第5-7話 デビルズハンド・グラジュアリー・クリープアップ
ガウマと別れ、ライーユまでの道のりを奔るアベル。だいぶ世界樹にも近づき、見上げるのに顔を空に向けなければならないほどにもなった。ここまで近くなったのならばもう少しで目的地に到着できるだろう。
大地信教団の追手もなく一週間近くほとんど休憩もなしに走り続けた彼であったが、ここにきてまさかの難関に直面することになる。
「やべぇ……、どっちだ?」
彼の前に待っていたのは、二股に分かれた道であった。看板もなくただただ二つに分かれている道はアベルの思考を大いに悩ませていた。
問題なのはどっちに進めばいいかということ。ライーユまではあるところまでは道なりに進めばいいと聞いているし、三日前に訪れた町で確認もとっている。しかし、道なりというところまで聞いていてもこれではどちらに進めばいいのかがわからない。言葉を信じればどちらでもいいから道なりに進めばいいのだろう。裏どりの情報がなければ何も考えずに進んでいたかもしれないが、情報があるがゆえに悩む。
「どっちでも行けるってことか……。昨日の集落の人たちは肝心なところを教えてくれなかったんだな……。まあ、向こうが行き方を知ってる前提だったらそんなもんか」
顎に手を当て集落の人間に不満を漏らしながらも思考を巡らせるアベル。引き返すのも手かもしれないが、それだと集落に行って、ここまで戻ってくるまでの合計六日を無駄にすることになる。その間にラケルの容態が悪化すれば本末転倒も甚だしい。
「もう行くしかないか……。どっちにするかな……」
道なりという言葉を鵜吞みにしこのまま進むことに決めたアベル。最初の選択を終えた彼は続いて二つ目の決断に移る。右か左、どちらに進むかだ。とはいえこんなものに時間をかける必要はない。パパッと決めてとっとと進む。
「…………右にするか」
進む道を右にしたアベルは、そのままの勢いに乗せて走り始めるのだった。
それから四日ほど走ったアベルは小さな町に到着する。やっと一息つけてラケルを落ち着いて寝かせることができる。アベルはほっと息をつき、早速宿をとった。
宿のベットにラケルを寝かせたアベルは情報収集のために早速街に出る。目的は本当に右の道で会っていたかである。
適当な料理屋に入ったアベルはラケル用の消化のいいものを頼むと同時に店主に問いかけた。
「なあ、ライーユまで道のりってこの町通るか?」
「ん、ああ、兄ちゃん旅人かい。確かにこの町であってるよ。というかそういうふうに聞くってことはあの分かれ道だろ?」
「ああ、そうそう。どっちに進めばいいかわからんくて適当に決めたんだけど」
心当たりがある様な素振りを見せる店主。彼の話に注意深くアベルは耳を傾ける。
「あれは、どっちに進んでもライーユに到着するんのよ。なんかあの辺は遺跡だか何だかで危険らしくてな、それで道を分けたんだと。しっかし不親切だよな。あんたみたいなやつばっかりなのに看板の一つもつけねえんだ。まあ、俺も付けに行く気はねえんだけどさ!」
店主はガハハと笑う。そんな店主の言葉を聞き、呆れたようにため息を吐いたアベル。店主から差し出された食事を受け取ると店を後にした。
宿に戻ったアベルは食事を細かくされた食事を回復薬で流し込んでいく。衰弱している彼女にカロリーの高いものを食べさせるのは難しい。回復薬に込められた必要な栄養と食事からとれる栄養で彼女の身体を維持させるしかない。
しかし、今の体力の消耗の激しい彼女ではとった栄養から身体に残せる栄養など微々たるもの。そこから生理的な肉体の維持に使われる栄養も考えると栄養の収支はマイナスである。故に彼女の身体は日に日に痩せてきている。栄養の消耗を防ぐためか、最近は目を開くことすらせず、生きているのか不安になるほど動かない。以前のラケルの女性らしい肉付きのいい身体も今では見る影もないのだ。こんな生活、いつまでも続けるわけにはいかない。
「もう少しだから……。もう少しだけ頑張ってくれな……」
アベルは心配そうに眉尻を下げながら彼女の前髪に触れながら額を撫でた。すると彼女は今までピクリとも表情を変えなかったのにわずかに口元を緩めた。これで安心感を得られたのであればよかった。
回復薬も飲ませてある程度の時間、彼女は安定するだろう。この間に休息をとっておくことにしよう。ほとんど寝ずに走り、落ち着いて休息の取れない彼にとって貴重な休憩時間だ。無駄にするわけにはいかない。
ベットに背を預けると彼は三秒もしないうちに眠り始めるのだった。
「あー! 久しぶりにゆっくり寝られた!!! 元気いっぱいだ!」
それからしばらくして。日が暮れかけ、太陽が地平線の向こうに沈みそうになっているときにアベルは目を覚ました。久しぶりにゆっくりと眠ることのできた彼は、ご機嫌であった。
「さて、だいぶゆっくりできたし出るか。ラケルちゃんのこと考えればうかうかしてられんしな」
気持ちのいい目覚めで機嫌のいい彼は立ち上がると出発の準備をする。ラケルに回復薬を飲ませ、彼女を背負うと、宿を後にする。夜に旅をするのは危険という前提があるがアベルには関係がない。魔技で夜でも視界が効くようにできる。
宿に金を払い、町の出口に向かって歩き始めたアベル。彼はライーユまでの道のりを考えながらふと考える。
「そういや近くに危険地帯があるって言ってたな。何が理由で危険なんだろうな?」
店主の言葉をふと思い出し、頭に浮かんだ疑問。しかし、確かめに行くわけにもいかないこんなことを長々と考えても仕方がない。この疑問を掻き消すと町の出口から飛び出し、走り始めるのだった。
アベルが選択を迫られた分かれ道近く。人々から危険地帯と恐れられ避けられている土地には一軒の民家がポツンと建てられている。木製のその建物には壁を覆いつくすように蔦やコケが走っており、誰がどう見ても廃屋にしか見えないだろう。
しかし、実はこの建物、廃屋ではない。しっかりと利用されている。それを示すように玄関周りだけは蔦やコケがなく、建物の周りに生い茂っている草も一部が道のように踏み固められている。誰かが訪れている証拠である。
だが、こんなちんけな建物自体に用があって訪れているわけでもない。こんなものはただの飾りでしかない。この建物をもって偽装を施し、その実もっと重大なものが隠されていた。
第一、この建物にも認識を阻害するための魔技、そして魔技がかかっていることを認識させないための魔技という高度な複合技術がかけられていた。これを限定した人間にのみ認識できるように施すことができるのは世界でも数人といないだろう。
そしてそんな建物の地下。人目に触れることのない地底には常人には想像できないほどの敷地が広がっていた。下水道すら整えられ、まるで一つの町のようにすら思えるほどの敷地に人々が暮らしていた。
当然こんなところに住んでいる人間がまともなわけがない。ここに暮らす人間は全員もれなく大地信教団の研究者、あるいはその関係者であり、日夜神装使いを殺すため、そして神装を破壊するための研究を行っていた。
そんな敷地の中をコツコツと靴音を立てながらグルマは歩いていた。研究者としての側面を持つ彼は、ある人物の使いとして活動しながら、この場所で研究を行っていた。
薄暗い地下施設の中を歩く彼はしばらく歩いたかと思うと、ピタリとある扉の前で止まる。希少金属で作られたその扉を開け中に入ると、そこには巨大な穴が開いていた。直径五十メートルはあろうかという巨大な穴。その底、深さ百メートルほどのところで何かが蠢いていた。
その正体は巨大なムカデのような虫型の魔獣であった。一節で一メートルはあろうかという巨大な虫型の魔獣はギチギチと音を立てながら蠢いており、それがなんとわかるだけでも十体以上が折り重なって穴の底で蠢いていた。苦手なものが見れば卒倒してしまいそうな光景にグルマは仮面の下で眉一つ動かさない。
無感情な瞳でその様子を見つめていたグルマ。しばらく見つめていたかと思うと、何かの気配を感じ取ったのか、彼は振り返り背後の存在に対して跪いた。
「進捗はどうだ?」
「ラスター様」
グルマの背後という何もない場所からいきなり現れたのはローブを着てフードをかぶった人物。片手には杖を握っており、熟練の魔技師といった立ち振る舞いを見せている。
「順調でございます。こちらのシャントピートとケルベロースは最終調整も完了。アンタレスとアバドンも最終調整を残すのみ。ベヒーモスはその大きさ故、もう少しお時間をいただければと」
跪いたグルマは男に研究の進捗を伝えていく。それを聞いてローブの人物は小さく首を縦に振った。
「よい。そこまで進んでいるのであれば十分だ。シャントピートとケルベロースやらだけでも十分に人間の部隊は蹂躙できる。とりあえずはその二種だけで十分だ。それよりも破神装の依り代候補の捜索はどうなっている?」
男はグルマに任せていたもう一つの任務の進捗を問うた。それを聞いてグルマは表情を濁らせる。どうやらうまくいっていないらしい。
「申し訳ございません。そちらはどうにもうまくいっておりません。何せ破神装の依り代候補が姿をくらますというのが前例のない事態でして……。その身に溜め込んだ呪いを探知する技術もございませんから、捜索するとなるとどうしても人手を動員せざるを得ず……」
「……まあいい。最悪なくてもどうとでもできる。そちらの優先順位は落としても構わん。その代わり強化魔獣の量産体制を整えろ」
「かしこまりました」
それをグルマに伝え終わったローブの人物は、転移の魔技によってグルマの前から姿を消した。残されたグルマは主の期待に応えるべく、活動を再開するのであった。
地下施設から転移したグルマにラスターと呼ばれていた人物は、かぶっていたフードを脱ぎ、月光のもとにその素顔を晒す。その素顔は幼さの残る童顔の青年であった。というか童顔というより少年そのものである。身長もローブの内側で浮遊し誤魔化していたらしく、カルミリアよりも少し高いくらいしかない。ローブを取り払えば、少年にしか見えないだろう。
そんなラスターはフードを脱いでうっとうしそうに首を振り、髪を振り乱した。
「まったく、あそこは相変わらず埃臭い。人目につかないのはいいが、あの埃臭さはどうにかならないものか。我が部下ながらあそこで研究できるグルマの気がしれん」
ローブの埃を払いながら地下施設の不満をぶちまけるラスター。
「まあいい。泉の水を回収すればその時点で宣戦布告だ。そうなれば世界中の人間が俺の研究の成果に刮目することになる。せいぜい楽しむがいいさ」
ブツブツと一人で呟いたかと思うと、クククとかみ殺すように笑い始めるラスター。
そんな彼はまるで誰かから会話でもしているかのように、突然虚空に向かって問いを投げかけた。
「何? ライーユに神装使いが向かっている? そういえば話に聞いたな。魔神剣が復活したと」
虚空との会話を続けるラスターはさらに言葉を続ける。
「復活したての魔神剣の使い手はつい最近まで素人同然だったと聞く。そんな奴が俺の計画の妨げになるとは思えんが。まあ、泉の水の回収ついでだ。顔でも見ておけば楽しませてくれる奴かどうかの判断もつくだろう」
その言葉を最後に会話を打ち切ったラスターは杖に魔力を流すと、転移の魔技を発動する。その直後、ラスターの身体が光に包まれ、瞬間彼の身体は空間を貫いてどこかに転移する。
何百年かに一度、大多数の神装使いが引き寄せられるようにある一か所に集まる。それは世界を巻き込んでの戦乱の予兆である。あるものは世界の歴史に名を残す大活躍を見せ英雄となり、あるものは何もできないまま、惨たらしく死んでいく。
そんな神装使い入り乱れての戦乱、そして世界中を巻き込む大事件。その開戦の日が刻一刻と近づいている。そのことは勘のいい神装使いであれば薄々感づいていた。しかし、その明確な日付を認知しているのは今のところラスターだけ。
先手を打ち続ける彼に対し、アベル達ができることは何もない。ただ、いつ壊れるかもわからない戦いの無い平和な日々を謳歌することだけであった。
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