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第5-3話 ソードマン・コール・ファーザー

 ラケルを背負って村を飛び出したアベルは、夜通し走り続けわずか一日でマーブルの町に辿り着いた。


 いたいけな少女を背負って走る彼を見て、何かを疑うような視線を向ける者たちもいたが当の本人にそんなことを気にしている暇はない。彼は風のように駆ける。


 そして叔父の会社の支社の前に辿り着いた彼は乱暴に勢いよく扉を開けた。


「すいません! 社長と話させてもらってもいいですか!」

 

 突然、爆音がごとく勢いで扉を開け、社長に合わせろなどと言ってきた男に警戒心を露わにする受付の女性。目を細めて睨むような視線をアベルに向ける。こうなったのは彼のせいであるが、状況を考えれば許してほしい。


 しかし、扉の音を聞いて奥から姿を現した先輩であろう女性がアベルの顔を見てアッとした表情を浮かべると、受付の女性に近づいていき耳打ちした。


「えっ、そうなんですか……? わ、わかりました」


 先輩であろう女性の耳打ちを聞き、声を上げた女性はアベルに向ける視線を質を変えた。不審者として向けていた視線を一人の客に対して向ける外向けの物へと切り替えた。


「か、かしこまりました! ど、どうぞこちらへ」


 事態を飲み込んだ受付の女性はアベルを建物の奥に案内する。それに従って奥に進むアベル。彼は通信用の魔道具を手渡された。


「もしもしオジサン?」


「久しぶりだな、アベル。この三か月連絡もよこさないとはいいご身分だな」


「便りが無いのはなんちゃらっていうし、それで許してよ」


 聞きなれているはずだが、久しぶりにギルディの声を聞いたアベルは、思わず目に涙を浮かべる。しかし、泣いている暇はない。アベルは本題を切り出そうとする。


「それで? 急に連絡を入れてきていったいどうした? 何かあったのか?」


「ああ、ちょっといろいろ力を借りたくて……」


 アベルはギルディに事の顛末を説明する。それを聞き、ギルディは苦々しい声を上げる。


「そうか……。わかった、全力で支援する。俺はいったい何をすればいい?」


 アベルの説明を聞き、全面協力を申し出るギルディ。彼の協力を取り付けたアベルは早速協力を要求する。


「今、俺マーブルの町にいるんだけど。ラケルちゃんの毒の緩和に回復薬が死ぬほど必要なんだ。だから買い込むための金が必要になる。それに多分マーブルの町の分だけじゃ足りないからできる限り回復薬を集めてほしい。できるかな?」


「ううむ、金はともかくとして回復薬をマーブルの町に集めるというのは厳しいぞ。傍から見ればうちが回復薬を独占しているように見える。それだと他の冒険者や戦士たちの批判を買いかねない」


「まあ、それもそうか。わかった、とりあえず金だけ降ろさせてくれ」


「わかった。じゃあ、そっちの人間に代わってくれ」


 電話越しの指示を聞いてアベルはベテラン女性に通信機を手渡す。彼女はそこから発せられる声を聞きながら何度か首を縦に振ると、通信機を下ろしアベルのほうに身体を向けた。


「社長からまた変わるように仰せつかりましたので。こちらを」


 アベルは女性から通信機を受け取り、再び通話を再開する。

 

「とりあえず、マーブルの支社の金は好きに使っていいと言ってある。領収書なり使った金額を分かるようにして支社に置いておけ。あとはこっちで勝手に処理する。あと、ラケルちゃんはお前が買い物してる間は支社に置いていけ。わざわざ振り回す必要もないだろう」


「わかった。そうさせてもらう」


 ギルディの言葉を聞き、通話越しに頭を下げたアベルは通信を切って買い物に出ようとする。


「あ、ちょっと待った。話を聞け」


 しかし、そんな彼をギルディは引き留める。話が終わったものと考えていたアベルは、足を止められたことの苛立ちで声を荒げながら応える。


「何!? 早いところ買い物終わらせたいんだけど!?」


「いや、時間は取らせん。だから少しだけ時間をくれ」


 少しだけという言葉で、アベルはギルディの言葉を聞くことにし、耳を貸す。


「ラケルちゃんの村の人たちの事なんだがな……。やっぱりあの村の連中だまされてたな」


「だまされてた?」


「ああ、貨幣用の結晶を十分の一以下の買い叩かれてた。騙されてた方も悪いと言えば悪いんだが……。まあ、騙したほうが悪いわな。んで、今は俺が彼らの面倒を見てる。まあ、七割五分ってところだが、今までにやってきたことを考えるとそれでもましってレベルだ。向こうもそれで納得してまとも生活できるようになったって喜んでたぜ」


「じゃあ、前に買い取りやってたあのクソはどうしたんだ?」


「あいつはあの一件でいろいろまずいことに手を付けてたことが分かって信用失って、今じゃ会社を失って姿をくらましたよ。もともと変な噂が付きまとうやつだったから、いずれこうなるだろうなとは思ってたがな」


 あの男のことを思い出してか、カカカと笑い声をあげるギルディ。確かにアベルもあの男が没落したということを聞いて胸のすく思いではあるが。


「ともかく、このことをラケルちゃんに頃合いを見て伝えておいてくれ」


「……わかった」


 それだけを伝えたギルディは通信を切断する。通信機を手離したアベルは背中に背負っているラケルの温もりを感じながら考える。


 きっと先ほどのギルディの言葉は「ラケルを死なせるな」というのを遠回しに釘をさすための物だったのだろう。単に情報を伝えるためものでもあったのだろうが、それだけならば今伝える必要がない。


 念入りに釘を刺されたアベルは、通信機を職員に手渡すと早速買い物に出ることにする。


「この子をお願いします」


「かしこまりました。それではごゆっくりお買い物を」


 女性にラケルを預けたアベルは、支社を飛び出し、回復薬の調達のために町を走り始めた。





























 早速一軒目に辿り着いたアベル。飛び込むようにして店に入ると早速店員に要件を伝える。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「回復薬が欲しいんですけど」


「かしこまりました。おいくつご所望でしょうか」


 店員は回復薬の本数を問いかける。そんな問いに対してアベルは率直に欲しい本数を答えた。


「全部」


「……ん? 大変申し訳ございません、もう一度言っていただいてよろしいでしょうか?」


「回復薬を店から出せる分、全部ほしい。今すぐ」


 アベルの口から発せられたとんでもない要求に店員は明らかに混乱した様子を見せる。まさか店にある分全部を要求されるとは、いう表情を浮かべていた。


「しょ、少々お待ちください。今確認を取ってまいりますので!」


 さすがにこれを一人で判断するわけにはいかない。店員は上の人間に確認を取るため、店の奥に引っ込んでいってしまった。その背中を見送り、戻って来るのをひたすら待つアベル。


 そんな彼に店にいた人間たちの視線が向く。回復薬を全部買い込むなどどう考えても正気の沙汰ではないからだ。


 店にいるのは大半が冒険者などの戦闘に関わるような職業である。しかし、そんな彼らでも回復薬など使う頻度は低い。怪我など負わないに越したことはないからだ。故に回復薬は一戦闘で一本使うかどうかといったレベルでしか使われない。


 そんな回復薬を店の在庫全部買い取るというのだ。在庫がおよそ百本だとすると、補給が出来ない状態で百回は戦闘を行うということである。一体どんな戦場、いや地獄に赴くのだろうか、という好奇の視線がアベルを覆っていた。


 しかし、アベルは視線にそんな意思が込められていることを知らない。というか興味がなかったのだ今の彼の頭の中にあるのは今もなお苦しんでいるはずのラケルの事だけであった。


 しばらくすると先ほどの店員が戻ってくる。同時に店の経営者であろう人間もアベルの前に姿を現した。


 彼はカウンター越しにアベルと言葉を交わし始める。


「回復薬が全部ほしいというのは貴方様でございますか?」


「そうだ」


「大変申し訳ないのですが、さすがに店の在庫をすべて売ってしまうというのは他のお客様にご迷惑が掛かってしまいますので……」


「出せる分でいいんだ。急ぎだからすぐにもらいたい」


 元は社長の息子として教育を受けてきたアベルは店主の言い分も理解しており、店主の言葉に理解を示す。しかし、それでいてできる限り大量の回復薬を要求した。アベルとしては今日一日かけてできる限りの回復薬を集めるつもりだから一軒当たりの数は少なくてもどうとでもなる。


 しかし、店主はアベルの思惑の上を行った。


「今お渡しできる回復薬は六十本ほどなのですが……。こちらの要求を聞いていただけるのならば八十本ほどまで増やすことが出来るのですが……」


「なんだ。急いでいるから手短にしてほしい」


 店主の言葉に一応は耳を傾ける。しかし、この時点で彼は要求を突っぱねる気満々であった。二十本程度であれば他の店で調達すれば事足りる。わざわざ時間を割いてまで協力する必要は無いとアベルは考えていた。


「最近、ヴィザリンドム神が再び剣として力を振るっているという噂を耳に挟みまして……。所有者は体躯のいい青年であるとか。もし、あなた様がその人物であらせられるのであれば、一度でよろしいので見せていただきたいのです」


 しかし、店主の要求を聞き、アベルは一考の余地があると判断する。それどころか、むしろこれは受けたほうがいい。見せるだけで二十本も増えるのであれば、見せたほうが得である。商人は柔軟でなければならない。


 アベルは左手の籠手に手を伸ばすと、そのままヴィザを引き抜き、衆目の前に顕現させた。


 一瞬店の中で剣を引き抜いたことに店主を除いた店の全員が動揺を見せるが、剣から発せられる独特で強い気配で何かを察したのか、ピタリと動きを止め、黙り込んだ。


「これでいいか?」


「もちろんでございます。剣から発せられる荘厳で雄大な気配。まさしくヴィザリンドム様であらせられる。死ぬまでに一目見られただけで私は幸せ者でございます! ……コホン、失礼いたしました」


 神であるヴィザを一目見られたことで店主は感動を露わにする。がすぐに切り替え冷静さを取り戻すと、店員に指で指示を出した。店員は奥に引っ込んでいく。回復薬を持ってくるのだろう。


「あと、支払いは前金で三十本分、残りをリーディス商会に後払いで頼みたいんだが」


「リーディス商会ですか? 前金を払っていただけるのであれば我々は構いませんよ」


 待っている間に支払いに関して詰めておくアベル。この数を現金で支払うとなれば必然的に重量も時間も馬鹿にならない。アベルは大丈夫でも、他が大丈夫でない可能性だってある。そこはきっちり決めておかないとトラブルになる。


 しばらく支払いのことを詰めたり、店主の世間話に付き合いながら奥に行った店員を待っていると、三人に増えた店員が回復薬の入った木箱を持ってくる。ガチャガチャと音を鳴らしながら置いたその中には回復薬の入った瓶が。その数八十本。アベルの目の前のカウンターを埋め尽くすその数に思わず、他の客から感嘆の声が漏れる。


「確かに。それじゃあ失礼する」


 アベルは左手の籠手に回復薬をどんどん詰めていく。籠手は剣だけでなく、他の物をしまうことも可能で実質的に容量半無制限の荷物入れとなっている。背嚢を持っているのは単純に無いと落ち着かないというのが大きい。


 物理的にあり得ない形でどんどん押し込められていくのを見て、思わず何度も交互に見てしまう店の人間たち。


 彼らの視線を気にすることなくその場を去ろうアベル。最後の一本を押し込んだところで踵を返し、店の出口に向かおうとした。


 そんな彼を店主は再び引き留める。


「お客様、もう少々だけお時間をいただけませんか!?」


 アベルはその声に少々の苛立ちを覚えながらも振り返る。そんな彼の表情を見て、一瞬のうちに断られると判断した店主は彼の返答も聞くことなく口火を切る。


「先ほどライーユに行かれるとおっしゃられておりましたが。でしたらあなた様を見込んで届けてほしいものがあるのです」


 そういうと店主は店の奥に引っ込んでいく。このまま背を向けてもいいかもしれないが目的がライーユに物を届けるというのであれば、物のついでとして受けてもいいかもしれない。順調に調達できていることである程度余裕が出来ているのもあるが。


 戻ってきた店主は回復薬十本の入った木箱と布に包まれた何かを持ってくる。


「これは竜の鱗でございます。何分貴重な代物でございまして、うかつに人に渡すわけにはいかず。しかし、神装使いであるあなた様にであれば任せることが出来ると思いました。ですので、これをあなたに届けてほしいのです。報酬として回復薬をさらに十本つけさせていただきます。いかがでしょうか?」


「途中で誰かに盗まれたりしても、責任は取れないぞ?」


「その時は私の目が節穴だったということで諦めます。どうかお願いできないでしょうか?」


「わかった。通り道だ。やらせてもらう」

 

「ありがとうございます。ではこちらもお願いいたします」


 竜の鱗とともに封筒に入った手紙を受け取るアベル。その表面にはデンダーと書かれている。


「そのデンダーというものにお渡しください。改めてどうかよろしくお願いいたします」


 竜の鱗と回復薬、そして手紙を籠手の中に仕舞い込んだアベルは、頭を下げてくる店主を背に、改めて店を後にした。


 この店だけで九十本も回復薬を調達することが出来た。ライーユまでどれくらいかかるのか正確なところは不明だが、あと十本程度買えばしばらくは持つだろう。道中で調達もできればもっと安心してライーユまでの道のりを進むことが出来る。

 

 アベルは回復薬の調達が順調にいっていることに内心で拳を握り、次の店に向かうのだった。
























 


 アベルが店を後にして少し後の事。在庫のほとんどを吐き出した店に団体の客がやってくる。冒険者らしく、放つ雰囲気は歴戦の猛者の物である。


「はぁ!? 回復薬の在庫がもうない!?」


「珍しいこともあるもんだなぁ。回復薬の在庫が切れるなんて。どうするよリーダー」


「しょうがないから他の店当たるしかないだろ。悪いな店主。他回らせてもらうぜ」


 三人の男たちが、店主に手を振り店を後にした。そんな彼らを店の外で待っていた二人の女性が声をかける。


「どうだったの?」


「在庫切れだってよ。しょうがねえから他回るぞ」


「承知。他の店への案内は私が」


 そういうと女性陣の一人が屋根の上に回り、町を駆け回り始める。そんな彼女の先導に残りの四人がついていくよう歩き始めるのだった。


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 ぜひ次回の更新も見に来てください!


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