第4-12話 ガール・ディサイド・フューチャーライフ
「逃げちゃった……。どうしよう……」
アベルの謝罪に背を向けて逃げ出してしまったラケルは王都の人通りの少ない場所で先ほどの行動を後悔していた。混乱していたとは言えあの行動は許されたものではない。いくら温厚なアベルとはいえあんなことをされてはさすがに起こるだろう。
決めたはずの気持ちが揺れ、再び顔を合わせにくくなってしまった彼女は屋敷に戻ることもできずに王都の路地で膝を抱えてうずくまっていた。
そんな彼女の胃袋が空腹を伝えるために小さくクゥとなる。夜ご飯どころか今日腹に入れたのはギランと話した時の飲み物だけ。腹が張るのは当然である。どんな時でも腹は減る。人間の本能であるから仕方ない。
しかし、今は食事をとる気分にはならない。それどころか立ち上がる気力すらない。自分の腹が鳴るのを耳から排除しながら、膝に顔を深くうずめる。
空腹を我慢する彼女に続いて襲い掛かってきたのは睡眠欲。膝に顔をうずめていた彼女の思考が徐々にぼやけていき意識が遥か彼方へ飛んでいきそうになる。、
太ももの肉をつねるなどして意識をつなぎとめようとするラケルであったが、それも徐々に効果がなくなっていき、意識をとどめておけなくなる。
最終的に意識が遥か彼方に飛んで行ったラケルは、小さく丸まった体勢のまま静かに寝息を立て眠ってしまうのだった。
次にラケルが目を覚ましたのはガタゴトと揺れる馬車の中であった。移動する馬車の中で目覚めた彼女は混乱しながら、咄嗟に脱出という選択肢を取り行動を起こそうとするが、そんな彼女を同乗する老人が引き留める。
「お目覚めになりましたか」
警戒しながら老人の挙動を注視するラケル。しかし、老人は次に深々と腰を曲げるという行動を見せた。
「まずは謝罪を。このような誘拐紛いのの行動を起こしたことをお許しください」
深々と腰を曲げた老人は顔を上げるとこのような行動を起こした理由を話し始める。
「我々の主があなたに対してお会いしたい、お話したいことがあるとのことですので、探しておりましたところ道端であなたを発見しこのようにさせていただきました。それにあなたのような婦女子が道端で眠りこけているというのはあまりにも自分を顧みない危険な行為であります。よって今回は保護という形でお連れさせていただくことにいたしました」
老人の話を聞き、自分が馬車に乗っていることに関しては納得した様子を見せるラケル。しかし、自分がどこかに連れて行かれそうになっていることに関しては未だ納得できていなかった。
「……私をどこに連れていくつもりですか」
彼女は警戒心を露わにしながら老人に馬車の行先について尋ねる。
「詳しい場所をお伝えすることは出来ませんが、王都内のいずれかの場所とだけお伝えさせていただきます。申し訳ありませんがそれ以上のことをお伝えすることは出来ません」
老人から聞いた答えを聞いたラケルはまあいいかと思いながら馬車の座席に座り込んだ。半ばやけくそである。命の恩人に嫌われた自分にもはや失うものなど何もない。そう考えている彼女は自暴自棄になってしまっていた。
座った彼女は老人に現在時刻を問う。
「ねえ、今はいつ頃ですか?」
「今は明け方でございます。もうすぐで太陽が顔を出します」
老人からの答えを聞いたラケルは馬車の壁を見つめるように視線を横にずらしたまま、時間が経過するのをじっと待ち続ける。
しばらく馬車に揺られているとゆっくりと速度を落とし始め停車した。外から馬車の扉が開けられると、その先にはこじんまりとしながらも厳かさのある屋敷が立っていた。
「どうぞ、お入りくださいませ」
老人は目の前の屋敷を指しながら、再び頭を下げる。本当にそこに入るべきか、一瞬悩んだ彼女であったが、足を止めていてもどうしようもない。彼女は馬車から降りると、屋敷に足を踏み入れたのだった。
老人の先導に従って屋敷を歩くラケル。彼女は一つの扉の前に案内される。
「我々の主はこの部屋でお待ちになっておられます。くれぐれも失礼の無いようにお願いいたします」
そういうと老人は扉を開けた。
「ヨミゴルドさん……」
「やあ、昨日ぶりだね」
その向こう側で厳かかつ高級感のある椅子に腰かけているギラン。彼の頭の上には以前アベルたちと会った時のように王冠が乗っており、彼のいる立場をはっきりとさせていた。
畏怖すら覚えるほどの包み込むような巨大な雰囲気を纏う彼を見てそれを見てラケルは驚きの声を上げる。彼女は彼の体中に視線を走らせ、気になったところを次々と声に出していく。
「なんでそんな大きな椅子に座って……。それに頭の上の王冠も……」
「はは、それは当然だな。私はこの国の王だからな」
そんな彼女の声にギランはたった一言。しかし、それだけで状況を理解させる言葉をかけた。驚く彼女を他所にギランはさらに言葉を続ける。
「君の前ではヨミゴルドと名乗っていたが、あれは偽名だ。改めて名乗らせてもらおう。ゴスゴード王国国王、ギラン・キン・グレイルだ。ギランと呼んでくれ」
それで彼女の驚きは一気に膨れ上がり、彼女の身体だけでは抑えられなくなり声となって外に漏れる。
「ええっ!?」
確かにやんごとない身分の人だとは思っていたが、まさかこの国のトップだったなど彼女の頭の中には少しもなかった。
それと同時に彼女の頭の中に流れる一抹の不安。知らなかったとはいえ、国王であるギランに対して馴れ馴れしく接してしまった。今回呼ばれたのはそのことを叱責されてしまうのではないだろうか。
そう考えた彼女はまず謝罪をしようと思い、膝をつくために体勢を落とそうとする。
「構わん。君が知らなかったのは俺が教えなかったからだ。その結果、何か起こったとしても俺は目くじらを立てるつもりはない。気楽にしてくれ」
彼の言葉にラケルはつこうとした膝を持ち上げる。彼の言葉は一般市民である彼女からしてみれば命令同然。逆らえるはずもない。
見下ろしてくるギランに対して直立し、向かい合うラケル。しかし、その身体はガチガチであり、背中から押せばそのまま倒れてしまうそうなほどだった。いくら彼の言葉が命令同然だと言っても、彼の前で『気楽にしろ』は無理がある。
それは正直ギランもわかっている。国王の前で以前のように友人のように振舞える人物がいたのならそれは相当心臓が強いだろう。気楽にしろも一種のポーズのようなものである。
しかし、今回は彼自身も緊張しているため、人のことは言えない。それを自覚しているギランは自分のことを鼻で笑った。
緊張でガチガチの状態で立ちすくむ彼女を見ながら、彼は今回彼女を呼んだ本題を切り出す。
「さて、今回君にわざわざ来てもらったわけだが……。率直に言おう。私は君に惚れてしまった」
「……はい?」
驚きで混乱していた彼女の脳が別の事象で埋め尽くされる。そんな彼女を他所に畳みかけるようにギランは言葉を続ける。
「最初に君を見かけたとき、君の美貌を一目見て惚れてしまった。遠目に見ているだけでは我慢ならなくなった。だから君に会うために身分を隠して街に出た。その後、君とは何度かであったが、会うたびに君への感情は深まった」
「私の、ことが……」
「君が大変な時に恥知らずにもこんな話をして申し訳ない。突然のことで混乱しているだろう。しかし、これは今日のうちに話しておきたかった」
座り直し、大きく深呼吸をした彼は意を決して彼女に自分の気持ちを正直に伝え始めた。
「俺は君が好きだ。君が良ければ伴侶として俺のもとに迎え入れたい」
ラケルはその言葉を聞き、あるはずの無い衝撃に吹き飛ばされそうになる感覚を覚えた。国王であるはずの彼が、一市民である自分に対して事実上の告白をしてきたのだ。彼女の脳内は混乱の極致に至り、思考が停止した。もはや何も考えることが出来ない。
そんな彼女を見て少し畳みかけすぎただろうかと反省する。しかし、彼には畳みかける以外の手段が思いつかなかったのだ。
彼は国王、待っていれば女たちが勝手にすり寄ってくる立場であり、女に困ることなどない。そんな彼が心の底から惚れてしまった。そして告白という行動に移った。しかし、女に困ることの無かった彼が自分から告白するなど、初めての経験。どうしていいかわからず、相手のことなど気にしないでどんどん言葉にするしかできなかったのだ。
「もちろん断ってもらっても構わない。君はもう既に素敵な人がいる。ただ、君がいいというのならば俺は何がしてでも他の人間に我々の関係を認めさせるし、一生かけて君を幸せにしよう」
彼の言葉を聞いて冷静さを取り戻していくラケル。彼女の頭の中でどうするべきかを考えられ始めた。
今、告白してきているギランは国王。余程無茶じゃない限りはどんなことでもできるだろう。よっぽどでない限り、平和で裕福な生活を送ることが出来る。
その一方でアベルは、貧乏ではないが決して裕福でもない。それに神装使いであるため、彼のそばにいるというのは危険と背中合わせになる。どちらがよりよい生活を送れるかなど比を見るより明らかである。
資産だけを見ればアベルのほうが圧倒的に劣っている。しかし、性格面はどうだろうか。アベルは間違いなくいい。魔獣に追われている自分を助けてくれただけでなく、拾ってくれて食わせてくれている。それに困っている人がいれば手を差し伸べてできる限り手助けする。自分のことで手いっぱいの人間が多いこの世界で、間違いなく人格者であると言えるだろう。
しかし、それに対してギランの性格が悪いと言えるだろうか。そんなことはない。彼も女性への気遣いはできるし、部下の信頼も高い。これは彼が人の上に立てる人物であることの証明である。そんな彼の性格が悪いとは言えないだろう。
混乱する頭で二人のことを考え、どうするかを考えるラケル。じっくりと思考を巡らせて考えた彼女は結論を出した。
頭を使って冷静さを取り戻した彼女は衣服を整えると彼の問いかけに誠実に、自分の考えを隠すことなく応える。
「……ごめんなさい。私はあなたの隣に立つことはできません」
彼女は頭を深々と下げ腰を曲げながら彼の要求を真っ向から否定するのだった。
「そうか。…………一応理由だけ聞かせてもらってもいいだろうか」
真っすぐな拒否の意思を聞かされたギランは打ちひしがれ、その場でひっくり返ってしまいたくなるが、一応理由だけは聞いておこうと彼女に問いかけた。
すると彼女はゆっくりとその口を開いた。
「やっぱり私はあの人が好きなんです。どんなことがあってもあの人についていきたい。だからあなたの隣にはいれません」
彼女は彼に提案されたおかげで、混乱し続けていた脳に冷静さを取り戻すことが出来ていた。そして冷静な脳で考えた結果改めて理解した自分の気持ち。
それは自分がアベルのことが好きだということであった。アベルがどんなに彼よりも劣る存在であろうが、その事実だけですべてを塗り替え、彼を選んで後悔がないと言える。それほどに彼女はアベルに対して恩を持っており、もはやすべてを捧げてもいいとまで考えられるほど心を奪われていた。
そんな彼女の答えに対してギランはさらなる問いを投げる。
「もし、彼から拒絶されてしまったらどうする? 不躾かもしれないが君が彼のことを好きでも彼が君のことを女性として見ていないかもしれないんだぞ?」
諦めかけている男の口から出たとは思えないほど往生際の悪い発言。半ば嫌がらせのような言葉にラケルは眉一つ動かさずに答えた。
「そんなの関係ありません。あの人が私に興味がなくても嫌でも意識してしまうようにします」
彼女の瞳の奥に確固たる意志が見えたギランは納得したように首を縦に振ると、やっと彼女のことを完全に諦める決心が出来た。
「そうか……。だったら彼のところに速く行ってやった方がいい。もう会えなくなる可能性すらあるのだからな」
「えっ、それってどういうことですか!?」
「聞いていないのか。今日、この王都に大地信教団が攻撃を仕掛けてくることになっており、その最前線にあの男は立つことになっている。奴らは何をしてくるかわからない。攻撃に巻き込まれれば……」
「そうなんですか!? わかりました、すみません教えてくれてありがとうございます!」
重要なことを教えてくれたギランに頭を下げ、慌てて踵を返して屋敷の扉に向かって走り始める。
「ちょっと待て。三十秒でいい、時間をくれ」
そんな彼女をギランは慌てて引き留めると、椅子の横に置かれた机からきれいに包装された小包を手に取る。
「持って行ってくれ。私からのプレゼントだ」
投げられた小包をキャッチしたラケル。それを見て小さく笑みを浮かべたギランは最後に一言彼女に告げた。
「これから頑張ってくれ。あの男のためにもな」
そんな彼の声を聞き、後押しをされた気がしたラケルは頭を下げ、彼の声に応えた。
「ありがとうございました! 行ってきます!!!」
言葉を紡ぎ終えた彼女は扉から勢いよく飛び出していった。そんな彼女の背中を見送ったギランは全身の力を抜き、椅子に浅く腰かけた。
「参ったな……。袖にされるというのはこんなに辛いのか……」
ギランは手で目を覆い隠すようにすると、クックックと乾いた笑いを上げる。そんな彼の頬を液体が滴っていく。どこから出たのかは本人のみぞ知るといったところである。笑いながらも涙を流す彼の心の内はどうなっているのだろうか。それも本人のみぞ知るといったところである。
頬を伝った液体が彼の口の流れ込み舌先に触れると、ツンとした塩気が舌に奔り、脳内に伝わった。
屋敷の外に出たラケルは、ギランから受け取った小包の中身が気になりそれを丁寧に開けて中身を確認した。
「これって……。あの時私が見てたやつだよね」
小包の中から姿を現したのは、以前彼とともに買い物をしたときに見た青色のリボンであった。もしかしてあの時、買ってくれたのだろうか。そう考えたラケルは、リボンを持って髪に手を伸ばした。
まとめずに風に煽られればふわりと浮き上がる髪を一つにまとめるとポニーテールにリボンで括った。彼女の金髪を強調する青色のリボンの先がふわりと揺れる。
「……急がなきゃ」
髪を括り、解けないことを確認したラケル。それと同時に王都内で爆炎が上がる。そこがアベルのいる場所だと判断した彼女はそこに向かって走り始めた。
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