第4-1話 ソードファイター・ミート・エクストラゴッド
「会わせたい人がいる?」
アベル達が王都に来てから一週間。そろそろ王都での生活にも慣れてきて、自活をするために離れを出てもいいんじゃないかと思い始めてきたころ(ちなみに生活費は今まで神装使いとして獣鏖神聖隊として協力してきた分を計算してギランからもらってそれを崩して生活している。一度はアベルも拒否したのだが、半ば無理やり渡してきた)。
そんな感じで王都での生活を満喫していたアベル達であるが、突然姿を現したこのようなことをカルミリアが言ってきたことで間抜けな声を漏らす(ここは彼女の屋敷の離れであるため、彼女が現れたところで何の不思議もないわけのだが)。
「悪いが今回は拒否権はない。君にも決して無関係ではないし、向こうにもわざわざ予定を開けてもらったからな。王都に来てすぐにでも会ってもらったほうがよかったのだが、お互いに予定が詰まっていて今日まで伸びてしまった」
言葉を紡ぐと同時に疲れを吐き出すようにかため息を漏らす彼女。ちょいちょいアベル達の前に顔を出すため、いつ仕事をしているのだろうかと、疑問に思うだろうが、隊長なだけ会って彼女もなかなかに忙しい。王都周辺の見回り、討伐遠征の報告書作成、不足している物資の補充のための書類作成、彼女直属でない部隊の訓練、他の地方に討伐遠征に出ている隊の現状報告の確認など、他の隊員よりも他にやることは多い。他の隊員でも出来そうなことはある程度押し付けているとはいえ、それでもこの量を捌けるのは彼女自身の手腕と言えるだろう。
「はあ、それは構いませんが……。一体どなたなんですか?」
そんな彼女の予定を崩すわけにはいかない。アベルは彼女の言葉を快諾するが、その前に一体誰に合うのかを聞いておくことにした。彼女のことであるから、口にするのが憚られるような人物には会わせないだろうが。
アベルが問いかけると彼女の口から予想外の人物の名前が出る。
「王国の鍛冶師のトップの人物は知っているだろう?」
「まあ、なんとなくは。神装には及ばずとも名剣と呼ばれる武器をいくつも作り上げた人物ですよね」
王国屈指の鍛冶師のことはアベルも聞いたことがある。数々の武器を作り上げ、獣鏖神聖隊隊長の屋台骨として、今もなお第一線で活躍する鍛冶師である。
「そうだ。わかりやすいところで言うとヘリオスの使っているハルバードも彼が作った武器だ」
アベルの言葉に補足を付け加えるカルミリア。そこまではよかった。しかし、次に付け加えた彼女の説明でアベルの脳内は混乱の極みに至る。
「彼は神装使いの一人だ。というか神そのものなんだ」
「はい? 意味わかんないんですけど?」
アベルは混乱で口調が一変し、友人に話しかけるようなものに変化する。一応彼女の言葉を脳内で反芻してみたが、やはり意味が分からない。
「神々って今の世界で肉体を持って存在しないって決めてるんですよね? だったら神そのものっておかしくありませんか?」
「いやすまない。自分で言っておいてなんだが、これは余計な情報だったな。ちょっとあの方は口で説明するのが難しいんだ。とにかく会って話を聞けば理解できると思う。それでいいだろうか?」
「はぁ……」
カルミリアの言葉に戸惑いながらも返事を返すアベル。
「ところで俺に無関係ってことはナターリアちゃんも行くんですか?」
「いや、彼女は今回は不参加だ。彼女は私のもとで訓練をするからな。会おうと思えばいつでも会える。だが君の場合王都を出る可能性がある。だからとりあえず今回は君だけだ。それに彼女は今頃深く眠っているだろう?」
「ええ、昨日帰ってきてから一回も起きてません」
アベルは彼女の問いかけに答える。昨日はナターリア、およびラケルの初めての訓練の日であった。簡単な座学だけだったラケルはともかくナターリアは初日から肉体を酷使したため、帰ってくるときには歩くことすらままならないレベルであり、帰宅するなり眠ってしまった。そんな彼女を無理やり起こすのは忍びないのだろう。
「だったら寝かせておいていいだろう。ラケル君は……、起きてきてついてくる意思があれば同行を許可しよう」
「わかりました。いつ頃出発ですか?」
「今すぐ、と言いたいところだが、少し処理しておきたいことがあるんでな。ラケル君が起きてくるのを待つついでにそれを片付けてくる。三十分後に出発する」
「わかりました」
カルミリアはアベルに三十分後に出発することを告げると背を向けて屋敷に歩いていく。彼女の背を見送ったアベルは彼女が起きてくることを祈りながら、自分のやるべきことを行うのだった。
彼女が起きてきたのはそれから二十分後のことであった。眠り眼をこすりながら起きてきた彼女についてくるかを聞いてみたところ、ついてくるとのことであったので、身支度を整える手伝いをしてカルミリアが姿を現すのを待った。
それから十分後、ちょうどラケルの身支度が終わったところでカルミリアが戻ってきて、彼らは屋敷を出たのだった。
王都の道を進むアベル達。彼らは王都の東側、いつ見ても煙の立ち並ぶ場所へ向かって歩いて行っていた。あの煙がカルミリアの話などから鍛冶の時に出されるものであることをアベルは理解する。
近づいていくと金属がぶつかり合う音が聞こえてくるようになり、近づいていくとともにその音が徐々に大きくなっていき、同時に何かが燃えているとき特有の香ばしい臭いが強くなっていく。
もうすぐその全貌が見えてくるだろうとアベルが考えながら、角を右に曲がるとその向こうには初体験の光景が広がっていた。
まず特徴的であったのは、王都内であるにも拘らずそびえ立つ壁であった。当然、王都を囲む壁ほどではない。木材で作られた大人の手が届かない程度の壁である。が、それのせいでそこが治外法権、王都とは全く別の世界であるかのようになっていた。
その光景に圧倒されながら門をくぐるとさらに圧倒される。
先ほどの町の光景とは違う。先ほどまでの雰囲気は賑やかであるが同時に穏やか。特に言うこともなく町の活気という感じであった。しかし、壁の向こうは違う。筋骨隆々の男たちは笑みを浮かべ、笑いあいながら酒を呑んでいるが、その一方で建物から出たり入ったり、道を歩いている人々は険しい顔で巨大な何かを運んでいる。時折、建物の中から怒鳴り声のようなものが聞こえてくる。町全体がひりついた雰囲気を放っていた。
「なんか、魔獣と戦ってる時の皆さんみたいですね……」
そんな町の雰囲気を見てラケルが思わず声を上げた。彼女の言葉に言葉に出来ない納得感を覚えたアベル。そんな彼女の声を聞き、カルミリアが口を開いた。
「ここでは兵士たちのための武器を作っている。我々の生命線だ。そのために彼らはどういうふうにすれば我々が戦いやすいか、どのように切れ味のいい武器が造れるかを探求している。そういう意味ではここももう一つの戦場と言っても過言ではないな」
彼女の言葉を聞き、アベルは納得したように首を縦に振った。彼は最初から神装を使っているため、実感していなかったが武器というのは兵士たちの生命線である。素手では魔獣に勝つことは難しい。できるのはごく少数の戦士たちである。だからこそ魔獣と第一線で戦う戦士たちには一級品の武器が必要になる。
故に戦士たちは彼らの武器が必要不可欠。鍛冶師たちも自分たちの武器がなければ戦士たちが死んでしまうことを理解している。戦士と鍛冶師は一蓮托生。切っても切り離せない関係である。だからこそ鍛冶師はひりつく雰囲気の中で武器の性能を磨き続けているのだ。
「この奥だ。行くぞ」
アベルたちが町に入ってから一分ほど。カルミリアが声を上げ、再び歩き始める。それに続いてアベルたちも歩き出す。
鍛冶師の町を少し間、進んでいると彼らの目の前に建物が現れる。カルミリアの屋敷と同じくらい大きいが、彼女の屋敷とは違い、絢爛さは全くない無骨なつくりであり、単に鍛冶の場所を大きく取るための物であるということを見せている。現に屋根から生えている煙突から煙が立ち上っている。
なるほど、あそこが目的地なのだろうと察したアベルは言いようのない感覚を覚える。ギランと会った時に感じた緊張感とは違う、ピリピリとした圧迫感。
そう、それはちょうどカルミリアなどと一緒にいるときに感じている感覚。しかし、それも正確ではない。厳密には神装使いである彼女たちと一緒にいるときの感覚に近かった。これで彼はあそこにカルミリアが言っていた鍛冶神がいるのを察した。
「ここが目的地だ」
屋敷の前に辿り着いたカルミリアが声を上げると、扉の前に立っていた槍を持った衛兵たちに会釈する。それを受けて衛兵は扉に手を掛けゆっくりと開けた。その向こうは調度品など一切なく、まるで作り立ての屋敷のようであった。
屋敷に入った三人は背後で扉の閉まる音を屋敷の中をゆっくりと進み始める。そんな中でラケルがカルミリアにふと思ったことを問いかけた。
「カルミリアさん。なんで屋敷の前に兵士の人がいたんですか?」
カルミリアはそんな彼女の問いかけに答える。
「彼は王国にとって生命線となる人物の一人だからな。王国の力を削いで自分たちの力をつけたい教団などに狙われることがある。だから衛兵を付けて彼を守っているんだ」
「なるほど。武器がなくなっちゃったら魔獣と戦えませんもんね」
カルミリアの説明を聞いて首を縦に振るラケル。
「それに仮にも王国を支えている屋台骨だから、このような屋敷も与えられているのだが、全くそう言ったことに無頓着でな。このありさまだ」
彼女は言葉とともに肩をすくめて見せる。確かに屋敷には調度品は一切と言っていいほど無く、代わりに剣の破片であろう鉄片や、使っていないであろう鞘などが転がっている。最低限の整理はされているが、床には埃まみれ。それが奥に進むにつれてひどくなっていく。
「あとで、掃除婦を派遣するように進言するか……」
カルミリアは惨状を見ながら呟いた。
そんな感じで屋敷の奥に進むと、屋敷じゅうに充満していた炎の臭いが強くなってくる。進むにつれてそれは顕著となっていき、彼らの目の前には鉄製の扉がそびえ立っていた。
鉄製の扉の前に立つと、その向こうからカンカンと鉄同士のぶつかる音が聞こえてくる。この先にはこの国一番の鍛冶師がいるのだ。そう考え、アベルとラケルは少し緊張する。
そんな二人を他所にカルミリアは扉をゴンゴンと拳で叩く。本来はこの後、向こうの人物の返答を待つべきなのだが、そんなことを知らないとばかりにカルミリアは扉に手を掛け、扉を押し開けていくのだった。
扉の向こうには鍛冶師の道具が揃えられていた。鉄を打つために必要な、金槌などの道具が壁にかけられており、そのそばに火の消された炉と鉄を冷やすための水の入った釜が置かれていた。更にそのそばにはいくつもの剣が押し込められている木樽が三つほど置かれていた。
しかし、室内の目の届くところに肝心の本人がいない。
「また奥にいるのか」
カルミリアがぼそりと小さく呟くと工房に足を踏み入れていく。こういった工房に足を踏み入れるのを嫌がる人間がいるという話を聞いたことのあるアベルは、勝手に入っていいのだろうかと不安になるが、彼女についていかないとしょうがない。恐る恐るといった様子であるが彼女についていくのだった。
工房の奥に進んでいくと、ずっと聞こえていた鉄を叩く音が徐々に大きくなっていき鮮明になっていく。そしてもう一つ奥の方に置かれた炉の陰で動く影。この部屋の主はあそこにいる。
そしてその姿があと一歩のところで見えるようになる。そのタイミングで影の方から何かが飛来する。
まだ表面が赤く、でこぼことしている。それでいて先端は鋭く片手剣に近い形状をしている。
アベルたちに飛来したのは先ほどまで金槌で打っていた作りかけの剣であった。赤くなっているのは先ほどまで熱せられていたからででこぼこなのは打っていた途中である。
ともかくそんなものがアベルたちに飛来していた。が、彼の前に立っていたカルミリアは何の戸惑いもなくそれを指の間で挟み、停止させた。
片手剣を掴み取った彼女は、はぁと大きく溜息を吐くと、呆れたような口調で言葉を発する。
「今日は用があるから扉のそばの炉を使ってくれと言ったはずですが?」
「うるせぇ。今日はこっちを使おうって前々から決めてたんだ。テメエが指図すんじゃねえよ」
炉の陰にいたその人物は彼女の言葉に口を返しながらゆっくりと立ち上がり、その全貌を露わにするのだった。浅黒く焼けた肌に真っ赤な目と真っ赤な髪。そして特徴的な顔の半分を覆う刺青。
「まあ、いいです。紹介しましょう。彼がお伝えしていたアベル・リーティス君です」
彼女は鍛冶師にアベルのことを軽く紹介し、逆にアベルにも彼のことを紹介する。
「こちらがヴェッスミシード。この国一番の鍛冶師であり、四柱のうちの一柱。鍛冶や建築を司る神です」
唐突に告げられたビックネーム。アベルは驚きながらも来る前に告げられた言葉の意味を理解したのだった。
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