第5-13話 タウン・イズ・インデンジャー
ラケルの病室を飛び出し、ライーユの町を駆けるリュティエルと、その後を気づかれないようについていくアベル。アベルにつけられていることにも気づかずに一心不乱に走るリュティエルの頭の中にはロバートがまだ生きていることだけしかなかった。
そして二人が病室を飛び出した直前、リュティエルの見た夢の通りに、ロバートが魔獣の襲撃を受けていた。それも町の外を巡回し始めた直後のことであった。
豹のようなしなやかな筋肉をくねらせ、ロバートの動向を注視する魔獣の姿を見てロバートは一瞬動きを止めた。
本来、魔獣がめったに出現しない町の付近で魔獣と遭遇したことで一瞬狼狽したロバートであったが、さすがにそこはベテラン戦士。すぐに気持ちを切り替え槍を構えると魔獣と相対した。
お互いに殺気を放ちながらお互いの武器を突きつける二頭の獣。先に動き出したのはロバートの方であった。年のせいで長期戦の出来る身体ではないことは本人が一番理解している。ならば先手必勝。相手が動く前にダメージを与えて、自主的に撤退を促した方がいい。
槍を構え走り出した彼は、そのまま槍を突きこむ。しかし、ロバートの突きを魔獣はひらりと素早い動きで身を翻すことで回避する。一瞬のうちに槍の間合いから離れた魔獣に対してロバートはさらに踏み込み、薙ぎ払いで追撃をかけるが、それもまた回避されてしまう。
軽やかな魔獣の動きで自身の身体の衰えを感じざるを得ないロバート。しかし、それ以上に魔獣の動きがいい。おまけに森の中で長物の槍が振るいにくい。そしてそのことを理解しているかのように魔獣が気のそばから離れようとしない。
(なんだこの魔獣は……。妙に動きに人間味というか、理性を感じるな……)
魔獣の動きに違和感を感じるロバートであったが、今は考えている時間はない。
「シィッ!」
再び踏み込んだロバートは再度、魔獣の胴体に突きを入れる。今度は三連撃。深く踏み込むとともに連続で突きこまれた槍の連撃はどう回避しても一撃は当たるはずで打ち込んだものだった。
一発、二発目は身をよじるようにして回避されてしまうが、その動きで三発目はどうやっても回避できないようになった。三発目が当たると同時に手に走るはずの手ごたえを待つロバート。
しかし、槍の突き刺さるような手ごたえがロバートの手に走ることはなかった。しかし、槍は彼の意志にかかわらず空中で停止している。
槍の穂先を確認したロバート。彼の眼には槍が胴体に刺さる直前、槍の柄を尻尾で巻き取り静止させている姿が映った。
その姿を見て彼は動揺を隠せない。彼が生れ落ちてから四十年近く。その中で尻尾で攻撃を防いできた魔獣はいくらかいたが、その中でも弾くや防ぐなどの単純な方法でなく、巻き付け静止させるという方法をとってきた魔獣は初めてだった。
人間的な柔軟で、複雑な方法。生まれて初めて見る魔獣の行動にロバートは、この魔獣が普通の魔獣でないことを一瞬で理解した。
(この魔獣を町に行かせるわけにはいかない!)
改めて命を懸けてでも魔獣と戦う決意を固めるロバート。しかし、彼の武器は魔獣の尻尾に絡めとられている。すなわち魔獣の手の内である。
ロバートの槍を制した魔獣はそのままロバートの身体を振り回そうと尾を振る。力づくでこらえようとしたロバートであったが、よほどでない限り魔獣に身体能力で勝つのは難しい。振り回され木に叩きつけられ、その衝撃で槍を手放してしまう。もぎ取った槍を遠くに投げ捨てた魔獣は武器のないロバートに向かって飛び掛かった。
武器のない人間など、魔獣どころか通常の動物にすら勝ちにくい。魔技が使えれば話は別だが、ロバートは魔技は身体能力強化程度しか使えない生粋の槍使い。彼ではこのままでは決めきれないだろう。
魔力で身体能力を強化したロバートであったが、攻撃が決め手にならない以上、防戦を強いられる。槍を取りに行くのも一つの手だが、背を向けようものならば魔獣の牙にかかってしまう。
しばらく魔獣の動きをかいくぐっていたロバートであったが、ついに限界が訪れる。一瞬の隙をつかれて尾に右腕を絡めとられ動きを制限されたロバートはそのまま魔獣に押し倒されてしまう。魔獣は牙を剥き出しにしてそのまま喉に食らいつこうとする。
当然抵抗の意志を見せるロバートであったが、二つしかない腕の一本が自由に動かせないことで動きが制限され、抵抗の力が半減される。これでは魔獣の牙から逃れることは出来ない。
馬乗りで片手しか使えない状態で抵抗には限界がある。ついにその均衡が崩れ、魔獣の牙がロバートの喉に届こうとする。
(南無三ッ!)
喉に走る激痛を想像に、思わず目をつぶってしまったロバート。頭の中には一人残すことになるリュティエルのことがよぎっていた。
しかし、彼の喉に痛みは走ることはなかった。馬乗りになっていた魔獣の身体がいきなり吹き飛んだのだ。周囲には魔獣の毛が燃えたときの焦げ臭い臭いが漂う。
魔獣の身体が吹き飛んだ方向から攻撃地点を推測し、そちらにロバートが視線を向けるとそこには手のひらから魔力を迸らせるリュティエルの姿があった。
「逃げろリュティエル! あの魔獣は普通じゃない! お前の手に負えるような存在じゃないんだ!」
なぜこんなところにとかいうのは今はどうでもいい。ともかく彼女をあの魔獣の魔の手から逃がさなければならない。彼女から放たれた炎で矛先を彼女に向けた魔獣がいつ襲い掛かるかわからない。動き出さないうちに逃がしておかなければ。
しかし、ロバートのそんな思惑をあざ笑うかのように魔獣はリュティエルに飛び掛かった。もともと先ほどの一撃は勇気を振り絞った一撃だったため、リュティエルにそれ以上の行動を起こす余裕はない。魔獣を前に立ち竦み、逃げ出せない。
そんな彼女の様子を見て動きを止めるため、ロバートは跳ねるように立ち上がり魔獣に飛び掛かるが紙一重のところで届かず地面に落下する。
もう、魔獣とリュティエルの間を妨げるものはない。あとは近づいて彼女の柔らかい肉に牙を突き立てるだけでいい。
「リュティエル!」
ロバートの声でようやくハッと意識を取り戻したリュティエルは、やっと行動を起こすがもう遅い。トップスピードまで加速した魔獣から逃げることなどできやしない。
逃げ出すため振り返るリュティエルの身体に魔獣の影が迫る。両者の距離はどんどんと近づいていき、ついに魔獣の爪や牙が届くほどまで近づいた。あとは牙を突き立てるだけ、魔獣は力強く踏み込むと、一跳びし襲い掛かる。
まだ、一歩と踏み出すことのできていない彼女にもはや逃れる術はない。そう確信したロバートが次に来る血まみれの光景を想像し絶望に塗りつぶされ、視界が真っ白になった。
「頭下げろ!」
しかし、リュティエルに牙が突き立てられ彼女の身体から血が流れるという、ロバートの想像する光景が訪れることはなかった。何なら血を拭いたのは魔獣の方であった。
襲い掛かる魔獣に合わせるように森の中を駆け、一声上げた俊敏な影は、リュティエルの頭上を通り過ぎると魔獣の胴体に両足を揃えたドロップキックを叩き込んだ。突然のことで回避もできなかった魔獣は吹き飛ばされ、森の中をもんどりうって転げまわる。
「あんた、どうして……」
リュティエルを助けたのは、当然アベルである。彼女の後をつけていたのだからこの場面に遭遇するのはむしろ当たり前のことである。
魔力を漲らせ、リュティエルを守るように立ちふさがったアベルは彼女に一瞬視線を落とし無事を確認すると魔獣の動きに注意にしながらロバートのもとに駆けていく。
「大丈夫ですか?」
「私は大丈夫だ。リュティエルは?」
「あの子も無事です。怪我一つありませんでした」
「そうか……」
彼女が無事だということを聞き安心しロバートはホッと息を吐く。
「あの魔獣、手ごわいが……。君に任せてもいいか?」
「もちろんです。変のを相手するのは慣れてますから」
アベルに魔獣の対処を任せることにし、彼の了承を得たロバートは立ち上がるとリュティエルのもとに走っていく。
その背中を見送ったアベルは魔獣に意識を集中させ、気持ちを戦闘体勢に切り替える。と同時に魔獣の意識もアベルに向いた。走る勢いも乗った蹴りを受け、魔獣は怒り心頭。絶対に嚙み殺してやると強い意志を持ってアベルを睨みつけた。
が、その意思もすぐに本人の意思とは関係なしに揺らいでしまった。アベルを一目見てすぐに戦闘能力の差を理解してしまった魔獣。その強い意志とは裏腹に、肉体は本能的に物怖じしてしまっていたのだ。
思わず一歩ほど後退りする魔獣。しかし、ここで退くわけにはいかなかった。己の士気を上げるためにアベルに威嚇をすると体勢を低くし、唸り声をあげ始めた。
「さあ、リハビリに付き合ってもらうぞ」
それを見て魔力を体内で循環させ体勢を低くしたアベル。これで両者の戦闘態勢が整った。あとは小さく動いただけでも均衡は崩れ戦闘状態に陥る。
先に動いたのは魔獣のほう。アベルの攻撃の届くギリギリ外の間合いまで近づき、彼の動向を見る。隙があったら飛び掛かるつもりだろう。
その意図を察したアベルは、視線を魔獣からずらしロバートたちが向かった方向に向ける。もちろんわざとであり、魔獣の攻撃を誘うためのものである。魔獣が人間的な思考を持っているのならば誘われていると警戒するかもしれないが、所詮は魔獣。アベルが視線を逸らしたその瞬間、隙を見せたと判断し飛び掛かった。
その攻撃に対してアベルは最低限の行動で回避すると、魔獣の首に手を回す。両手を使ってがっちりと首元を固定したアベル。その手から魔獣は逃れようとするが、まるで自分よりも大きな生物に抑え込まれているかのような力で押さえつけられ、逃れることができない。
もうこうなればアベルの手の内である。魔獣を如何様にもできる。
アベルは向上させた腕力で魔獣の首に万力のごとき力を加えると、そのままの勢いで魔獣の首をへし折った。脊髄がある生物で、首の骨を折ることが弱点にならない生物はいない。魔獣もその例外ではなく首の骨を折られ、身体の自由を奪われた魔獣はクタリと倒れた。
「一体程度じゃこんなもんか」
首を折り、息の根を止めたアベルは魔獣の首元を掴むとリュティエルたちの方に魔獣の身体を引きずりながら歩き始めるのだった。
魔獣を一蹴したアベル。しかし、その判断はある意味で間違いだったかもしれない。目先の被害を意識しすぎて、それがそれ以上の被害を生んでしまうことを知らなかった。だが、そのことを本人ですら知らないのだ。無理もないことである。
「ん、放った魔獣がやられたか。てことはそのあたりにライーユがあるということか……」
ライーユまでの道のりを教えてもらえるスートの町に滞在するラスター。人目につかない薄暗い路地の空き家に身を潜める彼は、配下として放った魔獣がやられたことを察知し、その位置からライーユの町のおおよその位置を特定しようとしていた。
ライーユの町はその特殊性故、悪人の手から守るために結界が張られている。並大抵の術師では特定することすらできず、鈴がなければ入ることすらできない。
だが、彼は魔獣が殺されたことから逆算して、その傍には人間が住んでいる、そして町があることを探し出していた。魔獣の脅威から身を守るため人間は魔獣を倒すことを利用しての作戦であった。
「しかし、入ることは叶わないか。結界をすり抜けるための術式を解明せんとな。お前関連じゃないのか」
『いいや、ライーユの結界は私の関与しない人間の生み出した強固な結界だ。解析するには情報が足りない』
「ならば仕方がないか。面倒だが一から解析するしかないか」
面倒くさそうにため息を吐いたラスター。彼は傍らに置かれた杖を持ち上げると建物から出る。そしてライーユの町があると推測されるあたりに向かって飛翔し、向かい始めるのだった。
普通と違う魔獣を討伐した。そのことから始まる悲劇が、ライーユの町で起こることになるが、そのことを知るのは当の本人、結界を解析しようとしているラスターのみである。
悲劇の日まであと二週間。
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