第3-11話 ウォリアー・フィール・デジャブ
魔獣の襲撃を乗り切り、神装使いを撃退したカルミリア率いる獣鏖神聖隊。しかし、その裏で問題も起こっていた。
「エンデュちゃん……」
簡易的な修復を施された荷車で寝かされているエンデュはうなされており、苦しそうに唸り声をあげている。
そんな彼女を傍らで心配そうに見守るラケル。彼女はエンデュが倒れる姿を間近に見てしまっている。人一倍彼女を心配に思う気持ちが強い。
しかし、彼女を心配に思っているのは彼女だけでない。隊の面々がそれぞれ規模は違うとはいえ彼女のことを心配に思っている。
「命に別状はないんだろう? だったらいつか目覚めるさ」
荷車の前方から彼女に向けて声が届く。それは荷車を操っている御者からの物であり、エンデュに命を助けられた隊士であった。彼からすれば彼女は命の恩人であり、目が覚めたら一言直接礼を言いたいと思っている。このように彼女に目覚めてほしいと思っている人物は少なくないのだ。
「はい……。私もエンデュちゃんにありがとうって言いたいですから」
「だったら待ってやればいいさ。手の一つでも握ってな」
その言葉を彼女にかけた御者は再び荷車の操縦に専念する。会話の相手がなくなり再び口を閉じたラケルは再びエンデュを見つめた。寝かせられた毛布の端から彼女の手がはみ出ている。ラケルは手を伸ばすとエンデュの手を掴み、優しく握りしめた。
彼女の手の温もりがラケルに伝わり、逆にエンデュにもその温もりが伝わる。ラケルの手の温もりに何かを感じ取ったのか、うなされていたエンデュは落ち着きを取り戻すと、静かに寝息を立て始める。それを見てラケルは安心したようにほっと息を吐くと握る手の甲をゆっくりと擦り始めた。
「ママ……」
その際、エンデュの口から呟きが紡がれるとともにエンデュの目尻から涙が零れ落ちるがその小さな変化にラケルは気が付くことが出来なかった。しかし、彼女のおかげでエンデュの苦しみが和らいだ。今回はそれでよしとすることにしよう。
少女二人が自分たちが生を実感しているその一方で、前線で武器を振るった戦士たちは会話を交わしていた。
「えっ? 隊長、あの敵、逃がしちゃったんですか?」
「ああもういい、皆まで言うな。私だってそのつもりはなかった」
「まあまあ、あんなのが襲ってきて死人が一人も出なかっただけでも十分じゃないですか」
ヘリオス、カルミリア、アベルのいつもの三人が会話を繰り広げる。空気を読まない指摘をするヘリオス、ぐうの音も出ず、言い訳じみた反論を返すカルミリア、そんな彼女をフォローするアベル。三人は魔獣の群れの襲撃とともに訪れたナギスについて話し合っていた。
「だが、奴には深手を負わせた。しばらくは表に出てこないだろう。それに奴はやけに強くなることにこだわっていた。一般市民に危害が及ぶ可能性は低いだろう」
「そうだといいんですけど。それにしたってこのあたり一帯、とんでもない事になってるんですけど。辺り一面焼け野原、ただでさえ火力お化けなんですからもうちょっとセーブしてください」
「そうはいってもだな。同じ神装使いの相手というのは気が抜けん上に、手加減が出来なくなる」
「後始末をする人間のことを考えてくださいよ。こんな溶岩だらけの場所を元に戻るの大変だ、って愚痴を聞くのは俺たちなんですから」
「グゥ……」
ヘリオスの糾弾にさすがの彼女もぐうの音しか出なくなる。そんな彼女はアベルにチラリと視線を向ける。まるで助け舟を求めているかのよう。そんな彼女を助けるわけではないが話題を変えるつもりであったアベルは、二人の間に割って入る。
「そんなことよりもエンデュちゃんのことを話しましょうよ」
彼の話題の転換は見事に成功し、二人の意識はエンデュのことに向く。
「ラケルちゃんの話だと、こっちの世界のエンデュちゃんはあの男に殺されたとかなんとか言ってたみたいですけど……」
「ふむ、つまり彼女という存在にとってはあの男は復讐の対象ということになるのか。ちなみに君はそのことを聞いていなかったのか?」
「俺はその時、フッ飛ばされて彼女の周りにいなかったので……」
アベルの身体はあの時のことを思い出したかのように小さく痺れ始める。
あの時の衝撃は過去一番の物であり、自分と最前線で戦う神装使いの格の違いというのを見せつけられてしまっていた。思わず片手でもう片方の腕を擦る。
そんな彼を見てカルミリアは一瞬目を細めた。彼女としては証言の正確さを上げたかったのだが、当てが外れる。しかし、聞いていなかった彼を責めるわけにはいかない。不意打ちを凌ぎ、たどり着くまでの時間稼ぎをしたのだから。
「しかし、厄介だな……。詳しい話は彼女に話を聞かなければわからないが、今我々といる彼女も同じようにあの男に襲われている可能性が高い」
「それは、辛いでしょうね……」
彼女の気持ちになってしまったヘリオスは思わずエンデュを憐れむような声を上げる。トラウマになってしまうほどの恐怖を与えられた人物と再び相まみえるなど、精神に与えるダメージは想像に難くない。アベルも身体に力が入る。
しかし、そんな中でアベルはカルミリアの言葉に違和感のようなものを覚える。その違和感の正体を掴んだアベルは、そのことをカルミリアに問いかけた。
「カルミリアさん、何が厄介なんですか? 確かに彼女がもう一度あの男に会う可能性はあるかもしれませんけど、そんなのそうそう起こるもんでもないと思うんですけど」
「彼女がこの世界に来た理由だよ。パラミラズスが何の目的もなしに神装とともに彼女を送り込むはずがない。一本無くなっただけで世界に混乱が訪れるのだからな」
神装使いしか理解できない内容に完全に置いてけぼりを食らっているヘリオスは何が起こっているかわからないといった表情で交互に残りの二人を見つめている。
彼女の言葉とともに前に聞いたパラミラズスなる神のことを思い出しながらアベルは思考を巡らせていく。すると、次第に彼女の言いたいことがアベルの中でも形を成していき、完全な形となって固まる。
「……彼女が送られてきた理由がこっちの世界のあの男を倒すこと、ってことですか?」
「その可能性がある。勝つにしろ負けるにしろやつに彼女をぶつけなきゃならないかもしれない。あの男をどうにかしない限りあの子を向こうに返せない可能性すらある」
彼女の指摘にアベルとヘリオスは思わず息を飲む。
「それはあまりにあんまりじゃありませんか。大体つい最近まで一般人だったエンデュちゃんに勝てるわけが」
思わずアベルが声を上げるとカルミリアがその声に応える。
「ああ、無い。非力な彼女があの男に勝てるなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。今から彼女を成長させて勝てるようにするにしてもあの男だって成長する。何年かかるか想像もつかん。短時間で勝てるようにすることになれば、全身の穴から血が噴き出すほどの壮絶な訓練が必要になる」
「そもそも戦うことが前提になってますけど、彼女にその気がなければそもそも話が変わりますよね?」
「ああ、そのことを踏まえたうえで、目が覚め次第、彼女とは話をしなければならんな」
「むごすぎる……。あんな優しい子にこんなことをさせるなんて、首謀者はとんだ人でなしですね!」
エンデュの身を慮り、ヘリオスは首謀者を非難する声を上げる。そんな首謀者が神々の一柱であることを知っている二人は何とも言えない気持ちになった。
「とりあえずは彼女が目覚めるのを待つ。その間、我々は自分たちの仕事をするぞ。もちろんアベル君、君は自分の身体を休めたまえ。あの男と戦って身体がボロボロなのは知っているぞ」
「へ? いやそんなことないですけど……」
「本当か? そら」
カルミリアが言葉とともにアベルの肩を指で軽くつつくと、アベルは身体をビクンと大きく身体を震わせる。表情をうかがうと目を見開きながら声を漏らさないようにきつく歯を食いしばっていた。軽くつついただけでこの表情。痛くて痛くて仕方がないのだろう。
「思いっきり叩かれて意識を失いその間に治療されるのと、今すぐに治療を受けるの、どっちがいいか選びたまえ」
「……今すぐのほうでお願いします」
「よろしい。ヘリオス、彼を術師のところへ連れて行ってやれ」
「了解です。さっ、行こうか」
自分の意志で治療を受けることに決めた(半ば強制ではあるが)アベルはヘリオスの後をついて歩き始める。そんな彼の後ろ姿を見つめるカルミリア。
しかし、彼女は彼のことでなく、エンデュのことを考えていた。もし、彼女が戦うことを選択した場合、彼女の身の安全などを考慮し、自分が戦い方を教えることになるだろう。それがエンデュを無理やり戦いの道に引きずり込んでしまっているように彼女は感じていたのだった。
そんな罪悪感を抱えながら、エンデュが目覚めるのを待つしかない彼女。自分の年長者としてのふがいなさを身に覚えながら彼女は大きくため息を吐くのだった。
「クソッ、今の獣鏖神聖隊の隊長がここまで強いとは……」
炭化した肩を抑え、ふらふらとした足取りで人目につかない場所を歩くナギス。よろよろと二、三歩歩いたところで手近なところにあった木によりかかるとずるずると力なく座り込んだ。
肩を抑えた手をそっと外してみるとそこは真っ黒になってしまっており、いまだに傷口から薄く水蒸気が上がっている。
「これは……、詳しい奴の所に行かなきゃならないか。出費がバカになんねえな……」
傷の深さに思わず笑ってしまうナギス。そうとわかれば善は急げ、金次第でなんでもやる闇の術師のもとに向かおうとする。
しかし、周囲に何者かの気配を感じ取りしまい込んでいた斧を引き出し、意識を戦闘のときのものに変化させる。
「誰だ、出てこい!」
ナギスが気配のいる場所に声を上げると、そこに立っていた木の陰から一人の男が現れる。その男はかつて魔獣化した冒険者にその力を授け、町に災禍を運んだ張本人の仮面の男であった。ナギスと同じような傷を負っていたはずの肩はきれいさっぱり治っており、まるで最初から何事もなかったかのようだ。
いきなり自分の目の前に現れた男に警戒心を高めるナギス。そんな彼を前にして男はぺこりと頭を下げた。
「初めまして、ナギス・トップ―ド様」
彼の言葉と行動で警戒心を打ち消されそうになったが、それは一瞬のこと。すぐに警戒心を元に戻すと再び声を上げる。
「何者だ」
「失礼いたしました。私の名はグルマ・ニュージャン。あるお方の命によりあなたをスカウトに来た者でございます」
仮面の男・グルマは自己紹介を行うと再び恭しく腰を下げた。突如として現れた男にいきなりスカウトなどと言われ、一瞬何のことかわからず混乱するナギスであったが、すぐに冷静な思考を取り戻す。そして彼の言ったことを理解した彼は声を上げる。
「スカウト、だと?」
「ええ、我らが主は壮大なる野望のために力を持つものを集めているところ。そのため、神装使いとして剛腕を振るっているあなたに我らが加わっていただきたく思い、この度参上させていただきました」
グルマは自身がやってきた目的を説明する。その説明を聞いたナギスは怒りを露わにし、声を荒げる。
「俺は俺よりも弱い奴に従うつもりはない! それにスカウトがしたいんだったら主とやらが直接俺の前に姿を現せ! わかったらとっとと俺の前から消えろ!!! それよりなんだ……、お前が俺の相手をするのか?」
ナギスは体勢を整えると、斧を握り直し構える。明らかに戦闘態勢に入ったグルマは内心狼狽する。
「いえ、私程度ではあなた様の相手をするのはとてもとても。か弱い人間ですから、では今日のところ撤収させていただきます。いずれまた、お会いしましょう」
しかし、一瞬の狼狽を面に出すことなく、ゆるゆると彼の殺気を受け流すように対応する。そしてぺこりと頭を下げると周囲に姿を同化させながら去っていった。
「また、妙な奴らが暗躍しているらしいな……。まあいい、俺の邪魔さえしなければな」
その場に残されたナギスは立ち上がると本来の目的である治療術師の下へ向かい始めた。
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