第4-14話 バトル・インテンシファイ・ヴァリアスプレイス
男に捕まえられ、強制的に移動させられたカルミリア。光から解放された彼女が立っていたのは、王都内ではあるが、先ほどまでいた場所とは真反対と言っても差し支えないほど離れた場所であった。
「強制転移か……。ここは、王都内ではあるみたいだな……。早いところ戻らなければ収集がつかなくなりかねん」
状況を確認したカルミリアは王都内に響き渡る爆音を頼りに元の場所に戻ろうとする。が、そんな彼女を引き留めるように耳に声が届く。
「あれ? あんたが俺と戦うって人? にしてもちっちゃいねぇ、俺よりも小さいとか相当だよ」
カルミリアが声の方に視線を向けると、そこには屋根の上で座り込むストレイがいた。以前、ナターリアといたときは違い、武装をつけており、腕には籠手を着け、頭には鉢金を巻いている。
ストレイの言葉から彼も大地信教団に与するものだと判断したカルミリアは彼に対して敵意を向け、槍を構える。
「子供が首を突っ込むのは構わんが……、私の邪魔をするというならば容赦はしないぞ」
しかし、ストレイはそんな彼女の敵意に一切怯んだ様子を見せず、言葉を続けた。
「いやさ、大人の人がさ。倒してほしい奴がいる、お前にしかできないんだって言ってきたからさ。そんなに言ってくれるんだったらやってやろうって気になったんだ」
「お前が私に勝てるとでも?」
ストレイは確かにある程度鍛えられてはいるようだが、それでも見た目からはカルミリアに勝てるほどの力は感じられない。それでも自信満々なのは切り札があるか、よほどのバカかということになる。
そして彼の場合、後者でもあるが圧倒的に前者が意識の根底にあった。
「確かに俺は勝てないかもね。お姉さん強そうだし」
一度、言葉を区切ったストレイはニヤリと笑みを浮かべると再び口を開いた。
「だけど俺たちはめちゃくちゃ強い。だからお姉さんには絶対に勝てるよ」
ストレイは立ち上がると空に向かって指を高々に突き出した。その堂々とした動きに思わずカルミリアも彼が指さす天空に視線を向けてしまう。
刹那、彼女の身体に電流が走った。何か、恐ろしく強力なものが天空からやってくる。それを自分自身に知らせるために彼女の身体が本能的に動作した。
そしてそれは瞬きする暇もないほどの速度で現実のものになる。青空に浮かぶ雲の中から何か黒い物体が高速で彼女たちのもとに飛来してきていたのだ。流れ星かと見間違うほどの速度で飛翔するそれはそのままの勢いで地面に着地。王都の道路を破壊すると同時に高く砂煙を上げた。
もうもうと上がる砂煙の向こうからカルミリアを睨む真紅の双眼。ラケルの身体はそれに睨まれた瞬間、本能的に戦闘モードへと切り替えさせられていた。
身体から炎を迸らせ、槍の穂先を砂煙の向こうの存在に向ける。彼女の眼は完全に強敵を相手にするときのように鋭く細められていた。
次の瞬間、二人の視線が交錯する。刹那、両者の戦いの火蓋が切られた。両者がぶつかり合ったその瞬間、王都の端からでも見えるほどの巨大な火柱が立ち、爆音が轟いたのだった。
一方、パワードスーツを引き付け、戦場から引き離したアベル。そのおかげで最初の戦場はだいぶましな戦いが出来ているだろう(それでも地獄絵図と言っても変わらないほどの乱戦を繰り広げているのだが)。
アベルは逃げ続けること五分ほど。かなりの距離を走った彼は一旦状況を確認するために走る速度を緩め、パワードスーツがいるはずの背後に視線を向けた。
しかし、スーツは彼の背後にはいない。少なくとも彼の視界の範囲内には存在していなかった。
直後、その代わりと言わんばかりに彼の頭上にまるでそこだけ夜になってしまったかのように闇が掛かった。
(上か!)
その状況の変化でパワードスーツが頭上にいることを反射的に察したアベルは咄嗟に足首を捻って方向転換、直角に曲がると思いっきり横っ飛びをする。
その直後、パワードスーツが地面にめり込みながら着地した。もし、あの場に残っていたら重量も相まって重症、最悪死んでいただろう。
しかし、アベルは五体満足で向かい合っている。まだまだ元気いっぱい、やる気も満々である。
お互いの足が止まったことで二人はお互いに戦闘態勢に移る。鞘にしまい込んでいたヴィザを抜いたアベルはその切っ先をパワードスーツに向け、一方のパワードスーツも残った片腕で大剣の切っ先をアベルに向けた。
いつ斬り合いが始まってもおかしくないこの状況で二人は互いの挙動を注視しつつジリジリと攻撃のタイミングを計っていた。
そんな中でアベルはヴィザに問いかける。スピードはともかくパワーでは圧倒的に負けている。そんな不利な相手に対して真正面から戦いを挑むのは命知らずにもほどがある。そのため、知っているであろう人物から何か情報を引き出そうとしていた。
「なあ、なんかあの鎧の弱点とか知らねえか。さすがにあれをまともに相手すんのは骨が折れそうだ」
すると思いのほか素直にヴィザはアベルの問いかけに答える。
『そうだな……。奴の胸元を見てみろ。赤く光っているだろう? そこがあのスーツの魔力炉だ。普通に考えてあの大きさを普通の人間の筋力で動かせるはずがない。あの魔力炉がそれを補助している。故にあれを破壊すれば鎧を動かせなくなって奴は丸腰同然になる』
彼の言葉に従ってアベルがパワードスーツの胸元に視線を送ると、胸部の装甲を貫通するようにして光が漏れており、それが彼の言う通りのコアであることが分かる。あそこを破壊すれば殺すことなく、そして楽に倒すことが出来るということだ。
「そうか……」
『まあ、破壊することができればの話だがな……』
ヴィザはお前にできるのかと言いたげな声を漏らした。魔力炉の部分は他の箇所以上に装甲が分厚くなっているように見える。あれを斬って魔力炉を破壊するのは難しいだろう。かといって不規則な動きが繰り返されるような戦闘中に同じ場所を狙って何度も斬りつけて、破壊するような技量はアベルにはまだない。
「だよなぁ……。動きを固定できればどうにかなるかも知んないけど……」
ヴィザの指摘を受けてアベルは小さく呟く。その声は自分の技量の低さを悔やむようであった。
そんな二人の会話など気にも留めず、まずスーツが動いた。その巨体に見合ったパワーで地面を踏み込むと、巨体に見合わない素早さでアベルとの距離を詰める。そして横薙ぎに大剣を振るった。
パワーだけで振るわれた剣は隙だらけであるが、それでも威力は十分すぎるほどある。当たれば誰だってひとたまりもないだろう。
しかし、アベルは振るわれた大剣に移動方向に対して、自身の剣を盾のように差し出す。そして接触した瞬間、両足を地面から離し、剣の動きに逆らわず自ら吹き飛ばされた。
空中に浮きあがったアベル。彼は自身の身体が宙で回転するのを感じながら、身体を動かし、体勢を整える。軽く地面を削りながら着地した。先ほどの攻撃を受け止めて、一切無傷である。
「弱点、他にないのか?」
攻撃されたことがまるで嘘かのように振舞うアベルは、ヴィザに魔力炉以外の弱点がないか問いかけた。すると、彼の口からもう一つ弱点が呟かれる。
『だったら斬り落とされた右腕のあたりを狙ったらどうだ。見てみろ。鎧を斬り落としたせいでそこから鎧の中身が見える。あそこに俺を突きさしてやれば中の人間は死ぬ』
「いいかもしんないけど……。それをするなら最初の一発目が勝負になるな。バレたら変に警戒されかねない。それに人殺しをわざわざする必要もないし」
『奴は鎧を着て動けるだけ訓練はされているようだが、見たところ対人戦は素人同然だ。うまく悟らせないようにすればお前にはなんてことないだろう』
「どうした? 今日はずいぶん褒めてくれるじゃんか?」
『ふん、せいぜい俺を死なせるなよ』
「それに警戒されたらされたで、そこに意識が向くだろうから他を責めるのもいいかも」
『それも一つの手だろう。ともかくこんな奴相手に負けるんじゃないぞ』
敵と相対しているにもかかわらず、軽口を聞きあう二人。その振る舞いには強者としての余裕のようなものが感じられる。短いながらも幾度となく修羅場を乗り越えた彼はもはやベテランの戦士と変わらないほどの貫録を放っていた。もはやそこら辺の戦士では彼らを追い詰めることはできない。
剣を握り直したアベルは鎧を再び相対するとじりじりと間合いを詰めながら様子を窺う。隙を見せたらアベルは間合いを詰めるため、走り出すだろう。
それを見ていた装着者は警戒心を高め、アベルの一挙手一投足に意識を集中する。彼の初動を見極め、それに合わせて攻撃をしようと心のうちに決めていた。
睨み合う二人。次の瞬間であった。
ドガアァァァアアアン!!!!!
二人の耳に爆音が轟いた。先ほどのカルミリアの激突によって発生した爆音が彼らの耳に届いたのだった。そのあまりのインパクトにスーツの装着者は、意識が張り詰めていたこともあって、思わずそちらに首を動かしてしまった。
その瞬間、アベルは彼に向かって走りだした。敵を前にして視線を逸らすなど大きな隙になる。絶好のチャンスである。五歩で最高速まで持っていったアベルはぐんぐん間合いを詰めていく。
それに気づいた装着者は慌てて大剣を振り上げるとアベルの突進に狙いを定める。既にかなり近くまで近づいてきているため、狙いをつけるのも一苦労だが、スーツの機能を使って何とか狙いをつける。
そして大剣が届く距離まで近づいてきたタイミングで、装着者は大剣を振り下ろした。だが、その一撃は冷静に行動することのできるアベルの防御一つで受け流されてしまう。結局、彼に直接ダメージを与えることが出来ないまま、地面に激突した。
今度はアベルの番である。懐に飛び込んだアベルは剣を振りかぶり横薙ぎに振るうと、膝の関節を叩いた。膝の可動域とは違った方向に叩かれたスーツは、人間と同じようにガクンと体勢を落とす。
膝をつきスーツの体勢が低くなった。これで容易に右腕の穴を狙うことが出来る。
振りぬいた体勢から跳び上がったアベルは、剣を逆手に握り直すと身体を捻りながら穴に向かって剣を突き出した。捻りを加えた突きはアベルの膂力と剣の鋭さが相まって食らえばただでは済まない威力になっている。装甲がなくなり、生身がむき出しになっている場所ならばなおさらである。
アベルの狙いに気づいた装着者は血の気が引き、どっと冷や汗が全身から溢れるのを感じながら、回避のための行動を起こす。膝をついた体勢のまま、上体を後ろに倒すようにして突きの軌道上から右腕の穴を逸らす。
命を懸けた紙一重の攻防。勝利したのはスーツの方であった。彼の決死の行動は身を結び、紙一重で突きを生身に食らわずに済んだ。しかし、被害をゼロで抑えることはできず、刃が鎧の胸元を削り取っていった。程度は深くないが無視できるものでもない。
しかし、九死に一生を得たのは事実。この機を逃すことはできない。
スーツは立ち上がると同時に回転しながら大剣を横に薙ぐ。強大な薙ぎ払いは風を切り衝撃波が発生する。
が、アベルはそれをしゃがみ込むだけでそれを回避した。焦って打ち出した素人の一撃なんぞ今のアベルには落ちてくる鳥の羽を躱すのに等しい。
スーツの回転に合わせて剣を握り直すアベルはもう一度剣を突き刺そうとする挙動を見せる。それを見た装着者は無理やり回転を止め、左腕がアベルに向くような体勢で停止する。
だが、それはもはやアベルの術中である。突きの体勢を解除したアベルは前方に回り込むと、先ほどの傷を再び斬りつける。無理やりの停止で全身が硬直するスーツは回避が出来ない。あっさりと剣は鎧に当たり、胸元にできた傷を広げた。
剣で斬り裂き傷をさらに深くしたアベルは、再び懐に潜り込むと、右側に回り込む。それを見て慌てたように装着者は彼を身体の正面あるいは左に置けるように移動する。
しかし、移動を始めた直後、アベルは足を止める。移動を止められないスーツの正面が目の前に着た瞬間、再び傷に剣を叩きこんだ。刻み込まれた傷はさらに大きくなる。攻撃を終えたアベルは再び右に回ろうと走り出す。
この一連の流れでこの戦いは完全にアベルの流れになった。装着者は右に回り込もうとするアベルを恐れて移動すれば正面に移られて傷に攻撃される。かといって右に移動しなければ無防備な生身に直接攻撃されてしまう。要は彼の挙動を固定することに成功していた。
そして一番の問題は相手に完全にペースを掴まれてしまったときの対処法を装着者が知らない事である。スーツの中身は素人に毛が生えた程度の戦闘能力でしかない。修羅場を乗り越えたアベルに比べて戦闘力は低い。アベルに握られたペースを取り返せない。
こうしてこのやり取りを八回ほど繰り返したところで、スーツの動きが鈍くなる。原因は明白、幾度とない胸元への攻撃でとうとう魔力炉が壊れてしまったのだ。
巨大なスーツの重量を自分の力で支えられない装着者は膝をつくと、そのままうつ伏せに倒れこんだ。まるでひっくり返った亀のようにジタバタともがくことしかできない彼。自分でスーツを外すこともできないため、もはやなすすべ無しの状態である。
彼が戦闘能力を完全に失ったことを確認したアベルは、勝ち誇るようにスーツの上に上り、物見櫓の代わりにした。
傷一つ負わずにパワードスーツを無力化したアベルはは王都全体の様子を窺いながら独り言をつぶやき始める。
「さてもどっ、…………ほうがいいんだろうけど……。あっちの方でもやり合ってんのか? 随分と派手だな」
アベルは先ほどの戦場に戻ろうとするが、それ以上の爆音と破壊音を立てているもう一つの戦場に意識を向ける。スーツとの闘いの最中にも聞こえてはいたが、意識してみるととんでもないことになっているのが分かる。最早兵士たちの戦っている戦場とは比べ物にならないほどの規模になっていた。
「どっちに助けに行ったほうがいいのか……。いや、向こうの戦力が分からん以上、最初の戦場に戻ったほうがいいか、あんだけの戦い出来るのはカルミリアさんだけだろうし、あの人に任せとけば十分でしょ。……っとその前に」
アベルは未だに道路のもがいているパワードスーツを道の端の方に引っ張っていく。ズリズリと引っ張り、彼を道の端に寄せたアベルは最初の戦場に戻って加勢するため、足を動かし始めた。
「アベルさん!」
しかし、そんな彼の足を止める声がその場に響き渡った。幾度となく聞いてきたが、最近は何故かあまり聞かなかった声。
「ラケルちゃん……」
脳裏にその声の人物が浮かんでいるアベルがそちらに向かって振り返ると、そこにはラケルが息を切らしながら立っていた。突如として爆炎が舞い上がり、爆音が轟く戦場に彼女がやってきたことに対してmアベルは驚き混じりの声を漏らすのだった。
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