第5-4話 ゴッドキリングハンド・グラジュアリー・アプローチ
マーブルの町でアベルは大量の回復薬を買いこむことに成功した。その数おおよそ百五十本。これだけあれば一日三本呑んでも五十日持つ。それだけ時間があればライーユに辿り着くこともできるだろう。そのほかにも必需品は買い込んだ。
どんなことがあっても対応できるほどの所持品を持ったアベルは、急ぎ出発の準備をする。一日しっかりと休息を取った翌日の早朝。アベルはラケルを背負い、マーブル支社の前に立っていた。
「世界樹がこっちだからおそらくライーユもこっち……。昨日支社の人にも聞いたしな……。よし、間違いないな……」
自分の向かうべき目的地を指さし確認したアベルは改めてラケルを固定している紐を縛り直した。
「それじゃあ行くか!」
そしてライーユに向かって走りだした。
調達を終え、走り出した彼がこれからすべきは目的地に到着するまでひたすらにラケルを守りながら走るのみ。アベルはこれからライーユに辿り着くまですべてを犠牲にしなければならない。しかし当の本人は当然だと思っている。彼女を守るためならば全身全霊で力を振るえる。それが今の彼の状態であった。
ラケルの命を懸けたマラソン。そのスタートは誰に見送られるでもなく案外静かなものであった。
そんな男の姿を見かけた人物がいた。朝早くであるにも拘わらず、町を散歩していた少女が彼の姿を見届けていたのだ。遠めではあったものの、彼の放つその独特の雰囲気で彼であることを理解した少女は仲間たちのもとに駆けていく。
そして眠っていた仲間たちの部屋に飛び込んでいき叩き起こしながらそのことを伝える。
「ねえねえ! さっき散歩してたらアベル君見かけたよ!」
「なんっだよ、朝っぱらからうるっせえな……。んで、なんだって?」
いきなりたたき起こされた青年たちは気分悪そうに睨みつけながら起き上がると、もう一度少女に説明を求める。少女は彼らの睨みにひるむことなく再び声を上げる。
「だから! さっきまでアベル君がいたの!」
「アベル……、アベル!? あいつがいたのか!?」
「うん! さっきどっか走って行っちゃったけど……。そういえばラケルちゃんいなかったし、その代わりなんか背負ってたけど……」
少女の声で思考を巡らせる青年。彼は少女の言葉からアベルの目的地を推測していく。
「久しぶりに会えそうな感じだし……、追ってみるか?」
「賛成賛成! ラケルちゃんと久しぶりに話したいし!」
「俺も賛成だな! あれからどのくらい強くなったか、手合わせしてみたいしな」
リーダーの青年の問いに一組の男女が賛成の意志を見せる。残りはまだ聞いていないが、まあ、おそらく賛成だろう。
「でも、どこ行ったのかわかるの?」
「まだ確定じゃないが、お前が教えてくれたことで大体行先には見当がついた。あとは軽く裏どりすればあとは追えるさ。とりあえず行動を起こすのはもっかい寝てからだ。叩き起こしやがって」
青年は行動指針を示すと、再びベットの中に潜り込む。それを傍らで見ていた少女は生殺しにされた気分を味わうことになったが、布団をかぶり完全防御形態をとるリーダーを起こすことは出来ないと判断し、彼女は彼が起きてくるまで暇をつぶすことにするのだった。
そしてそんな彼の姿を見た人物がもう一人。いや、見ていたというよりも見張っていたというほうが正しいか。
「……はい、例の男が町を出ていきました」
男は通信の魔道具を耳から離し通りを歩いていく。男の口から発せられた不穏な言葉と視線。その意味をアベルが知るのはもう少し先の話である。
ライーユを目指しひた走るアベル。魔力や魔技で身体能力を上げ、風のように走る彼を捕まえられるものはいない。通りすがる人間はその速度にパチパチと目を瞬かせ、魔獣が現れても逃げ切られてしまうか、速度を乗せた跳び蹴りで動けないほどのダメージを与えられる。
彼を妨げられるものはいない。勢いのまま走り続けるアベル。すると彼は何かを見つけたように速度を緩めていき足を止めた。
「おいおいなんでこのタイミングで……」
アベルの目の前に現れたのはぬかるみにはまっている荷車。何とかぬかるみから荷車をひっぱりあげようとしているが、やっているのが一組の男女だけであるため、引き上げるどころかピクリと動かすことすらできていない。
今のアベルは急いでいるため、横を通り抜けてしまっても全く変わらない。しかし、ここは魔獣の生息域のど真ん中。ここでアベルが見過ごしてしまえば、彼らは逃げることもできないままに殺されてしまうことになるだろう。
唸り声をあげながら彼らを救うかを思案するアベル。時間をかけずに、しかししっかりと悩んだ彼は結論を出し歩みだす。
「えっ!? あなたは?」
アベルが出したのは助けるという結論であった。急に荷車に手をかけたことで戸惑う彼らを気にすることもなく、アベルは荷車にかけた腕に力を込めた。
魔力と魔技で強化された彼が発揮できる力は成人男性二十人分を凌駕する。荷台は容易に持ち上がった。その光景を見て思わずため息を漏らした男女。アベルは持ち上げた荷車をぬかるみから脱出させ易しく地面に置いた。
「あの、ありがとうございます! おかげで助かりました!」
近づいてきたお礼を言ってくる男を無視してアベルは下ろした途端に走り始めた。彼にお礼を聞いている暇など一秒たりともないのだ。
「あっ!? あのっ、お礼を! させていただければっ!」
男はなんとかを引き留めようと試みているが、それでもアベルの足取りは一切緩まない。荷車との距離はどんどん開いていく。ご達者で―! という言葉を最後にアベルは男女から離れてしまったのだった。
しかし、焦りでアベルは心に余裕を持つことができていなかった。助けたお礼として水の一杯でももらっておけば彼がかかわった状況の歪さに気づくことができていた。
余裕をもって周囲を見ることができていれば、なぜ戦闘力のなさそうな男女一組だけで魔獣の生息域を越えようとしていたのかの理由や、ひいては自分の身に迫っている危機に気づくことができた。
「はい、もう行きました。もうすぐ森に入ると思われます」
だが、もう遅い。アベルはその情報を得るチャンスを失った。これは大きい。いずれそれが彼の身に降りかかることになるのだが、それを知るのはもう少し先の話である。
時は少し遡って、王都での大地信教団との戦いから三日が経ったある日。厳かな雰囲気を纏いながらも、一寸先は闇を体現したように暗い空間に一人の青年が鎮座していた。
彼の名はマルアイド・ヌエル。大地信教団屈指の実力者のうちの一人であり、誉ある破神装使いの内の一人である。
しかし、今の彼の戦闘に赴く際のような威風堂々とした姿はなく、それどころかどよんとした空気を纏い、額に汗を浮かべていた。
そんな様子で跪いている彼を、取り囲むように静かに青い炎が上がる。何もないところから炎が上がったのだが、マルアイドはそれが当たり前であるように一切慌てた様子を見せない。しかし、その反面彼は炎に対して微かな怯えの感情を見せていた。
揺らめく炎が安定すると、彼方から響く声が炎を通じてのいる空間に響き渡った。
「マルアイド、此度の失態、何か言い訳はあるか」
マルアイドを詰問するような重厚な男の声。それに対して彼は何も反論しない。まだ反論するにはタイミングが早い。
「今回の作戦。雑兵どもに意識を割かせ、王都にて管理されていた我らの破神装を回収するものであったが。回収することができたところまではいい。しかし、貴様は回収するにあたり、不意打ちを受け、重傷を負った。我らが大地信教団の数少ないひと振り、神々を殺す戦士、その最前線に立つ者として未熟な者はふさわしくない。理解しているな?」
「……は、ベリアライズ殿。此度の負傷は私の不注意によるもの。どんな処分であっても受ける覚悟であります」
マルアイドが重苦しい口調で炎の奥から響く声に応える。
彼は王都での破神装の回収作戦の実行役として活動していたのだが、その際、回収した直後兵士から奇襲を受け、回復の魔技がなければ死んでしまうほどの重傷を負わされていた。そのことを彼は重々反省していたし、破神装を取り上げられても仕方ないと考えていた。
そんな彼が負った深い傷をえぐるような声が彼を囲む左右斜め後ろの炎から響き渡った。
「ホント情けないよね~。そんなんだから僕たちの評判が下がっちゃうんだよ」
「ホントそう。ダサいところ見せるくらいならさっさと辞めてほしいよね、雑魚」
傷を抉る様な少年少女の声にマルアイドは視線を落とし俯く。しかし、それは情けなさを感じての物ではない。むしろその逆の感情を彼は抱いていた。
(クソがッ! てめえらは現場にいねえからンなことがほざけんだよッ! 大体てめえらの代わりに誰が仕事してやってると思ってんだ!!!)
しかし、その感情を口に出すことはない。口に出せばややこしいことになるのは目に見えているからである。
彼の代わりに彼らの言動を咎める人物はいる。
「黙っていろクォス、メイ。……今回の一件、上層部の判断により不問と化すとのことだ。『君ほどの実力者が気づけないほどの隠形の達人、生きて帰ってきただけでも評価に値する』とのことだ。感謝するように」
「……は、もったいないお言葉でございます。」
マルアイドは首一枚つながったことに深々と頭を下げ、礼を示す。しかし、俯いた彼の口元は吊り上がっており、余計なことを言ってきた二人が咎められたことにざまあみろという感情が彼の大半を占めていた。
「そんなことより、もし狙ってマルアイドちゃんを襲撃したんだったらそっちの方が問題よねぇ?」
女口調であるにも重く響く男の低い声。それに対して先ほどから会話の主導を握っているリーダー格の男が返答し、厳格な口調の女の声がさらにそれに続く。
「そうだ。もし作戦が向こうにバレていなかったのであれば、向こうに相当の切れ者がいたことになる。そう考えればますますマルアイドは責められん」
「そうですね。作戦を読んだうえで我々と互角に渡り合う戦力……。早いうちに手は打っておいた方がいいかと」
「え~、みんなマルアイドに甘いんじゃないの?」
再びクォスが不満げな声を上げるが、無視して話が進められる。
「向こうにそれほどの人物がいるのは確定だが、それが一人とも限らん。無駄にこちらの最高戦力を減らすわけにもいかない。十分に注意するように。それよりクォス。ずいぶんと退屈そうにしているな。そんなお前に仕事をくれてやろう」
「え~、めんどくさいんだけど」
やっと構えてもらえたと思えば、仕事を与えられたクォスは不満げな声を上げる。
「黙れ、これは命令だ。つい先日、十本目の神装であるヴィザリンドムの使い手の戦士が王都を出発したとのことだ。お前は信者と連携し、これを撃破、神装を回収してこい」
「え~、回収? ぶっ壊したいんだけど」
「場合によってはそれも許可する。が、できる限り回収してこい」
「はいはい、仰せのままに」
「では今回の会議はここまでとする」
男の声で会議が終了となり、マルアイドの周囲に浮いていた炎が次々と消えていく。その場の空間に一人残されたマルアイドはゆっくりと立ち上がると不満げな声を漏らした。
「クソが、あのクソガキども。今度会った時にはただじゃおかねえ」
彼は殺気を漲らせながらクォスとメイの二人への不満を漏らす。しかし、それを真正面からいうことは出来ずにいた。彼ら二人はマルアイドよりも権力が上だからだ。さきほどややこしくなるといったのもそれが原因である。
もともと彼は珍しい武器が使いたくて、破神装使いに名乗りを上げた存在。破神装使いであるため教団内でそれなりの権力は持っているが、大地に対する信仰はそこまでない。故に同じように破神装使いであり、なおかつ信仰心の強い二人よりも権力が低かった。
彼の信仰心は低く、むしろ彼は神々の方を信仰している。そしてそのことが周囲に薄々バレている、というのも彼の立場を弱くしてしまっていた。それでも彼が消されないのは、偏に戦力として必要とされているからである。
自分の身の窮屈さに飽き飽きしているマルアイド。彼は脳裏にいまだに残っている二人の顔を思い出して大きくため息を吐いた。
いっそあいつら死んでくれないかな。などという不謹慎なことを考えながら彼はそばに立てかけておいた愛用の破神装である大鎌を肩から掛ける。そして傍の扉から光の差し込む外へ歩み出ていくのだった。
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