第4-5話 ペア・チューズ・ギフト
高級店街を回ることになったギランとラケル。二人は和やかな雰囲気で王都内を回っていた。
が、その一方で王城内は大混乱になっていた。
「国王様がいないぞ! どこ行ったんだ!」
「捜せェ!!! 草の根分けてでも捜し出せ! これで国王様に何かあったら責任問題どころじゃないぞ!!!」
「いたか!?」
「いません!」
「クソォ、ほんとにどこ行っちまったんだ!?」
「まさか城下町のほうに行ってませんよね!?」
「国王様は自分が行くと民を圧迫するからってもう何年も町に下りてないんだぞ。町の捜索は後回しだ! それより王城内をしらみつぶしに捜せェ!!!」
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。王城内の人間すべてがギランのことを探していた。しかし、見つかるはずがない。彼は今王城内にいないのだから。彼が十年近く町に姿を出していないことと、それを踏まえて町には出ていないだろう、という思い込みが災いした。
こうなるであろうことを知っていたが、まるで他人事のようにギランは散策を楽しんでいた。国王としては失格かもしれないが、今回ばかりは話が違っていた。今だけは彼も国王という地位を忘れ去ろうとしていた。
彼が彼女と一緒に行動している理由は一つ。以前、アベル達とともに王城に来たラケルを一目見たときに彼は彼女に一目惚れしまったのだ。今までに見たことのない、純朴で清楚、まるで出したての白い布のような清らかさ。彼はその逆のように脳内を彼女一色に染められてしまっていた。
彼女に一目惚れしてしまったと彼自身が気づいてからは恐ろしく早かった。彼女が今日ヴェッスミシードのところで防具を受け取ることを風の噂で知っていた彼は、早速変装を施し、部下の目をかいくぐって町に繰り出した。そして町に出て早々に彼女と遭遇したのだった。アベルが傍にいなかったのも行動させやすくした。
彼女と遭遇した彼は、一般人を装って彼女を助け、口八丁に彼女と行動する権利を獲得したのだった。
そんな感じでラケルとともに城下町を歩くギラン。そんな彼にラケルは言葉を投げかけた。
「そういえば、女性の意見を聞いて買いたいものがあるって言ってましたけど何を買うおつもりなんですか?」
ラケルの問いかけにギランは一瞬戸惑った様子を見せた。女性の意見を聞いてまで解体物などそもそもない。その提案など彼女を誘うための方便でしかないのだ。どう応対しようか。少し悩んで彼は答えを出す。
「いや、女性に贈り物でもしようと思うんだが、贈ろうと決めただけでまだ何を買うかも決めていないんだ。だから君に少し意見を、と思って」
「なるほど、わかりました。だったらその人のためにもいいものを贈らないといけませんね」
適当な言い訳で納得した彼女を見て、彼は内心ホッとする。
「贈り物をする女性ってどんな方なんですか? 年齢とか、ご職業とか、どんな性格なのかとか」
早速ラケルは拙いながらもいいものを選ぶために、贈り物をする女性の詳細な情報を得ようとする。少しでも情報を知れば、その人物に見合った物品を贈ることができる。その努力を怠れば彼に恥をかかせてしまうかもしれない。責任重大だ。
「そうだな……。年は私と同じくらいかな。彼女は明るくて、人の気持ちがわかり気遣いの出来る人物だ。職業は……、ちょっとわからないな」
「なるほど……」
彼の話を聞いてラケルは今回はあまり尖ったものではなく、無難なものを贈るべきだと考えた。職業や性格で細かい部分がわからない以上、変に尖ったものでなく、誰にでも当てはまるようなもののほうがリスクが少ない。彼女はそう考えた。
「お花なんかはどうでしょうか?」
「申し訳ないが花はちょっとな。あまり日持ちしなさそうだ」
「あれ? すぐにお渡しできないんですか?」
「ああ、正直に言ってしまうといつ渡せるかわからない人なんだ」
ギランの言葉を聞いて、ラケルは複雑な関係なんだなと思い、そこを追求することはなかった。世の中にはいろんな人がいるのだ。藪をつついて蛇を出すようなことはする必要はない。
「では、日持ちするようなもの……、スカーフなんかの小物類とかでしょうか」
「いいね。じゃあ君がもし贈り物をされる側だったら何が欲しい?」
「えー?」
ギランの問いにラケルは少しの間、口を閉ざして考える。空を仰ぎながら考える彼女は十秒ほどで答えを出した。
「別になんでもいいですね」
「ほう? その心は?」
「私は贈ってもらえるその気持ちだけでも十分に嬉しいので」
「そんなものかぁ?」
「そうですよ! 女性だったら自分のことを一生懸命考えて贈ってもらえたってだけで嬉しいはずですよ!」
「そうか……。そうなんだな」
「まあ、それじゃ全く参考にならないんですけどね」
タハハと苦笑いをするラケル。しかし、彼女の発言は非常に参考になる。現にギランは彼女に胸を打たれていた。
(なんと、健気で無欲だ……。それでいて他人のために一生懸命になって考えられる健診さ……。ますます惚れてしまう……)
彼女の一挙手一投足に意識が向いてしまい、そのすべてが美しいと感じてしまう。まさにベタ惚れ。泥沼にはまっていくような感覚を覚えていたギランであった。
そんな彼をラケルは引き戻す。
「具体的なものを上げるとするなら、リボンとかがいいんじゃないでしょうか? 髪が長かったらそれでくくってもらえるかもしれませんし、腐ったりしませんしかさばらりません。それにアクセサリーよりも高価ではありませんから。髪が短かったら話は別ですけど」
「いや、いいね。彼女は髪が長かったはずだし使ってもらえるかもしれない。一度見てみよう」
いったん贈り物をリボンとしたギランはリボンを売っている服飾店に向かう。服飾店に入りリボンを物色し始めた彼らにスススと近づいてくる存在がいた。
「お客様、何かお探しでしょうか?」
リボンを物色していた彼らに店員が声をかける。彼女の声にラケルが答えた。
「いい感じのリボンを探してて……」
「なるほど……。お連れ様にプレゼントですか?」
「いえ、私じゃないんです。こっちの人がプレゼントをするみたいで」
ギランに視線を向けながら問いかける店員の勘違いを訂正するために声を上げるラケル。店員は二人が恋人であると邪推しており、それを踏まえての言葉であった。ラケルは訂正したが、なぜ店員がそのようなことを言ったかに気づいていなかった。
そんな店員の言葉の意図に気づいていたギランは誰にもわからない程度に口角を吊り上げていた。悪い気分はしない。むしろいい気分だった。
「そうでございますか。女性にお贈りするのであればこちらなどお勧めでございます」
そういって店員が手に取ったのはワインレッドの布に小さな宝石のついたものであった。ものとしてはリボンというよりスカーフに近い。
「こちらは上質な布を使っており、丈夫で多少引っ張った程度では壊れません。それに水に濡れても色落ちしませんから汚れても選択していただくことが出来ます。多少お値段は張りますがお買い得かと」
店員の言葉を聞き、これでいいかもしれないと考えるギラン。宝石で高級感を演出することが出来、布も非常に触り心地がいい。それに丈夫で選択ができるとなると、世界中を旅することになる彼女にも使いやすいはずである。
しかし、彼はまだ決め切れていなかった。贈るにしても彼女の気持ちを考えなければならない。どうなるかと考えながら、彼女のほうを見ると彼女は店員の勧める物ではなく、全く別の品に興味を示していた。
彼女が興味を示していたのは青色のリボン。どこにでもありそうな素材を使ったそのリボンに、彼女は何故か強く興味を示していた。色に引かれたのか、それとも何か特別なものを感じ興味を示しているのかわからないが、とにかく彼女はその品に興味を示していた。
ギランがその姿をじっと見つめていると、彼女はそれに気づき慌てた様子で店員の品に意識を向ける。
「あ、すいません! わっ、すっごくおしゃれですねそれ!」
品物を見て驚いた様子を見せるラケル。彼女に続くようにして店員が追い込みをかける。
「いかがなさいますかぁ? そちらの品は貴重な品物でございますので、売れてしまいますと入荷にお時間がかかってしまいます」
ものが少ないことを強調し、焦らせようとする店員。それを聞きながらスカーフをじっと見つめる彼。しばらく見つめていたが、それから決断したようにスカーフから目を離した。
「これで頼みます。贈り物用の包装も頼む」
「かしこまりました。お包みしますので少々お待ちくださいませ」
弾むような口調でギランの声に応える店員。高額商品が売れたことで上機嫌なのだろう。ギランからスカーフを受け取って店の奥に行こうとする彼女であったが、それを引き留めギランは耳打ちする。
「それとあの青色のリボンも頼む。スカーフとは別であっちも包装を頼む。彼女にバレない様にな」
「あー……、かしこまりました。では、大変恐縮ですが、店の外で少々お待ちいただけますでしょうか?」
頭の中で彼がなぜそう言ったのかを推測し、整理をつけた彼女は首を縦に振った。それを受けて、ラケルの目に入らない様にリボンを回収するために、二人を締め出そうとする。
彼女の意図を理解したギランはラケルを誘い出し、店の外に出る。
店の外で少しの間待っていると、先ほどの店員が紙袋に入った品物を手渡してくる。
「大変お待たせいたしました。こちらお品物でございます」
「ありがとう」
ギランが礼を言って品物を受け取ると、店員はそそくさと店の中に再び姿を消した。
品物を受け取ったギランは隣で見上げているラケルに視線をやる。
「君のおかげでいいものを買うことが出来た。お礼をさせてくれないだろうか?」
「い、いえ。あの時助けてもらったお礼がお手伝いさせてもらったことですから」
「そんなことは言わないでくれ。私一人ではこんなものを買うことはできなかった。それだけでも声をかけた以上の協力をしてもらっている。だからお礼にお茶でもごちそうさせてくれ」
「…………では、ごちそうにならせてください」
ラケルは少し考えごちそうになることにした。そばにあった適当な茶店に入り二人は穏やかな時間を過ごすのだった。
その一方で、店の中に戻った店員は店の隅で彼女の接客を見ていた店長に気づき、彼女のほうに近づいていく。
「いやぁ、よかったですね。ちょっと高くて売れなかった品物が売れて。ってどうしたんですか?」
「んー、あのお客さん。どっかで見たことがある気がするのよねぇ……」
「こんな仕事ですし、来るお客さんも限られますからどこかで見たことあっても普通じゃないですか?」
「いや、お客さんとして見たことがあるってことじゃなくてね……。どこだったかしら……」
頭を抱える店長であったが、どうしても思い出せない。そのうち、仕事に追われてギランのことなど頭の深くまで押し込められてしまうのだった。
一時間ほど過ごして茶店を出た二人は、ここで別れることにした。
「今日は本当にありがとうございました。助けてもらっただけなくお茶までご馳走していただいて」
「それはお互い様だ。こっちも君のおかげで有意義なものを選ぶことが出来た。ありがとう」
お互いに礼を告げると視線を合わせ小さく微笑んだ。
「では失礼します」
「ああ、ではまたな」
そして最後に別れの言葉を投げかけ、互いに背を向けて自分の戻るべき場所に向かって歩き始めるのだった。
それから離れに辿り着いたラケルは夕食の際に、今日あったことをアベルたちの話して聞かせた。
その一方で王城を何時間と離れたギランは地獄絵図となっていた臣下たちの前に姿を現したことでさらなる地獄絵図に発展させた。そして側近である部下の一人に勝手な行動をとり部下たちを混乱に陥れたことに対する説教をされてしまうのだった。
高級店街でともに過ごしは二人は、別れた後正反対の対応をされてしまった。しかし、二人の間に今日の出来事という共通の思い出が残ったのであった。
たった一日という思い出というにも短い時間。しかし、その思い出は彼女たちの中でも色褪せることの無い、――ラケルには後々――、記憶に強く残る思い出となるのだった。
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