと不思議だったのは、家の中でカンカンと何かを叩く音が聞こえたことである。


この疑問を払拭せぬまま、アナタは切り替えて袋の中からサッカーボールを取り出した。


「あっ...ありがとうございます!」


女性は少し表情を曇らせたのちに、パァッと明るく礼を言った。


女性の様子から察して、「もしかして、ボール違いでしたか?」とアナタは冗談混じりに言う。

女性は気を使わせてしまったと誤解したのか、「すみません」と頭を下げてきた。


アナタは「いえいえ」とはばかりながらその家を後にする。


家路につきながらアナタは、今日投函されていたひじきで作ったみたいな『ボール』とだけ書かれた手紙を思い出す。

アナタは野球ボールかサッカーボールと、どっちか迷った挙げ句、サッカーボールを持って行った自分に少し助言をしてやりたかった。


これで、サンタの仕事は終わった。




それからピッタリ365日後のことだ。

アナタはいつものように新聞を取ろうとポストを覗き込む。

そこには新聞と、手紙が入っていた。


ーーサンタサンヘーー


去年と同じ紙に、相変わらずひじきで書いたみたいな字で『本』とだけ。

アナタは驚いた。まさかあんな失敗をしたのにまた手紙を送ってくるとは。


今回は『本』。向こうのニーズに合わせていけるようなお題じゃない。

前回は大体二択だったのに、今回はグンと母数が増えている。

誰もがそう思うだろう。


しかしアナタは違った。


前回の訪問の記憶がパンと戻ってきたから。

あの日の違和感は全て、アナタには繋がって見えた。








サンタは再びあの家に出向いた。

前回からまる1年経った家の外壁には、ほんの少しだけシミが出来ている。

去年と同じように今はしんしんと雪が降っており、俗に言うホワイトクリスマスというやつだ。


サンタは呼び鈴を鳴らす。


「はーい」と声が聞こえて、女性が出迎える。今日は犬もいなければ、タンタンといった音もしないで、サンタも予想が当たってホッとしていた。


サンタはゴソゴソと袋からプレゼントを取り出した。

シャンとボールを出した後、『ももたろう』を取り出す。


女性は心底驚いていた。

サンタ自身ももう一度手紙を貰えたことに驚いたが、女性もまた同じくらいの驚きであろう。

女性は震える手でそれらを受け取ると、


「本当にありがとうございます!」


女性は深々と頭を下げて礼を言った。

サンタもまんざらでもなさそうに「いえいえ」と謙遜した様子だ。

このやり取りはサンタが玄関を後にするまで、少しばかり長く行われていたそうな。

とても幸せな時間だ。




あれからちょうど四季が巡ってきた。

サンタは玄関からポストまで行くだけにも関わらず、真っ赤な服に着替えている。


ポストの中には手紙が一通座っていた。


ーーサンタサンヘーー


新聞は今日だけ取らない。

サンタは家に入り、こたつの中でゆっくりと手紙を開く。


『キューブ』


サンタはいつものように、ひじきで書かれたような文字を読む。

もうサンタは下手くそな字だなんて思ったりせず、子供の成長を喜ぶ親として手紙を読んでいる。


サンタは早速家を飛び出して、目的のものを買いに行った。

あの子の為に用意することが目的じゃない。

サンタはあの子に分かって欲しかったのだ。


「キミの理解者は世の中にいくらでもいる」ことを。


しかしどの店を回っても『キューブ』は中々見つからず、サンタが家に着いた時にはもう11時を過ぎていた。

急がなくては。


日付が変わってしまう。


サンタは急いで着替えて、あの子の家まで走って向かう。

真っ赤な服に身を包んだはいいものの、プレゼントを持っていない。

サンタは自分が何をしに行くのかまったくと言っていいほど分からなかった。


誰も通らない道をサンタは必死に走る。

途中で点字ブロックに足を持っていかれ、ドーンと転んでしまった。

しかしサンタはすぐに立ち上がると、雪を払おうとしないままあの家へ向かってゆく。


点々と街灯が並んでいるその道の先。その家はいつもと変わらぬ様子で、ただ佇んでいた。

サンタは肩で息をしながらも、どうにかそこまで走った。


サンタは呼び鈴を鳴らす。


「はーい」とかすかに女性の声が聞こえてくる。

また、それに伴ってタンタンと何かを叩く音が次第に近づいてくる。


ガチャリとドアが開き、中から親子が顔を覗かせる。

1人は見覚えのある女性、もう1人は白い杖を持った男の子だった。

男の子に関して言えば、覗くといった表現は正しくないだろう。

正しくは『聴く』とでも表現するべきか。


サンタは男の子になんの変哲もない眼差しを向ける。


だって彼は普通の男の子なのだから。


男の子はサンタの気配を察すると、「お母さん」と女性に声をかけた。

男の子は手紙を持っており、それを母に手渡した。

母はその手紙を受け取ると、サンタに手紙を手渡してにっこりと笑って


「読んでみて下さい」とだけ言う。


サンタは手紙をゆっくりと開く。


ーーサンタさんへーー


「クリスマスプレゼント、ありがとうございます」


たった一文、そう添えてあった。ひらがなで。難しかったろうに。

何度も消された跡が残っているその手紙は、毎年貰っている手紙よりも遥かにクシャクシャで、彼の努力がくっきりと残されていた。


サンタは涙を流していた。


自分の為にどうして。

サンタは何もプレゼントになるような物は持ってきていない。

この子が欲しかったルービックキューブは、この袋には入っていないし、逆に自分の方がプレゼントを貰ってしまった。


「サンタさん!」


男の子が口を開く。サンタも彼の言葉を拾うと、足を曲げて彼の目の高さに視線を持っていく。


「ぼくね!サッカーボールも、ももたろうも楽しいって思えたんだよ!」


男の子は心底楽しそうに笑顔を浮かべながら話をする。

サンタは男の子の言葉を聞いてから、延々と涙を流しているのだ。


「だからありがとうって言いたかったの!」




サンタはあの1回目のクリスマス、とあることに疑問を呈していた。


なぜ女性の顔が少し曇ったのか。


なぜ犬は不思議な格好をしていたのか。


あのカンカンとした音の正体はなんだったのか。


サンタは2回目の手紙が来て、『本』と書かれていた時にようやく気がついたのだ。


『ほん』ではなく『本』と、どうして書いたのか。


『サンタさんへ』ではなく『サンタサンヘ』と表記した理由。


クシャクシャの手紙。


ひじきで書いたみたいな文字。


サンタの頭に答えはひとつしか浮かばなかった。


あの時から手紙を出している彼は、目が見えないのだ。




サンタはポロリポロリと涙を流しながら、ポツポツと言葉を綴った。


「ああ、こちらこそ有難う。私にサンタとしての幸せを分けてくれて......」


「ボクもプレゼント嬉しかった!」


少年は理解者が欲しかった。

ただ目の見えない自分を、雑踏の中の1人だと扱って欲しかった。

世間から好奇の目で見られたくなかった。


サンタは自分の存在意義を探していた。

サンタでなくなった自身に、何が残っているのかを数える事すら恐ろしかった。

己を、サンタは探していた。


たった一度の投函は、彼らの人生の素晴らしさを理解させるのに大きな影響を及ぼした。






























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