第4-15話 メン・ヒット・ウィル
「ラケルちゃん……」
いきなり姿を見せたラケルに戸惑いを隠せないアベル。なぜ、ここに彼女がいるのだろうかというか昨日は一体どこにいたのだろうか、髪の毛を括っている青色のリボンはどこから出てきたのだろうかなど色々な疑問が浮かんで脳内にとどまっていく。
その許容量が限界ギリギリのところになったところでアベルはマジ一番最初にしなければならないことを思い出す。いろいろと質問したいことはあるが、まず彼女にしなけれなならないことがある。それは単純に謝罪。先日、アベルは彼女が傷つくようなことを言ってしまった。まずはそれを謝罪しなければならなかった。
彼女に謝辞を見せるためにアベルはスーツの上から降りて彼女の方に駆け寄っていく。
しかし、彼が声を発するようにも先にラケルが声を上げた。
「ごめんなさいッ!!!」
ラケルは勢いよく声を上げると同時に腰を九十度に曲げ謝辞を見せた。彼女のほうから謝られると思わなかったアベルはポカンと彼女の前で立ち竦む。
そんな彼を他所にラケルは言葉を続ける。矢継ぎ早に紡がれるそれは、四日間溜め込んできた後悔と謝罪の気持ちが濃縮され煮詰められたものであった。
「私がわがまま言っちゃったせいでアベルさんを困らせて、その上酷いことまで言っちゃって……。それに昨日、アベルさんは何も悪くないのに謝ってもらって、その上ギランさんに会ってたことを指摘されて逃げちゃいましたし……。本当にごめんなさい。アベルさんさえ良ければ許してほしいです」
ラケルは腰を曲げたまま言葉を紡ぎ、アベルに許しを請うていく。腰を曲げた状態で言葉を紡ぐ彼女の姿と雰囲気は本当に後悔していることを醸し出しており、このまま放っておけば土下座まで行きそうなほどであった。
「もちろんだよ。こっちこそごめんね。勝手に王都出ることを決めちゃって」
彼女の姿を見て彼女の要望を受け入れるアベル。そもそも彼女が何も悪いことをしていないと思っているアベルからしてみれば許さないという選択肢はない。
彼女の肩を掴んで半ば強引に身体を起こしたアベル。近い距離で久しぶりに二人は顔を見合わせることになる。
「はい、もう頭下げなくてもいいよ。お互いに謝りあったからさ」
いつものように裏表のない笑みを浮かべ、ラケルに向けるアベル。そんな彼の笑みを見てラケルも久しぶりに笑みを浮かべた。
お互いに笑いあった二人。アベルが仲直りできたことに内心ホッとしているとラケルが笑顔を浮かべたまま、声を上げた。
「じゃあ私、アベルさんについていってもいいんですよね?」
彼女の一声でアベルの思考が停止する。確かに仲直りはした。もう二人の間にしこりはない。以前のような気やすい関係に戻ったと言える。しかし、だからと言ってその結論に至るのは明らかにおかしかった。
停止した思考の中、アベルは彼女がなぜその結論に至ったのかを問いただすことにした。
「……なんでそうなったの?」
「だって仲直りしたんですから一緒に行動するのは当然でしょう? 今までだってずっとそうしてきたじゃないですか」
自分の主張がさも当然のような表情を浮かべながら語るラケルの顔を見て、まずいと考えたアベルは慌てた様子で彼女の声に反論する。
「いやいやいや! 普通にこの後もう一回話し合おうよ。俺はラケルちゃんに危ない目にあってほしくないんだから!」
しかし、ラケルも一切に引こうとしない。
「いーやーでーす! 絶対についていきます! もうついていくって決めたんです!」
「考え直しなって。わざわざ自分から死地に飛び込む必要ないんだからさ。いっしょに冒険するのはまた今度でも大丈夫でしょ」
「いやです。男なんですから俺の傍が一番安全くらい言ってくださいよ」
「俺はまだまだ未熟なんだから、そんなこと言えるわけないでしょ。だから王都に残って魔技の勉強して戦えるようになってから合流しようって前に言わなかったっけ!?」
「関係ないです。離れてすぐにアベルさん死んじゃうかもしれないじゃないですか。そうなったら死んでも死に切れません」
冷静そうな口調で言い争う二人。しかし二人の内面は正反対であり、腹を決めて揺らぐことのないラケルと彼女の主張に動揺し続けるアベル。二人の言い合いは徐々にラケルにペースを握られていく。
「絶対についていきます。命の恩人で大好きな人にすべてを尽くすって決めたんです。もう決定事項なんです」
アベルが何を言っても揺らぐことのないラケルの気持ち。それに彼も気づいている。が、ここで退いてはいけない。自分が傷つくのはいいが、彼女が傷つくのはまっぴらごめんなのである。
――ちなみにどう彼女を諦めさせるかで頭がいっぱいのアベルは彼女のしれっと吐き出した呟きに気づかなかった――
二人だけでは絶対に終わらない不毛な言い争いが続く。もはや、この場を収めるには第三者が介入するしかない。誰か間に入ってくれないだろうか、アベルは無意識のうちにそう考える。
そんなときであった。先ほどから二人の耳に届いていた爆発音のような轟音がどんどんと近づいてくる。同時に二人を包む空気の温度が高くなってき、蒸し暑くなっていく。
急激な周囲の温度変化で神槍の力を解放したカルミリアがこっちに向かってきていることをアベルが認識したそのとき。
――ゴオオオオン!!!――
轟音とともに二人の傍の建物が吹き飛んだ。瓦礫とともにカルミリアが姿を吹き飛ばされながら姿を現す。彼女の頬や身体には無数の傷が走っており血がにじんでいる。
「キャアアアア!!!」
突然の事態にラケルが思わず悲鳴を上げる。襲い来る瓦礫から彼女を守るためアベルは鞘の能力を発動する。しかし、それでも間に合わず、二、三個瓦礫が当たる。幸い小石程度の大きさしかなかったため、大した傷ではないがそれでも彼女の身体に傷がついてしまった。
しかし、それよりもアベルの意識を引き付けたのはカルミリアの事であった。同じ神装使いとの戦闘でもまともに傷を負わなかった実力者であるはずの彼女がここまでの傷を負ったことにアベルは驚きを隠せなかった。
一体何を相手にしたらそうなるのだろうか。アベルは思考を巡らせる。
吹き飛ばされゴロゴロと地面を転がった彼女は素早い動きで立ち上がると、アベルたちに視線を送る。
「アベル君か。妙な鎧の奴はどうしたんだ?」
「無力化して道の端で転がしてます。それよりも、大丈夫ですか?」
「ああ、私は大丈夫だ」
身体を支えているアベルから降りたカルミリアは手を天に向かって突き上げ手放していた槍を引き戻すと、その手のうちに取り戻し吹き飛んできた方向に向かって構えなおした。
構え終えた彼女はさらに言葉を続ける。
「それよりも君はこの場から離れて、包囲されている者たちのもとへ戻って援護をしたまえ。私は奴の相手をする」
彼女のいう『奴』というのが吹き飛ばされてきた方向にいるはずの存在を指すものだと理解したアベルは、彼女の言葉に従ってその場を離れようとした。
そんな彼の足を止めたのは、彼女と敵対していた存在。ズシンズシンと重厚な音を響かせながら砂煙の向こうから近づいてくるそれにアベルは目を奪われてしまい、逃げる時間を失ってしまった。
砂煙の向こうから徐々に姿を現していくのは全長十メートル程のだいぶ小柄なドラゴンであった。首が長くて前足と後ろ足が生えており、体表に赤黒い鱗がびっしりと生えている。唸り声をあげ、威嚇するドラゴンの上にはストレイが騎乗しており、彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
一体どのような経緯で彼がドラゴンに騎乗しているのかはどうでもいい。大事なのは彼が過程はどうあれあのドラゴンを従えていることだった。
しかし、その身体から発せられる闘気は他のドラゴンとは比べ物にならない。存在するだけで他の生物を畏縮させ、『こいつには適わない』と本能の底から思わせる。現にアベルの後ろにいたラケルは恐怖でガタガタと震え、動くどころか腰が抜けて立てなくなっている。
しかし、アベルは不思議と畏縮することなく受け流せていた。カルミリアでさえも震えはしなくても身体を強張らせているのになぜだろうか。そう考えていた彼の頭の中に声が響き渡る。
『ほう! ずいぶんと懐かしい奴がいるな。おい、ちょっと身体を貸せ』
普段より一段階声色を高くしたヴィザは強引にアベルから身体を奪い取る。肉体が自由に動かせるようになった彼はゆっくりとドラゴンの方に向かって歩き始めた。
「アベル君!? 一体何をしている!?」
ヴィザが肉体の制御権を握っていることを知らないカルミリアはそんな自殺紛いの行動に驚愕の声を発する。しかし、ヴィザは彼女の声に耳を傾けることなく、ドラゴンに歩み寄っていく。
「お、なんだ? 近づいてくるってことは倒されたいってことだな。よし相棒、あの男にブレスをお見舞いしてやれ!」
ストレイの声に従って口を開け、その中に青色の炎を溜め込み始めるドラゴン。カルミリアにすら熱を感じさせたほどの超高温の特殊な炎。防御もなしに受け止めれば骨どころか灰すら残らないだろう。
それでもヴィザは足を止めない。何か勝算があるらしい。
ブレスを溜め終わりあとはドラゴンの一存で発射されるところまできた。標的を定め、あとは一息に吐き出せば敵に直撃する、はずであった。
しかし、ドラゴンは敵の顔を見た瞬間、違和感を覚えた。顔は違う。しかし纏う雰囲気は彼の身に覚えがあるもの、どころか敬愛する主人のものであったからだ。
「やぁヴァル。お前はずいぶんと長生きだな」
そしてそれは彼の言葉と行動で確信に変わる。手を二回叩き、指をくるくると胸の前で二回回転させるその行動は、自分と主人しか知らないはずの行動であった。
「おいどうした相棒? さっさとやっちゃえよ!?」
いつまでたっても攻撃しないことに戸惑い急かすストレイの声など冷静さを失っドラゴンの耳にはもはや届かない。いなくなった主人がいきなり目の前に現れたのだ。攻撃するなどありえない。それどころか以前のように構ってほしいとすら思う。
「うわッ、ちょっ!?」
急に走り出したドラゴンにストレイは振り落とされる。一方で駆け出したドラゴンは子犬のようにアベルの身体にすり寄った。
「おーいい子だ。相変わらずお前は手加減がうまいいい子だな」
それに動じずヴィザはドラゴンの顔を撫で始めた。その動きにまったく戸惑いはなく、さも昔からの行動であるかのよう。
「何が、起こってる?」
当事者だけが分かっており、他は何が起こっているのかわからない状況にカルミリアが思わず声を上げる。アベルも何が起こっているのかわからず、そのことをヴィザに問いかけた。
『おいヴィザ、一体何やってんだ。そのドラゴン、お前と何か関係あるのか?』
すると、ヴィザはカルミリアにも聞こえるような声で説明を始めた。
「ああ、こいつはヴァルガルっていうんだがな。俺の可愛い可愛いペットだ」
「てことは……、神獣ってことか!?」
彼の言葉にアベルは驚きの声を上げる。神獣というのは、神の力によって他の魔獣とは比較にならないほど強化された存在であるが、その数は少ない。少なくともこの千年近く目撃例がないため、既に絶命したものと思われている存在であった。
「神獣は既に絶滅したものだと思っていたが……」
カルミリアもそういった考えであったため、そのことを小さく呟く。すると、アボリスがそのことについて訂正する。
『神獣は、今でも何体かは生きている。しかし、神獣は知能が高く、わざわざ人前に姿を現さない。目撃例が少ないのはそのせいだ。奴の神獣もそれだな』
アボリスの説明を聞き、カルミリアは再びドラゴンに視線を向ける。
「あーもう、痛ってえな!」
どことなくヴィザとヴァルガンの親子に雰囲気が引っ張られ柔らかくなりつつあった状況で、空気を引き戻す声が響く。振り落とされ地面に落下したストレイが声を上げたのだ。
彼の存在がヴァルガンのインパクトの強さで脳内から消えていたアベル達はそちらに視線を向けた。
「なんで攻撃しなかったんだよ! もういい、俺があいつをぶっ倒すから!!!」
アベルの身体に敵意と殺意を向けた彼は、標的を定め走り始める。もちろん自分に標的が向いていることに気づくアベルは戦闘態勢に入ろうとする。
「おい、ヴィザ! 身体返せ!」
「ん、俺はこいつともう少し話してる。お前は勝手にやってろ」
肉体を返還することを告げたヴィザはアベルの腕の鞘から勝手に出るとヴァルガンの傍に刺さった。一瞬、剣が飛んできたことに戸惑ったヴァルガンであったが、それが形の変わった主人であることを察し、腰を落ち着かせると鼻先を近づけご主人様との会話を始めるのだった。
その一方で肉体を取り戻したアベルは向かってくるストレイに対して戦闘態勢をとった。
それから少し遅れて間合いに飛び込んだストレイはアベルの胴体めがけて左拳を打ち出した。それを手で弾こうとするアベル。
拳を横から叩くようにして弾くため、横に振ったアベル。しかし、彼の手がストレイの拳を叩こうとしたその瞬間、ストレイの拳がその場から消滅した。
そもそも左の拳は、防御をさせて隙を作らせるための囮でしかなく、最初からストレイは左拳を当てる気がなかった。そのため、弾かれようとしたその時、彼は当たる直前で拳を急停止させ引いた。
そして捌こうとした拳が消えたことで重心が前に出てバランスを崩し、隙ができたアベルに本命の一撃が叩き込まれる。左を引いた勢いを活かしたストレイの強烈なアッパーがアベルの後に突き刺さる。小さめの体躯に見合わない膂力で彼の身体が浮き上がる。
そのままストレイは拳を振り抜いた。彼の年齢に見合わない強大なパワーで打ち上げられたアベルの身体は天に舞い上がったのだった。
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