第3-16話 アックスガール・ヘルプ・フリースピリットボーイ
アベルたちとは別れ、単独で町の中を探索していたナターリア。そんな彼女に問題が発生していた。
(困ったなぁ……)
と言ってもアベルたちのような怪しいものに襲われたといった大きなものではない。しかし、決して無視していいものでもなかった。
「おいあれ……」
「確か、先代の獣鏖神聖隊の隊長が持ってた斧だよな」
「ああ、俺昔パレードやってたのを見たことあるから間違いないぜ。てことはつまり……」
そう、人の目が気になっていたのだ。今の彼女は斧をむき出しの状態で歩き回っている。王都内で鞘も無しに武器を持って歩き回っている時点で半分アウトなのだが、それ以上に彼女が持っている武器が先代隊長が使っていた斧なのである。当然、王都の住人達もある程度斧を目にしており、その存在を知っていた。完全アウトである。
(どうしよう……)
一度どこかにおいていこうかとも考えるが、そんなのはわざわざ来てくれたユガルネウェインに申し訳ない。かといってこのまま歩き回っても状況は悪化する。その場に留まるなど論外である。
そんな思い悩む彼女に近寄ってくる存在が現れる。しかし、そいつは彼女に助け舟を出そうと思って近づく存在ではない。
「ねえお姉さん。今暇?」
「えっ?」
軽薄な口調で話しかけてくる二人組の男にナターリアは戸惑いを隠せない。田舎暮らしだった彼女にこの手の経験は無いに等しい。というよりない。初めての経験に当然とも言える。
しかし、そんな彼女の様子など気にも留めず、男たちは言葉を続ける。
「もし暇だったらさ。俺たちとお茶でもしようよ。もちろんこっちで奢るし、一緒に武器の話でもしようよ」
「えっ、えっ?」
彼女の容姿を見て声をかけることにした男たちは、戸惑うナターリアを見て押せば行けると確信する。このままのペースでさらに押そうと舌の回転を速めようとしたその時。
「黙れ」
突如先ほどの様子とは打って変わって荘厳とした口調の声が発せられる。決して大きくないにも拘らず周囲に響き渡ったその声に男だけでなく、周囲の人々も思わず黙り込みその場が静寂に包まれる。
「忘れよ」
続けて発せられた言葉を最後に彼女の荘厳さは失われ、戸惑っていた先ほどの彼女に戻る。周囲の人々がナターリアのほうを向きながら黙り込む様子にさらに戸惑うが脳内に響く声でそれどころでなくなる。
『何をしているの。走りなさい」
何が起こっているのかわからないナターリアであったが、これをしたのがユガルネウェインであることを察し、彼女の声に従って走り始める。しばらく走り続け、人目に付かない路地に入り込んだナターリアは、安心したように大きく息を吐いた。
落ち着きを取り戻した彼女はユガルネウェインに問いかけた。
「ウェイン様、一体町の人たちに何したんですか?」
すると、彼女は端的に答える。
『私の神威で周りの人々を静かにさせた。それにあなたのこともあやふやにした』
「それって大丈夫なんですか?」
『私と君の関係があやふやになる程度。問題ない』
「ならいいんですけど……」
路地で小さな声でウェインと会話を繰り広げるナターリア。
『だけどあやふやな記憶はまた私を持つあなたを見れば思い出してしまう』
「でも私は隠せるようなものは持ってないですよ?」
『私が見られないように細工する』
「どうするんですか?」
『あなたの下を地面を潜って進む。それで人の目にもつかないし何かあればすぐに出られる』
「地面の下を!? 大丈夫なんですか!?」
『私は豊穣の神。地面に溶け込むことなんて当たり前のように出来る』
ウェインはナターリアの手から離れるとゆっくりと地面に潜り込んでいく。彼女を中心に地面は小さく波打ち、彼女の身体を沈めていく。十数秒もしないうちに彼女の姿は見えなくなり、路地にはナターリアだけが残される。
「すごーい……」
『会話は今まで通りに出来る。何かあったら話しかけて』
「キャッ!? びっくりした~。手から離れても普通に話せるんですね」
『それはそう。手から離れた程度で何も出来なくなったら不便すぎる。ともかくあなたは好きに歩きなさい。私がついていく』
「分かりました。わざわざありがとうございます」
地面に向かって頭を下げながらお礼を言うナターリアであったが返事は何も帰ってこない。それを無言の肯定と判断した彼女は意気揚々と路地から通りに出ていくのだった。
路地から出たラケルが再び王都を楽しみ始めた。少女が一人で歩き回っているということで多少目は引くかもしれないが、それでも神装を持っていた時ほどではない。先ほどなどとは比べ物にならないくらい自由に歩き回ることができていた。
金を持っていないせいで眺めることしかできないというのがネックであるが、それでも田舎でひっそりと暮らしてきたナターリアにとってはどれも刺激的で感動的であった。特に飴細工で作られた鳥を見たときには感動で涙がこぼれてしまった。
そんな飴細工を店主の好意でタダでもらうことができたナターリアはそれを大切そうに食べながら町中を進んでいた。さて、次は何を見ようかなどと考えながら陽気な足取りで進むナターリア。
そんな彼女の耳に小さく声が届く。どこかの路地で何者かが言い争っているらしく、ナターリアは飴を食べながら何の気なしにその音源を探る。
少しの間、歩き回っているとその音原が大きくなっていく。音のする路地をのぞき込むとそこでは少年を大人の男たちが囲んでいた。
「なんで俺の金をお前らに渡さなきゃいけないんだよ!」
「お前みたいなガキが持つには多すぎるから、俺たちが有効活用してやろうってだけだよ。こんなの誰でもやってる普通のことだぜ」
「え? そうだったの? だったら……」
そういうと少年はズボンのポケットから財布と思われる小さな袋を取りだした。そんな彼の様子を見てしてやったりと言わんばかりの男たちは浮かべている。
そんな彼らを見てナターリアは男たちの前に姿を現した。彼女が少年を助けたところで彼女には何の利点もないし、問題が彼女に降りかかることもない。しかし、騙されて金を盗まれそうになる彼を見て放っておけなかった。故に彼女は手を差し伸べる。
「あの、すいません。小さい子からお金を巻き上げるのはどうかと思います!」
「あ? なんだ女? 何か文句でもあるのか?」
男たちは突然現れ、口を挟んできたナターリアに詰め寄ろうとする。しかし、彼らより先に少年が詰め寄った。
「マジ!? あいつらが言ってたのって嘘だったの!?」
余計なことを言うなと言っているかのように少年の後ろから睨みつけてくる男たちに怯んでしまったナターリアであるが、嘘をつくわけにはいかない。少年の問いかけに正直に答える。
「そうだよ。普通の大人の人は子供からお金を奪ったりしないよ」
彼女の言葉を聞き、驚いたように目を見開く少年。その一方で、嘘をついたことがバレた男たちは額に青筋を立て怒声を上げる。
「このアマァ! 余計なこと言ってんじゃねえぞ!!!」
怒りに任せてナターリアに手を伸ばす男たちのうちの一人。そのゴツゴツとした手につかまれれば彼女はひとたまりもない。力任せに振り回され、その後何をされたものかわかったものではない。思わずナターリアは恐怖で身体を強張らせる。
しかし、男の手がナターリアを掴むことはなかった。それどころか後方に激しく吹き飛ばされる。ナターリアが視線を下にずらすと拳を打ち抜いた体勢でいた少年がいた。
「お前ら……、女の子に手を上げてんじゃねえよ!」
ナターリアに対して怒りを露わにする男たち。しかし、この場にいる者でもっとも怒っているのは少年であった。ただでさえ、騙されて大切なお金を盗まれそうになった上に、助けに入ってくれた女の子に手を出されそうになったのだ。怒らないはずがない。
「クソガキぃ! ぶち殺してやる!」
仲間をやられさらに怒りを露わにする男たちは、一斉に少年に襲い掛かった。
だが、少年はそれに恐れることもなく迎え撃った。真っ先に襲い掛かってきた男の顎に跳びあがって膝を打ち込む。続けてその後ろの二人に連続して両の拳を腹部に叩きこみ、柔軟性を生かして両足を開くと二人の足を払った。少年とは思えない膂力で拳や膝を打ち込まれた男たちはうめき声をあげながら倒れていく。残るは一人。しかし、最後の一人は彼の実力にビビってしまっているのか、腰が引けている。これ以上手を出す必要はないのかもしれない。
しかし、少年は彼に攻撃を加えるつもりらしく静かに歩み寄っていく。
「早く逃げよ! さぁ早く!!!」
「えっ、ちょっと」
それを防ごうとしてかナターリアは少年の手を掴むと力の限り引っ張り、路地から離れる。突然後方に引かれた少年は、戸惑いながら引きずられるように路地を後にした。
喧噪の現場を離れたナターリアと少年の二人はしばらく走った後、走る速度を落とし停止した。
息も絶え絶えの状態で停止したナターリア。それに対して息一つ切らしていない少年は息を整えようと必死のナターリアの前方に立つと彼女の手を掴み、強引に身体を引き上げる。
「いやぁ~、教えてくれてありがとう!!! あのまま教えてくれなかったらお金全部取られて大事なように必要なもの買えなかったよ!!!」
そして彼女の手をギュッと握ったまま、ブンブンと上下に移動させる。満面の笑みを浮かべながらお礼を告げる彼に対してナターリアは非常に苦しそうな表情を浮かべている。
「ちょ、ちょっと、待って……」
声を出すのも苦しそうにしている彼女は必死に息を整えようと深呼吸を繰り返している。数十秒ほどしてやっと呼吸を整えたナターリアはようやっと彼のお礼に言葉を返した。
「ふぅ~。ごめんね遅れて。それに気にしないで。あんなの見ちゃったら無視なんてできなかったから」
少年の浮かべる満面の笑みに彼女は笑顔で返す。それを受けて少年はさらに喜びを深くし、目に見えるほどの雰囲気で喜びを表した。
「ううん、お姉さんのおかげ! あ、俺ストレイ! よろしくね!」
「私はナターリア・パンディーア。よろしくね」
二人は手を握ったまま改めて握手として腕を上下させる。
「へ~。お姉さん、名字あるんだね~。カッコいい!」
「……ストレイ君は自分の名字知らないの?」
「うん、知らない。俺、親の顔知らないし。だから名字なんか知らないよ」
「そうなんだ。大変だったんだね」
「ま、俺は喧嘩強いからさ。うるさい大人たちをボコボコにしてお金奪ったりして今まで生きてきたんだ」
自慢げに自分のことを話すストレイ。その表情にはまったく悲壮感などない。むしろ自分の行いがすべて正しいと信じてやまないといった表情であった。先ほどの大人たちとの会話を聞いても彼は純粋な子供といった様子。善悪の区別や一般常識も大してついていない可能性すらあった。
そんな彼の様子を見て眉を顰めるナターリアは彼の言葉に異を唱えた。
「自分一人で生きてきたのはすごいと思うけど、人からお金を取ったりするのは私はよくないと思う。さっきのは自分を守るためだったから仕方ないとはいえ、何度も殴ろうとしてたし」
「えー、そうかな。お金がないと生きていけないし。お金を取ろうとする人間なんだから取られても仕方ないと思うぞ?」
そんな彼女の言葉にストレイは言葉を返す。しかし、それでもナターリアはストレイに声をかけ続ける。
「そういう問題じゃないと思う。人から物を奪ったりしちゃダメ。そういうことをする人はいつか他の人に自分の大切なものを取られちゃうよ」
「え~。そんなこと起こらないよ。俺強いし、俺の相棒もめちゃ強だしさ。そんなことよりさ。お礼させてよ! お金あるし、何か買ってあげる!」
「え? だからお礼なんていいよ」
「そんなこと言わないでさ! ほら行こう!」
「わっ、ちょっと!」
彼女の手を強引に掴んだストレイ。今度は彼がナターリアの手を引き、町に向かって走りだす。彼の少年とは思えないほどの力で手を引かれたナターリアは身体が宙に浮きそうになるのを必死で堪えながら辛うじてついていくのだった。
この話は面白いと思った方は
☆☆☆☆☆からの評価やブクマへの登録、願うならば感想をよろしくお願いいたします!
ぜひ次回の更新も見に来てください!




