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第4-10話 ソードマン・コライド・ガール

 爆破事件から三週間。王都内でカルミリアに呼ばれたアベルは彼女が指定してきた場所に向かって歩いていた。彼女が彼を呼んだ理由はなんとなく検討がついている。最近町が騒がしいからそのことについて話したいのだろう。


 辿り着いたのはいつものように彼女の執務室ではなく、王都内でも人通りの少ない細い路地に面した店であった。場所の雰囲気に合わせたかの如く、店もどことなく寂れており、清潔感もない。


 アベルが足を踏み入れると、薄汚れた男たちが酒を飲んでいた。治安のいい王都であってもこういった闇の一つや二つある。正直アベルの目には彼らがまともな生き方をしているようには見えなかった。


 そんななかに豪勢ではなかろうと清潔感のある彼が入っていけば違和感がある。そんな違和感が判断材料になったのだろう。店主が奥のほうを顎で指す。


「……奥から三番目の扉だ」


「どうも。なんでもいいから飲み物を」


 飲み物を頼むための金を多めに渡しながらアベルは店主から酒の入ったグラスを受け取ると店の奥に足を踏み入れていく。奥から三番目。そこにはわざとらしく一つだけ装飾の施された扉があった。ここが言われた扉だと判断した彼は扉に手をかけると引き開けた。


「よく来てくれたな」


「すいません。お待たせしました」


 扉の奥にはカルミリアが座っており、わざわざ足を運んでくれたアベルをねぎらった言葉をかける。その言葉を自分の言葉で打ち消したアベルは彼女の対面に座った。


「それにしても意外ですね。カルミリアさんもこういった店に来るんですね」


「個々の酒は意外とうまくてな。友人を連れてくるのには不向きだが、一人で酒を煽るにはちょうどいい」


 彼女の言葉を聞き、アベルはグラスの酒に口をつける。確かに同じ価格帯の酒と比べてうまい。店主の目利きか、それとも自分で作っているのか。まあ、それに関してはあまり重要ではない。


「で、わざわざこんなところまで呼ぶってことはなにか話があるんでしょう?」


 アベルはここに呼び出した本題を問いかけた。わざわざ執務室でなくこんな場末の酒場に呼んだということは何か周りの耳に入れたくないことなのだろう。


 彼に問われたカルミリアはグラスの酒で喉を潤すと話を切り出す。


「……最近、大地信教団の王都での活動が活発になっている」


「ええ、あの時の爆破事件から自爆テロが三回ですよね」


 彼女の口調は重い。既に王都内で彼らによる衛兵の詰め所などを狙った爆破テロが起こっている。それも女性信者にのみそれを行わせている。狙ったところが衛兵の詰め所だったり、その他の場所を狙っても衛兵の活躍で被害は少ないが、それでも死者が出てしまっている。同性かつ市民を守る立場である彼女からしてみれば、何か思うところがあるのだろう。


「そしてもっとも最近の爆破事件の際、現場からこのような書類が見つかった」


 そういうと彼女は胸元から焦げて所々が失われている紙を取り出した。その紙を取ったアベルはそれに書かれた文に目を通す。


「『……我らは一週間後、この地に蔓延る、異郷の地より現れし者たちを滅するために行動を起こす。逃げても無駄だ。我らには君たちを倒せるだけの戦力がある。市民に向けられたくなければおとなしく我らの前に姿を現せ』、……ですか。つまり神装使い殺してやるから逃げるなよってことですか」


「そういうことだ。この紙が見つかったのは三日前。つまり四日後に教団は我々を殺すために戦力を向けてくるということだ」


「戦闘に参加しろってことですか? もちろん参加しますよ」

 

 アベルは彼女の声に勇ましく首を縦に振りながら答える。しかし、彼の答えは半分しか合致していないらしく、首を横に振った。


「それもあるんだが、今回君に話したいのは別の案件だ」


「別?」


 彼女の言葉にアベルは首を傾けた。絞り出すような声でカルミリアは告げ始める。


「神装使いが十種類揃った。教団の活動は活発になるだろう。王都や国民がその巻き添えになるのは出来る限り避けたい。そこでだ」


 彼女は一息大きく吸い込むと意を決して声を上げた。


「君には王都を離れてほしい」


 彼女の口から発せられたのは遠回しな国外追放であった。しかし、善良な彼女が理由もなくそんなことを言うはずがないと信じているアベルはその意図を考える。


「………………囮になって歩き回れ、ってところですか?」


「その通りだ。君がどこにも腰を落ち着かせずに歩き回っていれば、彼らも行動を起こしづらいだろう。神を殺す力は限られている。そして君は組織に身を置いていない。こういっては何だが君はもっとも狙いやすい神装使いということになる。だからこそ君には囮となって一般人から目を逸らしてほしい」


「なるほど……」

  

 彼女の話を聞いて納得した様子を見せるアベル。もし彼が一人で行動していたならば、イエスと即答していただろう。

 

 しかし、今のアベルはラケルという守らなければならない存在がいる。アベルが囮になるというならば彼女も危険に晒すことになる。彼女が戦うための力を得たとしてもそれだけでどうこうできるほど教団は甘くないだろう。


 彼女を危険に晒さないためにはどこか安全なところに置いていく必要がある。そうなれば一度彼女と話し合いをしなければならない。


 つまりこの場で答えを出すことは出来ない。


「……すいません。少し考えてもいいですか」


 しかし、すんなりと断ることもできなかった。こんなことをほかの人間に頼めるはずがない。きっと彼女なりに悩んで頼んできたのだろうとアベルも察することが出来る。それを無為には出来なかった。

 

「もちろんだ。このような危険なことを即決してくれなどいえるはずがない。ラケル君のこともあるからな」


 それを了承したカルミリアは


「神装使いになって一年もたたない君にこんなことを頼むのは忍びないが、どうかいい返事を聞かせてほしい」


 頭と両手をテーブルにつきながら頼み込む彼女を見てアベルは黙り込むのだった。




























 カルミリアとの話を終え、王都内をフラフラと放浪するアベル。彼は彼女の答えにどう答えようか悩んでいた。そのせいなのか酒を飲んだせいなのか足取りもおぼつかない。


 そんな彼の前に姿を現したのは彼の悩みの種ともいえる人物であった。


「あ、アベルさん。大丈夫ですか」


 ラケルが本を抱えて彼の前に姿を現す。何も知らない彼女を見て、アベルはなんだか気がある程度気が楽になった気がした。しかし、その気分はすぐに元通りになる。 


 彼女に先の件を話しておかなければならないのだ。そのことを考えれば気分が重くなっていく。


 しかし、これは彼女に隠しておくことができない。隠しておくのは彼女に対して不誠実すぎるからだ。早いうちに話しておかなければならない。思い立ったが吉日。アベルは今日のうちに話しておくことを決めた。


 だが、屋敷の離れで話すのは人の耳がある。あまり好ましくないと判断したアベルはどこか適当な店で食事でもしながら話すことに決めた。


「うん。今日の夜はナターリアちゃんには悪いけどどこか外で二人で食べよっか」


「え、ええ……。私は構いませんけど……」


 彼女と約束を取り付けたアベルは再び町中を歩き回り始める。その煙のような足取りに不安を覚えた彼女だったが、まだ勉強の予定がある。アベルの背中に心配そうに視線を送りながら、教師のいる場所に向かって歩き始めるのだった。





























 夜になって夕食をとる二人。しかし、二人の間に漂う雰囲気は重い。何せわざわざアベルが個室を用意したのだ。それに昼間の挙動。誰でも何かあるのではないかと勘繰ってしまう。ラケルもそのうちに一人であった。


 いつもであれば世間話をしながらにぎやかに進むはずの食事が、無言で食器のぶつかる音だけが響き渡り重苦しいものになっていた。


 そんな空気に耐えられなくなったラケルが口を開く。


「あの……。アベルさん、何か話したいことがあるんですよね。わざわざこんな個室まで準備してもらって」


 昼間に自分が投げた問いを、今度は自分に投げられたことにアベルは面白おかしい気分になり、小さく口角を上げる。おまけに彼女から話を切り出してくれたことで気分がかなり楽になった。だいぶ話を切り出しやすくなったところでアベルは口を開いた。


「うん。これに関しては話しておかないといけなくてね。あんまり他人の耳に入れたくないから個室のお店を選んだんだ」


 口を開いたアベルは昼間にカルミリアから聞かされたことを詳細に語り始める。それを聞いてカルミリアは顔を青ざめさせ、口に手を当てた。


 そんな彼女の表情を見ながらアベルは自分の考えを述べる。


「俺は正直カルミリアさんの提案を受けたいって思ってる。これは神装使いとしての義務みたいなものだと思うから」


 ラケルは無言のまま、アベルの考えを聞きつづける。

 

「けどそれだとラケルちゃんが危なくなる。だからラケルちゃんのことをカルミリアさんに任せるつもり。俺が守ることは出来なくなるけど、俺はそれ以上に君に死んでもらいたくないし、君をわざわざ危険に巻き込みたくない」


「……でもそれだとアベルさん一人だけ危険になっちゃうじゃないですか」


「俺は一人でも戦えるし、神装使いとして仕方ないと思ってる。それにカルミリアさんに国から支援することを約束するって言ってもらえたから」


「……あの時、守ってくれるって言ったじゃないですか……。嘘だったんですか?」


 ラケルは批判するような言葉をアベルにかける。その瞳には涙が溜まりつつある。その涙には約束を破ろうとしている彼への批判と、頭の中がぐちゃぐちゃでこんな言葉しか選べない混乱が混じっていた。


 そんな彼女の気持ちを晴らすことができないアベルは俯いて彼女の問いに答えるしかできない。


「その気持ちは変わってないよ。でも今の俺にはどっちも選ぶことは出来ないから……」


「だから私を置いていくんですか……」


「いや……。……うん、そうだよ」


 反論しようとするアベルであったが、実際彼女の指摘のとおりである。一瞬反論しようとした彼であったが、言葉を変え正直に答えてしまう。


 アベルの言葉を聞き、ラケルは跳ねるように立ち上がると扉に向かって歩き始める。扉を開け出て行ってしまう。


「……嘘つき」


 彼女が出ていく前にポツリと告げた一言。


 否応なしに聞かされることになったその一言がアベルを最も深く傷つけた。分かってはいる。自分が不誠実であることを。しかし、彼にはそうすることしかできなかった。自分の無力さが恨めしくなる。


 ラケルの一言を突き付けられ、自分の無力さを実感させられたアベルは自分の顔を手で覆いながら天を仰ぐ。そして大きくため息をつくのだった。




























 店を飛び出してしまったラケルは、速足で町を進み屋敷に帰宅する。


「あ、お帰りラケルちゃん」


 出迎えて声をかけてくれたナターリアを無視して自分の部屋に閉じこもったラケルは、ベットに飛び込み枕に顔をうずめた。


「……アベルさんに酷いこと言っちゃったな」


 短く呟いた彼女は瞳から涙を流し枕を濡らし始めた。


 彼女もわかっていた。アベルが自分の身を案じてくれていて、むしろわがままを言っているのは自分なのだと。


 確かに魔技を覚えたといって戦えるわけではない。今の自分が戦場に出たところで戦力としてアベルの五分の一にもならないだろう。それでは自分の身を守るには足りない。だからこそ預けるという選択肢を彼は選んだのだ。


 それを知っていながら、自分はわがままを言って彼に迷惑をかけるどころか、酷いことを言って傷つけてしまった。自分の無力さや身勝手さが情けない。


 それと同時に彼女を不安が襲った。もしかしたら挨拶もなしに勝手においていかれるのではないだろうか。あんなひどいことを言ってしまったのだ。そんなことをされても文句は言えない。


 不安と罪悪感で頭の中がごちゃ混ぜになってしまったラケルは枕に顔をうずめ泣き続ける。しばらく泣き続け、頭の中が整理されてきたラケルは、アベルが帰ってきたら謝ろうと考え彼の帰宅を待ちつづける。


 しかし、その夜アベルが帰ってくることはなかった。帰ってこない本当の理由はアベルが単純に彼女と顔を合わせづらかったというだけであるが、それを知らないラケルは本当に捨てられてしまうのではないかという不安に押しつぶされそうになりながら、眠れない夜を過ごすのだった。人肌恋しくなる中彼女が思い出したのは、最初に守ると約束してくれた時、抱きしめてくれたアベルの温もりであった。



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