第4-7話 ファイアワーク・セットオフ・キャピタル
ラケルとナターリアが不思議な体験をした三日後。
日課となりつつある訓練を終えて、アベルは魔技のことでも勉強しようかと考えながら歩みを進めていた。
王都にきてラケルは魔技を習得するために勉強しており、ヘリオスの口利きで獣鏖神聖隊の魔技師のもとで勉強をするようになった。今回アベルは、そこに顔を出すついでにおこぼれに預かろうという魂胆であった。
町を歩きながらラケルが勉強しているであろう場所に向かうアベル。
すると、勉強しているはずのラケルが通りの向こうから姿を現し、駆け寄ってきた。
「あ、アベルさーん」
子犬のような雰囲気で駆け寄ってきた彼女に少々の戸惑いを感じながら彼は疑問を投げかける。
「あれ? 今日、この時間は勉強しているんじゃなかったっけ?」
「それが先生をしてくれてた方が急用で二時間くらい離れることになっちゃったみたいで。それで時間ができちゃったのでお昼ご飯でも食べようかなって。アベルさんはどうしたんですか?」
「俺? 俺はラケルちゃんのところに顔を出すついでに魔技の勉強のおこぼれにでも預かろうかなって思ってさ」
アベルは彼女に正直に魂胆を言って見せると彼女はおかしそうにクスリと笑った。
「それよりお昼食べるんでしょ? 一緒に食べない?」
「ぜひ! 行ってみたいところがあるんです」
「じゃあそこにしよっか」
一緒に昼食をとることに決めた二人は、ラケルの案内で目的の店に向かい始める。
「ところで魔技の勉強の調子はどう?」
「ボチボチ、とは言いづらいですかねぇ。魔力を感じるっていうのが難しくって……」
「まあ、焦んないでゆっくりやんなね。別にそんな急ぎってわけでもないんだしさ」
「頑張って早く身に着けるつもりですけどね。あ、そこを右に曲がったところです」
とりとめもない世間話をしながら歩き、店に辿り着いた二人。早速店に入るとラケルと同じ年頃の女給が出迎えてくれる。
「いらっしゃいませー! お好きなところへどうぞー!」
彼女の言葉通り、適当な席に着いた二人。席について少し経ち、そろそろメニューも決まっただろうかという頃合いで女給が近づいてくる。
「お決まりですかー?」
彼女にアベルがメニューを告げると彼女は軽い足取りで店の奥に消えていった。頼んだものが届くまでしばらく適当に周囲の雑踏に耳を傾けていると、一人の男が近づいてきて声を上げる。
「お姉さん、ちょっといい?」
急に見覚えのない人物に話しかけられたことで緊張感を走らせる二人。しかし、男には敵意はないらしく、両手を軽く上げながら言葉を続ける。
「いやいや、別に何かしようってわけじゃないんだ。ただそっちの女の子に伝えておきたいことがあってさ。ほら、三日前に男とお茶飲んでただろ?」
「ええ、そうですけど……」
男の声に首を縦に振りながら答えるラケル。
「あいつはやめたほうがいいぜ。見境なしに女の子に声かけまくってるみたいで、俺たちの間じゃ人身売買の品定めって噂になってるくらいなんだ。さっきの店員の子にも声かけてたらしい。まあ、他に男がいるみたいだけど、一応な、教えておこうと思ってさ」
アベルのほうに視線をチラリと視線を送りながら男は言葉を紡ぐ。
彼はラケルがお茶をしていた際、二人のことを遠巻きに見ていた男たちのうちの一人であった。また会うことができたら声でもかけようと思っていたのだが、男連れで姿を現したため、せめてこのことを伝えておこうと声をかけてきたのだ。要は下心の罪悪感からの親切心である。
「そうなんですか……。ありがとうございました」
「どういたしまして。それじゃあ気を付けてね」
微笑みながら男に礼を告げるラケルに対して、笑みを返して席を離れていく男。きれいな笑みを返してくれたラケルに対して『惜しい女の子を逃しちゃったな」と考えながら彼は自分の席に戻っていくのだった。
さて、話を横から聞いていたアベルはラケルに問いを投げる。幸い、彼女からその日のうちに事の顛末を聞いていたおかげで事態の理解も早い。
「今の話って三日前に話してくれた話だよね?」
「ええ、あの男の人、そんな悪い人じゃないように感じたんですけど……」
アベルの問いに答えるラケルは、男の意見を聞き入れながらも否定的な意見を述べる。同じ時間を過ごした彼女自身が言っているのだから間違いない。彼からは何かを狙っているような下心を感じなかったのだから。しかし、男の言うことも決して無視していいわけじゃない。人身売買を行おうとする人間は珍しくない。自分がその毒牙にかかりかけたのだからそのことはよく知っている。それでもハルヴィーと人身売買という言葉が結びつかなかった。
「まあ、俺からはとやかく言わないよ。ともかく何かあったらいやだから気を付けてね」
「わかりました。ナターリアちゃんにも伝えておきますね」
ともかく何があるかわからない以上、気を配っておかなければならない。アベルはラケルに注意喚起をしておくことにした。
二人の会話が収まったところで彼らのもとに二人が頼んだものを両手に持った女給が近づいてくる。ニコニコと笑みを浮かべながら近づいてきた。
「お待たせいたしましたー! ご注文のお品で、……すぅ!?」
女給は最後まで言葉を紡ぐことができずに何かに気づいたように動きを硬直させた。ここでなにか嫌な予感を感じ取ったアベルは椅子から腰を浮かせた。
その直後、女給が注文したものを手から取り落とす。そして先ほどまで皿を持っていた手を胸元にあて屈みこむと、苦しみ始めた。
「カッ、身体が、あつッ、イィ!」
突然苦しみ始めた女給を見て混乱する店内。アベルがぐるりと視線を送ると、同じように苦しんでいる女給と客が一人ずついた。女給の近くには先ほど声をかけてきた男がおり、心配そうに女給に声をかけていた。
何かおかしい。そう思ったアベルが椅子を跳ね飛ばしながら女給たちに近づこうとすると、脳内に声が響き渡る。
『近づくな。そいつらおそらく遅効性の魔技か何か仕掛けられてるぞ』
「ンなこと言っても仕方ないだろ! このままじゃ周りの人間まで巻き込まれる!」
ヴィザの言葉に声を荒げて反論したアベルは行動を起こす。苦しんでいる彼女たちを助けられないかもしれない。しかし、周りの人間を助けることは出来る。ここで自分の身惜しさに行動を起こさなければ周りの人間まで救えなくなる。そんなのはごめんであった。
まずはすぐそばの女給ではなく客のほうに近づくと、彼女を店の外に連れ出す。苦しんでいる彼女に声をかけようとする者が近寄ってくるが
「全員、その子に近づくな!!!」
アベルの一喝で足を止める。店に舞い戻ったアベルは今度は男の傍の女給を連れ出そうとする。が、彼の本能がこのままでは間に合わないと警鐘を鳴らした。このままではどちらかは店から連れ出せない。そう考えたアベルであったが、周りの人間を巻き込むわけにはいかない。
ではどうするか。アベルはこの状況をどうにかするために行動する。男の傍の女給でなく、自分たちの傍にいた女給に向かって走り出すと同時に、腕につけた鞘の能力を起動する。もう一人の女給を囲むように障壁を展開し、自分は近くの女給を抱え一目散に店から飛び出した。
アベルが店から出たその時のことであった。先に店から連れ出していた少女が突如としてまるで爆弾にでもなったかのように身体の内側から爆発した。それと同時に店の中からも響いてくる爆発音。店の中に取り残してきた女給も爆発したらしい。
爆発は本物の爆弾さながらの威力であり、店から出た直後のアベルはもろにその衝撃に身を晒すことになり、爆風に身を焦がされながら店に叩き戻されることになった。
呼吸ができなくなるほどの痛みを感じながらも、立ち上がり状況を確認しようとするアベル。どうやら鞘の障壁はうまくいったらしく、店の中は無傷で客にも怪我人はいないらしい。しかし、目の前で人が爆発したというショックはどうしようもない。客は悲鳴を上げ、パニック状態に陥った。
怪我人が出なかったという事実に内心ほっとするアベル。だが、彼はふとおかしいことに気づく。アベルが抱えていた女給の少女。彼女は爆発せずに彼の腕の中で糸が切れたように意識を失っていたのだ。もちろんアベル自身は何もしていない。
「ヴィザ。お前なんかした?」
『ギリギリ爆発の根源を中和することができた。お前に死なれちゃ困るからな」
「そりゃどうも。おかげで助かった」
アベルはヴィザへ礼を告げると立ち上がり、再び店の外へ飛び出した。
その視線の先、彼の目に飛び込んできたのは紛れもない地獄絵図であった。
どうやら爆発したのは店の三人だけでなかったらしく、町のあちこちで爆炎が上がっており、人々が悲鳴を上げ、走り回っている。
それだけでない。爆発で大小に拘らず人々が負傷しており、倒れ伏す人々で戦場のようになっている。頭から血を流している男。腕の骨が見えてしまっている女。足が吹き飛んでしまっている少年。顔が火傷で原型がなくなってしまっている少女。多種多様な人々が怪我を負っていた。爆発の傍で怪我をしていないのはアベルの周りだけだろう。
この悲惨な現状を見回したアベルは、胸糞悪さを覚えながら人々の救護に回ろうと足を動かす。しかし、その足が次につながることはなく彼は膝をついた。無理もない。爆発を間近で受け止めたのだ。いくら頑丈なアベルでもダメージを受けていた。
思いのほか大きなダメージを負っていることに気づいたアベル。彼の頭から血が流れており、左肩が焼け焦げている。少し休めば動けるようになるだろうが、今はとても動けたものではない。
「アベルさん大丈夫ですか!?」
回復に専念することにしたアベルに、ラケルが近寄ってくる。心配そうな表情で濡れた布を火傷の傷にあててくる。
「少し休めば動けるようになると思う……。それより他の人たちは……」
「アベルさんのおかげで皆さんお怪我はないです。動ける人はもう怪我をした人たちの手当てに向かってます」
「そっか……。そりゃよかった」
「私も行きます。アベルさんは無理しないでくださいね」
そういうと彼女は走り出し、負傷者たちの手当てに向かった。出会ったころからの成長を実感し、なんとなく子供を見守る父親の気持ちになったアベルは、小さく口角を吊り上げた。
しかし、そんな感傷に浸っている暇すらなかった。アベルが感じたのは今あるはずのない感覚。こんな状況を楽しんでいるような感情がどこかから向けられていた。
一体どこから。アベルはその気配の出所を探る。すると、彼の頭上二十メートルほどのところに、金属製の球体が浮いていた。
「……あれか」
その球体から気配とともに、不躾で不愉快な視線を感じ取ったアベルは今出せるすべての力を使い立ち上がると、鞘の中からヴィザを引っ張り出す。そして空中の球体に向かって投げつけた。振り絞った全力で投げつけられた剣に当たった球体は、その衝撃に耐えられるはずもなく粉々に砕け散った。
戻ってくる剣を掴み、鞘にしまったアベルは再び地面に膝をついた。こんな状況であるが、もう動けない。しばらく休ませてもらおう。アベルは膝をついた体勢のまま、そう思い、全身の力を抜くのだった。
「ありゃ、壊されちゃった。それにしてもあれに気づくなんてすごい人だなぁ」
町からそれなりのところにある森。そこでハルヴィーは適当な切り株に腰掛けながらつぶやいた。以前はつけていなかったモノクルを目につけている。
当然、こんなことをいうのだから町の地獄絵図を作り出したのは彼である。しかし、罪悪感のかけらもないほどのすがすがしい笑みを浮かべていた。
「え? あいつも爆破しろって? こんな気持ちのいい爆破の後に男なんて爆破したくない。とりあえず目もなくなっちゃったし作り直さないと。下手に探知されたりするのも嫌だし、ここから離れよう」
そういうと彼はモノクルを外し、歩き始める。その足取りは地獄絵図を作り出した人物のものとは思えないほど軽やかであった。
そんな彼の服の裾から揺れる紐状の物体が揺れていた。しかし、それも一瞬のこと。すぐに紐状の物体は服の中に姿を消し、直後、彼自身も気配が希薄になる。
平和な王都内で起こった女性同時爆破事件。これはしばらくの間、未解決の大事件として国内中で語り継がれることになるのだった。
そして巨大な話題の中、周りの被害をゼロに抑えた青年の活躍が王都内で、それもごくわずかではあるものの、語り継がれるのだった。
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