第3-19話 ウォリアー・ミート・キング
アベルとテイオンの二人が酒を酌み交わしたその翌々日。アベルたちは国王への謁見の日を迎えていた。
朝食を終え、王城に向かう馬車に乗る。アベル、カルミリア、ナターリアの三人。その後方にはラケルやヘリオスの乗る馬車も追従している。
しばらく馬車に揺られていると馬車が緩やかに停止する。それが停車の合図、すなわち到着の合図でもあることを認識したアベルは身なりを整え、置いていたヴィザを持ち立ち上がる。
「行くぞ」
それと同様にカルミリアも立ち上がり、二人に指示を出す。その指示に従い、立ち上がった二人が馬車を降りると目の前には王城が天高くそびえ立っていた。
「わあ……。近くで見るとやっぱり大きい……」
「見ているのが楽しいのはわかるが、それは後でだ。ついてきたまえ」
王城を見上げるナターリアが思わず声を漏らす。確かに大きい。遠くから見てもその大きさははっきりと分かるが、近くで見るとなおの事大きい。大きさだけで圧倒されるような感覚を覚える。
しかし、カルミリアはそんな二人を軽く窘めると、王城に向かって歩き始める。慌ててついていく二人。
扉から王城に入り、その中を歩き始める。今は朝が早いせいか、あまり人がおらず、三人の足音がコツコツとなっている。
王城の中は落ち着きのある内装でありながらも、王城としての荘厳さはしっかりと賄われている。かつて、ヴィザが眠っていたオルガノ城もこのような美しい内装であったのだろうか。アベルはしみじみと感傷に浸る。
思えば神装使いとなって早三か月以上が経過した。戦いに身を置きラケルを守り始めて、自分は何か変わったのだろうか。腕っぷしは強くなっただろう。魔獣と戦い続けて生き延びているのだからそれは間違いない。
しかし、それ以外で成長しているのだろうか。三か月という短い期間で内面の成長が起こるのか、彼はそもそも知らない。そんなことが分かるのであれば誰も困らないだろう。
思考の沼にはまりそうになるアベル。しかし、これから始まるのは国王への謁見。余計なことを考えて失礼があってはならないのだ。そのことをアベルもわかっている。首を振って頭の中に溜まった思考を吹き飛ばした。
それから十分ほど王城を右に左に歩き回っているとアベルたちの前に彼らの五倍はあろうかと扉が現れる。それを見て直感的にここが王座の間であることを察したアベル。緊張でゴクリと生唾を飲んだ。
「国王と謁見の約束をしている。よろしいか」
「そちらの方が例の方ですか。わかりました。開けさせていただきます」
そういうと扉の両端に控えていた衛兵が扉の取っ手に手を掛けた。そしてゆっくりと扉を手前に引き始めた。ゴゴゴという重低音をさせながら開いていく扉。
十秒ほど経ち開いたその先には玉座の間を彩るように何本もの柱が立っており、そのそばに衛兵が王を守るように控えている。玉座の間自体も天井から下がるシャンデリアだけでなく、天窓から差し込む太陽の光で眩しく明るさが保たれている。
そしてその奥、王の立場を誇示するかの如く高くなっている場所に玉座が設置されている。そこにゆったりと座る一人の男。背後のガラスから光のせいか、まるで後光が差しているかのよう。
そんな神聖なものを見たアベルたちは身体を強張らせる。しかし、隣のカルミリアはまるで怖気づいた様子を見せず、脚を踏み入れていった。確かにここで留まっていても仕方がない。残された二人も玉座の間に足を踏み入れていった。
玉座の間に入って少し歩くと、玉座に座る人間の顔が見えるようになってくる。整った顔立ちでかなり若い。少なくとも叔父よりも若く、下手をしたらアベルとほぼ同世代かもしれない。にも拘らず、彼から放たれているオーラは年に不釣り合いなほど強い。下手な人間では気圧されてしまうだろう。現に
ナターリアは重圧で小さく震えている。
王の顔が見え、ひとたび行動を起こせば彼に触れられそうな距離まで近づいたところでカルミリアが王の前に跪く。それに習ってアベルたちも少々焦ったように跪く。
「獣鏖神聖隊隊長、カルミリア・ガリーズ。参上いたしました」
跪いたカルミリアは玉座に座った王を見上げ、声をあげる。あまり見ることのなかったカルミリアのかしこまった口調の言葉にアベルたちの間に緊張感が走る。
「よい。今更そんなふうにかしこまるな。そっちの二人も楽にせよ。こういったことは慣れていないのだろう?」
しかし、頭上から響いた声で張り詰めた緊張感が緩む。厳かながらどこか暖かみのある声。これが国王のものであることを理解したアベルは下げていた視線を頭上の国王に向けた。
国王の声に従い、スッと立ち上がるカルミリア。それを見ても経っていいのだろうかと迷うアベルであったが、わざわざ国王が行ってくれたのだ。言っておいて反故にすることはないだろう。ならばお言葉に甘えさせてもらう。アベルも立ち上がり、最後にナターリアが立ち上がった。
「私の名を知らないはずがないだろうが改めて手ずから名乗らせてもらおう。ゴスゴード王国国王、ギラン・キン・グレイルだ」
玉座に座ったまま、胸を張った国王であるギランはアベルたちに向かって自己紹介をする。ただ自己紹介をしているだけにも拘らず、言葉の一つ一つから溢れ出る気品とオーラ。ステンドグラスから差し込む光の影響もあって、まるで自分たちとは違う一段階上の存在であるかのように勘違いさせる。
「名前はカルミリアから聞いている。が、よもや私にだけ自己紹介をさせるわけではあるまいな?」
それを裏付けるようにアベルたちに自己紹介をするように要求する。その要求に答えるべくアベルたちも自分の名前をギランに伝える。
「私はアベル・リーティスと言います。以後お見知りおきを」
「わ、私は、ナターリア・パンディーアと言います。よろしくお願いします」
「うむ、まあいいだろう」
緊張した様子ながらも自己紹介をした二人を見て満足そうに首を縦に振る。口元を緩ませた彼は二人を見てさらに言葉を続けた。
「さて。お前たちが神装使いであることはそこのカルミリアから聞いている。しかし私は自分の目で確認しないと気が済まない質でな。ぜひお前たちが神装使いであることの証拠を見せてくれ」
何かを懇願するような視線と共にアベルたちに再度要求するギラン。当然二人はその要求を飲む。そもそも断る理由もないのだから。
アベルは背中の鞘からヴィザを抜くと捧げるような体勢を取りギランに見せつける。ナターリアは地面の下に隠れているはずのウェインを呼ぶために胸の前に手を出す。するとその呼び掛けに応え、彼女の出した手の真下からゆっくりとウェインが姿を現し、彼女の手に収まった。
「五百年間誰も所有者が現れなかった魔神剣……、そしてそっちが獣鏖神聖隊の先代の隊長が使った、そしてイレギュラーな二本目の地神斧か。なかなかに壮観だな」
二人の持つ神装を見て、感嘆の声をあげニヤリと笑みを浮かべるギラン。この場には本来世界に十本しかないはずの神装が三本もあるのだ。どんなに高貴な人物であってもこんな景色は滅多に見られたものではない。そうなるのも当然の事であった。
「お前たちが神装使いであることはわかった。それを踏まえて私から問いたいことがある」
どことなく嬉しそうな表情を浮かべていたギランは言葉を紡いだかと思うと、スッと表情を引き締める。それに伴ってその場の空気も引き締まる。
「お前たち二人は、我々ゴスゴートに敵対する気はあるか?」
ギランの言葉とともにアベルたちに疑念の矢が突き刺さる。神装使いというのは完全な力を発揮すれば国一つを滅ぼすことが出来る存在である。それが二人、国に敵対するとなれば国の存在に関わることになる。一国の王として心配するのは当然の事であった。
しかし、ギランの疑いに対して二人は一切怯む様子を見せなかった。先ほどまで王の発するオーラに圧倒されていたナターリアですら、まっすぐにギランを見つめていた。こういった自分の進退に決断の場面で臆することなく行動を起こせるというのは神装使いとしての資質の一つなのかもしれない。偶然手に入れたかのように思えるナターリアもこのようにふるまえる辺り、彼女にも素質はあったのだろう。
「俺に敵対するつもりはありません。魔獣の被害で困っている人を助けたい。ただそれだけです」
「私も同じです。私はお母さんたちを殺した男を倒したい。そのために彼女と一緒に戦うことに決めたんです」
先ほどの緊張などなかったかのようにまっすぐとした視線でギランを見据えながら自分たちの目的を告げ、最終的に国と敵対する意思がないことを伝える二人。
そんな二人のはっきりとした主張を聞き、考え込むように目を閉じるギラン。すると、クツクツと小さく笑い始める。
「クックック……。普通のやつであれば、お国のためだの言うのだがな。俺に面と向かってそこまでまっすぐに自分のためだと主張するやつは初めてだ」
「「あっ」」
ギランの主張に思わず声を上げた二人。しまったそういう考えがあるのかと二人は内心考え、焦りで額に汗をにじませた。
「よい、高々その程度で貴様らを咎めるつもりなんぞない。むしろはっきりと物を言うあたり気持ちがいいくらいだ」
しかし、ギランはむしろ上機嫌。笑みを浮かべたまま、顔の前で虫でも追い払うように手を振って問題ないと示して見せた。
「よし、もうよいぞ。お前たちが俺の国に敵対する意思がないことはわかった。それが分かればそれ以上は俺の出る幕ではない。あとのことはカルミリアに任せる。何か俺に聞きたいことがあれば別だがな」
ギランが何か聞きたいことはないかと二人に視線を送る。しかし、急に聞かれて特に思いつかなかった二人は一度視線を合わせるとギランのほうに視線を戻し首を横に振った。
「ならば結構だ。下がれ」
「では失礼いたします」
「失礼します」
「し、失礼いたします」
三人はそれぞれギランに頭を下げると、玉座の間を後にした。
扉から廊下に出て、背中越しに扉が閉まる音を聞いたアベルは全身から一気に力を抜いた。
「はあぁ~。緊張したァ~」
大きく息を吐きだし、アベルは膝に手を突く。ナターリアも同様だったらしく、壁にもたれるようにしながらへたり込む。額に浮かぶ汗がそれが演技でないことを物語っている。
「その割にはまともに応答できていたと思うがな。端から見ていれば緊張していないようにすら見えたぞ」
「あんなの虚勢に決まってるじゃないですか……。ほんとは心臓バクバクだったんですから」
「すっごい人でした……。あんなにお若いのにすっごい気迫で……」
扉の前で会話を繰り広げる三人。しかし、カルミリア以外あまり声に覇気がない。よほど消耗してしまったらしい。
「相当若く見えましたけど、国王様っていったいおいくつなんですか?」
「今年で二十歳とのことだ。今年で国王の座について八年になる」
「えっ!?」
国王の実年齢を聞き、驚きを隠せない。「俺より年下……」などとアベルが小さくつぶやきながら彼のことを思い出していると、カルミリアがペチペチと手を叩き、号令をかける。
「さて、こんなところで溜まって話しては迷惑だ。とりあえず移動してヘリオスたちと合流しよう」
「了解です」
「わかりました」
彼女の号令に従い、アベルとナターリアは声を上げながら立ち上がる。そして扉の前の衛兵に頭を下げると、カルミリアの後を追い始めるのだった。
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