第5-1話 ガール・ワンダー・エッジオブデス
今日から投稿再開になります。よろしくお願いします。
王都襲撃事件の二日後。彼らはとうとう王都を離れ、王国中を旅してまわり始めた。二人きりで旅をするというのは三か月ぶりであり、最初のころは身体が忘れかけてしまっていたのか、どこか覚束ない感じであったが、翌日には思い出してスムーズな旅をしていた。
行く先々で魔獣を討伐し、時折二人で魔技の特訓をしながら二人は順調に一週間旅を続けていた。
「よっと」
鹿型の魔獣の首を軽い様子で切り落としたコルト。そんな彼から逃げるようにしてもう一体の魔獣が駆け出すが、それに対して火の玉が直撃する。火の玉が飛んできた先には人差し指を伸ばし突き付けているラケルの姿があった。
「アベルさん!」
「足止めありがとうっ!」
ラケルがアベルに向かって声を上げると、彼は風のように魔獣に飛びつくと、胴体に剣を突き付ける。まるで豆腐に包丁でも突き立てるように易々と魔獣の肉を貫き、体内をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。重要な臓器を漏れなく傷つけられた魔獣は倒れ伏す。
「ふう……」
魔獣の血の雨を浴びながらも、魔獣を討伐したアベルは顔に着いた血を拭いながら一息ついた。べっとりとついた血に構うことなく、アベルは鞘に剣をしまった。
「ダメですよ、血だらけじゃないですか。ちゃんと拭いてください。お水も出しますから」
しかし、それをラケルが許すはずもない。アベルに近づきながら自分のポーチから布を取り出した彼女はグイグイとアベルの顔を布で拭き始める。それと同時に魔技を詠唱し、顔の大きさほどの水を生み出した。
「ちょ、自分で拭けるから顔押さないで……」
アベルはラケルの手の布を強引に受け取ると、彼女が生み出した水も使って体中に着いた血を流していく。しかしに服にまでついた血は表面上落とせたように見えても根本的に落とせたとは言えないだろう。現に水に突っ込んで擦り、元通りになったように見えても匂いを嗅いでみると鉄臭い。
「一週間でここまで臭くなるか……。これはちょっと洗濯したほうがいいかもしんない」
「お水もっと出しましょうか?」
「いや、それだと負担も大きいし、これ石鹸使わないとどうにもなんない気がする。その辺の村で水借りよう。ついでに静かに眠れるし」
そういうとアベルは服から鼻を離すと、再び歩き始めた。それについて歩き始めるラケル。
しばらく道なりに並んで歩いていた二人であったが、笑顔を浮かべながら歩いていたはずのラケルが突然全身から力が抜けたように前のめりに倒れこんだ。
突然のことに咄嗟に手を出して彼女の身体を支えたアベル。
「ちょっと、大丈夫?」
彼女の身体を支えたアベルは彼女の身に何か起こったのだろうかと、チラリと全身に視線を向けたが、どこか怪我をしているというわけでもない。
「え、ええ大丈夫、だと思います」
その困惑を言葉にしたように途切れ途切れで声を返すラケル。彼女自身、一体何が起こったのかわからないといった表情を浮かべており、アベルも余計に困惑する。
彼らが歩いていた道はそこまで険しいというわけではなく、旅慣れた彼女が今更躓くような道ではなかった。それらを踏まえれば踏まえるほど、なぜ彼女が転びかかったのか余計に分からなくなっていく。
しかし、アベルはそれならばと、すぐに思考を切り替える。原因がわからないのならば、今はそれを追究するのではなく、これ以上の彼女への負担を考えたほうがいい。
「魔技使ってもらった負荷でもあったのかな。おぶろっか?」
そんな彼の声を聞き、困惑から抜け出した彼女は冷静に返答する。
「いえ、今のところ体調はいいですし、アベルさんに負担をかけるわけにはいかないので。とりあえずは自分で歩きます」
「そう? ならいいけどあまり無茶はしないでね。別に人一人背負って歩けなくなるくらいやわじゃないから」
「気持ちだけでも嬉しいですよ~」
笑みを浮かべてアベルの言葉に返答したラケルはアベルを急かすように彼の手から離れると先に歩み始めた。そんな彼女を見て無理をしていないだろうかと思うアベルであったが、彼女の表情からそんな様子は見られなかった。そのため、気を抜くようにして小さく息を吐くと、彼女を追うようにして歩き始めるのだった。
翌日、幸運にも村を見つけることのできたアベルたち二人は、空いている民家を借りると服の洗濯をすることにした。井戸から汲んだ水をバケツに入れて服を石鹸で擦っているラケルのもとに運ぶ。
バケツの中で揺れる水音を聞きながらアベルは考え事をする。それは昨日のラケルの行動であった。運動能力の高い彼女が今更道で躓いて転ぶだろうかと思っているのだ。確かにたまには躓くこともあるかもしれないが、それでもモヤモヤとアベルの中で引っかかっていた。確証などこれっぽっちもないが、それでも彼の心の中にまるで楔のようにとどまり続けていた。
最終的に考えすぎるのも馬鹿かと思いながら、アベルは楔を引き抜き、思考から消し去ろうとする。
必死で表情から思考を消し去ろうと首を振ったアベルは、民家の裏で洗濯をしているはずのラケルのもとに顔を出す。
が次の瞬間、彼は目の前の光景に絶句し、言葉を失ってしまった。洗濯をしていたはずのラケルが泡だらけの水の中に顔を沈めていたのだ。肩まで水に浸かっている彼女は、その体勢のままピクリとも動こうとしない。最悪の可能性が脳をよぎったアベルはバケツを放り出すと彼女の身体を引き起こし、水から引き上げる。
「ラケルちゃん!? どうしたの!?」
水から顔を引き上げさせられたラケルはアベルの顔をその眼で見つめた。しかし、その視線はどこか虚ろで焦点が合っていない。表情もどこか緩んでおり、少なくともまともな状態ではないことはわかる。
「あ~、アベルさん……? 水に顔を付けていたことですかぁ? えっと……、洗濯をしてたらなんだか肌寒くなってきてぇ。でも顔だけ暑くてどうしようと思ったら目の前に水があって……。でも付けたら目が痛くてでも冷たくて気持ちよくてだんだん痛いのも気持ちよくなってあれ気持ちいいだっけ痛いんだっけ。それよりなんで水につけてたんだっけ」
アベルの問いに対する答えは意味不明で文章として成り立っていないものであった。顔色が真っ青にも拘らず身体は熱い。まるで筋力というものが失われたように、彼女の身体は弛緩しておりいろいろな要素を加味しても彼女はまともな状態ではない。
彼女の身にいったい何があったのか。無意識のうちに思考を巡らせようとするアベルであったが、今はそれよりもやるべきことがある。
民家に飛び込むようにして入ったアベルは自分のリュックを取ってくると中に入れてある回復薬を取り出しその栓を抜いた。聞くかどうかはわからないが少なくともないよりはましだろう。
「ラケルちゃん、飲める?」
栓を開けた回復薬の瓶をラケルに見せると彼女は首を縦に振った。彼女が本当にそれを理解しているのかはわからないが、理解していることにかけてアベルは瓶の口をラケルの唇に当てる。そして中身を少しずつ彼女の口に注いでいく。本当に少しずつ、彼女に薬を注ぎ込むと彼女の喉が小さく上下した。
それを確認したアベルはそのまま彼女の口に薬を注ぎ込み続ける。しばらくそれを続けて瓶の中身がすべてなくなったところで彼は瓶を投げ出し、ラケルの容態を確認する。
しかし、彼女の容態は全くと言っていいほど改善していない。即効性の薬を飲ませたにも拘らず彼女の顔色は未だに真っ青、全身も弛緩していた。
即効性で効果も保証されている薬を飲ませて全く容態が回復しないのは何かおかしいと判断したアベルは濡れているラケルを拭きながら思考を巡らせる。
しばらく彼女の様子を見ていると彼女の身体の一部が高温になっていることに気づく。具体的には右前腕。その部分にそっと触れてみるとその部分がパンパンに腫れあがってしまっている。
そこだけが腫れあがっていることで風邪などの病気ではなく何かしらの病気であると判断したアベルはさらに注意深く観察を始める。
そんな中、彼の脳内に声が響き渡る。声の主はラケルの症状に何か心当たりがあるらしい。
『ああ、こりゃあれだな』
その声に反射的にアベルは声を上げる。
「おい、どういう意味だそれは。説明してみろ」
口調を荒げたアベルの声に一瞬怒りを覚えながらもヴィザは彼女の症状を説明し始める。
『こいつは俺の子供の毒だな。多分前のあの戦いのときに身体の中に入ったんだろう』
「は、毒だと? どうやったら解毒できる?」
『知るか。相手の事なんぞ考えて子供に毒なんぞ与えるか?』
「ふざけんなよ。マジでつかえねえな……。じゃあ毒の効果は? それだけでもわからねえのか」
『効果くらいならな。個人差はあれど三週間以内に効果が発動し、人間の魔力を食らいながら強力な毒性で人間の身体を破壊していく』
「マジかよ……。じゃあ今の俺にはどうすることも……」
ヴィザの口から告げられた毒の効果を聞き、絶望感に打ちひしがれそうになるアベル。神獣が滅多に人前に姿を現さない幻の存在であることを考えれば解毒剤があるとは思えない。それにまともな解毒方法を持ち合わせていないアベルに彼女の毒を解除するどころか、弱めることすらできないだろう。
しかし、それが彼女の命を諦めていい理由にはならないのは火を見るよりも明らかである。
彼女の身体を抱きかかえ民家の中で寝かせたアベルは、ポーチの中に手を突っ込み、その中からあるものを取り出した。
模様の刻まれた黒い金属板。以前カルミリアからもらった通信用の魔道具であった。
自分で分からないのであれわかりそうな人間に聞くのが一番いい。王都の人間、特にエリートが手に入れることのできる情報がアベルよりも多いのは明白である。もしかしたら神獣の毒の解除の方法を彼女たちが知っているかもしれない。
アベルはまず最初に彼女たちに聞けば何か分かるかもしれないという一縷の望みをかけてみることにした。使えない神になんぞに頼るのはもはや最後の手段となった。
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