第3-17話 ガール・スウェイ・ボーイ
ストレイに手を引かれてナターリアは町の中をかける。しばらく風のように走るストレイに食らいついていくことしかできずにいた。自分の身体の限界以上の速さで無理やり走らされている彼女の身体はみるみる消耗していく。それに伴って思考力も低下していく。
しばらく走っていた二人であったが、ストレイがいきなりピタリと足を止めた。やっと足を止めることができたナターリアは膝と胸に手を当て、息を荒くしていた。
落ち着かせる間もなく、ナターリアがストレイの様子をうかがうと、彼は首を傾け、横にある何かを見つめていた。その視線を辿ると、その先には香ばしいに匂いを放ちながら肉を焼いている屋台があった。ストレイの口の端からは小さく涎が垂れていた。
「腹減った……。ねーちゃん、あれ食べようぜ!」
「ちょ、ちょっと待って……。せめて落ち着いてから」
「いいからいいから早く!」
「ちょ、手ぇ引っ張らないでぇ……」
方向を変えて再び手を引っ張り進むストレイ。息も絶え絶えのナターリアは引っ張られるしかなかった。
屋台に辿り着いたストレイは屋台から十本の肉串を買ったストレイは、道端で頬張り始める。その間、ナターリアは息を整えることに必死になっていた。
やっと息を整えたナターリアはストレイに文句の一つでも言ってやろうかと考える。
「あ、ねーちゃんも食う?」
が、肉串を笑顔で差し出してくる彼の姿を見て、毒気が抜かれてしまった。
「ありがとう。いただきます」
苦笑いを浮かべながらも肉串を受け取ったナターリアは、それにかじりつく。ちょうど小腹もすいていた。肉の油が身体にしみこむ。金を持っていないせいで買い食いができずにいた彼女にとって彼からこれをもらえたのは不幸中の幸いだった。
ゆっくりと肉串にかじりつくナターリアがストレイのほうを向くと、彼は既にそこにいなかった。屋台で追加の肉串とレモン水を二人分買っていた。買い終わった彼は戻ってくると両手のレモン水の入ったコップをナターリアに手渡した。
「これあげる!」
「ありがと」
受け取ったレモン水で喉を潤したナターリアは残った肉を一気に口に詰め込んだ。それとほぼ同じタイミングで追加の五本の肉串を食べ終わったストレイは再びナターリアの手を掴んだ。
「ごめんね。今度はゆっくり行くから」
「お願いね。私、そんなに早く走れないから」
「わかった」
「あ、口の周りが……。ちょっと動かないでね」
ストレイの口の周りには肉串のたれがべったりとついていた。このまま、町の中を歩き回ったら笑い者である。ナターリアはストレイの口元に手を持っていくと、袖で彼の口元を拭った。拭くための布でも持っていれば話は早いのだが、持っていないのだから仕方ない。
「んっふ……。姉ちゃんありがとう。それじゃあいこう!」
口元がきれいになったストレイは、改めて彼女の手を引いて歩き始めるのだった。
それからしばらく町の店を楽しんでいく二人。少々お高めのネックレスを買うというストレイと、それを何とか断ろうとするナターリアの攻防が繰り広げられたり、二人が姉弟に間違えられ、なぜかストレイがそれを肯定するなどといった出来事もあったが、二人の時間は非常に和やかに進んでいった。
そんななか、ストレイが本日二回目となる急停止をする。ナターリアが彼の視線の先を見ると何か興業が行われており、人だかりができている。
無言で手を握ったまま、彼はそのほうに進んでいく。彼の赴くままナターリアもついていくと、アベル達も行ったパンチングマシーンがあった。その隣には一から五までの数字と名前が並んでおりその一番上にはアベルの名前があった。
「あ、アベルさんだ……。ここにきてやっていったんだ……」
アベルの名前を見て小さくつぶやく。しかし、彼女の言葉はストレイには届いていないらしい。その原因となっているのは悔しさであった。
「グググ……。俺よりすごい奴がいるなんて……。絶対に負けられない! おっさん一回ね!」
「おっ坊主、また来たのか。はいよ一回ね。魔力は使うなよ、純粋な腕力勝負だ」
「わかってんよ! 行くぞッ!!!」
拳を握り締めたストレイは、オラァッ! という勇ましい雄たけびとともに拳を叩きこんだ。その衝撃でパンチングマシーンの後ろに立っていた棒が光を発し始める。赤から黄色、さらに緑色まで変化し、最終的な値が主催者の口によって告げられる。
「あ~、順位は二位だね。一位の人には届いてないよ」
「そんなわけないっ! 俺のほうが高いに決まってるだろ!」
「そうはいってもねえ。普通に負けてるんだもの」
「ぐぬぬ……、だったらもう一回だ! 勝つまでやるぞ!!!」
「はいよ~。一回一回代金はもらうからね~」
「やってやるよ!!!」
それからストレイは何度も何度もアベルの結果を越えようと、マシーンに拳を叩きこみ続ける。しかし、何度やってもアベルの記録を塗り替えることが出来ない。何度やってもあと一歩届かない。
「クッソォー! どうして届かないんだよォ!!!」
悲痛な叫びをあげるストレイ。いくらやっても届かないことが悔しくて仕方ないのか、目には涙すら浮かべている。しかし、そろそろ拳も厳しい。これ以上は続けられないだろう。
「どうする? まだ続けるか?」
主催者がストレイに問いかける。が、彼から返答は返ってこない。うつむいた状態で唸り声を上げるだけである。
もう拳は限界だし、金もこれ以上使うのは厳しい。やめなければならないのだが、それをすると負けを認めたことになってしまう。それはいやだった。
彼は止めなければならないという気持ちと悔しさで止めたくないという気持ちの板挟みになっていた。故に明確な答えを出すこともできず、唸り声をあげるだけ。
この状況を打開するには別の人物が必要になる。後ろで彼の挑戦を見続けていたナターリアが背後から俯いて固まっているストレイの肩に手を置き、主催者の問いかけに代わりに答えた。
「いえ、これ以上は止めておきます。ありがとうございました」
「そうかい? ま、だったらそれでいいさ。坊主、また遊びに来いよ」
主催者の言葉を聞いたナターリアはストレイの肩を押し、その場を立ち去ろうとする。しかし、彼は軽い抵抗を見せる。
「…………だ」
「ん?」
「イヤだ……。負けたくないぃ……」
ポロポロと涙をこぼしながらストレイは必死で声を漏らす。だが、そうはナターリアが許さない。もう彼が続けられないと自覚しているのは知っている。グイグイと強引に肩を押す。
「もうできないでしょ! ここにいると思い出して辛いだけだよ!!!」
その言葉で抵抗が緩んだ隙を逃さず、ナターリアはストレイとともにその場を去っていく。しばらく歩いて人目のつかないところまでやってきたところでナターリアは泣いているストレイをどうやって慰めようかと考えていた。
食べ物でも与える、という方法もあるが、お金を持っていない彼女ではそれはできない。かといって他の方法は彼女には思いつかなかったし、何もしないなどもってのほかである。
しばらく考えた彼女はふと行動を起こした。座り込むようにしているストレイの頭を両手で包み込むようにして抱えた。別にその行為に意味があったわけではない。いい方法が思いつくまでのつなぎとしての意味合いが強かった。
しかし、彼女の行動は思った以上の効果を発揮した。今までグズグズと鼻を鳴らしていた彼が急におとなしくなった。想像以上の手ごたえにナターリアは思考を彼のほうに向ける。
聞けば彼は生まれたときから親の顔を知らないとのこと。つまり、愛情というものを何も知らず育ってきたのだ。人肌、あるいは他人の体温というものが恋しくて仕方ないのかもしれない。
そんなふうに考えていると、ストレイがナターリアの腰辺りに手を回し、強く抱きしめ返してきた。その力は強く、多少苦しさを覚えたナターリアであったが、彼の境遇を知ってしまった以上、拒むことなどできなかった。
彼が落ち着くまで胸を貸すことにしよう。ナターリアは抱きしめられながら、抱えたストレイの頭を撫で始めるのだった。
ストレイが離れる様子を見せるまでひたすら無心でストレイの頭を撫で続けるナターリア。時間の経過すら忘れるほどに撫で続けていると次第に日が暮れ始めた。そろそろ戻ったほうがいいのだろうかなどと彼女が考え始めていると突然遠くの方で何かが破裂したような音がした。
何事かと思い、彼女がその方向を向くと、いままでずっとおとなしくしていたストレイが急に立ち上がり大声を上げる。
「あぁ~! 忘れてた!」
立ち上がった彼は一目散に走り出そうとするが、走り出した直後、足を止め振り返りナターリアに駆け寄り、最初の時のように手を握った。
「今日は本当にありがとう! また会おうね!!!」
ナターリアにお礼の言葉を告げたストレイは手を振りながら町の雑踏の中に消えていった。爆発音が彼に何か関係のあるのだろうかと考えた。が、それを本人に聞くことも出来ない。
残され、一人になってしまったナターリアはほんの少し寂しさを感じながら町を歩き始めるのだった。
しばらく町を歩き回っていたナターリアであったが、騒がしかったストレイがいなくなったせいか、なんだか散策していても楽しくない。それにもうもう太陽が地平線の向こうに沈み始めており、あたりも暗くなってきていた。
(そろそろ帰ろう……)
彼女がそう決断するのはごく自然な流れであった。カルミリアの屋敷に向かって歩き始める。
そんな彼女の帰宅の足を止めたのは、曲がり角から姿を現した三人組。
「あ、ナターリアちゃん。大丈夫だった!?」
アベルとヘリオスとともに姿を現したラケルが息を荒らげながら心配そうに声を上げる。一瞬心配された意味が分からなかったナターリアであったが、1人で町を歩き回っていることを指しているのだと考え、笑顔を浮かべ彼女の声に答える。
「大丈夫だよ。結構見て回ってるだけでも楽しかったし」
「そうじゃなくて!」
しかし、ラケルの考えは違ったらしく声を荒らげる。なんの話しをしているのだろうか。ラケルの反応に困惑していると助け舟が入る。
「落ち着いてラケルちゃん。それじゃなんにも伝わらないよ。だからどこかでゆっくり説明説明する。無事だったのも確認できたしどっかでご飯でも食べながら話そうか」
「あ、じゃあオススメのお店あるんだ。そこに行かない? オジサンが奢ってあげるからさ」
男二人が話を進めていく。相変わらずの置いてけぼりっぷりにもう何が何だか分からないナターリアであったが、彼らについて行くことが状況をわかりやすく知る唯一の方法であることを察した彼女は首を縦に振り彼らについて行くのだった。
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