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第3-10話 サン・エグート・トゥルーパワー

 誰にも介入できないまま進んでいく二人の神装使いの戦い。その苛烈さは増す一方、既に彼らの周囲は荒れ果てており、見る影もなくなっていた。不自然に隆起した地面は、ほとんどが焼け焦げており、中には溶岩と化し、沸騰している地面もあった。


 魔獣を討伐した隊の面々のいくらかが増援に入ろうとするが、増援に入るどころではない。下手な援護はカルミリアの戦いのリズムを崩してしまうと判断し、まだ戦っている仲間たちの下へ援護に向かうのだった。


 熾烈さを極めつつある二人の神装使いの戦い。槍と斧のぶつかり合いは一撃に激しく火花を散らし、炎と大地のぶつかり合いはまるで天災かと思うほどに彼らの周囲を破壊していた。


 しかし、互角に渡り合っているかに思われた二人の戦いに少々変化が見え始める。


「食らえェッ!」


 ナギスがカルミリアの頭をかち割ろうと斧を振り下ろすが、カルミリアは身体を横にずらすことで回避する。空を切ったナギスの斧が地面に近づいていく。


 その刃が地面に触れた瞬間、周囲の地面がカルミリアに向かって伸びる。槍と化したその数は十本。彼女は小さく回避のために動くと残る当たりそうな槍を、握り締める槍で砕く。おかげで彼女の身体には一切当たらない。


 しかし、砕いた石槍の欠片が宙で停止するとカルミリアに向かって飛翔する。三センチにも満たない小石では反射的に炎の壁を貫いて彼女の身体に届くことはない。しかし、反射的に出した壁であるため、出力はそう高くない。小石に混じって飛んできた拳大の石弾が炎の壁を突き抜けてカルミリアに襲い掛かる。突き抜けた石弾は彼女の頬を掠めて飛んでいく。掠めた部分に細い傷が走り、血が滲み出る。


 初めて傷がつけられたカルミリアは体勢を立て直すために距離を取る。

 

「ここまでやってやっと傷一つか……。その強さ、恐ろしいな。しかし、だいぶ余裕もなくなってきたんじゃないか?」


 ナギスはニヤリと笑みを浮かべると再びカルミリアと距離を詰め、斧を振りかぶる。その攻撃を回避するため、行動を起こそうとする彼女であったが、引っ張られるような感覚によって阻害される。同時に足が動かないことを認識したカルミリアが下に視線を向けると彼女の足に溶岩が纏わりつき凝固していた。


 カルミリアは即座に足を固定していた土を破壊し回避をしようとする。しかし、彼女が動けずにいた一瞬のうちにナギスは距離を詰めており、彼女の頭にもう一度斧を振り下ろした。


 これでは回避することが出来ないと判断したカルミリアは真っ向からナギスの振り下ろしを受け止めた。するとこれまでの戦闘の中で一番の、甲高い金属音が響き渡り、彼女の足が衝撃で少し沈み込んだ。


「その小さな身体にたいした膂力だ。だが、やはりこの状態では俺に分がある。それに」


 ナギスが小さくを首を振ると彼女の身体に周囲の溶岩が纏わりついていく。纏わりついた溶岩は彼の出した水によって冷え固められ、カルミリアの身体の自由を奪っていく。エンデュができるのだから彼にもできるのは当たり前の話であった。


「貴様が炎で俺の攻撃を防いでも溶岩は残る。形が変わっただけで本質は変わらない。つまりは俺の制御化だ。この大地がある限り俺の武器をなくすことはできない」


 最終的にカルミリアの身体は黒い溶岩によって首だけを残してすべて固められてしまう。端から見れば敗北確実の状態の彼女を見てナギスは声を上げる。 


「勝負ありだ。ここまで強い戦士は初めてだった。敬意を払おう」


 そういいながらナギスは斧に土を纏わせ圧縮していく。超硬度の金属も驚きの硬さまで圧縮された土を纏わせた斧を振りかぶり、薙ぎ払う体勢を取ったナギスは言葉を続ける。


「では、その首、頂こうかッ!!!」


 その言葉を最後に彼は斧を振り抜いた。その衝撃で彼女を包み込むように砂煙が上がる。


 振り抜いた斧は彼女の首があるはずの場所をすんなりと通過し音もさせずに両断した。あと数秒もすれば彼女の首から天に向かって血を吹き出す。それを今か今かと待つナギスであった。


 しかし、十秒待っても血が噴き出さない。異変に気付いたナギスが斧の先端に視線を向けると纏っていたはずの土の装甲がドロドロに溶けていた。それに心なしか、周囲が暑くなっている気がする。


 これは何か予期せぬことが起こっている。そう反射的に理解したナギス。そんな彼の耳に砂煙の向こうから声が届く。


「やれやれ……、黙って聞いていれば言いたい放題言ってくれるじゃないか。あの程度が私の本気だと思っていたのだったらもう少し研鑽を積んだほうがいいな」


 砂煙の向こうから自由を獲得したカルミリアが姿を現す。槍を片手に姿を現した彼女の様子は先ほどとは全く違っていた。身体の方々から炎を吹き出しており、動かずとも炎が揺らめき彼女の周囲を熱していく。そのあまりにもすごい熱気に思わずナギスは眉間に皺をよせ、後ずさる。


「そこまで私の本気が見たいというのならばさらに火力を上げてやる。せいぜい体中の水分が蒸発しないように気を付けるんだな」


 そう吐き捨てた彼女は膝を曲げ前傾姿勢をとると、槍を突き出し戦闘態勢をとった。彼女の身体から湧き出す炎がゆらゆらとうごめいたかと思うと、槍の穂先に集まっていく。


 そんな彼女の圧倒的な存在感と周囲に漂う熱量に思わず背中に汗をかいたナギスはその形態の力を測るための攻撃を敢行する。


 地面から土の槍を生み出し、彼女に殺到させる。その数は三十本近い、彼女の前後左右、さらには上からも襲い来る土の槍。しかし、それらが彼女に命中することはなかった。炎の壁に阻まれたとかそういうわけではない。彼女からある一定のところまで近づいたところで槍が()()()()のだ。


 当然槍は攻撃用として鉄並みの硬度まで硬さを上げていた。そう簡単に砕けるものでも、溶けたりするものでもない。それを彼女は融解でも破壊でもなく、蒸発させたのだ。一体彼女は今、どれほどの熱量を持っているのだろうか。


「化け物め……」


 彼女の所業を目の当たりにしたナギスは冷や汗を流しながら焦りの言葉を思わず呟いてしまう。そんな彼などお構いなしにカルミリアは槍を突き出す。鍛え抜かれ研鑽が積まれた一撃、それにさらに炎の力が乗っていた。


 しかし、その一撃は横に跳んだナギスには回避される。目にもとまらぬその一撃を回避できるだけ彼もさすがに凄腕の戦士ではある。


 が、カルミリアの力は彼の想像の上をいっていた。彼は十分な距離を置いて回避したにも拘らず、月の余波が持つ熱気だけで彼の肌が物理的に焼かれる。


「グアッ!?」


 想像を遥かに超える熱気を受け、思わず悲鳴を上げる。守勢に回ると槍と熱の組み合わせで何もできないまま焼き殺されると判断したナギスは、半ば本能のままに攻撃に映った。


 地面に手を叩きつけると、この戦闘の中でも幾度となく行ってきたように地面を槍に変化させる。とはいえただ攻撃しても蒸発するのみである。少しを工夫をする必要がある。


 狙うのは彼女の足元。彼女の周囲すべてが、蒸発するほど熱いのであれば、彼女はとうに地の底に沈んでいる。つまり彼女の足元だけは温度を下げているということ。攻撃できる可能性があるとすればそこだけである。


 そしてその狙いは半分的中する。カルミリアの足元からせりあがる土槍であったが、せりあがっていくわずかな時間で槍は溶岩へと変化する。その影響で硬さがなくなってしまう。しかし、それでも彼は攻めるしかない。地面に手を叩きつけると同時に駆けだし斧を薙ぎ払おうとする。

 

 が、本気状態になったカルミリアにその程度の攻撃では牽制にもならない。彼の動きにも狙いにも気づいていた彼女は行動を起こす。


 膝を曲げ足を上げると溶岩と化した土槍を踏みつけ破壊する。それと同時に彼女は胸元に手を突っ込み、何かを取り出した。頑丈そうではあるもののそれ以外に何の特徴もないただの小さな袋であった。


 その口を緩めたかと思うと彼女はナギスに向かってその袋を投げつける。勢いで袋の中から粉のようなものが溢れだし、周囲に舞い広がっていく。


 一方で、顔に袋を投げつけられ、周囲に粉末が舞ったナギスは思わずかばうように手を顔の前に掲げる。行動を止めずに、それでいてカルミリアの行動を注視しながらも、粉の正体を確かめた。


「灰……、煙草のか? いまさらその程度でこの俺を止められるとでも思っているのか!?」


 匂いなどでその正体を判別したナギスは灰の中を突っ切ってカルミリアに向かう。


 ここで彼は気が付くべきであった。袋から溢れだした灰が不自然なほど舞い広がっていることに。そして煙草の灰に魔力が込められていたことに。


 カルミリアは灰の中を進むのを気にしながら手を自分の前に出す。その形はフィンガースナップの直前といった形である。あと少し動けば周囲には甲高いきれいな音が鳴り響くだろう。


 パチン。彼女の指が動き周囲に甲高い音が響き渡る。緊迫感溢れる戦闘の最中、いったい何をやっているのかと思うだろうが、彼女の行動の意味はすぐに発揮される。


 ボン。音が響き渡った瞬間、周囲に舞い広がっていた煙草の灰が轟音を立てながら爆発した。パラパラと弾き飛ばされた小石が周囲に飛び散り煙草の灰の代わりに周囲に砂煙が上がる。


 今まで彼女が集めていた煙草の灰には魔力が込められており、爆発の触媒をして使っていた。フィンガースナップも着火のための行動である。ただの煙草の灰に魔力が込められているため、気づかれにくいという点があった。現にナギスもただの目くらましとしか思っていなかった。


 爆発を目の前で見届けたカルミリアは追い打ちのために炎を纏わせた槍を突きこんだ。先ほどまでナギスがいたはずの場所、心臓の高さに打ち込んだ槍は当たれば確実に致命傷に、当たらなくても多大なダメージを負ってしまうことになる。


 槍に手ごたえを感じたカルミリアは砂煙から槍を引き戻す。気を緩めることなく砂煙が晴れるのを待っていると、砂煙の中からドーム状に展開された土壁が姿を現した。そのドームには穴も開いており、先ほどの一撃がこれを貫通して中に当たったことがわかる。


 早速彼女は中を確認しようとする。掌を上げそこに纏う炎の一部を集め火球を作り出すとドームに向かって打ち出す。火球はドームに空いた小さな穴に吸い込まれるように飛び込むと、内部で炸裂しドームを吹き飛ばした。ドームの上半分が消し飛び、その内側が明らかになる。


 しかし、ドームの内側は空であり、その向こうにナギスの死体はない。明らかに不意打ちであり、彼が向かってきていたことからもそれは確定的。それを回避されたかもしれないということで始めてカルミリアが小さく眉をひそめた。


「素晴らしく、洗練された戦い方だ……。槍や魔技だけにこだわらず不意打ち上等の技術も使ってくる。築くのが遅れたら、俺は串焼きにされていただろうな……。だが、今回は生き残らせてもらった……」


 ドームの右側から届いた声にカルミリアが反応しバッとそちらを向くとそこにはボロボロになり斧を杖にして立つナギスの姿があった。彼の肩の一部は炭化しており、彼女の一撃はあそこに当たったものであるとわかる。


 カルミリアは猛攻を受け、満身創痍になっている彼の一挙手一投足に意識を張り巡らせる。満身創痍の彼に既に勝ちの目はない。しかし、特攻を仕掛けてこないとも限らないのだ。何が起こっても対応できるようにカルミリアは構える。


 しかし、彼の口から発せられたのはそんな彼女の考えとは全く違う言葉だった。


「どうやら既に俺に勝ちの目はないらしい。だが、俺は生き恥を晒してでも貴様から逃れて見せる。そして、今まで以上に強くなりいつか貴様を倒しに来るぞ……。せいぜい楽しみに待っていろ!」


 震える手でカルミリアを指さしながら宣言するナギス。すでに彼の顔は真っ青になっており、足もガクガクと震えている。炭化した部分からは水蒸気が漏れ出ており、彼の身体は限界寸前であることがわかる。


「この場から逃げられるとでも?」


「逃げて見せるさ……。俺の意地に賭けてもな……」


 言葉を紡ぎ終わり震える腕を下ろしたナギス。しかし、カルミリアからすれば危険分子をこの場から逃がす理由がない。再び火球を作り出し攻撃態勢に入る。


 だが、当の本人はニヤリと笑みを浮かべて見せる始末である。その笑みにはカルミリアをあざ笑うなどといった気持ちは全く込められてなく、ただ絶対に逃げてやるという自信が込められていた。

 

 一瞬、静寂が流れる二人の空間。先に動いたのはカルミリアだった。掌の火球を打ち出すとそれを散弾のように分裂させた。四方に分裂させた火球は彼の逃げ場を制限する。唯一制限されていない逃げ場は背後であるが、それは彼女に背を向けて逃げるということ。そうなれば如何様にもできる。


 そんな彼女の火球から身を守るため、ナギスは最後の力を振り絞り斧の石突で地面を強く叩き、土壁を作り出す。火球に溶かされながらも確実に彼を守った土壁。それに近づいたカルミリアは槍を振り薙ぎ払い、土壁を破壊した。


 しかし、その向こうに彼はいない。そのことに眉をひそめた彼女は周囲を見回すが、目の届くところに彼の姿はなかった。一瞬のうちに彼は影の形もなく消えてしまっていた。


 一体どこに逃げてしまったのだろうか。思考を巡らせる彼女であったが、十数秒ほど考えこみ、答えを出す。それと同時に自分の未熟さを祟り、頭を抑える。


「しまった、地面の下を通って逃げたのか……。ということは先ほどのドーム抜けも……」


 そう、ナギスは先ほどのドームの中からも同じように地面を通って脱出していた。故にドームを壊すことなく脱出することができており、彼女の魔の手からも逃げられていた。


 地面に潜り込むというのは彼女にも想像できる範疇であったのだが、彼がこの戦いで一切使わなかったことで思考から抜け出てしまっていたのだ。


「……クソっ」


 沈黙を貫いていたカルミリアであったが、みすみす彼を逃がしてしまったことに思わず短く恨み言を吐いた。


 しかし、戦いの内容だけを見れば圧倒的勝利である。被害も相当少ないし、ナギスには大ダメージを与えた。当面、表に出てくることはない。今回はそれでよしとすることにした。


 彼女は緊張を解くように息を大きく吐くと、隊列に戻るために歩き出すのだった。

 




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