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第3-5話 ガールズメモリー・シェイク・リトル 

 エンデュがユガルネウェインとの絆を育むための確かな一歩を刻んだその翌日。今まで荷車に乗るだけで歩こうとしなかった彼女が荷車から降りて自分の足で歩くようになっていた。自分の存在を神装に認められたことで精力的になった彼女は隊列に混じって歩くだけでなく、隊員たちの手伝いを積極的に行うようになっていた。


 そんな彼女の行動を皆は快く見守り接していた。記憶を失った彼女がどれほどの負の感情に飲まれていたか、彼女以外にわかるはずもない。そんな彼女が前を向いて明るく振舞っているのをどうして心配そうに見ることが出来るだろうか。無理をして明るく振舞っていると考える者もわずかに隊の中にもいたが、彼女の演技をしているとは思えないほど自然な振る舞いに、すぐさま杞憂であると察せられたのであった。


 そんな彼女の変化はもう一つ。傍らに置くだけであった神装を小脇に抱えて動き回り、その力を使うようになっていたのだ。もちろん、魔獣が殺せるような強力なものどころか、老人すら殺せない程度の力しか使えていない。が、それでも今までの彼女と比べて格段の進歩だ。


 神装の力を早くも身に着け始めた彼女は今まで乗っていた荷車の横に並ぶようにして歩いていた。


「しっかし、昨日の今日で神装の力が使えるようになるなんて。昨日の夜、何かあったの?」


「昨日の夜、寝る前にウェイン様とお話させてもらったんです。そしたら力を使ってもいいって言ってもらって、協力してもらっているんです」


「はぁ、そっちの神様は随分と協力的なのね。こっちとは大違い」


 彼女の話を聞き、自分の神様とは違う振る舞いに思わず感嘆の声を上げる。するとそんな彼の振る舞いがヴィザは気に食わなかったらしく、右腕だけ制御権を奪い取ると拳を握り締め、アベルの頬に向かって放った。右腕だけ制御権を奪われたことでそのことに気づくことが出来ず、無抵抗のまま受けることになる。


「おぐえっふ!?」


 自らの拳を受け、奇声を上げながら首を横に振ったアベル。その光景をまざまざと見せつけられたエンデュはヒッと小さく悲鳴を上げた。


「てめ、何すんだ!」


 痛みの奔る頬を撫でながらアベルは実行犯に怒声を上げるが、彼からの返答が来ることはない。その後何秒待ってもヴィザからの返答が返ってくることはなく、あたりにはアベルの怒声の余韻だけが残る。


 こうなれば梃子でも動かないと短い付き合いながらも理解しているアベルは溜息を吐くと彼への追及を諦めた。頬に鈍く残る痛みをこらえながら隣で怯えているエンデュに謝罪をする。


「ごめんね。変なもの見せちゃってさ」


「いえ。それよりも大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫。さすがに加減されてたし」


 本当は奥歯が折れるかと思うほどの威力であったが、心配をかけまいと笑顔を見せながら頬をペチペチと叩いた。


「それにしても、アベルさんたちは仲がいいんですね」


「はい?」


 そんなアベルに対してエンデュが告げた一言に彼は思わず素っ頓狂な声を上げた。その言葉に問いかけの意も含まれていることを察したエンデュは何故そのように言ったかを説明し始める。


「私にはそう見えたので。お互いに、お互いのことが興味なかったら拳に手加減なんてしないと思いますから。それにアベルさんも剣を乱雑に扱ったりしないじゃないですか」


「そうか……、そうかぁ?」


「そうですよぉ」


 エンデュの言葉に一瞬納得しそうになるアベルであったが、やはり納得できずアベルは首を傾げた。そんな彼の声を否定するようにして首を縦に振りながら声を上げた。


 いまいち納得できないアベルであったが、これ以上掘り下げたところで意味がないと判断し無理やり納得し、話の方針を切り替えるのであった。





























 草原を進んでいたアベルたち獣鏖(じゅうおう)神聖隊(しんせいたい)の隊列。彼らはいつものように休憩を取っていた。


 地面に座り込み、食べ物をつまんだり各々の仕事をしていた隊員たち。彼らはどことなくうきうきとした様子を見せていた。その理由は、久しぶりに街に入ってそこで休めるというのが大きいだろう。


 これまで彼らは点在する町の周囲の魔獣を討伐しながら進んでいたが、町に入ってそこで休むということはしてこなかった。これにはそれなりの人数を誇り、なおかつ国のエリート集団が小さな町に滞在してしまうと、町の住民たちに圧迫感を与えてしまうというカルミリアなりの配慮である。付き合わされる方としてはたまったものではないが、隊長の指示である以上従わざるを得ない。


 しかし、次の町は前の町、クリフォルほどの中規模都市。彼らが町で振舞ってもひどく圧迫することはないだろう。故に次の町では宿を取りベットで眠ることが出来るし、町にいる間は好きに楽しむことが出来る。酒に溺れるも、女を引っ掛けるも、のんびりと時間を過ごすも己次第である。故に彼のテンションは上がっている。あと一日も進めば町に着くのだから無理もない話である。


 まあ、それはそれとして自分に当てられた仕事はしっかりとこなさなければならない。そんな彼らの間をちょこちょこと走り回る存在があった。エンデュだ。


「お水、いかがですか?」


 彼女は隊員たちに声を掛けて回り、水を配って回っていた。隊員が首を縦に振ると彼女は身体の前で抱えるようにして持っていた神装を突き出す。そして眉間に皺を寄せながら力を込める。


 すると斧の先端、何もなかったはずの場所からみるみる水が湧き出てくる。最初は水滴の一滴にも満たなかった水が膨れ上がり、隊員の頭ほどの大きさまで膨れ上がった。


 出来上がった水を手のひらで掬い上げた隊員は水を飲み干すと、エンデュに笑みを浮かべながら礼を言う。それを受けた彼女も笑みを返すと彼女は隊員から離れ別の場所に向かい始める。


 この神装の水を作り出す力を彼女は使って獣鏖(じゅうおう)神聖隊(しんせいたい)の面々に奉仕して回っていた。水は生命の源、それがない場所では人は生きていけないのだ。無くなっていちいち水場に汲みに行かなければならないという手間がなくなると考えれば現状有用な力である。 


 走り回っていたエンデュがアベルの存在に気づくと彼女は彼のほうに駆け寄っていく。


「アベルさんお疲れ様です。お水、飲みますか?」


「お気持ちありがとう。けど俺はそんなに喉乾いてないから他の人のところに行ってあげて」


「わかりました。それじゃあ失礼します」


 アベルの言葉にエンデュは頭を下げると踵を返し別の隊員の下へ向かおうとする。


「それじゃオジサン、水もらってもいいかな? 半日水飲んでないから喉カラカラなんだよね」


 二人の間にアベルの耳に覚えのある声が響き渡る。その方向に視線を向けるとなぜかラケルを伴ったヘリオスがおり、彼は笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。


「なんでラケルちゃんが?」


「イヤぁ、オジサンのやってた仕事をちょっと手伝ってもらってたんだよね。もちろん、誰でもできるような簡単な仕事だから安心してね」


「まあ、ラケルちゃんは俺の持ち物ってわけじゃないですから本人納得してるなら構わないですけど」


 ラケルを伴っている理由を話していた男二人。そのそばで二人のやり取りを見守っていたはずのラケルが何かに気づいたようにアッとした表情を浮かべると駆け出していた。


 その行動に一拍遅れて気が付いたアベルとヘリオスが彼女の向かって行った方向に視線を向けるとそこには頭を押さえ、苦しそうに表情を歪め膝をついているエンデュがいた。


「エンデュちゃん、大丈夫!?」


 今なお地面に膝をつき苦しんでいる彼女に駆け寄り、肩に手を当てたエンデュが心配そうに呼びかける。しかし、彼女からの返答はなくただ唸り声をあげるだけである。


 ラケルに続いて駆け寄ったアベルとヘリオス。二人も声をかけるがそれでもエンデュからの返答はない。


 三人がいくら呼び掛けても何も反応を見せなかったエンデュは、ついに痛みに耐えきれず意識を失ってしまった。彼女の身体から力が抜け、地面に向かって落下していく。そんな彼女の身体をラケルは受け止めるとアベルたちに向かって目くばせした。


「わかった。あとはオジサンたちに任せて」


 彼女の目配せの意図を察したヘリオスはラケルからエンデュを預かるとアベルに向かって視線を向けると口を開く。


「このままに馬車に運ぶから、どこからでもいいから水をもらってきてくれる?」


「わかりました」


 ヘリオスの声に短く答えたアベルは、近くにある川に向かって走り始め、彼に背を向ける形でヘリオスも走り始めた。




























 エンデュが倒れてから数時間ほど経ち、日が暮れ始めたころ。彼女の運ばれた荷車の中からカルミリアが姿を現した。


「どうでしたか?」


 アベルはカルミリアに駆け寄ると彼女の状態を問いかけた。すると彼女は落ち着いた様子で彼の問いかけに答えた。


「彼女に関しては大丈夫だ。一度目を覚ましたと思ったらすぐに眠ってしまったよ。特に身体におかしなところはないし、精神的にもおかしなところは何もない。いたって健康そのものだ」


「それはよかったです。……でもじゃあなんでいきなり苦しみだしたんでしょうか」


「それはおそらく記憶が戻りかけた。そしてそのショックで彼女に苦痛が走ったといったところだろうな。何が記憶を呼び起こす鍵になったのかはわからないがな。その時、彼女の周りで変わったことはなかったか?」


 アベルの問いかけに答えたカルミリアは、エンデュが急に苦しみだした謎を逆にアベルに問いかけた。それを受け、あの時のことを思い返し普段と違っていたことを思い出す。すると一つ今まで彼女の周りにいなかった存在を思い出す。


 しかし、彼が彼女を苦しめる原因になっているとは考えたくないアベルは話していいものか一瞬迷うが、黙っていてもどうしようもないと考えカルミリアにそのことを話す。


「……彼女が苦しむちょっと前にヘリオスさんが来ましたけど……」


 実はヘリオスは何かと忙しそうにしており、エンデュと接触したのはあの時が初めてであった。彼の存在があの事態を引き起こしたとは考えたくない。


 アベルの話を聞いたカルミリアは呆れたように溜息を吐くと額に手を当てた。


「またあいつか……。まじめに働かんどころか戦えない少女を苦しめるとは……」


「いやいや、多分違うと思いますよ!!! さすがにそんな人じゃないでしょう!!!」


 慌てた様子でヘリオスの弁明を行うアベル。するとカルミリアは額から手を離すとふぅと息を吐き、言葉を紡ぐ。


「私だってわかっているよ。奴は真面目に働かんが他人を不幸にするようなことはしない。とはいえ奴が現れて彼女が苦しんだことを考えると奴が何かしらのトリガーになっている可能性はある。記憶を取り戻すまではあいつを彼女に近づけるのは避けるべきだろうな」


「あ、はい。ラケルちゃんもいるのでそれで大丈夫だと思います」


 カルミリアの言葉に事務的に返答をしたアベルは、長く息を吐くと胸を撫でおろした。


「とりあえず彼女の世話はラケル君にやってもらうことにする。同世代のほうが気が楽でいいだろう。我々はこのままいつも通り王都に向かって進む。他の奴らにもそう伝えておく。君もそう考えていてくれ」


「わかりました」


「じゃあ、私は隊列に戻らせてもらう。何かあったら呼んでくれ」


 そういうとカルミリアは隊列の先頭に向かって駆け出していく。その背中を見送ったアベルは心配そうに荷車を一瞥すると並ぶようにして進むのだった。


























 少し時間を遡り、エンデュがヘリオスとの初邂逅の三日前。王都に進む獣鏖(じゅうおう)神聖隊(しんせいたい)。彼らの居る場所から山を五つは超えてもおかしくないほど離れた林の中。一人の男が血に塗れながら()()()()()()()()岩の上にもたれながら空を眺めていた。彼の周囲には倒れ伏した山賊たち。頭が潰れたトマトのようになっている者、上半身と下半身に分かれている者、もはや原型すら残っていない者。どれも様々な原因で死んでいる。


 唯一分かるのは男がこの山賊を殺したという事実。実際には若い山賊が男の身ぐるみを剥がそうとして襲い掛かり返り討ちに会っただけであるが、それにしてもこのむごたらしさは異常と言えた。


 そんな血の海に沈みながらなおも退屈そうに空を仰ぐ男は心の内を吐露するかのように深く深く溜息をついた。


「…………足りない」


 男は溜息に続けるように言葉を漏らすと、それに反応するように彼の脳に言葉が響く。


『……何が?』


「そんなの決まってる。俺とまともに戦える強者だ!」


 男は大声を張り上げると勢いよく立ち上がる。


「最近は俺とまともに戦える奴が少なすぎる! 強さの高みを目指すため、神装を手に入れたというのにそれを試せる相手すらいない! それどころか、神装の無しの俺に敗れる者が多すぎるッ! だから退屈で仕方がないッ! ふざけるなァッ!!!」


 男は胸に内に秘めた怒りを吐き出すとその怒りを腰かけていた岩にぶつけるために拳を振るった。岩にぶつかった拳はまるで羽虫でも潰すかのように岩を砕くと衝撃で破片を周囲に飛び散らせた。飛び散った破片は山賊たちの遺体にあたり、物言わぬ肉塊を破壊する。


 怒りを露わにした男は一瞬落ち着いたような様子を見せる。が、すぐに怒りの感情を隆起させ、次はそばの樹木にあたろうとする。


 しかし、男は樹木にあたる直前に拳を止め、何もない空間――正確には地平線の向こう――、を興味部下そうに見つめ始めた。


「匂う、匂うぞ……」


 その視線の先に何かを感じ取った男は、数十秒じっとその方向を見つめ続ける。すると、その正体に気づいた男は口を三日月のように吊り上げた。


「こいつは最高だ……。脳の奥までビリビリくる感覚……、それにこの感覚は前以上のものだ! 最高だ、凄腕の神装使いがすぐそばにいるぞ!」


 両腕を広げ天に向かって歓喜の声を上げた男は、神装使いの気配を感じとった方向に向かって風のように駆け出したのだった。


 奇しくもその方向はカルミリア率いる獣鏖(じゅうおう)神聖隊(しんせいたい)の進む方向であった。彼らと男が接触するのは遠くない未来の話である。




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