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第5-16話 ソードマン・リメンバー・オールドデイ

 アベルとラケルの二人が病院に戻っていく道中、彼らは言葉を交わす。


「ねえ、さっき湯舟から上がる前のあれって何だったの?」


「お礼ですよ。こんなところまでわざわざ連れてきてもらいましたから」


「もっと他に方法とか……」


「動けない私にできることなんてあのくらいでしたから」


「ホントにびっくりしたからもうやめてね。ホントに……」


 風呂場でのことを話しあいながら、道を進む二人。そんな二人の前にアベルにとって見知った顔が現れる。


「おやアベル君、……とラケルちゃんだったかな」

 

 ロバートがラケルに視線を向けながら声を上げる。彼と初対面のラケルは少々不安そうな表情を浮かべるが、代わりに声を上げたアベルが不安を和らげる。


「大丈夫。この町で俺たちのことを面倒見てくれた人だから」


 その声で安心したらしいラケルは彼に向かって名乗る。


「ラケル・ヘルブミアです」


「目が覚めたみたいでよかったよ。その分だとこれから飲みにでも誘おうと思ったけど忙しそうだからまた今度にでもするよ」


「ええ、また今度でお願いします」


 ハハハと笑いあう二人。しばらく笑っていた二人だったがしばらくすると表情を改め、ロバートが声を上げた。


「ところで、うちの娘とは仲良くしてくれてるかな?」


 彼の問いかけに疑問の表情を浮かべるラケル。ロバート同様、リュティエルのことも知らないのだから当然である。アベルが以前見舞いに来てくれたということも付け加えて説明すると納得した表情を見せる。


「へぇー、そんな人がいるんですか」


「年が近いからぜひ仲良くしてほしいな」


 ラケルに笑顔を見せながら声をかけたロバートは真剣な表情を浮かべ、アベルに視線を送った。それに応えるべくアベルは彼女のことを伝える。


「なーんか、自分のことを疫病神だって思ってるような節がある気がしますね。話に聞いた一件で変な能力もあるみたいですし」


「まあ、そうだろうね……。そのせいで人と距離を置きたがるから」


「こっちでもなんとか接触して心を開いてもらえるようにします」


「頼むよ。こういったことは年の近い君たちじゃないとできないからね」


 ロバートはアベルに小さく頭を下げると通りを歩いて姿を消した。残されたアベル達は再び病院を目指す。その途中、ラケルが口を開く。


「なんだか、寂しそうな子ですね……」


「助けに行こうとしたり、自分のせいだと思い込んで人と距離置こうとしたり、優しい子だけどね。ラケルちゃんも仲良くしてあげてよ」


「もちろんですよ。お見舞いにも来てもらったみたいですし!」


 アベルの頼みに意気込みを見せるラケル。彼女らしい明るさを改めて見たアベルは彼女が戻ってきたのだと改めて実感し安心感を覚え、足取りが軽くなるのだった。





























 病室に戻りベットに横になったラケル。彼女をベットまで運んだ張本人は身体を鈍らせないようにするための鍛錬に少々出ている。起き上がって一人で活動もできず、話し相手もいないラケルは退屈そうに天井を見上げていた。


「本読も……」


 しばらく天井を見上げていたラケルはこの時間に魔技の勉強でもしようかとベットの傍らに置かれている本に手を伸ばした。


 そんなときであった。彼女の病室の扉がカラカラという静かな音を立てながら開いた。


「あれ、起きてる……」


 姿を現したのはリュティエル。目覚めたところを見るのが初めてだった彼女は少々慌てた様子を見せている。ラケルも見覚えのない人物が扉の向こうに立っていることで一瞬身体を強張らせるが、状況証拠と医者の恰好をしていないことで彼女がアベルの言っていたリュティエルであることを推測する(そして彼女の推測は当たっている)。


「もしかしてリュティエルちゃん? わざわざお見舞いに来てくれてありがとうねぇ!」


 笑顔を浮かべて自分の名前を口にしたラケルに驚いたリュティエルであったが、すぐに回復し彼女の言葉に応答する。


「べ、別に。お父さんに頼まれたから来ただけだし。それよりアイツは?」


「アベルさんだったら外に出てるよ」


「……そう」


 彼女の指し示す人物がアベルだと理解したラケルはアベルの現状を彼女に伝える。彼女はそれを聞き、小さく声を上げる。しかし、それと同時にラケルは見逃さなかった。彼女が少しだけ残念そうな表情を見せたことを。


 何か敵愾心のようなものを微かに抱えたラケルであったが、わざわざ来てもらった人間を追い返す趣味はない。待ってもらうために部屋に招き入れようとする。


「少し待ってたら戻ってくると思うよ。どうぞ中で待ってて」


「い、いやそこまで急ぎじゃないから」


「気にしないで。私も話し相手が欲しかったの」


 子犬のような視線で見つめてくるラケルに気圧されたリュティエルは渋々といった様子で病室に足を踏み入れアベルの寝ているベットに腰かける。それからしばらく彼女はラケルの話し相手を努めていたが、たっぷり寝ていたことで元気が有り余っているのか、同性の同年代に懐かしさでも覚えているのか立て板に水と言わんばかりに舌が止まらない。


 それでもある程度しゃべり続ければ、落ち着きを見せてくる。しかし、それでもアベルは帰ってこない。喋りつかれたラケルは次第に言葉に覇気がなくなってくる。さすがに目覚めたばかりで体力が回復しきっていないのだろう。



 少々疲れた様子を見せるラケルを見て、彼女を眠らせようと考えたリュティエルはその場を後にしようとする。


「それじゃ、私はお暇するわ」


「いいの? アベルさんにお礼を言いに来たんじゃ……?」


「別に急ぎじゃないし。またいそうなときに来るわ」


 それじゃあね。言葉を残し病室を後にするリュティエル。彼女が去ってからすぐにラケルが眠ってしまったあたり、やはり今の自分の体力を自覚していなかったらしい。


 子供のように充電が切れたラケルの病室を後にしたリュティエル。彼女が病院の出入り口から出たタイミングでアベルが病院に帰ってきた。


「ありゃ、来てたのか。どうした?」


「ラケルさんのお見舞いに来たの。あとあんたにお礼もね。あの時はちゃんと言えなかったから。助けてくれてありがと」

 

 率直な言葉とともに少しだけ顔を赤らめるリュティエル。明け透けとした物言いが特徴の彼女でも少し恥ずかしいものらしい。


「じゃ、お礼も言ったし私は行くわ。それじゃ」


 礼を言い終わったリュティエルはその場を立ち去ろうとする。彼女の用は終わっているのだからそう不思議なことではない。ただでさえ、人との関わりを避ける人物だ。


「ちょっと待て」


 しかし、そうはアベルが降ろさない。いつもよりも強い調子の声を掛けられたリュティエルは小さく身体をビクつかせ、強張った表情でアベルを見る。


「ちょっと話さないか?」


 有無を言わせない様子で問いかけてくるアベル。リュティエルは断ろうとも一瞬思ったが、アベルの様子と、恩義があるということで了承する。


「……わかった」


「じゃあ、場所変えるか。ここは人通りが多いからな」


 彼女の了承を受け取ったアベルは場所を変えるために歩き始める。その後に続きリュティエルも歩き始める。しばらく歩いて人目のない裏路地に入ったアベルとリュティエルはお互い話す体勢を取る。そしてアベルが先に口を開いた。


「お前さ、ロバートさんにお礼とかって言ってるか?」


「何、説教したいの? あんたにそんなこと言われる筋合い無いんだけど」


 最初の一言を聞き、眉間に皺を寄せアベルを睨みつけたリュティエル。しかし、アベルは彼女に怯むことなく言葉を続ける。


「まあ聞けよ。お前がどうするかなんてお前の勝手だけどさ、言いたいことっていうのは出来る限り言っておいた方がいいぞ。言いたい奴がいつまでもいるとは限らないからな」


「……何知ったような口聞いてんのよ」


 言葉に怒気が籠り始めるリュティエル。


「言いたいことが言えないままその相手がいなくなって、自分の内側で溜め込むとすげえモヤモヤすんだよ。それこそ一生後悔するくらいな」


「ふざけないで! あんたに私の何がわかんのよ! 大体なんであんたにそんなことが言えんのよ!」


 飄々とした口調で淡々と言葉を紡ぐアベルにとうとう怒りを露わにするリュティエル。一人の寂しさも、自分の力への理不尽も知らないような人間に自分の気持ちが分かってたまるか。そんな怒りが込められた怒声が路地中に響き渡った。


 しかし、彼女の怒りは次のアベルの言葉によって霧散させられる。


「……俺もその経験があるからかな」


「……え?」


 アベルの言葉を一瞬理解できなかったリュティエル。彼女に構わずアベルは言葉を紡ぐ。


「もう十五年くらい前の話かな。俺の村は魔獣の群れに襲われたんだ。今でも覚えてる。俺の両親はどっちも戦える人間だったから応戦したけど多勢に無勢。数の暴力には勝てなくて食い殺された。俺はその時、弟と一緒にベットの下に隠れてたんだけど、弟が魔獣に見つかってベットの下から引きずり出されたんだ。今でも弟の手を伸ばす姿が目に焼き付いてる」


 アベルはどんどんと言葉を紡ぐ。本人はどんどん早口になっていることに気づいていない。


「その日、俺は家族と喧嘩したんだよ。なんで喧嘩したのかの理由も忘れるくらいクソくだらないことで喧嘩したんだけど。ごめんなさいも言えないまま、家族全員魔獣に殺されたんだ。そのあとはマジで苦しかった。それこそ死にたくなるくらいには」


 アベルの言葉を聞き、リュティエルは何も言葉を発することが出来ない。小さく身体を震わせてギュッと拳を握っており、俯いているせいで表情を窺うことはできない。


「だから感謝の気持ちとかははっきり伝えておいた方がいいぞ。こんなご時世だからいつ言えなくなるかわからん。自分のためにもな」


 一度言葉を切り、何かに呆れたように大きく溜息を吐いた彼はパッと誤魔化すような笑みを浮かべる。


「悪かったな、自分語りなんか聞かせちまって。まあ、ともかくロバートさんにありがとうの一つでも言ってやったらどうだ。多分あの人泣いて喜ぶぜ」


 それじゃあな。アベルは逃げるように彼女を置いてその場を立ち去った。リュティエルに背を向けて去った彼は暫く歩いたところで天を仰ぎ、目元を拭った。


「ハァ……。やっぱつらいな……」


 頭に浮かぶのは魔獣に殺された家族の遺体。そして目の前で魔獣に連れ去られた弟の絶望に満ちた表情。もうあんな光景を見せられるのはごめんである。


 さて、ここで一つ問題が発生する。何も考えずにその場を去ってしまったアベルは、すぐに病院に戻るわけにもいかず感傷に浸りながらしばらく町中を歩き回るのだった。




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