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第4-16話 メン・ヒット・ゼアーフィスト

 ドラゴンと神剣という自分の武器を手離し、素手での戦いを始めるストレイとアベルの二人。


 先手を打ったのはストレイであった。アベルの顎を打ち抜き、吹き飛ばした彼は勝利を宣誓するかのように拳を持ち上げた体勢で停止する。


 その一方で宙に吹き飛ばされたアベルは背中から地面に落下する。見えている青空はグニャグニャと歪んでしまっており、震える身体では立つこともできない。


 だが、追撃をしてこないストレイのおかげで十分な回復の時間を取ることが出来た。視界が回復し、脳の揺れが収まったアベルが地面に手を着き、額に手を当てながら立ち上がる。


「やるじゃん。俺のパンチを食らって立ち上がれるなんてさ」


「舐めんなガキが。タフさには昔から自信があんだよ」


 アベルは寝転がった体勢のまま、カルミリアのほうに視線を向ける。


「カルミリアさん。ラケルちゃんをお願いします。俺はこいつと少し遊ぶので」


「……わかった。この子を安全な場所に避難させたら戻ってくる。それまで持ちこたえてくれ」


「えっ、私はアベルさんの戦いを見届けたいんですけど!」


「我儘を言うんじゃない。ほら行くぞ」


 立ち上がりラケルを担いだカルミリアが離れていくのを見届けたアベルはストレイを見据えた。腕を胸の前まで持ち上げた彼は構えを取り戦闘態勢を取る。


 彼が構えたのを認識したストレイ。アベルがまだまだやれると判断すると、にっこりと笑みを浮かべながら彼も戦闘態勢をとった。


 アベルは胸元で手を開いた状態で構え、ストレイはいわゆるボクシングのピーカブースタイルの構えを取る。


 お互いに構え、これから戦闘が始まるのだと察した二人。


 先に動き出したのはやはりストレイ。顎と頭を守りながら鋭い動きで距離を詰めた彼はアベルの腹部にパンチを打ち込む。今回は本当に当てる気で打ち込んだ。先ほどのフェイクのおかげでまた弾く前に引っ込められるかもしれないと考えているアベルはうかつに弾くこともできずに、筋肉を固めることで防御する。おかげで彼のダメージは最低限に抑えられる。


「硬ぇな……」


 防がれたストレイは拳に走る鈍い感触に思わず呟いた。アベルの腹筋はとても人間の身体を殴ったとは思えない重たい感触だった。先ほどはうまく決まっただけなのだと、認識を改めた彼は気持ちを引き締め直すと再び拳を突き出した。


 その一方でストレイの拳を受け止めたアベルは腹部に鈍痛を感じながらも彼のことを分析していた。


(重たいこと重たいけど、耐えられないほどじゃない……。だったら……)


 アベルは構えを変える。頭と顎を守るように腕を持ち上げ、腰を落とす。どっしりと腰を落とし、巨石のような重厚感を覚える構えに変わったアベル。


 ストレイはそんな彼に話しかける。


「あんたやるじゃん。俺はストレイ。名前は?」


「……アベル。アベル・リーティス」


 名乗られたからには返すことにしたアベルは、自分の名を名乗った。彼はなんてことの無いただのそれっぽいだけのやり取りだと思っていた。


 しかし、ストレイにとっては違っていた。アベルというその名前は彼にとっては因縁の相手であった。パンチングマシーンを何度やっても超えることが出来なかった、唯一勝つことが出来なかった相手であった。本人であるかもわからないまま、ストレイの怒りのボルテージが上がる(まあ、実際合っているのだが)。


「お前か……」


「は?」


「お前だったのかぁアアア!!! 今度こそ倒してやるぅううう!!!」


 なんのこっちゃわからないまま因縁を付けられたアベル。しかし、つけられようが付けられまいが彼が戦うのは決定事項である。行動を起こしたストレイを見て身体に力を入れ身構える。


 鋭くステップを踏みながら間合いを詰め、拳を連続で打ち込むストレイ。時折拳だけでなく、腿や脛に蹴りを入れてダメージを蓄積させていく。


 しかし、魔獣を真正面から受け止め、動きを封じてしまうアベルのタフネスに対してはそれでは痛打にはならない。ダメージを蓄積させることはできても決定打にならずじまいであった。


 怒りで頭に血が上っていたストレイもこのタフネスをみせられてさすがに冷静さを取り戻す。一度間合いを取って一呼吸入れた。


(やばすぎんだろ……。ここまでやれば魔獣でも倒れるんだけどな……)


 彼はただ彼のことを殴っているだけに見えるが、それは違う。彼の装備している籠手には打撃力を向上させる効果が備わっている。彼の膂力と合わせれば大人顔負けの打撃を何度だって繰り出すことが出来るのだ。つまり、アベルの受け止めている攻撃は普段のそれよりも威力が高いのだ。それを何十発と受け止め、平然そうにしているアベルのタフネスがおかしいのであって、決してストレイの攻撃が弱いわけではない。


(このままやってて埒が明かないかもしれん……。だったら)


 ストレイは構えを変える。ピーカブースタイルからオーソドックスなボクシングスタイルに切り返す。守りの比重を落とし、攻撃に転じるためであった。


 再び距離を詰め直したストレイは先ほどのように細かくアベルに攻撃を繰り出し続ける。しかし、今の彼はダメージを蓄積させて動きを鈍らせようなどとは考えていなかった。狙いは重い一発。懐にギリギリまで飛びこんで、威力の大きい一撃を叩きこむ。


 そのあとは動きが鈍ったところに追撃。さっきは何もせずに勝ち誇っていたが、今度は容赦しない。動かなくなるまで何度だって攻撃してやる。


 そう心に決めながらストレイは連打し続ける。そして三十発は打ち込んだであろう、その瞬間、アベルの膝の力が抜け、小さくガクッと揺れた。


 その瞬間をストレイは見逃さない。地面を割りかねないほどの強さで地面を踏み込んだストレイは拳を大きく振りかぶり、弓のようにしならせその勢いを生かし、一気に解き放った。


 今日一番の一撃は、アベルの腹筋を貫き今日一番のダメージを与えた。


 拳に走る感触で手ごたえを感じ、ニヤリと笑みを浮かべたストレイ。


 そんな彼の腕が掴まれる。何事かと思った彼が掴む腕に意識を向ける。彼の腕を掴んでいるのは当然アベルであり、彼は強烈な一撃を受けたにも拘らず、ストレイのようにニヤリと笑っていた。






















(速さじゃ勝てないな……)


 最初のやり取りで速度では勝てないと本能的に判断したアベルは、攻撃を受け止め隙が生まれたときに強烈な一撃を叩きこんで戦闘不能に追い込むという一発にかけた戦法に切り替えていた。


 下手に頭を揺らされないように他を捨ててでも守り攻撃を受け続けながら、タイミングを見てあえて弱ったような挙動を見せて隙を作り、攻撃を誘い込む。そして捉えて逃がさない。アベルの頭の中のシナリオはこのようになっていた。


 そしてストレイはまんまとアベルの目論見通りに動いてしまった。


「やっと捕まえたぞ……」


 ここからはアベルの番である。


 アベルは掴んだ彼の腕を手繰り寄せると、首と脇の下に腕を回し固定する。


「そんじゃ決めるぞォッ!!!」


 そして膝も使って一気にストレイの身体を持ち上げた。ストレイの天地がひっくり返り、目に映るものすべてが逆さになる。


「ウオラァアアアア!!!!!」

 

 彼を固定し持ち上げたアベルはストレイを逆さの状態で一瞬固定すると、一気に勢いをつけて後ろに倒れこむ、いわゆる変則ブレーンバスターを叩きこんだ。


 重力と体重を乗せたその一撃はストレイの身体にハンマーで殴られたときのような鈍重で身体の芯まで響く衝撃を与え、呼吸が止まるほどの痛みを響き渡らせた。


 背中を打ち、呼吸が出来なくなったストレイは身体を海老ぞりにし、苦しそうに表情を歪める。


 そこに追撃の踏みつけを叩きこもうと思ったアベルであったが、持ち上げた足をゆっくりと降ろした。苦しそうにのたうち回っている彼を見て、そんな気が削がれてしまった。幸い、アベルはまだ問題なく戦える。立ってくるならばまた、同じように攻撃するだけである。だが、倒れないだけで身体に痛みは残っている。できればこれ以上戦いたくない。正直立ってくるなと思いながらアベルはストレイの挙動を窺う。

 

 その一方で呼吸が出来ないなか、ストレイは自分の置かれた状況を考えていた。彼の頭にあるのはアベルが追撃をしてこない。ただその一点だけである。これを彼はどのように捉えただろうか。答えは舐められているである。


 大地に叩きつけられただけでなく、追撃もなくただこちらが立ってくるのを待っている。それを舐められていると判断したストレイの胸中は怒りで埋め尽くされた。


 しかし、彼はアベルの考えに反して彼は立ち上がってくる。息絶え絶えで膝も笑っているがそれでも彼は立ってきた。


 何としてでもこいつに泣かせるという気力と根性で立ち上がるストレイ。しかし、その足はがくがくと震えており、立ち上がるのでやっとである。


 だが、立たないほうが幸せかもしれなかった。立ち上がったのならば、アベルも迎撃しなければならない。そう決めていたし、まともに動けない今は攻撃のチャンスである。


 アベルは膝を震わせながら立ち上がったストレイに近づくと、腹部に体重を乗せたボディブローを叩きこんだ。無理やり息を吐き出さされた彼は嘔吐きながら胃の中のものを吐き出した。


 しかし、それでもストレイは倒れない。アベルにしがみつくようにして立ち続ける。立つのでやっとのくせに服を掴む力は引きちぎりそうなほど強い。


 それならもう一発。ストレイの身体を引き剥がすと腹部に膝蹴りを打ち込む。しかし、それでもまだ倒れない。再びアベルの身体にしがみつく。


 こうなれば彼が倒れて動けなくなるまでやるしかない。そう考えた彼はしがみつく彼の身体を引き剥がし拳を握り締める。


 しかし、これ以上やれば彼は死んでしまうかもしれない。だが、彼が立ってくる以上、彼は拳を握らなければならない。命を奪ってしまうかもしれない。その覚悟を決め決意を新たにしたアベルが拳を硬く握り直し振りかぶったその瞬間。


「ッ!?」


 全身に焼かれるような感覚が走る。凶悪、強力、暴力的。そんな陳腐な言葉では言い表せないほどの何かが、未来の自分の身体に降りかかると本能で察したアベルは、攻撃を中断し反射的にバックステップで距離を取ろうとする。同時に鞘の力で障壁を展開する。


 直後、彼に巨大な火球が襲い掛かった。まずはそれを障壁が受け止めてくれるが一秒と経たないうちに罅が入り、粉々に砕け散る。


 しかし、時間稼ぎには十分すぎる時間を稼いでくれた。バックステップで火球の範囲から抜けたアベルは九死に一生を得る。


 回避したアベルが火球の飛んできたほうに視線をやると、ヴァルガルがブレスを吐き出した体勢で固まっていた。アベルを視線だけで殺してしまいそうなほど睨みつけている彼はドスンドスンと地響きを鳴らしながら近づいてくる。


 アベルは警戒しながら後退る。しかし、ヴァルガルの目的はアベルではない。


 倒れているストレイに近づいていったヴァルガンは牙に彼の身体を引っ掛けると器用に自分の背中に乗せた。


 それを静観し見届けていたアベル。彼の手元に先ほどまで自分のペットと語り合っていたヴィザが舞い戻ってくる。戻ってきて早々彼は肉体の制御権を奪い取り、ヴァルガルに語り掛けた。


「……行くのか?」


 ヴィザの言葉にヴァルガルは振り返り、しばらく彼を見つめ続けた。その表情はどことなく申し訳なさそうであり、ストレイを乗せてこの場から飛び去りたいが、親の元を離れるのは申し訳ない。そう読み取れる表情であった。


 しかし、ヴィザはそんな彼を見て、呆れたように大きく息を吐くと言葉を紡いだ。


「構わん構わん。自分で決めた道なんだったら好きにすればいい


 手をひらひらと振りながら近づき、鱗をポンポンと叩いたヴィザはヴァルカルを送り出すような声をかけた。


「元気でな」


 その声で自分がどうするかを決断したヴァルカルは自身の翼を大きく広げ羽ばたき始めた。彼はストレイを守ることを選択し、久しぶりに再会した親と離れる決断をした。

 

 力強く羽ばたいたヴァルカルは瞬く間に高度を上げていくと、魔技師であっても攻撃が届かないほど高いところまで行ってしまい、そしてそのまま王都から離れていった。


 それを見送ったヴィザは肉体をアベルに返還する。


 王都内での彼の戦いはひとまず決着がついた。消耗はあるが、それでもまだ戦える。


 別の戦場の援護に向かうことにしたアベルは、まずは最初の戦場を終わらせようと走り始めるのだった。





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