第4-9話 ソードマン・コンフューズ・リレイションシップ
同時爆破事件から一週間。アベルたちは爆破事件などなかったかのように平和な日々を過ごしていた。
当然、あの事件がショックとなり、家から出られなくなったり王都から離れたりした人間などもいたが、それでも大多数の人間がたくましく生きていた。既に町の半分以上が復興しており、建物が全壊してしまった店も、他の店に間借りするなどして商売を続けていた。何ともたくましい事である。
その中でアベルたちも自分たちの鍛錬や勉強を続けていた。ナターリアはいつものようにカルミリアたちについて回っており、ラケルも魔技の勉強を続けていた。
アベルも一人、爆発の傷を癒しながら肉体の鍛錬をしており、午前中の鍛錬を終えて昼食を取るために町を歩いていた。
今日は何を食べようかと考えながらふらふらと町を歩くアベル。そんな彼の腕がガッシリと掴まれる。
何事かと思いながら彼がその方向を向くと、そこにはどこかで見たことのある服を着た女性が立っており、息を切らしながら腕を掴んでいた。
「あの、何か?」
腕を掴まれる覚えのないアベルは首を傾げ、顔を覗き込むようにして様子を窺う。
彼女が顔を上げると彼は既視感の正体がはっきりする。
「あの、あの時はありがとうございました!」
彼女は爆破事件の際にアベルが助けた女給であった。道理で彼女のつけているエプロンに見覚えがあるはずである。彼女は腰を九十度まで曲げアベルに礼を告げる。
「いや、気にしないでいいよ。目の前で爆死されたら気分悪いし、俺たちも巻き込まれて危なかっただろうしね」
「いえ、あの時助けてもらえなかったら私は死んでいました。あなたは命の恩人です!」
しかし、彼女はアベルの声に負けずに彼を持ち上げる。褒められるのは悪い気はしないが、そこまですごいことをしたつもりはないため、少しくすぐったい。
「私、エミリーって言います。何かお礼をさせてください! あまり高価なお礼はできませんが……。でもあなたが良ければ私の身体でも……」
「じゃあ、これから君のお店に行ってもいいかな? これから昼飯を食べようと思ってたんだ」
「あ、はい。もう営業再開していますので」
彼女の声を聞き、アベルは歩き始めエミリーもそれについて歩き始めた。別に私の身体でもよかったのに、と彼女は小さく呟いたが、あいにくアベルの耳には届かなかった。
店に着いたアベルが、店の門をくぐるとそこでは既に一週間前と同じように営業が行われていた。
「おお、兄ちゃん! この前はありがとうな。おかげで店がぶっ壊れずにすんだよ! ん、エミリー今日は休みじゃなかったか? まあいいが。さあ兄ちゃん、座ってくれ。今日の分は店で奢らせてもらうぜ」
彼を快く迎えてくれた店主は、早口でアベルへの感謝を告げ否定する間もなく、話を進めていく。まあ、店に来た以上食事をするのは確定であるため、否定するつもりはないが。
アベルが席に着くと、エミリーが同じテーブルに座る。その様子を見て店主が声を上げた。
「なんだエミリー? 兄ちゃんの分は店から出すが、お前の分は出さないぞ?」
「わかってる。お給料から引いておいて」
彼女は店主の声に応えると、両肘をついて手首の上に顎を置く形でアベルを見つめ始めた。
「……何ですか?」
彼女のねっとりとした視線に戸惑ったアベルは、思わず問いかける。
「私を助けてくれた人はどんな人なのかなって」
うっすらと笑みを浮かべながらアベルの声に応えたエミリーはアベルの顔から目を離さない。少々居心地の悪さのようなものを覚えたアベルは彼女から視線を逸らした。
そんな彼を救ったのは店主であった。
「エミリー、お前男なら何でもいいのか」
「いやねえ、そんなわけないじゃない。かっこよくて素敵な男の人にしか私は声かけないよ」
「すいませんね、うちの従業員が。お待たせしました。こいつがうちのおごりです。そんでこっちの酒が……、あっちの人のおごりになります」
店主が指したほうを見ると、そこには依然助けて助けられた男が座っていた。アベルの視線に気づいた彼は笑みを浮かべると、粋に持っていたジョッキを持ち上げた。
「彼に礼を言っておいてください。それとありがとうございます」
「礼なんていらねえよ。店を直す分に比べれば安いもんよ。それじゃあごゆっくり」
アベルの前に料理と飲みものを置いた店主はエミリーに注文を聞いてカウンターに引っ込んでいく。
「一口もらってもいいかしら」
アベルが目の前の皿に手を付けようとすると、エミリーが彼の答えを聞く前に手を伸ばし、一口分だけ手に取ると口に放り込んだ。手にソースが付くが彼女はそれを見せつけるように舐めとる。勝手に食べられたことに少しだけむっとしてしまうアベルであったが、わざわざ指摘するほどのことでもないため、ぐっと飲みこんだ。
「さっ、食べて食べて。ここの料理はおいしいから。短い時間だけどせっかくだし楽しみましょう?」
そんな彼の気持ちなど知らずに、エミリーは食事を勧める。以前来た時には爆破事件の影響で食べられなかった。食べられなかった分をこの際だから楽しもうとアベルは料理にフォークを突きさすのだった。
日々、魔技を覚えるために勉強に勤しむラケル。
「今日はここまでにしておこう。よく一か月もしないうちに炎が出せるようになったな」
「教え方がうまいんですよ。一人だったらできませんでした」
「嬉しいことを言ってくれるね。それじゃお疲れさん。また明日な」
今日の魔技の勉強が終わった彼女は町に出た。これから彼女は屋敷に戻ってアベルに肉体の鍛錬を見てもらうつもりである。この時間帯であれば彼もいるはず。
旅をし、勉強をする中で身体能力が必要であることが彼女の中ではっきりしていた。幸い彼女の場合、スピードや体力は女性の身体に対して有り余るほどあるが、パワーが圧倒的に足りない。このままではいけないと考えた彼女はそのパワーをつけるための鍛錬を最近始めた。
屋敷までの道のりを進む彼女であるが、昼を過ぎても休憩なしで勉強をしていた彼女の腹が鳴った。周りに聞こえていないのが幸いしたが、やはり少しお腹が鳴るのは恥ずかしい。
腹がなったことで空腹であることを認識した彼女は何か軽く腹に入れておこうと屋台を探し始めるのだった。
何か食欲をそそるようなものを売っている屋台を探し始めるラケル。キョロキョロと首を振っていると彼女の目に見覚えのある人物が映る。彼女に見られていることにその人物も気づき、彼女と視線を合わせた。
「久しぶりだね。ラケルさん」
「お久しぶりです、ヨミゴルドさん」
近づいてきた男、ヨミゴルドもといギランにラケルは軽く頭を下げながら挨拶をする。
彼は最近彼女を探すために変装をして町中を散策するのが日課となっていた。町を一般市民として見てみると思いがけない発見があり、ラケルに会うという名目で始めた散策であったが、思いもよらない効果を発揮していた。しかし、前回の件でこっぴどくやられた彼は軽く反省し、世話係の爺やに一言告げてから町に出るようになった。彼に一言告げればうまくごまかしてくれる。おかげで王城内がパニックに陥ることはなくなった。
今回も偶然ではあるが、ラケルに合うことができたギランは内心跳びあがりそうなほどうれしい。
「これからお昼かい?」
「ええ、少し遅めですけど」
ギランの問いかけに答えるラケル。彼女はあからさまにお腹を撫でる。腹が減っているという比喩である。
「では、これから一緒にどうだい? 入ってみたい店があるんだが、一人だとどうも気が引けてね」
「別に構いませんけど……。お高い店じゃないですよね?」
「大丈夫、そこまで高価な店ではないよ。それに私のほうから誘ったんだ。ごちそうさせてもらうよ」
「いえ、今回はお気持ちだけで。そう何度も奢られるのは気が引けちゃうので」
「ふむ、そうかい。まあいい」
ラケルの主張に一応の納得を見えるギラン。しかし、彼からしてみれば一緒にお茶ができるだけで正直なんでもよかった。それに彼女がそういうのであればわざわざ押し切ってでも奢る必要はない。無理やり押し切ってしまえば、何か下心があるのではないかと疑われる。
「じゃあ行こうか」
「それじゃお言葉に甘えさせてもらいます」
二人は以前のように並んで歩き始めるのだった。
他愛もない世間話をしながら目的地に向かって進む二人。
「ほう。君は魔技が使えるのか」
「ええ、勉強を続けて最近やっと簡単なものが使えるようになったんです」
魔技が使えるようになったラケルはその喜びを笑みとして露わにする。その笑みを間近でうけとめたギランはクラっとした感覚を覚えるが、鉄の精神力で耐えきって見せる。
「なぜ君のような可憐な少女が戦おうと思ったんだい?」
「えっと、私のことを世話してくれる人が魔獣と戦いながら旅をしてるんですけど。私は戦えなくて足手まといになっちゃうことが多かったので少しでも戦闘に貢献できるようになりたかったんです」
「そうか。君は優しい子だね」
「そんなことないですよ」
ギランの声に謙遜するラケル。なんて事のない内容の話をしながら歩く二人は以前のような仲睦まじさを見せていた。端から見れば二人が恋人のように見えるだろう。
そんなふうに歩いていた二人の目にあるものが映った。
「あれ、アベルさん……?」
「彼が君の保護者に当たる男かい? それにしては随分腰の軽い男のようだが」
二人の目に入ってきたのはエミリーと食事を楽しむアベルの姿であった。ぐいぐいとくるエミリーに押され、彼女の手から差し出される食べ物を食べている。
ラケルはそれをみて驚きの交じる疑問の声を上げた。ギランは当然、アベルのことを知っている。というより彼はアベルがここで食事をしていることを知っていたのだ。
風の噂で彼が女性と食事をしていることを知っていたギランは、それを承知でこのルートを通り、ラケルにその光景を見せた理由は、彼女にこの光景を見せることでアベルに対する不信感を持たせることであった。
少しでも彼女のアベルへの好意を逸らし、自分のつけ入る隙を作ることが目的であった。
彼女を手に入れるためだったら、もはや手段を選ぶつもりもないらしい。
二人で楽しそうに食事をするアベル。それをみてラケルは少しだけ不安を覚えた。彼女は現状、彼の庇護下である。つまり彼の意志一つで捨てられてもおかしくないということである。彼が自分以外の女性と二人きりで親しくしている姿を見て、それが現実になるのではないかと考えたのだ。
しかし、そんなことを考えることこそが彼に対する裏切りになるとラケルは考え、ぶんぶんと首を振り頭の中で燻る考えを搔き消した。
「彼は本当に大丈夫なのか?」
「なっ、大丈夫ですよ。あの人は優しい人ですから。じゃなかったら私は今ここにいません!」
疑いの目を向けるギランの声をラケルは必死で否定する。
「そんな優しい人物だからあんな対応なのではないのか? 君という存在がありながら不誠実なように感じるぞ」
ギランは未だにエミリーと乳繰り合っているアベルを見ながら言う。今度はアベルがフォークを差し出しており、エミリーは嬉しそうに頬張っている。彼が自分からするとは思えないため、おそらく彼女に押されてやっているのだろうと、あたりをつけるラケル。
彼女はアベルが食事をしている光景から目を逸らした。これ以上見て、自分の不信感が増していくのを防ぎたかったのかもしれない。
「もう行きませんか。あまりジロジロと見つめているのもあれですし」
「それもそうだね。店はこの近くだ」
ラケルはギランとともにその場を離れるのだった。
その後、目的の店についたラケルはギランと小一時間ほどお茶をして別れた。それから屋敷に戻りアベルンに肉体鍛錬を見てもらったのだった。
表向きにはいつものように変わらない明るい笑みを浮かべながら一日を過ごしたラケルだったが、心の中ではアベルに対する疑念が燻り続けていたのだった。
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