第3-8話 ガール・リゲイン・メモリー
アベルが急襲される少し前、隊列の先頭付近で斥候と話していたカルミリアは現状に違和感を覚えつつあった。
「魔獣の群れが前方から向かいつつある? そんなのはいつものことだろう」
「ですが様子がおかしいんです。我々を襲おうとしているには統制が全く取れていませんし、まるで何かから逃げているかのようなんです」
「ふむ、なにかから逃げているかのよう、か……。魔獣が我々が目当てではないということか……? ともあれ抵抗もせずに行かせるつもりもない。総員戦闘準備につけ、魔獣の群れを戦いながら隊列に向かないように逸らせ。命を奪うかは各自の判断に任せる」
彼女の指示に従って隊員たちが各々の武器を携え戦闘準備を整える。カルミリアも彼らと同様に戦闘の精神状態に切り替えていくが、そんな彼女の脳内に声が響く。
『すまないミリ、君が感じていた気配はやはり神装使いだ。それにもうすぐそこまで来ている。今からくる魔獣たちもそれから逃げているようだ』
「なに? 魔獣は神装使いに襲い掛かるはずだ。なぜ背を向けて逃げる?」
『魔獣だって生物だ。本能的に勝てないと判断すれば逃げることだってある。しかし、そうなるのはごく稀だ。いったいここに来るまでにどれほど同族を殺したのか……』
「なるほど、そういうこともあるのか。しかし、狙いが分からないな……。魔獣殺しが目的か? だとしたらここまで取りこぼしを出すというのは神装使いとして未熟すぎるが、魔獣が逃げるほど殺しているのだったら腕が未熟ということは間違いなくない。ではなぜ……」
そんな彼女の思考を周囲に響き渡った声が停止させる。
「隊長ー! 来ましたー!」
その声に反応し、彼女は顔を上げると進路上の小高い丘の向こうから魔獣の群れが迫ってきていた。確かに魔獣の挙動はおかしく、カルミリアたちのことなど見ていないかのように全力で逃げている。
しかし、それでも魔獣が人々に危害を加える可能性があるならば彼女らは魔獣を倒さなければならない。それが彼女たちの仕事であり、使命である。
やってくる魔獣に獣鏖神聖隊の面々は各々の武器を振るい始める。あるものは槍を振るい、あるものは魔技を使い、あるものは弓で撃ち抜く。そこでやっと自分たちを殺せる存在がいることに気づいた魔獣たちは隊員たちと交戦を始める。
そんな中、魔獣の身体を穴だらけにしながら再び思考を巡らせていた。近づいてくる神装使いの目的は一体何なのだろうか。それに思考の半分以上を考えていた。
――――わざわざこちらに向かってくる必要性は? その行動に何か原因はないか? 原因になりそうな変わったことが最近なかったか?――――
思考を巡らせていくうち、彼女はふと一つの事象に辿り着く。それに関連付けながら理由に肉付けしていくと、その正当性がどんどんと高まっていく。
そして神装使いの目的を結論付けると彼女はゆっくりと目を見開いていった。
それとほぼ同じタイミングで隊列の後方から甲高い金属音が響く。その音で彼女のほとんど固まっていた推察は彼女の中で確定となる。
「しまった! 狙いは彼女のほうか! お前たち、この場を任せるぞ!!!」
彼女はその場を他の隊員に任せるとエンデュたちのいる荷車に向かって走り始めた。
アベルが吹き飛ばされてしまい、その場に残されたのは荷車とその御者、そしてアベルを吹き飛ばした張本人であった。
「ハッハァ―! まずはひとぉり! ……と言いてえとこだが、あの野郎咄嗟にガードしやがったか。なかなかできる神装使いみたいだな。まあ、そうじゃなきゃ面白くないがな」
斧を振り抜いた体勢から肩に担ぎ直した男はアベルがまだ死んでいないことに思わず笑みを浮かべる。そのままアベルのほうに歩き出そうとするが、そうは問屋が卸さない。
「貴様、何者だ!!!」
御者の隊士が男に向かって腰の剣を突き付け、その正体を問いただす。彼は国家のエリートの集団である獣鏖神聖隊の隊員である。そこらの戦士が手に負える人間ではない。本来であれば。
男は鬱陶しそうに表情を歪め、舌打ちを一回すると手に持つ斧を軽く振り抜いた。しかし、軽く振ったはずであるにも拘らず目にもとまらぬ速さで振られる斧。
しかし、挙動があまりにも明らか。男の挙動を読み取った隊士は剣を挟みガードの体勢を取る。
が、その後に起こったのは隊士の予想を遥かに凌ぐものであった。男の振った斧は剣との衝突で金属音を立てることなく、まるで豆腐でも斬るかのように隊士の剣を切り裂き、同時に隊士の胴体を真っ二つに切り裂いた。
いや、切り裂こうとしたのほうが正しい。斧の刃が胴体に届こうとしたその瞬間、彼と刃の隙間にどこからともなく水が発生する。胴体を覆うようにして発生した水はクッションとなって隊士の胴体が切り裂かれることを防いだ。
しかし、切り裂かれることを防げただけで斧の動きが止まったわけではない。振り抜かれた斧は隊士の身体をアベル以上のはるか遠くまで吹き飛ばした。吹き飛ばされた隊士は着地の際に身体に奔った衝撃で気絶してしまい、ピクピクと身体を痙攣させた。
「あん?」
男は斬るはずだった胴体を斬れなかったことに思わず思考が停止し、疑問の声を上げる。すぐに思考を復活させた男は気配を頼りにこれをやった張本人を探す。
男はすぐに気配を察知し、その人物の顔を拝もうとそのほうに歩み寄っていく。荷車の中を隠すように掛けられた布を斧で器用に男は取り払った。
「お前か……。さっき水を出したのは」
荷車の中には両手で斧を抱えるエンデュとそんな彼女に守られるように後ろに控えるラケルであった。行動を起こした張本人であるエンデュは男の殺気に当てられてしまったのか、恐怖で震えている。
「俺と同じ……。……そうか、お前が別世界から送られてきたウェインの所有者か」
男は彼女も神装使いであることに気づくと喜ぶようにして再び笑みを浮かべる。しかし、彼女の顔をまじまじと見つめたかと思うと、口を開いた。
「ん? お前、なんだか見覚えがあるな……。確かどこかで……」
「だ、誰があんたなんか……。あんたとなんか一回も……」
ラケルは今日に震えながらも気丈にふるまい顎に手を当て首を傾げている男に言葉を返すが、その途中で徐々に声が小さくなっていく。最終的に最後まで言葉を紡ぎ終える前に彼女の喉は震えを止め、口が半開きのままで固定される。
そんな彼女の脳裏に奔り始める記憶の断片。断片の数が多くなるにつれて、記憶にかかっていた靄が徐々に晴れていく。
同時に彼女の脳に溢れ出す、忘れていた情報や記憶。自分の名前や、年齢、自分がどのような存在であるか。そして、自分がなぜ神装を手にしているのか、そこにつながる忘れていたかったほど忌まわしい記憶も蘇る。
――――倒壊、火災などでもはや人が住んでいたとは思えないほど荒廃している彼女のいた集落。住んでいた人はもれなく倒れ伏しており、生き残っているのは彼女一人だけ。視線を横に向けると自分の母親が頭から夥しい血を流して倒れておりピクリとも動く様子を見せない。今、彼女の傍で立っているのはただ一人。この惨状を作り出した張本人である男ただ一人であった。
ただ一人残されてしまったエンデュは恐怖で震えることしかできずにいた。そんな彼女には目もくれずに足元に倒れ伏す男を見下ろす男。彼は一通り男を見下ろしたところでエンデュのほうに視線を送った。正確には彼女の前に落ちている巨大な斧に目を向けていた。斧の存在を確認した男はゆっくりとそのほうに向かって歩みを進めだした。
その瞬間、少女は本能的に悟ってしまっていた。この男にこの斧を渡しては絶対にいけないと。渡してしまえば、彼は世界に牙を剥く。さすれば多くの人々が涙を流すことになってしまう。
非力な少女は痛む体に鞭を打ち、立ち上がると斧に向かって走りだした。その歩みは決して速いとは言えない。せいぜい一般的な村娘程度でしかない。しかし、斧を掴み取るには充分である。
もちろん、男もそれをやらせるわけにはいかない。彼女が動くのを視認した男も先に斧を掴み取らんと走り始める。男の速度は彼女とは比べられないほど速い。しかし、それでも位置関係上、二人が斧に手を振れるのは紙一重である。
少女と男は同じものを手にしようと駆ける。そして両者の距離がほぼ同じ、手を伸ばせば斧に届くまで近づいたところで彼女は手を伸ばしながら斧に飛び込み、男もまた手を伸ばした。
そして、先に斧を掴み取ったのは――――
「イヤアアアァァァ!!!」
全てを思い出したエンデュは頭を抑えながら悲鳴を上げる。彼女の瞼には溢れるほどの涙が溜まり、荷車の床を濡らしていく。
エンデュが涙したことが鍵となったのかはわからないが、男はあっ、と小さく声を上げる。少女のことを思い出した男は言葉を続ける。
「思い出しだぞ。お前、確か俺が殺した小娘か。しかし、なんで生きている……、あぁ並行世界から来たから生きているのか。そっちの世界の俺はしくじったのか……。まあいい、だったら俺が殺すだけか」
エンデュと自分の関係を露わにした男は右手に軽く握っていた斧を握り直すと振り上げる。その刃は彼女に向いている。これが振り下ろされれば彼女がどうなるかは予想に難くない。狙われている本人は頭を押さえるばかりで逃げる素振りすら見せない。
これから彼女に何が起こるかが予測できたラケルはエンデュを庇うようにして手を広げながら前に出た。そんな彼女を見て眉をひそめた男は声を上げる。
「邪魔だ、小娘。どけ」
「そ、そういうわけにはいきません!」
「俺の邪魔をするな。さもなくば貴様もろとも叩き切るぞ!」
「だ、だからって目の前で殺されるのを黙って見過ごすわけにはいきません! 友達ですから!!!」
殺気を出しながら恫喝する男に怯むことなくなおもエンデュの前に立ち塞がるラケル。そんな彼女を見て鬱陶しそうに目を細めた男は小さく溜息を吐いた。
「だったら……、まとめて俺に斬られろ!」
男はその手の斧を強く握り直すと二人に向かって振り下ろした。あと一秒もあれば二人は何の抵抗もできず真っ二つに切り裂かれてしまう。そのことを悟るラケルは恐怖でギュッと目を瞑った。
しかし、そんな未来は訪れなかった。突如として飛来した剣によって振り下ろされた斧が弾かれたのだ。弾かれた斧の一撃は軌道が逸れ、ラケルとエンデュの側面に轟音を立てながら落下する。
「させるかあああぁぁぁ!!!」
何が起こったのかわからず、一瞬硬直した男の顔面が身体を起こし声の方向に視線を向けると、続いて飛来したアベルのドロップキックが炸裂する。当然剣を投げたのも彼である。
全力の助走の勢いを乗せたアベルのドロップキックで男の身体は土を削りながら水平に移動する。まともな人間が食らえばまず間違いなく大ダメージ、ヘリオスたち戦いのエリートであっても無視できない一撃であった。
手ごたえあり。蹴りを打ち込んだアベルは確信していた。そう思えるほどの一撃であった。にも拘らず男は倒れない。それどころか、蹴りを受けた体勢のまま止まっている。まさか、効いていないのだろうか。そう考える間もなく、男は声を上げた。
「い~い蹴りだ。威力も乗っている」
言葉を紡ぎながら男はアベルの足を掴む。その手から逃れようとアベルは足を振り、まとわりつく手を払おうとする。しかし、男の手がアベルの足から離れることはない。それどころか力は強くなるばかりでありアベルの足を握り潰さんばかりの力が籠っている。
「だがそれじゃ俺は倒せねえ!!!」
アベルの足を掴む男はアベルもろとも持ち上げると地面に向かって叩きつけた。叩きつけられたアベルはその反動で浮かび上がり二回ほどバウンドして停止する。
「グッ、グアァァ」
「まだ立てるか。随分タフな奴だな」
アベルは強かに打ち付けられた肩を抑え、痛みをこらえながら立ち上がる。そのタフネスに思わず男も舌を巻く。
アベルが手を伸ばすと投擲された剣がアベルの手の内に戻る。彼の手に戻った剣が何かを理解した男は喜色満面の笑みを浮かべた。
「そいつは魔神剣……。そうか、そうかついに五百年の眠りから目覚めたのか! だったら相手をしてもらおうかァ!!!」
喜びで震えた男はアベルに向かって跳びかかると斧を振り下ろした。アベルは両手で剣を握り直すと振り下ろされる一撃を受け止めた。
しかし、男の一撃は魔獣の突進も格やというほどの威力。重すぎる一撃でアベルの身体が沈み込み、刃が小さくアベルの肩に食い込む。衝撃が強すぎたのか、痛めていた肩をさらに痛めてしまう。
身体に奔る痛みで身体が硬直したアベルは男に蹴り飛ばされ後方に転がる。一連のアベルの動きを見た男は期待外れと言わんばかりに溜息を吐いた。
「なんだ、貴様まだ全然弱いな……。せっかく神装使いと戦えると思ったのに一人はまだまだ素人同然、もう一人は戦えすらしないとは。期待外れもいいところだ」
「だったら私と戦ってもらおうじゃないか」
男が不満をぶちまけていると、割って入るようにして女の声が響き渡る。声の方向にはカルミリアが既に槍を持って歩いており、明らかに戦闘状態の気配を漂わせていた。
「貴様は、今の獣鏖神聖隊の隊長、カルミリア・ガリーズだな! 神装アボリスヒイトの使い手であり、屈指の槍使いと聞く。ならば、一手お手合わせ願おう!!!」
この場における圧倒的強者である彼女の存在に震えるほどの喜びを覚えた男は器用に斧を回転させるとその先をカルミリアに向ける。そして勢いよく彼女に跳びかかるのだった。
地面が爆発したかと思うほどの力強い踏み込みで男は跳びかかった。が、彼女はそれを容易く見切り、腕を掴み取ると背負い投げの要領で投げ飛ばした。先ほどのアベルのように彼方へ飛んでいく男に視線を送っていたカルミリアはアベルに視線を向ける。
「私はあいつの相手をしてくる。君は二人のことを頼む」
短く簡潔に言葉を残したカルミリアは男に向かって走り始める。残されたアベルは全身に奔る痛みをこらえながらラケルたちに歩み寄っていく。
「……大丈夫?」
「…………怖かったですぅ~!!!」
男がいなくなったことで恐怖から解放されたラケルはまるで子供のように泣きじゃくり始める。それを受けてアベルは彼女を落ち着かせるため、抱きしめ背中を擦るのだった。
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