第3-6話 ガール・トーク・オールドマン
エンデュが意識を失った日の夜。アベルは彼女の居る荷車を離れ一人散歩をして回っていた。いま、荷車には別の隊員が護衛に付いている。彼女らに危機が及ぶことはないだろう。
周囲をブラブラと見て回りながら歩くアベル。そんな彼の耳に助けを求めているような声が響き渡る。聞き覚えのある男の悲鳴を聞きながらアベルはそのほうに向かって進んでいく。すると近づくにつれてほんのりと炎と思しきもので周囲が明るくなっていく。炎の明るさとともに悲鳴の大きさも最高潮になり、そこで起こっていることが明らかになる。
「誰か助けて! オジサン丸焼きにされちゃう!!!」
「……何やってんすか」
そこには槍で組まれた土台に両手両足を括りつけられたヘリオスが助けを求めており、その周囲を何人かの他の隊員が囲んでいた。そんな理解しがたい光景を見てアベルは思わず眉を顰め、その真意を問いかけるような声を上げる。
「あ、アベル君! 助けて! このままだと丸焼きにされちゃう!!!」
「改めて聞くんですけど何やってんすか?」
ヘリオスから悲鳴も半分に聞きアベルは周囲を取り囲む隊員たちになぜヘリオスがこんな目にあっているのかを問いかける。すると彼らの口から耳を疑うような答えが返ってくる。
「そんなものは決まっている。この男はか弱い少女であるエンデュを気絶させるに至った隊士にふさわしくない男である。罪には罰を。故に罰を与えているのだ」
どことなく芝居臭い口調で理由を説明した一人の隊員。それ以外の隊員はヘラヘラとした様子で見守っている。そんな彼らを見たアベルはわざとらしく頭に手を当て首を横に振ると溜息を吐く。そして言葉を紡ぐ。
「そろそろやめてあげたらいかがです? あの人のタマ、こんがり焼けちゃいますよ?」
「案ずるな。決して彼の者には火が届かないように配慮している」
「でも、あの人のズボンに燃え移りそうになってますよ?」
「うわ、マジだ! 消せ消せ!!!」
アベルがヘリオスのほうを指さして見せる。あぶられていただけのヘリオスのズボンに火が燃え移りそうになっており、それを見た隊員たちは慌ててそばに置いてあったバケツの水をかけ鎮火作業にあたる。水をかけられびしょ濡れになったヘリオスに頭を下げながら替えの服を手渡す隊員たち。そんな彼らを軽く小突いているヘリオス。しかし、彼らの間にピりつくような悪い雰囲気はなく、むしろ軽々なとしたわだかまりの残りそうなない雰囲気を纏っている。
アベルは知っていた。彼らがヘリオスと仲が良く、互いに尊重し合っていることを。故にあれがお遊びで本気で悪く思っていないことを理解しているし、ヘリオスが本気で起こっていないことも知っている。
しかし、そのことを知らない人間からすれば彼らの行いはとんでもない苛めという大問題にしか見えない。
「え……。皆さん何やってるんですか?」
声のほうにその場の全員が振り向くと、そこには目を覚ましたエンデュがおり、彼らの行いを引いた目で見ている。それを踏まえて、隊員たちは、自分たちがヘリオスを本気で苛めていると思われていると理解する。
慌てて一人の隊員が彼女のもとに近づいていくと、弁明を始める。
「ち、違うんだよエンデュちゃん。さっきのは本気じゃなくてだね……」
「よよよ……。オジサン、結構いい歳なのにこんな目に合わされるなんて……」
「オッサン、話しややこしくなるからちょっと黙っててくんねえかな! いや違うんだよ、さっきのはお遊びみたいなものでさ……」
さらに弁明を続ける隊員であったが、先ほどのヘリオスの泣きまねを見てしまったエンデュはさらに引いてしまい、恐怖で後ずさる。話が頭に入ってきているか疑問である。
こうなっては当人だけでは話が進まないのは確定的。そう考えたアベルは両者の間に割って入ることに決め行動に起こす。
「はいはい、このままだと話にならない気がするので彼女には俺が説明しておきますよ。悪いようには説明しませんから」
「そ、そうか。それじゃお願いします……」
そういい頭を下げた隊員はヘリオスに謝罪すべく彼の下へ駆け寄っていく。彼に向かって頭を下げた隊員であるが、頭を下げられた本人は既に気にしていないかのように笑みを浮かべていた。
残されたアベルとエンデュの二人。アベルは自分の使命を果たすべく、エンデュのほうに視線を向ける。すると彼女は彼らのやり取りを見て思うところがあったらしく纏っていた恐怖が薄れている。
「なんだか、あんなことをしていた人たちとは思えないくらい、仲良しですね……」
再びヘリオスたちのほうに視線を向けると彼らは既に先ほどのことを忘れているかのように肩を並べ会話をしている。
そんな彼らを見て恐怖心の薄れたエンデュであれば説明は容易い。アベルは彼らの関係の説明を始めた。先ほどの光景もありすんなりと受け入れたエンデュは納得した様子を見せた。
「そうだったんですね……。それならよかったです」
「そういえばエンデュちゃんは何してるの?」
アベルがエンデュに出歩いている理由を問いかけると彼女は何か思い出したようにハッとした様子を見せる。そしてある方向を指さしながら口を開く。
「そうですそうです! 私、ヘリオスっていう人に用があるんです!」
彼女が指さしたのはヘリオスたちが去っていった方向であった。彼女が彼に用があるというならばそれを拒む必要も理由もない。アベルは協力の姿勢を見せる。
「そうだったんだ。じゃあ呼んでくるからちょっとここで待っててくれる?」
「わかりました。お願いします」
アベルは彼女の了承を聞くとヘリオスのほうに向かって走り始める。幸い大して距離の離れていなかったヘリオスにすぐに追いついたアベルはヘリオスに事情を話す。事情を聴いたヘリオスはすぐに納得した様子を見せるアベルとともにエンデュの待つ場所へ向かい始めた。その際、話しの邪魔になってはいけないと思ったアベルは、彼女らから少し離れた場所に控えることにし、少し離れたところで足を止める。
「やあやあお待たせエンデュちゃん。それで? オジサンに何の用?」
改めて彼女に挨拶をしたヘリオスがエンデュに問いかけると彼女はすぐに口を開き要件を伝えた。
「えっと、ヘリオスさんの話を聞いた時、頭が痛くなったのは記憶が甦りそうになっているからだって聞いたので。私、ヘリオスさんのことを何か知っているのかもって思って。で、私がヘリオスさんのことを知っているんだったらヘリオスさんも私のことを知っているんじゃないかって思いまして。それで何か私に心当たりがないか聞かせてもらおうと思って」
どこか期待の籠った、縋るような視線でヘリオスのことを見つめるエンデュ。彼女は正直なことを言うと、ヘリオスの口から何か解決につながる言葉が出ることを期待していた。何か希望が見いだせるのならばそれに縋りたくなるのが人間というものだ。彼女は決して間違っていない。
しかし、ヘリオスの口から発せられた事実は残酷なものであった。
「ごめんね。オジサン、君とは昼間が初対面だし、会った記憶もどこかで見た記憶もこれっぽっちもないんだ。だからオジサンが君に記憶を取り戻してあげることは難しいと思う」
「そう、ですか……」
「ごめんね。役に立てなくて」
ヘリオスの答えを聞いたエンデュは一転して落ち込んだような様子を見せ、視線を下げると俯いて見せた。そんな彼女の様子を見てヘリオスも落ち込んだ雰囲気を纏う。周囲にはどこか暗い雰囲気が漂い始め、それは離れたところに立っていたアベルにも感じることが出来た。
二人の間に走る暗い雰囲気。それを掻き消さんと口を開いたのはヘリオスであった。
「じゃあさ、記憶とは関係なしにオジサンと少しおしゃべりしようよ。声で頭が痛くなったんなら話してれば少しは記憶が甦る手助けになるかもしれないしさ」
「……そうですね。それじゃあお願いできますか?」
彼の提案に少し考え込むような様子を見せたエンデュは彼の提案に頷くと、笑みを見せた。それを受けてヘリオスも笑みを浮かべる。
「よっし、それじゃあ何から話そうか? オジサンそれなりに長生きしてるから話題はたくさんあるよ~」
「ぜひ面白い話を聞かせてください! ヘリオスさんの事でも隊の皆さんの事でもなんでも!」
「おっと、それじゃ隊長の小さかった頃の話をしよっか~。あの人十歳くらいから騎士見習いとして働いてたんだけどね。その頃は虫が大の苦手でね~」
ヘリオスの口から流れ出る思い出話。二人の間に和やかな雰囲気が流れ始め、二人だけの空間へと変化していく。
この空間を邪魔してはいけないと判断したアベルは彼らを二人きりにし、その場を離れることにした。
「ああ、アベル君。ヘリオスの奴をみなかったか。エンデュ君が用があるらしく探しているんだが」
「ああ、あの人ならもうエンデュちゃんと話してますよ」
「そうか。ついでに私も様があるんだが……」
そんな彼の前にカルミリアが現れる。彼女もヘリオスを探しているらしいが、その用事は既に終わっている。それよりも彼女が彼らの前に現れれば二人のおしゃべりが終わってしまう。それは少し味気ない気がしたアベルは彼女を彼らの前に行かせないように行動する。
「まあまあ、急ぎじゃないなら明日でも大丈夫でしょう。それよりも少し俺たちは俺たちで話でもしましょうよ。クリフォルで酒買ってたんでそれでも飲みながら」
「むう、なんでそんなに話をしたいのかはわからんが。そこまで言うなら付き合わせてもらおうか」
カルミリアの背を押し背を押し荷車のほうに向かおうとするアベル。そんな彼に一抹の猜疑心を抱いた彼女であったが、ヘリオスへの用事も急ぎでないことも幸いし、彼の提案に乗ることにし、自らの意思で足を動かす。
こうして邪魔の入る余地のなくなったヘリオスとエンデュの二人の夜は徐々に更けていくことになる。ヘリオスの口から溢れ出る話に耳を傾け、時折少ないながらも自分のことを話すこの時間はエンデュにとって非常に楽しい時間であっただろう。彼女にとってこの時間は一時間が十分にも満たない時間に感じられたに違いない。二人の時間はエンデュが睡魔に耐えきれず彼のそばで眠ってしまうまで続いたのだった。
なお彼の話が影響したのかはわからないが、翌日からエンデュのカルミリアを見る目が、どことなく優しい、というか小動物を見るような目に変化しているのであった。
草原を風のように疾駆し、進路上の魔獣を鏖殺した男は魔獣の肉で腹ごしらえをしていた。魔獣の肉を短剣の先に刺しながら生のまま食らうその姿は獣に見紛うほど荒々しいものである。
男は王都に向かって進む獣鏖神聖隊の距離を超人的な身体能力と技術でたった二日で半分ほどの距離まで詰めていた。たった二日でこれほどまで進むことが出来るのは世界中探してもそうはいない。彼が上位の実力を持っている確たる証拠であった。
生肉を噛みちぎりながら隊のほうを見つめる男。眉間に皺を寄せながら地平線の向こうを見つめる男は口の中の肉を飲み込むとポツリとつぶやいた。
「おかしい……。近づくにつれてお前と同じ感じが濃くなっていくぞ。どうなってるんだ?」
「事情はよく分からないけど、別世界の私がこっちの世界に送られてきてるみたい。誰が使ってるかは知らない」
「なんだと……。……ということは楽しめる奴が一人増えたってことじゃねえか。なんて最高なんだ! 今年は最高の一年だ!!!」
男は勢いよく立ち上がると両手を上にあげる。その際に短剣は手を離れ宙を舞う。
「さて、楽しむ対象が減っちまわないうちにそいつらと会わなきゃなぁ」
男は重力に従って落ちてくる肉片を口で受け止めながら同様に落ちてくる短剣を軽くキャッチする。そして口を拭うと再び勢いよく走り始めるのだった。
アベルたち神装使い三人と、謎の男。彼らが邂逅する日は近い。
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