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「血眼」  作者: 波手無 妙?
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第1話 血の色は赤。どこまでいっても赤。

 濡らす。そうすると硬くなった筆先が湿ってほぐれてきたので、プラスチック製の真っさらなパレットの上に筆をなぞると、鮮やかな赤が薄く引き伸ばされてゆきます。


 滴りおちるほどの赤を含んだ筆をキャンバスに上からそっと垂直におとすと、じわりと沁み渡って広がり、滲んだいびつな赤い円ができます。その円ははじめこそ鮮やかな赤ですが、しばらくほおっておくと、だんだん黒ずんだ赤に移り変わっていき、さらに次の日までじっくり熟成させると限りなく黒に近い赤となってしまいます。


 ただ、それは決して黒などではなく紛れもない赤です。限りなく濃くなった赤とでも言いましょうか。一番近しい色なら暗褐色と呼ぶこともできるかもしれません、がそれもどこか適当ではないように思います。

 

 色というものは実に多種多少で、色見本においてグラデーションで表される色と色、その間に名前を一つずつ、根気強くつけてあげればそれこそ無限の種類ができあがるはずです。だから、この赤にもきちんと他にはないただ一つの名前をつけてあげるとするならば、血の赤と言えます。

 

 私が殺した彼、彼女、その人だけが持つ固有の血の赤です。

 食生活の乱れ、菜食家なのか肉食中心か、喫煙の有無、定期的に運動はしているか、日本酒一合相当の飲酒習慣があるのか、毎日八時間以上の睡眠がとれているのか、そのようなことで血の粘度や質感、匂い、ひいてはその色まで全く変わってしまうものです。

 

 私の経験上、一つとして同じ血の色はないと思っています。けれど、どんな血の赤だとしても、果てしなくどこまでいこうと、最終的に行きつくところは逃れられようもなく、赤なのです。


 私は血の雫がぽたりと滴れてできたその円を瞳にみたて、それを中心に血の持ち主の肖像画を描きはじめます。

 彼、彼女が殺される間際に見せた一瞬の表情を赤一色で表現するのです。赤一色とは言っても、薄く塗ったり濃く塗ったり、細くも太くもできるので訓練さえ積めば意外と色々な表現ができます。断末魔の叫び、もはや諦めるしかない悟り、やるせない怒り、みなに共通する根底に息づいた恐怖。


 死にゆく人々は毎度のこと、普段は噯にも出さないような表情を私に見せてくれます。その時の表情は脳裏にネガのようにしっかりと焼き付けられ、私は実物を見ながら描くのと大差なく精巧にキャンバスへ現像していきます。現像、その言葉が一番ふさわしいと思います。


「そういうわけで私は殺人者であり、そしてまた絵描きでもあるのです。」


続く。


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