第3-20話 ニューライフ・ビギン・キャピタル
国王との謁見を終えたアベルたちは王城内でヘリオスと合流する。彼に同行していたラケルは本を持っており、それを大切そうに抱えている。
「お疲れ様です。様子を見る限り何の問題もなく終わったみたいですが」
「ああ、これからの二人の扱いは私預かりになった。アベル君はどうかは知らないがナターリア君はこれから私の下で修行だ」
「だったら彼女の生活環境も整えないといけませんよね。いつまでも隊長の客用離れで暮らすわけにもいかないでしょうし」
「私としては別に構わんのだがな」
顔を合わせると話し込み始める二人。そんな二人を他所にアベルはラケルのほうに歩み寄っていく。すると先に彼女が口を開いて、言葉を紡ぐ。
「お疲れさまでした。どうでしたか?」
「俺よりも若いのにすっごいオーラのある人だったよ。見るだけですごい人だってわかる大きい人だった」
「別に何もしてないのにすっごい暑く感じちゃったんだよ」
「へえ~、すごい人だったんですね。私はお会いすることはないでしょうけど」
ギランの印象を思い思いに語り、ラケルに聞かせてみせる二人。それをラケルは楽しそうに聞き、うんうんと首を振っていた。
「それはともかくとして、その本は?」
国王の話をいったん終わらせたアベルは、ラケルの持つ本を指さし問いかけた。
「これですか? ヘリオスさんがくれたんです。魔技の入門編の本らしくて、もう使わないからって」
「へー、ラケルちゃん、魔技使いたかったんだ。そのための勉強するなら応援するよ。それにラケルちゃんが使えるようになったら教えてもらえるしね」
彼女が魔技師になりたいことをここで初めて知ったアベルは驚きの声を上げる。しかし、彼女がそうしたいというならば彼に止める理由もない。応援するのが保護者としての努めであろう。それに彼女が魔技を使えるようになったらお零れに預かることが出来る可能性がある。ただでさえ彼女の本を借りて読めるようになっただけでも大きいのに、彼女が魔技で戦えるようになれば彼女を守る思考を最低限にして自分の戦いに集中することが出来る。彼にとって利しかなかった。
「ところでアベル君。君はこれからどうするんだ?」
二人で話していたはずのカルミリアがアベルに問いかけてくる。突然の問いかけにアベルは一瞬戸惑うような素振りを見せたが、すぐに気持ちを元に戻し彼女の問いかけに対する答えを考え始めた。
「……とりあえずたった二日かそこらで王都を離れるのはもったいない気がするので、もう少しここに滞在しようと思います。それにラケルちゃんが魔技の勉強をしたいらしいのでその道のプロに教わる機会を作ってもらってできるようになってもらおうかと」
「何、そうだったのか。確かに彼女が戦えるようになれば君の負担も軽くなるな。基礎程度であれば私たちも教えられる。本人の資質とやる気次第だが、習得もできるだろう」
「そんな……、そこまでしてもらえるなんて……。嬉しいです! ありがとうございます!」
アベルとカルミリアの会話を聞き、ラケルは嬉しそうに表情を綻ばせた。
「ナターリア君の特訓ついでに彼女には魔技の基礎を叩きこもう。とはいえ急ぎでない分、二人の比率はナターリア君のほうに傾くだろうがな」
カルミリアの主張は極めてだろうなものである。魔技を使えるようになれば構わないラケルと、魔技だけでなく近接戦闘も磨き上げ、それを同じ神装使いの先輩であり、上位の存在であるナギスと戦えるほどまで成長させなければならないナターリア。二人の間で扱いの差が出来るのは極自然なことである。
それにはラケルも納得している。覚えたいからというナターリアに比べれば何とも弱い理由で無理を通してもらっているのだ。後回しにされても仕方ない。
「あ、だったらオジサンが教えてあげよっか? どうせ暇だし」
カルミリアの真剣な声色に周囲の空気が重くなりかけるが、それを和らげたのはヘリオスのいつもの振る舞いであった。彼の軽い口調は周囲の重い空気を忘れさせる。
「確か王都の周りの見回りやら武器やら物資の在庫の確認、足りない物資の運搬の護衛なんかの仕事が与えられていたと記憶していたが、一体お前のどこに暇があるんだ?」
そんなヘリオスの発言に指摘を入れたのはカルミリアであった。彼女は兵士一人一人に与えられた仕事をある程度把握している。特にヘリオスには多くの仕事を与えており、他人に構っている暇など大してなかったはずだ。彼がこれほど多くの仕事を与えられているのは信頼の裏返しでもあるのだが、それとこれとは話が別である。
「ありゃ、バレちゃった。ダイジョブですよ。ちゃんと合間を縫ってやりますから」
「それなら構わんが。サボろうものならばどうなるかはわかっているだろうな?」
「そんなの当たり前じゃないですか。身体に刻み込まれてるんですから」
カルミリアの声に笑みを浮かべながら答えるヘリオス。しかし、その足は明るい表情とは裏腹にガクガクと震えていた。一体過去に彼は何をされたのか。それは彼のみぞ知るだし、知ったところで精神衛生上、いいものではない。
そんな彼の様子を見て、宣言通りサボることはないだろうと判断したカルミリアはこれ以上の追及はしなかった。年上をいじめて遊ぶ趣味は彼女にはない。
「とりあえず国王への謁見も終わったんだ。気が抜けて腹でも減ったんじゃないか? とりあえず飯でも食べに行こうか。私の奢りでな」
「お、やったぁ。じゃあオジサン肉が食べたいです」
「お前は仕事があるだろう。……と言いたいところだが、ラケル君を見るように言ったのは私だったな。仕方ない。お前もついてきていいぞ」
「やったぁ」
「「「ごちそうになります」」」
ヘリオスとカルミリアの話に置いていかれそうになる三人だったが、奢ってもらえるのであれば断る必要はない。奢ってもらえることに感謝し、三人は軽く頭を下げながらお礼を言った。
朝食を食べることに決めたその場の五人は王城を出るために一塊となって歩き始めた。王城から出て太陽のもとに姿を現した五人。そんな彼らを頭上から見つめている存在がいた。
玉座の間、そこに併設されたテラスから彼らを見下ろしていたギランであった。仲良く城下町に向かって歩く彼らを見て、少しうらやましさを覚える彼であった。
彼は国王という立場上、対等な立場で話を出来る存在は少ない。故に彼らのような存在が羨ましいのだった。周囲の大人を置いてけぼりにする勢いで大人びている彼でも、一枚皮をむいたその下はまだ二十歳の青年なのだから。
そんなふうに彼らを見つめていたギランであったが、ふと彼の目が止まった。それに突如として彼の身体が熱くなり、思考がぐちゃぐちゃにかき回されたように纏まりがなくなっていく。にも拘らず、視線はそれを無視して追い続けていく。
そんな体験、身に覚えがなかったギランは戸惑いを隠せない。これは一体なんだ。混乱する脳でこの状態異常の正体を探ろうとする。
理由はわかっている。彼の目にあれが映ったからだ。あれが目に映った瞬間に、身体を蝕むこの症状が現れたのだ。彼の視線の先にはナターリアと話をするラケルがいた。ギランは混乱し続けながらも彼女を目で追い続けていた。
彼は経験がなく理解ができずにいたが、我々はその正体を間違いなく知っている。
その感情の名前は恋。彼はラケルを見て一目ぼれしてしまったのだ。その衝撃はあまりにも凄まじく、今まで生きてきた中で、一番の美しさ。彼女の美しさをもってすれば今まで出会ってきた女性など霞んで見えるどころか目にすら入らなくなる。少なくとも彼はそう断言できるほどにラケルのことを美しいと考えていた。
同時にムクムクと湧き上がってくる恋とは別の感情。それは今まで抱いたことがないほどの圧倒的な独占欲であった。彼女が欲しくて仕方がない。なんとしても手元に置いておきたい。しかし、彼女を不幸にしたくはない。グルグルと様々な感情が彼の中を駆け巡り、今までに心理状態になっていた。
どうやってお近づきになろうか。彼女と少しでも話をしてみたい。その考えのもと、彼は早速目的に向かって思考を巡らせ始めるのだった。
謎の少年ストレイ。ラケルに一目ぼれしてしまった国王。そしてアベル達神装使いを狙う大地信教団。様々な思惑が絡み合い、アベル達を取り巻いていく。
ここ王都において波乱の嵐が近づきつつある。そしてその日は決して遠くない。しかし、アベル達がそのことを知るのは少し先の話であった。
第三章が一区切りしたため、一週間ほど間を開けさせていただきます。
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