第4-11 ゲット・モアアンドモア・コンプリケイト
あれから三日が経過した。ラケルとアベルの二人の関係は以前修復されておらず、気まずい雰囲気のまま過ごしていた。二人とも意図的にお互いのことを避けてしまっているため、謝ることもできずにいた。
このままではこの関係を解消する暇もなく、自分を置いて王都を離れてしまうかもしれない。その前にどうにかしなければならない。ラケルはそう思っていたのだが、自分から避けてしまっているせいで顔を合わせづらくなってしまっていた。
どうやって顔を合わせよう。そんなことを考えながら魔技の勉強をしているせいで全く身が入っていなかった。そのため、教師をしてくれている魔技師に叱られてしまい、休むように言われてしまった。
締め出され王都を歩き回る彼女であったが、その足取りは覚束ない。屋敷に帰りたくてもアベルと顔を合わせてしまうかもしれない。考えのまとまっていない今、彼は少し顔を合わせたくなかった。
王都をふらふらとした足取りで歩くラケル。彼女は足元の小石に気づかないまま進み続けてしまった。その直後、彼女は小石に足を引っ掛けてしまう。覚束ない足取りもあって体勢を立て直すこともできずに彼女の身体はそのまま前のめりに落下する。
地面に激突するかに思われたその時、彼女の身体が空中で固定される。おかげで彼女が地面に口づけする事態は避けられた。
「また会ったね。大丈夫かい?」
彼女の身体を支えていたのはヨミゴルドもといギランであった。三度目の再会となった二人。以前のような柔らかな笑みを浮かべている彼。
今回彼らが出会ったのは紛れもない偶然であり、ギランも彼女と出会うなど考えていなかった。前回と前々回の散策で、身分を隠して王都を歩き回るのにはまってしまっており、こうして彼女と会うことを考えていないタイミングでも散策するようになっていた。今回はその途中でフラフラと歩く彼女を見つけてしまい、心配そうに見ていたところで彼女が倒れこみそうになり、慌てて身体を支えた、というのが先ほどの流れである。
彼に身体を支えられているラケルは、起き上がり彼のほうを向くと礼を言う。
「すみません。ありがとうございます。おかげで倒れなくてすみました」
そして背を向けて歩き始めようとする。少し失礼なような気がするが、別のことで頭がいっぱいの彼女にはそれを考える余裕はなかった。
再びフラフラと歩き始めようとするラケル。しかし、そんな彼女を見て放っておけるほど、ギランは彼女への気持ちは薄くなかった。
「何か悩み事かい? 俺にできることだったら協力するが……」
「いえ、大したことじゃありませんから」
ラケルは引き留めるギランの声を流してまた歩き出そうとする。だが、それでもギランは諦めない。声をかけ続ける。
「小さかろうが大きかろうが、悩みというのは吐き出せば気分が良くなる。どうだい、俺のことを壁か何かだと思って、話してみないかい?」
そんな彼の言葉に心揺らされ、ラケルは背を向けたままピタリと足を止める。それに手ごたえを感じたギランはさらに畳みかける。
「もちろん、君から聞いたことは誰にも公言しない。言葉にしにくかったらお茶でも飲みながらゆっくり考えるといいさ」
「……すみません。話を聞いてもらってもいいですか……」
彼の言葉を聞き、彼にだったら聞いてもらっても大丈夫かもしれないラケルは、彼に話を聞いてもらうことにした。
彼女に了承をもらうことが出来たギランは心の内でガッツポーズを取る。
「じゃあ少し待っててもらっていいかな。飲み物を買ってくるよ」
ギランは飲み物を買うために歩き出し、ラケルはその背中を見送りながら道の端によって彼を待つのだった。
その後、ラケルはギランから飲み物を受け取り、人目のない裏路地で相対する。そして一昨日のことをポツリポツリと少しずつ話し始めた。
最後まで話を聞いたギランは一口飲み物を流すと、口を開いた。
「それは……、大変だね」
「私が無茶苦茶を言っているのはわかってるんです。けど……」
「置いていかれたくない。けど現実には置いていかれそうになった」
ギランの指摘にラケルは顔を伏せる。そのままの体勢で言葉を紡ぐ。
「アベルさんに酷いこと言っちゃって……。謝らないといけないんですけど、顔も併せにくくて……」
「ふむ……」
後悔の声を上げるラケルの声が徐々にくぐもっていく。それを聞いてギランは唸り声をあげながら顎に手を当てた。
周囲に沈黙が流れる。言いたいことは言い終わった。この後、彼は何を言ってくるのだろうか。それをラケルはビクビクしながら待っていた。
そんな沈黙を破ってギランは彼女に対する助言を紡ぎ始めた。
「まあ、そう難しい事でもない。謝りたいと思っているならばどんなことがあっても謝るべきだ。きっと、今謝ることが出来なければ一生後悔することになる。後悔したくないのであれば、勇気を振り絞って謝りに行くべきだ」
「わかっているんですけど……」
そんなことはわかっている。だけど、勇気を出して彼に顔を合わせることが出来ずにいた。そんな意味を声に込めて発する。
なんて我儘なんだろう。話を聞いてもらい、なおかつ意見ももらっているにも拘らず、不満を漏らしてしまうなんて。自分の身勝手さに泣いてしまいそうになる。
しかし、ギランはそれに対しても気分を害することなくアドバイスを送る。
「勇気が出せないというんだったら、彼に会う前に自分の出せる一番大きい声を出してみるといい。不思議と勇気を出そうという気分になるだろう」
彼の言葉に目頭が熱くなるラケル。
「俺にできるようなアドバイスはここまでだ。あとは君が勇気を出せるかだ。大丈夫、自分で彼についていくことを決めた君ならばきっとできるだろうさ」
温くなった飲み物を一気に飲み干したギランは、コップを持ったまま彼女に近づいていきポンポンと肩を叩くと声をかけた。
「じゃあ、俺は失礼するよ」
最後の一言を告げた彼は路地から離れていく。その背中を見送った彼女はコップに入った液体を眺める。そして啜るように少しだけ口に含むのだった。
さて、路地から出たギランは片手で顔を抑える。
(余計なことをやったかもしれないな……)
彼は彼女にアドバイスをしたことを後悔していた。このまま、二人の関係が悪くなってしまえば、彼女を引き込むことが出来たかもしれないのに、彼はアドバイスを送ってしまった。
(……いや、彼女の不幸を利用しようとするとは。俺も焼きが回ったか……)
しかし、その後悔を恥ずべきものであるとし思考から掻き消すと、頬を自分で叩くのだった。これは自分に対する戒め、卑劣なことをしようとした自分への罰である。
(しかし、彼女はもうすぐ王都を離れるかもしれないのか……。となればこちらも後悔する前に行動を起こさなければならないな……)
後悔を掻き消した彼の頭の中で浮かび上がってきたのは焦り。惚れている彼女が王都を離れてしまえば機会がなくなりかねない。その前に何か行動を起こさなければ後悔することになるだろう。
もう少し町を探索するつもりだった彼であったが、王城に向かって歩き始めるのだった。その頭の中はどうやって彼女に国王であることを明かしながら、思いを伝えることで一杯だった。
二人が行動を起こせるタイムリミットまで、あと約二日。残り時間はわずかである。
屋敷に戻るために王都内を歩くラケル。胸の中でつかえていたものを吐き出せたおかげかその足取りはだいぶ軽くなっている。
しかし、そんな彼女の足取りは重くなり、ピタリと止まった。
「あ、アベルさん……」
「あ、ラケルちゃん」
彼女は偶然アベルと出会ってしまった。まだ気持ちの整理がついていないラケルは突然姿を現したことで頭が混乱する。
ごちゃごちゃと混乱する頭で何とか言葉を紡ごうとするラケルであったが、彼女より先にアベルが口を開いた。
「ごめんね。勝手に押し付けるようにしちゃってさ。ラケルちゃんのことを何も考えてなかったよ」
彼の謝罪を聞いて目頭が熱くなり身体が震える。何も悪くない彼に謝らせてしまったのだ。違う、そうじゃないと言いたくなる彼女だが、声を出そうとしても喉のところで止まってしまう。
「けどわかってほしいんだ。俺は君に死んでほしくない。俺がこれからするのは危険の塊みたいなものだから。だから安全圏の王都に残ってほしいんだ。ナターリアちゃん以外にも友達もできてるみたいだし、ここだったら楽しく生活できると思うから」
彼の説得に胸を打たれるラケル。わかっている。本当だったら首を縦に振ってここに残るべきだ。強くなってから後で追いかけてついていけばいい。それだけの話なのだから。
ラケルが彼の説得に応じて首を縦に振ろうとしたその時。彼女は違和感を感じ取る。彼の言葉の一端に乗せられている違和感。その正体に気づいた彼女は声を上げた。
「ナターリアちゃん以外の友達って……」
「ん? ああ、前に話してくれた高級店街の男の人とか……。その人かはわかんないけど今日もあってたみたいだし……」
彼の言葉を聞き、ラケルは落ち着きかけた脳が再び混乱の極致に至る。見られていた、あの現場を。そのことに気づいた彼女の脳裏に様々な思考が走る。
傷つけた男に謝る前に男と会っていた尻軽。謝ることもできない捻くれ者。そのような考えが浮かんでは消えていく。もちろんアベルはそんなことを考えてもいない。男と会うならば隙にすればいいだろうし、自分が身勝手を言っていると考えているのだから、彼女を行動を止める理由はない。少なくとも彼はそう考えている。
しかし、ラケルにそこまでの考えは及ばない。勝手に追い詰められていく彼女は思考の波に呑まれついには完全に思考が停止する。
「あの……、ラケルちゃん?」
急に黙り込んでしまった彼女に声をかけるアベル。それを受けてラケルが起こした行動は逃亡であった。彼の横を通り抜けるようにして走り出し、人ごみの中に姿を消す。その脱兎のごとき勢いに行動をアベルは行動を起こすどころではなかった。
「やばいな……。やっちゃったかな……」
背中を見送ることしかできなかったアベルは思わず声を上げる。そのまま背中を見送るしかなかった彼は急いで彼女を探し始めたが、その日のうちに見つけることは叶わず、関係の改善をすることは出来ずじまいであった。
王都の端のほうに誰の気にも止まらないような一軒の建物。その中で三十人近い人々が話し合っていた。
「約束の日は明日だ……。皆の者。覚悟は決まっているだろうな」
男の声にその場の全員が首を縦に振った。
「狙うべきは神装使いのカルミリア・ガリーズ、そして新たに王都に滞在している二人の神装使いだ。彼らが姿を現さない場合は町の適当な店に火をつけろ。それで奴らは姿を見せるはずだ」
男の提案した外道極まりない案に周りの人間たちは笑みを浮かべ喜ぶの声を上げる。
「そのあとは、お前の出番だぞ、ストレイ」
そういいながらリーダー格の男は部屋の隅に視線を送る。そこには置いてある箱の上に座っているストレイの姿があった。
「任せとけって。俺は誰にも負けないんだからな」
ニヤリと笑みを浮かべながら男の視線に応える。そんな彼の笑みを見て、作戦の成功が確実なものになったと確信した男たちは喜びの声を上げた。
「そう、絶対にな……」
ストレイは答えた言葉に続いてさらに声を上げたが、その喜びの声に搔き消される。そんな彼の脳裏にはパンチングマシーンで拳が壊れそうになっても勝つことの出来なかったアベルという男の存在が残り続けていた。
もう二度とあんな悔しい思いをして堪るか。自分には神装なんかよりも心強い存在がいる。もう二度と絶対に負けない。彼はそう心に誓うのだった。
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