第5-6話 ソードマン・ヘルプ・フューチャーティーチャー
アベルの首に剣を振り下ろそうとするクォス。しかし、彼の手が止まる。ふとしたときに違和感に気づいていしまったのだ。戦う前には感じられていたはずの部下たちの気配が少なくなっているのだ。
「あ? 俺の部下たちは一体どこに行った?」
アベルから意識を逸らして注意深く探しても見つけることができない。一体意識を逸らした一瞬の間に何があったのか、悶々としたものを感じる。
「まあ、いい。あとで手首の一つで許してやるか」
だが、部下たちなぞ後でどうとでもできる。今はアベルの首を斬り落とすことの方が先決である。周囲からアベルに意識を戻そうとした。その一瞬の隙間、誰に対しても意識を向けていないほんの一瞬のこと。クォスはそこを突かれた。
突如として彼らの周りに煙が舞い上がり、視界のすべてを遮る。それとほぼ同じタイミングでアベルの身体がラケルともども宙に浮く。アベルを持ち上げた下手人はそのままクォスから遠ざかっていく。アベルよりもずっと速く、それでいて静かに森の中を駆け、どんどん遠ざかっていく。
クォスがしまったと思う暇もないほどの早業。煙が晴れたときには既にアベルは目の前から消え去ってしまい、連れ去った人間の気配もつかめなくなっていた。
「逃げられた。この俺が?」
あまりの早業に淡々と事実を述べることしかできないクォス。しかし、次第に怒りの感情がわいてきたのか、声を荒げ怒声を発するようになる。
「ふざけるな……ふざけるなァァァ! どうしてくれんだよォ! クソめんどくせえじゃねえかァァァ!!!」
森中に響くような怨嗟の声。それに反応するように木々が揺れ葉がこすれ揺れる音が響く。
しかし、しばらく大声を出したらすっきりしたのか、一度大きく息を吐くと落ち着いた表情に戻る。
「ま、こうなったら部下たちのせいで逃げられたってことでいいかぁ。気配も追えないし退散退散」
そういうと彼は気配の消えた部下のことを探すこともなく森から姿を消すのだった。
間一髪のところで助けられたアベル。彼は頬に走る衝撃で目を覚ます。
「……おい、とっとと起きんかい。もうとっくに目を覚ましていいんだで?」
瞼を上げたアベルの瞳に映ったのは自身の上にまたがってのぞき込んでいる髭面の老人とその背後に広がる青空だった。現実的な景色を捉えたことでアベルは生き永らえたことを理解する。
そんなことを考えると同時にアベルは爆発したかのように跳ね起きた。青空が見えるということは仰向けで寝ていたということ。それで背中に違和感がないのはおかしい。ラケルを背負っていたのだから何かを押しつぶすような感触がないというのは不自然である。
「ラケルちゃんは!?」
背中に背負っていた存在を探すアベル。すると、離れたところに立っている老人が彼の問いに答える。
「安心せい。お前さんがおぶってた女の子はここにおる」
老人が顎で指した方向にはラケルが眠っていた。呼吸も安定しており、今すぐ死ぬといったことはないようだ。
「しかし、本当に危なかったぞ。わしが助けに入らんかったらお前さんは当然として、あの女の子もほっといても三十分以内に死んでたわ。わしが回復させたから今はだいぶ安定しとるがの」
どうやら戦いに集中するあまり、ラケルに回復薬を飲ませないといけないタイムリミットが近づいていたらしい。切り抜けなければどちらも死ぬという状況なのを鑑みてもラケルのことを忘れてしまうとは不甲斐ないとアベルは反省する。しかし、それ以上に老人の言葉を聞き、ラケルが無事なことでホッと安心するアベル。彼女の存在を確かめるように髪の毛を優しく撫でた。
「今回は助けてもらってありがとうございます。俺はアベル・リーティスと言います。ぜひお名前を聞かせてもらってもよろしいでしょうか」
ラケルの安全が保障されたところで、アベルは老人の方を向くと深々と頭を下げる。それと同時に名前を聞いた。アベルはこの老人から並々ならないものを感じ取っていたからだ。
クォスから逃げる時のあの早業に加えて、先ほどの行動。老人は、両足でアベルをまたいで立ち、顔を至近距離でのぞき込むという不安定な状態から、咄嗟に跳び起きたアベルにぶつかることなく跳躍して離れたのだ。並の人間にできることではない。
「なんのなんの。世界の宝な神装使いが破神装使いに殺されるのを見過ごすなんてお天道様に叱られちまうからな。このくらい爺にはなんてこともないわい。ああ紹介が遅れたな。わしはガウマ。ガウマ・ドリュドリドゥと言う」
老人の言葉にアベルは老人の異常性をさらに高める。一度として名乗ったこともないのに先ほどの状況を口に出すその洞察力。老人の実力がアベルの中でどんどん高まっていく。
「なんで俺が神装使いだって?」
「お前さんの名前はいろんなところで噂になっとるからの。市民を守る冒険者でも衛兵でもない第三の神装使いってな。それに一般人にはわからんくても神装の気配ってもんはわかる奴にはわかるからの」
そういうと老人は腰の噂に下げている瓢箪のようなものの口を開け、中身の液体を流し込んでいく。
そんな彼をさておいて噂になっているということを聞き、アベルは思わず頬が緩む。褒められるのは悪い気はしない。
「そんなことより、その娘、一体どんな毒にかかっとるんじゃ。わしに解けない毒なんて初めてじゃよ。聞かせてくれんか?」
老人の頼みにアベルは答えるため、事の顛末を説明する。神妙な顔つきで聞いていた老人はアベルの説明を要約して呟く。
「ううむ、神獣の毒を食らって、それを解毒するためにライーユに向かっとると。しかし、神獣の毒とは道理で解毒できんわけだ」
「はい。俺はこの子を助けるためにライーユに向かわなければならないんです」
「うむ、誰が君に入れ知恵したのかは知らんが、その判断は正しい。あそこだったらあの娘の毒も解けるだろうさ。なんせわしがついこないだまでいたからな」
「そうなんですか!?」
「おう、おかげで百五十超えてもぴんぴんしとるわ!」
ガハハと笑い声をあげるガウマ。しかし、アベルは老人の年齢を聞いて思わず吹き出していた。見た目は四十台のように年齢相応の張りを持っているにも拘わらず、実年齢は百五十超えだという。もはやホラを拭いているのではないかという疑問すら浮かぶ。
「ま、そんなことよりあそこの効能は確かじゃ。助けたいなら早い方がいい」
「そうですか。それじゃあ俺はこの辺で。お礼はいつか必ずさせてもらいます」
「あぁ、早い方がいいといったわしが言うことではないかもしれんがちょっち待て」
「何ですか?」
「お前さん。わしの弟子にならんか?」
「はい?」
唐突なガウマの提案にアベルは気の抜けた声を漏らす。
「お前さん、いい身体しとるし戦闘のセンスもいいと見た。ちゃんとした技術を学べばかなりいいところまで行けるだろうさ。それに、さっきの戦いで自分に足りないもんもわかったろう?」
ガウマの指摘にアベルは返す言葉がない。
クォスとの戦いでは圧倒的に剣の実力が足りずに敗北を喫した。今までは身体能力のごり押しでどうにかなっていたが、ある一定を超えたところでそれでは通用しないところが来るのはアベルもわかっていた。その現実を先ほどの戦いで強いられたということだろう。
「わし、教えるの得意だかんの。なんせ、最強の神装使い、サドリティウスの師匠だから。それに魔技学校で講師もしてたかんら魔技も教えられるオールマイティーな人間だからな」
さらに付け加えられた言葉にアベルの意志はさらに押される。伝説の使い手の師匠であるならばその戦闘能力は計り知れない。そんな人物から教えを請うことができるなど、いくら金を払っても叶うものではない。
本来ならば今すぐにでも飛びつくべきなのだろう。しかし、今のアベルにはやるべきことがある。
「ありがたいんですが、いまはあの子をライーユに連れて行かないといけないので。また今度会うときまで考えさせてください」
「うむ。まあそうじゃろうな。ま、また今度会ったときに答えを聞かせてくれ。その時は歓迎するぞい」
「ありがとうございます。それでは」
アベルはラケルを手早く背負うと魔力を循環させ魔技で肉体を強化する。そして再びライーユの方向に向かって走り始める。背中にガウマの激励の言葉を聞きながら彼は遅れを取り戻すべく、全速力で走るのだった。
「それじゃあまたな。アダムの息子よ」
走り去っていくアベルの背中を見ながら、意味深な言葉を呟くガウマ。物憂げな表情を浮かべながら彼が走り去った方向を見つめていたが、しばらくして元通りの表情に戻り、酒を飲みながらアベルとは反対に向かって歩き始めるのだった。
「あれだけマルアイドに言っておいて失敗するとはお前の腕のその程度か」
「いやいや、部下の囲みが甘くてその隙間から逃げられたって何回も言ってるじゃん。耳腐ってんの?」
「嘗めた口を聞くな。少なくとも私であれば手負いに逃げられるなんてことはせん。逃げられたのは貴様の力不足だということをゆめゆめ忘れるな」
言い訳を紡ぐが、一瞬で論破されてしまったクォスは苛立ちを募らせ、小さく舌打ちを打った。
「まあいい。次の指令だ。次はライーユの町のそばにある泉の水を取ってこい。なお、今回の依頼には上層部とゆかりの深い魔技師が同行するとのことだ。その人物の指示に従うようにとの命令だ」
「はぁ!? なんで俺はどこの誰ともわからねえ奴の言うことなんか聞かなきゃいけねえんだよ!」
「それが上層部の命令だ。それにお前は指令を失敗した身だ。そんな要求を出来る立場じゃないことを自覚しろ」
「……チィッ!」
べリアライズの指摘にこれまで以上の舌打ちを打ったクォスはそのまま通信を切断する。伝えておかなければならないことを伝え終わっていたとはいえ、一方的に敵意を向けられたまま通信を切断されるのはいい気分ではない。
「やはり性格に問題があり、か。全体的な戦闘能力は悪くないんだが……」
破神装使いをまとめる立場として頭を悩ませるベリアライズ。マルアイドなどのように手のかからない人物ばかりならば手もかからないのだが……、と考えながらも。彼は自分の仕事に戻る。
彼の仕事は神装使いであるカルミリアの監視。生半可な実力では太刀打ちどころか相対することすらできないため、まとめ役であり、一番の実力者である彼にその任務が任されていた。
距離の離れた場所から遠視の魔技を使い、木々の上からカルミリアたち獣鏖神聖隊を監視する。
そんな彼に気づいてか気づかずか、部下に指示を出しながら魔獣の群れを討伐していくカルミリア。その中にはナターリアもおり、男たちに交じって魔獣に斧を振り下ろしている。
彼女の動きでまだ素人であることをすぐに理解するベリアライズ。神装使いは破神装使い、ひいては大地信教団の不倶戴天の仇。今のうちに数を減らしておいた方がいいだろうか。そう考えた彼は背中から下げた自身の破神装に手を伸ばす。
次の瞬間、ベリアライズの首元にチリッとした電流のようなものが走る。それが本能が知らせた死の予兆であることと反射で理解した彼は即座にしゃがみ込み、それと同時に転移の魔技が込められた結晶を砕いた。
頭上を重厚な金属の何かが通り、髪の毛を掠めるのを感じながら間一髪のところで回避したベリアライズは敵の正体を確認する暇もなく、安全地帯に転移させられた。
「チッ、勘のいいやつだな……」
残された攻撃者は恨めしそうに一言呟くと、すぐにその場を離れていってしまった。
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