第5-8話 ソードマン・アライブ・デステネイション
ラケルの毒が発覚してから道という道を走り続けたアベル。彼はとうとうライーユの手前の二つの町、その一つであるイスミルに辿り着いた。もう一つの町というのがスート。あの分かれ道を左に進んだ時に辿り着く町という話である。
それはともかくとしても、ライーユまでの到着が現実的になったことでアベルは安心で全身の力が抜けるような感覚を覚える。もう少しでラケルを苦しみから救うことができる。そう考えると今までの自分の行いが報われるような気がする。
しかし、すぐに切り替え気持ちを引き締める。最後の最後に足元をすくわれるなどということはよくある話。ここで気を抜いてダメになれば苦しみ続けたラケルが報われないのだから。
聞くところによるとこの町の赤い屋根の建物の人間に聞くと、ライーユまでの道のりを教えてくれるらしい。その情報を頼りに早速赤い屋根の建物を探し始める。
すると町の中央あたりの少々人目につかない裏路地にその建物があった。赤という目立つ色であるにもかかわらず意識しないと見逃してしまいそうになってしまったあたり、おそらく建物に意識しないと目につかないような何かしらの魔技がかかっているのだろう。
しかし、アベルは意識して探したため、すぐに見つけることができた。早速中に入る。
「すいませーん」
「はいはい、なんでしょうか?」
客のいない雑貨店のような見た目の内装の奥から姿を現したのは皺の多い顔をした老婆。優しそうな雰囲気を放つ彼女に対してアベルは早速ライーユまでの行き方を問う。
「ここでライーユの行き方を教えてもらえるって聞いたんですけど……」
アベルがこの問いを投げると老婆の眼がスッと細められる。直後、老婆の身体から決して強くはないが圧倒するような気配を放ち始める。
「お兄さん……。どうしてライーユに行きたいんだい?」
「この娘の治療のためです。もう結構ギリギリなんです」
アベルが背中に背負ったラケルを見せると老婆がラケルに近づいてきて、様子をうかがい始める。すぐに彼女の容態の深刻さに気付いた彼女は少し慌てた様子を見せる。
「こりゃイカン。早いところいった方がいい。ちょっと待っておれよ」
そういうと老婆は速足で奥に引っ込んでいく。すぐに戻ってきた彼女の手には鈴のようなものが握られていた。その鈴をアベルの手に握らせた老婆は鈴の使い方を説明する。
「町から出て道を進むと、あるところで鈴が鳴るようになる。そこからずっと鈴のなる方向に進んでいけばライーユにつくかんな。この娘っ子のためのも早いところ行ってあげんさい」
老人の言葉を聞いたアベルは、あえて言葉を発さず深く頭を下げると建物を飛び出す。そのままの勢いで町中を奔り、町を飛び出したアベルは街道を走る。
すると、町を出てしばらく走ったところで小さく鈴が鳴り始める。その音は徐々に大きくなっていき、ある一定の場所を超えたところで音が徐々に小さくなる。足を止め、音が一番大きく鳴るところで足を止めた。
大きく鳴るところでどちらに進めばいいかを探ると、道の横に存在する森の方に進むようになっていた。本当にこちらに進んでいいのか、一瞬不安になったアベルであったが、今のアベルに信じるべきものは鈴しかない。
「…………よし」
覚悟を決めたアベルは薄暗い森の中に足を踏み入れるのだった。
「あー、もう! あいつどんな早さで進んでるんだよ! マジで追いつかねえぞ! 進めば進むほどそれっぽい奴が来た期間が長くなるし!」
アベルが迷った分かれ道、そこにたどり着くまでアベルが走って三日かかる町。そこでアベルを追いかけていた青年一行、言ってしまえばサリバンのパーティはアベルの進む速度に愚痴を漏らしていた。
アベルが魔技を使って全力で進んでいたのに対し、彼らは普通に歩いて進んでいた。早い段階でアベルの進む速度に気づかなければ、双方の差はもっと開いていただろう。
「彼と離れてから二か月。我らも成長したのだが、彼はそれ以上に成長しているようだな」
「まあ、向かってる場所も分かってるし普通に進んでいけばそのうち会えるだろ。そんなカリカリすんなよリーダー」
ドトークとレオの言葉を聞いて冷静さを取り戻すサリバン。彼はリーダーとして指示を出す。
「このままじゃいつまで経ってもあいつに会えない。よって今日からは不眠不休で進むぞ。休めるのは三日に一回だ!」
「はぁ、ふざけんな!? そんな緊急性もないのに無茶苦茶じゃねえか」
「おーぼーだよ! それじゃお肌が荒れちゃう」
「うるさいうるさい! リーダー権限だ! すぐに出発するぞ!」
だが、息まいているサリバンは部下の不満を聞いても曲げようとしない。出発しようと準備する彼の姿を見て四人の部下たちは渋々出発の準備をするのだった。
実はサリバンが再会を焦っているのには理由があった。
(なんかいやな予感がする……)
彼はアベルに対して胸騒ぎのようなものを感じていたのだ。彼の周りで何か不穏なことが起こるのではないだろうかという不安。直感が警鐘を鳴らしてそれがサリバンの身体を動かしていたのだった。
「出発だ! 最速で進むぞ!」
五人は町を出発するのだった。しかし、サリバンの見立てにはそれでも誤差があった。それはアベルの進む速度。アベルの進む速度はサリバンたちの最速よりもさらに速い。具体的にはアベルが分かれ道まで三日だが、彼らは最速で四日半だ。
それを知らないサリバンたちは町を飛び出すのだった。
鈴の音に導かれて進むアベル。彼の進む道は意図的にか、グネグネと曲げられており鈴がなければ確実に迷っているだろう。
しかし、アベルは鈴を持つ者。その音色に従えばなんのことも無く辿りつくことが出来る。
あと少しあと少し。そんな逸る気持ちを抑えながら、アベルは歩みを進めていた。
「さて、あともうちょい。気張って行きま――」
そんな言葉を紡ごうとしたアベルの耳に違和感のある音が届く。がさがさと藪をかき分けて何かが進んでくる音。アベルの進んでいる方向の横という、明らかに鈴の音の指示に反した場所から響いたその音でアベルは何か不埒な人物がこちらに近づいていると悟り、即戦闘態勢に入った。
まさか、先日の刺客が追いかけてきたのか。旅を続けている間も懸念の一つであったことが脳裏によぎった。しかし、彼の前に姿を現したのは予想外の人物だった。
「なんだお前か。なんか久しぶりな気がするな」
姿を現したのは以前、アベルに襲い掛かってきた人物であるアイリースであった。以前は不意を突いて襲ってきたそいつがわざわざ音を立てて姿を現したことに違和感を覚えながらもアベルは警戒を崩さず応答する。
「それで? 今、忙しいんだけど」
「知っている。神獣の毒はほぼ一般人の彼女には厳しいだろう。今、貴様を手にかけるつもりはない。だが、貴様に用がある」
そういうと彼は瞬きすらままならないほどの速度でアベルの背後に回り、その背中に手を回した。何かを千切る様な動作をしたかと思うとその手の内には小さな木の実のようなものが握られていた。
アイリースが握っているのは発信機。クォスに襲われた際に、彼が付けたものであった。
発信機を手にしたアイリースはアベルに背を向けるとその場を去っていく。
「ちょ、ちょっと待てよ! いろいろ聞かせろ!」
事態を飲み込めていないアベルは声を荒げ、アイリースに説明を求めるがそんな親切な人物だったら、いきなり背後から襲い掛かってくるようなことはない。聞く耳持たずに一方的に話を進める。
「そんな暇があるのか?」
アイリースが顎で森の奥を指す。その方向から人間の声が微かに響いていた。何かに怒っているような女の声。
わざわざ教えてくれるならば自分でやればいいじゃないかと思ったアベルであったが、そんな文句の一つも言えないまま既にアイリースは姿を消していた。
自分本位に物事を進める彼に一種の殺意を抱くが、彼に構っている暇はない。声と森の中という状況的に何か悪いことが起こっていることを察したアベルはその方向に走り始めた。
鈴の音がそれを諌めるように小さくなるが、そんなことを気にしている暇はない。経験上、大抵こういう時には人の命がかかっている。それを見過ごすことは出来ない。
近づいていくにつれてくぐもったような女の声がはっきりと聞こえるようになってくる。そして完全に聞こえてくるようになったところで、事の全貌を理解できるようになった。
アベルの瞳に映ったのは、木にしがみついている少女とそれに群がる魔獣の姿であった。しかし、少女は今にも落ちそうになっている。このままでは彼女が魔獣に食われてしまうと判断したアベルは早速彼女を助けるために行動を起こすのだった。
「もうッ! 早くどっかに行ってよ!」
木の上で魔獣たちを追い払おうと大声を上げる少女は、必死で恐怖と戦いながら涙目で魔獣を睨みつけていた。
彼女がどうして一人でこんなところにいるのかはさておくとして、その最中に魔獣に見つかってしまったのが運の尽き。何とか走って木の上に上り、緊急避難はしたもののそれが運の尽き。木の下から一切離れない魔獣は少女の逃げ道を意図せずに潰していた。
木の上から早く離れたい少女。樹上の住人になるならば安全は担保されるが彼女にそんなつもりはない。かといってこのまま地面に降りるのはどうぞ食べてくださいと言っているようなものである。故に彼女は魔獣を何とかして追い払わなければならない。
「どっか行け!」
少女は手近にあったものを魔獣に投げつけるが、彼女に投げつけられるものなど葉っぱや小さい木の枝くらいしかない。そんなものでは魔獣のダメージにはならず、逆に注意をひきつけるだけ。
「もうっ! いい加減にしてよ!」
少女は偶然木になっていた木の実に手を伸ばし、それを魔獣に投げつけた。
が、それが運悪く魔獣の内の一体の眼に直撃する。魔獣とて内臓は他の生物と大差ない。目玉に直撃を受けた魔獣はもがき苦しみ始める。しばらく苦しんでいた魔獣が復活すると、彼は牙を剥き出しにした怒りの表情を浮かべていた。
「ヒイッ!?」
お冠の魔獣に睨まれ悲鳴を上げる少女。そんな彼女を振り落とそうと、魔獣は少女の登っている木に体当たりをし始める。その衝撃で木の幹がミシミシと悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと!」
木の幹が揺れ、振り落とされそうになる少女は必死でしがみつく。その甲斐あって振り落とされることはないだろうが、今度は別の問題が発生する。
少女の乗っていた木の枝にヒビが入り始めているのだ。魔獣の体当たりの衝撃でどんどん大きくなり、落ちるのも時間の問題である。
「嘘、ウソウソウソッ!!!」
少女もそのことに気づくが、その時には既に身動き取れない状態になっていた。そして魔獣が渾身の力を込めて体当たりをしたその瞬間、バキッと小気味いい音を立てて少女の乗る木の枝が折れた。
「キャアアアア!!!」
一瞬の無重力状態から落下を始める少女の肉体。このまま地面に激突すれば大けがを負うだけでなく、魔獣に食い散らかされることになるだろう。
(死にたくない、けどしょうがないのかな……)
落下のわずかな時間で走馬灯を見て少女は自分の人生を思い出す。このまま魔獣に食べられて死ぬんだと直感した少女は目をつぶり、次に来る痛みに備える。
(ごめん、お父さん……)
しかし、少女の身体に痛みが走ることはなかった。代わりに来たのは横向きの重圧。肌に食い込む鋭い痛みも、腰に走るはずだった重厚な痛みも全くない。
少女は恐る恐る目を開いてみる。すると少女の身体はなぜか同じような女の子を背負った男に抱きかかえられていた。
「よし、何とか間に合ったな」
少女を抱きかかえるアベルは、地面に激突する前に救うことができたことにホッと息をつく。
しかし、落ち着いてもいられない。彼のそばにはまだ生きている魔獣が三体。それも一体は激高状態である。少女を素早く降ろすとすぐに戦闘態勢に入る。
突然現れたアベルに向かって飛び掛かる激高する魔獣。しかし、その動きはアベルが張った障壁によって妨げられる。何もないところに現れた壁によって動きを止められた魔獣は何が起こったかわからないといった表情を浮かべる。
そのうちにアベルは他二体の魔獣へ攻撃する。籠手から剣を抜いたアベルは魔獣に投げつけると同時にもう一匹に襲い掛かる。首に腕を絡ませ締め上げながらもう片方の腕を口の中に突っ込む。
「燃えろ! アル・ブレア・フージュ・エクプ!」
アベルは魔技の詠唱を行うと、手のひらから巨大な火の玉を発生させ、それを内部から爆発させた。体内で直接爆発を受けた魔獣の身体は、内側からはじけ飛び周囲に肉片を飛び散らせる。
だが、アベルは飛び散る肉片も顔に飛ぶ血も気にせずに次の魔獣に襲い掛かる。次の標的は剣を投げた魔獣。投げた剣は回避されてしまっているが、魔力を介して自由に操作できるアベルにとって、一度や二度躱されるというのはなんてこともない。
躱され遠くに飛んで行った剣を引き戻し背後から一撃入れるアベル。突然の一撃に魔獣はギャッと悲鳴を上げる。アベルはそれを聞くと同時に当たった剣の進む向きを変え、やや斜め上に飛翔させる。
その剣に向かってジャンプしたアベルは空中で剣をキャッチすると切っ先を魔獣に向け、そのまま重力に任せて落下する。力を集中した剣の切っ先は魔獣の表皮を容易く切り裂き、魔獣の身体を地面に縫い付けた。
瞬く間に二体の魔獣を討伐したアベル。彼は最後の一体に意識を向けた。最後の一体は激高していた。先ほどの二体のようにはいかないだろう。そう考え、アベルは気を引き締める。
しかし、アベルの想定とは全く違う動きを魔獣はして見せた。先ほどのアベルの鬼神のごとき戦いぶりで怒りが完全に落ち着いてしまっているらしく、威嚇の唸り声をあげながら後退っていた。
この分なら戦わなくても撃退できるかもしれない。魔獣の様子を見てそう考えたアベル。彼は大きさに重点を置いた威嚇の声とともに剣を振り上げる。
「オオァッ!」
すると、魔獣はそんなアベルの姿を見て、尻尾を巻いて逃げ出した。もう既に折れてしまった魔獣を屈服させるのはそう難しくなかったのだ。
「やれやれ」
魔獣の魔の手から少女を救い出したアベル。彼は放心しながら地面にぺたりと座り込んでいる少女のもとへ向かうのだった。
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