第2-18話 ウォーリアー・プロテクト・タウン
時はさらに移り、アベルと男の最後の攻防が終わろうとしていたころ。炎の壁の中の戦いは熾烈さを増していた。
カルミリアが相手をしている男の数は五人。アベルでは捌くのすら必死だった攻撃の嵐が五つ同時に襲い掛かってくる。その熾烈さはアベルの比ではない。加えて人間としての知恵も多少有している。まだ魔獣五体に同時に襲われたほうがましかもしれない。
さすがの彼女も五人の攻撃をいくらか捌ききれずに細かな傷がついている。それほどまでに男たちの攻撃は苛烈であった。むしろ彼女が襲われて正解というべきだろう。
「おいおい、どうしたぁ! 世界最強の神装使い様はこの程度かよ!?」
「こんなんじゃまだ町で突っかかってきた女のほうがましだぜ! なぁ?」
まだ大きな傷をつけれてはいないが、手ごたえを感じ始めていた男たちはカルミリアを煽るような口調で言葉を発した。その言葉に乗っかり五人は一斉に笑い声をあげる。しかし、五人の輪の中心で下劣な笑い声を浴びせられたカルミリアはまったく動揺したそぶりを見せない。
「さぁて、このままいたぶってても面白くねえし、とっとと倒しちゃいますかぁ?」
ひとしきり笑ったところで一人の男が肩をぐるりと回し構えなおす。それに合わせるようにほかの男たちも構え、とうとう彼女を仕留めようと動き出そうとしていた。
「じゃあ……、とっとと死ねッ!!!」
男がカルミリアに向かって高く飛び上がり襲い掛かった。狙いは頭。武器は蹴り。落下を利用して威力を増した飛び蹴りは当たれば歴戦の勇士であろうと痛打になる。さらにほかの男たちも合わせるように襲い掛かっており、逃げ場がない。まさに絶体絶命の状況である。
だが、彼らは重要なことを見落としていた。最もわかり切っていて、最も忘れてはいけないこと。それは彼女が神装使いで、世界最強に名を連ねる存在であることである。高々魔獣化した男たちが五人程度で襲い掛かったところでどうにかできるような相手ではないということである。
カルミリアは落下してくる男を見上げたかと思うと男の新路上に槍を持ち上げた。同時に襲い掛かってくる四人の位置を確認する。
「よそ見してんじゃねえぇぇ!」
落下する男がその行動を諫めるように声を上げた直後、蹴りが槍に直撃する。衝撃とともに槍の柄から甲高い金属音が鳴り響いた。しかし、周囲に鳴り響くような音が鳴り響いたにもかかわらずカルミリアの槍は一切位置を変えることなく男を支えていた。
「なっ、あぁッ!?」
槍の上で留まる男がカルミリアの膂力に驚いていると急に槍が下ろされ、足場がなくなったことで男は体勢を崩す。直後、男は横っ腹に衝撃を受け吹き飛ばされる。その一瞬の出来事を目の当たりにしたほかの男たちも足を止める。
「お前たち……、なぜ私が全力を出していると思った?」
その言葉に男たちは全身の毛が総毛立つ。威圧するような声というわけでないのにも関わらず彼らは彼女には絶対に勝てないと本能が察してしまったのだ。彼女は彼らをどうやって生け捕りにするかを考えていて攻撃をしなかっただけでそもそもまともに相手などしていなかった。
それを口に出したわけではない。しかし、もう男たちに彼女と相対するだけの気概はなかった。全身に鳥肌が立ち、体が小刻みに震える。もう顔を見ることすらできない。
『どうだ。どうするか決めたか』
「ああ、改めてどうするか考えたが、やはり情報を引き出すだけなら一人いれば十分だ。あとは魔獣もろとも吹き飛ばす。力を貸してくれ」
『もちろんだとも。太陽の力、ぜひ私の代わりに使ってくれ』
カルミリアは会話を終えると槍を握り直すと、身体を捻り槍を大きく振りかぶる。そして背を向けていた男たちに向かって槍を一気に薙ぎ払った。だが、槍から衝撃波が出たわけではない。男たちに槍が届いたわけでもなく、端から見ればただただ彼女は槍を振り回しただけというように見える。
しかし、その行動の意味は即座に明らかになる。男たちの足元が赤くなり、一瞬にして火柱が上がると男たちの身体が百メートル近く打ち上げられる。周囲を見まわしてみると打ち上げられたのは男が五人だけではなく、彼らの周囲にいたはずの魔獣たちも同様に打ち上げられていた。つまり合計で男たちも合わせて百近いの魔獣が空中で行き場を失っていることになる。
このまま落下すれば浮かされたすべての魔獣が手痛いダメージを負うことになる。しかし、カルミリアの目的はそんな程度ではない。彼女はもっと大規模な攻撃を行おうとしていた。打ち上げたのはそれによる余波をできる限り抑えるためであった。
「……告げる」
カルミリアの口から一言、短く小さく言葉が紡がれる。打ち上げられた男たちにそれは聞こえない。しかし、ラケルがその言葉を発した瞬間、男たちは自分たちに何か恐ろしいものがやってくることを本能的に理解してしまっていた。
「その身は太陽の化身。その燃え盛る身体は地上の万物を包み込み、漏らすことなくすべてを焼き尽くす! その炎をその身をもって味わうがよい!!!」
カルミリアが言葉とともに右手に握る槍をグルリと回転させると槍の穂先にすべてを焦がしかねないほどの熱量を持った小太陽が発現する。炎の壁など比にもならないほどの熱量、それは壁の向こうにすら届くほどであった。
「おい、焼死体になりたくなかったら全員伏せろ!」
彼女の行動に気づいた獣鏖神聖隊の隊員が声を上げる。何を言っているのかわからないといった表情を浮かべる冒険者たちであったが、聡い人間は彼らの言葉に従い、鈍いものは隊員に物理的にケツを叩かれようやく体勢を低くする。
「ブリリアント・サンロアー!!!」
宙を舞う魔獣たちを見上げながら咆哮を上げるカルミリア。それと同時に小太陽を槍の穂先の先端でつついて見せる。刹那、小太陽がその体積を一気に膨れ上がらせ、炎の壁の大きさほどまで成長する。その熱が壁の外の全員に伝わると、膨れ上がった小太陽はその勢いのままに一気に天に向かって登り始めた。
その光景は男たちの瞳に映った。映っただけで理解する暇もなく一人を残して焼き尽くされてしまった。魔獣も同様に焼き尽くされ、その大爆発の余波で炎の壁の内側に存在していた魔獣もそのほとんどがその熱で焼死する。
空に浮かぶ雲を蒸発させた炎の柱が次第にその猛威を失っていく。そして炎が消えたところで周囲に落ち着きが取り戻される。しかし、炎の壁の内側は別である。壁の中は土が溶岩と化しグラグラと揺れ動いている。高温で草木は一つとして残らず灰すらも残されていなかった。
「……やりすぎたか?」
自らの技で地獄を貸した周囲を見回すカルミリア。眉をひそめており表情には多少の後悔が残っている。
『そうみたいだ。もう少し範囲を絞ればよかったんじゃないか?』
「数が多かったからな。他の者たちの消耗も考えてこの一撃でなるべく多く殺しておきたかった。このことは後で私が町の者たちに謝っておく。そんなことよりも、やつに話を聞かねばならん」
溶岩の中を歩き始めたラケルが迷いなく炎の壁に突っ込み、衣服の乱れすらなく突破するとその先には魔獣化した男のうちの一人が倒れ伏していた。その身体は火傷でズタズタになっており 足は膝から先が炭になっており断面から血の一滴すら流れていない。
「バケ、モノめ……」
「フッ、君たちに言われては形無しだな。……さて」
男の言葉に肩をすくめながら自重するような声を上げるカルミリア。しかし、二、三秒もたたないうちに彼女の声色は真剣みを帯びる。
「今回の一件の詳細を説明してもらおうか。君たちに力を与えたのは誰なのか。どういう仕組みでそのようになったのか。仮面の男、その人物と知り合いだったら彼のこともしゃべってもらおうか」
彼女の要求に答えたくないのか、まともに動かない身体を動かしカルミリアから視線を逸らす。そんな彼をみてこのままでは情報を引き出せないと判断した彼女は彼の顔の横に自らの顔を近づけると耳元であることをつぶやいた。
「私に協力してくれれば君の傷を普通に生活できるくらいには治して見せよう。それに自由は約束できないが普通の農民程度の生活も約束しよう」
耳元でささやかれる甘言。その言葉で男の心は大きく揺らぐ。これだけのことをして生き残ることが出来るだけでなく生活できるようになれるなど、彼の心を揺るがすには十分すぎる要求であった。もちろん今まで通りの自由な生活が出来るとは考えていない。ある程度の監視はつくだろう。しかし、それでも生きることが出来るだけで死にかけ、もうないほどの恐怖を得た彼にとっては十分であった。
「……わかった。話すよ。俺たちにこの力をくれたのは……」
カルミリアの要求を飲み、男が力をもらった存在の特徴、その第一音目を発しようとしたその時。
「ガッ!?!?!? ハァァアアアァアァァ!?!?!?!」
男の身体がブクブクと膨れ上がり始める。物理法則に全く合わない異変にカルミリアは一瞬動揺した様子を見せる。男の身体はどんどんと膨れ上がっていき肉体の限界を迎え膨れ上がるのが一瞬止まる。
そして限界を迎えた男の身体は残った血を撒き散らしながら爆発した。飛び散る血に彼女は目を瞑りながら手で顔を隠す。
情報を何一つ得ることが出来ないまま、男が消滅してしまった。そのことは悔いるしかない。しかし、問題は他にある。男が情報を離そうとしたタイミングで何かが起こり彼の身体が爆発した。つまり、それを行った人物は少なくとも彼女らを視認できる場所にいるということになる。
カルミリアは男の身体が膨らみ始めた時点でそのことに気づき、周囲の気配を探り、自分たちに視線を向けている人物を探り始めていた。そして三百メートルほど離れた森の中で自分たちに不埒な視線を向ける存在を発見する。
「そこかぁ!!!」
カルミリアは槍を逆手に握り直すとその存在に向かってアボリスヒイトを投げつけた。数秒としないうちに何にぶつかったような轟音が鳴り響く。彼女は投擲の体勢から立て直すと眉をひそめながら手の内から離れた槍を引き戻した。
「どうだった?」
『すまない、ダメだった。少なくともあのあたりに生物はいなかった』
案の定、槍には一切の変化がない。手ごたえ無し。観察者には躱されてしまったのだ。あの夜、仕留めそこなった仮面の人物につながる、あるいはその人物である可能性があったため、逃げられてしまったことは今回の討伐作戦での唯一の失敗と言える。
「チッ……」
そのことを一番後悔している本人は小さく舌打ちをした。
しかし、今回魔獣の軍勢を町に届かせることなく、そのほとんどを討伐することが出来た。とりあえずはそれだけで今回の成果として良しとする旨で自分を納得させた。
全てが終わり、不要となった炎の壁を消し去った。直後、壁の中にとどまっていた熱気が周囲に放たれる。
「アッツ!? 熱い!? 溶ける!?」
冒険者の一人が突如として襲い掛かった熱波に声を上げる。他のもとたちもある程度同様の反応を見せていた。そんな中で彼女の部下の一人が駆け寄ってくる。
「いやぁ、何とか無事終わらせられましたね。存在は軽微、我々の完勝です」
「……ああ、そうだな」
部下の言葉に歯切れの悪い返答を返したカルミリア。彼女は悪い予感、――この戦いの中で何か進んではいけない物が進んでしまったような――、そんな感覚を覚えていた。
「やれやれ、余計なことはしないでくれるとこちらの手間も省けるんですけどねぇ」
戦場から少し離れた森の中、仮面の男は顎を撫でながらポツリと言葉を吐いた。続けて戦場から視線を逸らしながら言葉を紡いだ。
「しかし、やはり神装使いというのは危険ですねぇ……。まさかこれほどの距離離れているにも拘らず一瞬で槍を投げ届けるとは」
彼が視線を向けたのは自分の肩。彼の肩は何かに吹き飛ばされたかのように抉れており、傷口からは血が流れている。彼の肩はカルミリアの投げた槍によって吹き飛ばされていたのだ。ならなぜ槍に彼の血がついていいなかったのか。答えは単純。引き戻される一瞬の間にきれいに血を拭き取ったのだ。
「とはいえ、今回の戦闘でデータは十分に得られました。肩の傷はそれと相殺ということで良しとしましょうか。さて、もう一人ですが。……放っておいても死ぬでしょう。私が手を下す必要なありませんね」
不意に虚空に視線を送った男であったが、ゆるゆると首を横に振ると身体に魔力を漲らせ影のようにその場から姿を消したのだった。
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