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「血眼」  作者: 波手無 妙?
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第6話 恋人

 こんな私のような不良品にもなぜか恋人ができました。出会いはとりたてて珍しいものではありません。生演奏が売りのジャズバーで一人ウィスキーを傾けていたところに声をかけられました。とても驚きました。ただそれだけでした。私はこれまでずっと人と深く関わることなく生きてきました。正確には私の家庭環境や学校での問題行動の数々を目の当たりにして好き好んで近づこうとするものなど誰もいなかったのです。


 その人もカウンターで一人飲んでいて、誰と話すでもなくじっとグラスと会話をするように黙っていました。その時はただ話し相手が欲しかったのだと付き合いはじめた後に聞きました。


 私はこの日ずっと家に閉じこもっていて、言葉を一言も発していなかったので、話しかけられた時、言葉が胃とか腸とか心臓とかとにかく身体の中のどこかに張り付いて取れなくなっているような気がして、思った通りに声が出ませんでした。どうも、とだけなんとか返すとそこから初対面ならではの手探りで不毛な会話がとぎれとぎれに続き、私は会話の内容よりもそろそろ話を切り上げて帰ろう、そんなことばかり考えていました。


「見かけない顔ですけど、よくここには来るんですか」


「いえ、ただ少しお酒を飲みたくて目についたところに入っただけですよ」


 こちらはあまり会話を続ける気が無かったのに、矢継ぎ早に質問を畳みかけられ、それらに一つ一つ答えているうちにいつの間にか話し込んでいました。


 興味なんてなかったジャズは不規則なのか規則的なのかよくわからない、ただの自由さでもって音を奏でていて、それを心地良く聞き流しました。その人が手持ち無沙汰に揺するグラスを握る手は関節がよく発達していて繊細さとはほど遠いのに、グラスと氷が奏でる音は氷と薄貼りのガラスがよそよそしく触れ合うように絶妙に微調整されていました。


「何か趣味とかってあるんですか」


 そう聞かれて、私は酔っていたこともあり咄嗟に絵を描くことですと答えてしまいました。すると、その人はやけに絵の話題には関心を寄せて、どんな絵を描くのか知りたがりました。


「なんでもないただの肖像画ですよ」


「すごく興味があります。私は絵を描いたりするのはからっきしダメなので、そういう造詣のある人は本当に尊敬します。誰の肖像画を描かれてきたのですか。モデルを雇ってとか?」


「そんな大層なものではないですよ。名前も知らないような人達です」


「もし自分がお願いしたら描いて頂けますか」


「どうかな、今はあまり描きたい欲がなくて、しばらく描いていませんので、描きたいと思う時がいずれ来れば」


 その日は終電間際まで話し込んでしまい、客が誰もいなくなった店内の静けさが私達に今日の夜の終わりを告げました。もう二度と顔を合わせることもないだろうと、その時は思っていたので、名残惜しくもありました。


 しかし、それからたまにそのジャズバーに顔をだすと必ずその人は同じカウンター席に座っていて、同じ銘柄のウィスキーを同じペースで飲んでいました。私はふたつほど席を空けて座り、軽く会釈をして、そうしてふたつ分の距離を感じながら話すのが好きになっていきました。そして夜遅くまで語り合うようになり、ある日、同じ夜を過ごして夜のあと朝が来て、私達はそのまま自動的に恋人になったのです。

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