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「血眼」  作者: 波手無 妙?
7/10

第7話 私は殺し、恋人は生かす

 その恋人は郊外にある大きな大学病院に勤める外科医で、詳しくはわからないのですが、私と同じように人の生肌を切ったり、開いたり縫ったり、血をとったりしているということでした。やっていることは私と似たり寄ったりなのに、そうして得られる結果は私とは全く正反対でした。私は殺し、恋人は生かす。

 

 恋人はいつだって仕事で多忙でしたが私と向き合う時間をスケジュールのパズルを組み替えながら作ってくれました。夜になることばかりでしたが、またあのバーで落ち合ってよくお酒を交わし、身体が温まって血の流れがはやくなってきたら恋人のうちに場所を移し、セックスをしました。まだ付き合って間もなく自分の素性を多く語りもしない、そんな得体のしれない私に恋人は部屋の合鍵を渡してくれました。


 私は派遣の事務職でおおかた定時に帰ることができたのでよく恋人のうちに上がり込んでご飯を作ったりしながら帰りを待ちました。そして恋人のコレクションから適当にレコードを選び取り、よく分かりもしないジャズを聴きながら味の良いワインを飲み、うとうとし、恋人が帰ってきたらお互いの好きな映画を一緒に見たりして過ごしました。


 恋人は好きなものがはっきりとした人でした。部屋の照明の色もソファーの柔らかさもコートの素材も部屋に流れる曲もオーディオも食べ物の産地だって、選ぶことができるものなら何だって自分の納得したものを買っているということがわかりました。それはただ高級であれば良いわけではない、安いものも高いものも、どちらももれなく品の良いもので統一感があり、恋人にとって一番価値のあるもので構成されていました。恋人と買い物について行くと必ずお気に入りの店があり、自分の価値観とじっくりと照らし合わせながら時間をかけて物を選んでいるのだと感じました。そして私はなぜだか恋人にとって最も価値のある人間になっていたのでした。

 

 私達が会うのは恋人の家ばかりで、私の家に恋人を招き入れたことはありませんでした。恋人から何度私の家に行ってみたいと言われても、私の家は小さなワンルームのアパートで部屋にはベッドと画材道具以外には何もないし、見られるのも恥ずかしいから行く必要のない場所だと伝えて断り続けました。私の描いた絵を見られるわけにはいかなかったのも事実ですが、私の部屋には恋人にとっては価値のあるものなど一つもないのもまた事実だと思っていたからです。恋人の部屋には私達を満たしてくれるもので溢れていたので、そこで十分なはずでした。


「でも、狭いとか汚いとか何もないとか関係なくて、あなたがどんなところに住んでるのかただ知りたいし、見てみたいだけなんだよ。あなたが描いた絵だって見せて欲しいし」


「まだ、そんなこと覚えてたんだ。私の描いた絵なんて人に見せるような価値のあるものじゃないんだよ。私がただ自分の自己満足のために描いてるだけで、私以外の他人にはなんの価値もないものだよ」


「そんなことないよ。あなたの表現したいものは自分にとってもきっと価値のあるものだと思う」


  恋人はいつも私の言うことを何でも肯定してくれましたが、この話題になるとやけに食い下がってくるのでした。


「誰にだって見られたくないものとか、秘密にしたいことはあるでしょう」


「それはそうだけど」


「とにかくもうこの話はおしまいね」


「わかったけど、いつか、いつかで良いから、見てみたい」


 それ以来恋人は私の絵について詮索したり、家に行きたいと言うことはなくなりました。


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