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第2-15話 バトル・ゴウ・ステッディリー

 間一髪のところでラケルを魔の手から救い出すことができたアベル。しかしその代償は決して安くはなかった。


「あ、アベルさん……」


「……ごめんね。こんなになる前に間に合わなくて」


 さんざん男に痛めつけられたことで額から血を流し力なくアベルの腕の中で笑みを浮かべるラケル。全身に木くずがついており、腹を蹴られたときに体内に傷ついてしまったのか、口元には血がにじんでいる。痛みで苦しいのか、口元は笑っているが目元は眉間に皺が寄っている。


 守ると決めた彼女にここまでの負担を押し付けてしまったことに怒りを覚えると同時に、深い悲しみを覚え、アベルは抱きかかえているラケルを強く抱きしめる。


「ごめんね、守るって約束したのに……」


「大丈夫ですよぉ……。ちゃんと助けに来てくれたじゃないですかぁ……」


 弱弱しい声を上げながらアベルを慰めるように頬を撫でるラケル。彼女からしてみれば呼んでもいないのに真っ先に助けに来てくれて救ってくれただけで非常にうれしい、運命じみた何かすら感じるほどである。


 しかし、アベルにとっては彼女に手を出されてしまった時点で負けに近い。自分のふがいなさに目元に涙がたまっている。


「私は大丈夫ですから……、あの人をやっつけてください……。町の人たちを守るためにも……、ね?」


 そんなアベルを叱咤するかのように少しだけ声色を強めたラケル。彼女にはアベルの顔色をうかがうことはできなかったが、抱きしめてくる腕の力が強まったことで何かを感じていることだけはわかる。


 そんな二人の間に無粋にも男が割って入ってこようとする。アベルに吹き飛ばされラケルのように隣の民家に突っ込んだ男が瓦礫の山から這い出てくる。その表情はまさに怒髪天を衝く。目を三角にして、歯を剥き出しにして食いしばりギリギリと鳴らしている。


「てんめぇ、ぶっ殺してやるァ!!!!!」


 瓦礫を吹き飛ばしながらアベルに飛び掛かる。それに合わせるようにラケルを地面に寝かせながら立ち上がるアベル。男の爪が迫りくる中、アベルは爪が食い込み血が出るほど拳を強く握りしめる。そして――


「グボォッ!?!?!?」


 男の顔面に拳を叩き込んだ。アベルの全力と胸の内に抱え込んだ男に対する怒りを孕んだ拳の一撃は

男を再び瓦礫の山へ吹き飛ばした。


 拳を振り切ったアベルは痛みの残る拳を一度軽くさすると地面に寝ているラケルの額に手を当てながら声をかける。


「場所は悪いけど、少しここで待ってて。すぐに戻ってくるよ」


「……はい、私は隠れて待ってますね」


 アベルの言葉にラケルは小さく笑みを浮かべて答える。そんな彼女の額にかかる髪の毛をサラリと撫でたアベルは立ち上がると男の眠る瓦礫に身体を向け、にらみつける。その表情は先ほどまで弱弱しいものではなく、覚悟を決めた戦士としての顔つきであった。


「やい畜生人間! そんなに俺を殺したかったら俺についてこい! ここじゃ戦うには場所が狭いだろ! それとも……、俺と一対一(サシ)で戦うのがそんなに怖いか!?」


 男の怒りを煽るような言葉を発し、注意を自分に引きつけようとする。あまりにも狙いがあからさまな言動であるが、頭に血の上っている男では気づくことが出来ない。その目論見はものの見事に成功する。


「言ってくれんじゃねえかテメエ。ぶっ殺してやる!!!」


 瓦礫の山を吹き飛ばしたながら姿を見せた男は即座にアベルに跳びかかった。もう既に彼にラケルの存在は映っていない。完全にアベルだけを狙いに定めている。


 男の跳びかかりを冷静にヒラリと躱したアベルは人のいないほうに向かって走り始める。その背中を追って男も走り始める。風のように走っていった二人は一分と経たないうちにラケルの目の届かないところに消えていく。


 颯爽と姿を消した二人。取り残されたラケルは極限の緊張から解き放たれたことで、全身の力が抜け、出血もあって意識を失いかける。しかし、意識が飛ぶのを何とか堪えたラケルは生きてアベルが帰ってくるのを待つため、痛む身体に鞭を打つとよろよろと民家の中に隠れるのだった。


 彼女が場所を移さなかったのは純粋にアベルがここに帰ってくると疑わなかったからだ。彼とも会話の中で一瞬たりともアベルが負けて帰ってこないとは思わなかった。奇跡のような所業を目前で数々見てきたラケルにはアベルが負けるなど予想もできなかったのだ。それほどにラケルはアベルを信頼している。何もできないのならば、せめて笑顔で出迎えよう。そう考えたラケルは痛みをどうにか抑えようと、申し訳ないと思いながらも何かないかと民家を漁り始めた。


 





























 およそ三分ほど走り、敵も味方も誰もいない場所までやってきたアベルと男。ここが決戦の地であると本能的に察したアベルは走る速度を緩やかにしていく。それを疲れて速度を落としたと考えた男は背中から飛び掛かった。 


 しかし、触れる直前横っ飛びで回避したアベルは、身を翻し身体を男に向けると男の動向の一挙手一投足に見極めようと睨みつけるような視線を向けた。


「もう鬼ごっこは終わりだ。殺されることが怖くないならかかってこい」


 アベルは足を止めてなお男を煽っていく。ここまで来たらなんというか引けないものがある。しかし、温度が上がり続けると怒りでかえって冷静になる瞬間がある。それが男にやってきてしまった。怒りの最高点まで上がった男はかえって冷静になり落ち着きを見せる。言葉からにじみ出ていた口汚い殺気が鳴りを潜め、多少落ち着いたものへと変化する。


「……まあいい。結局この町はもうおしまいだ。俺とともに数十体の魔獣が外で戦ってるやつらの背をついてる。数の少ねえあいつらじゃ後ろから叩かれて終わり、そのあと俺の仲間たちが魔獣を率いてこの町にやってくる。そしたら何も出来ねえこの町は終わりだ」


「……それでも俺はお前を倒す。それが今の俺にできる最良の仕事だ」


 男の言葉に短く簡潔に返したアベルは背中の剣を抜き握りしめると、男に切っ先を向けた。切っ先を向けられた男は目を細めた。ゆっくりと足を踏み出し加速を始めると、勢いよくアベルに飛び掛かった。




























 アベルと男の死闘が繰り広げられようとしているその一方、討伐組の戦いも熾烈を極めていた。カルミリアが魔獣化した男たちを相手しているため、彼女が抑えていた炎の中の魔獣たちが出口に大挙するようになってしまい、そこで魔獣と戦っていた獣鏖(じゅうおう)神聖隊(しんせいたい)の精鋭たちもギリギリの死闘を繰り広げることになっていた。


 もはや壁を突き抜けて突破しようとする魔獣にかまっている暇などない。そちらの対処は完全に冒険者に任せきりになっていた。それでも手が間に合わない。彼らに交じって腕のいい冒険者も出口から出てくる魔獣を討伐していた。


 そんな中、壁から無理やり突破してくる魔獣を主導して討伐しているのがサリバンたちのチーム。彼ら五人は、前衛後衛各一人ずつの三チームに分かれ壁を抜けてくる魔獣を討伐し続けていた。幸い炎で消耗させられた魔獣を討伐するのは彼らにとって難しくない。ほかの冒険者を指揮しながら彼らは着実に魔獣の数を減らしていっていた。

 

(そろそろ向こうもきつくなってくるはず。ここはほかの冒険者に任せて俺たちもあっちに行くか?)


 獣鏖(じゅうおう)神聖隊(しんせいたい)の面々のほうに視線を向けながら思考を巡らせるサリバン。彼らはすでに限界を超えて魔獣を討伐し続けており、数の不利もあり崩れるのも時間の問題かもしれない。そんな彼らの負担を軽減するべく自分たちも参戦するべきだと考えていた。


 最終的に参戦することを決めたサリバンはほかの冒険者にその場を任せると仲間たちのもとに向かい、全体の状況を見るために斥候のミコトを残すと出口の戦いに参加する。さすがに上級冒険者である彼らの実力は高く、高度な連携も相まって獣鏖(じゅうおう)神聖隊(しんせいたい)の面々が一人ずつ息をつくタイミングができ始めていた。


 大剣とパワーで魔獣と真っ向からぶつかり合いながら斬りつけるレオ。魔技と矢の援護射撃で周囲の人間に隔たりなく援護を続けるドトークとナリス。そして近くの魔獣を剣で、遠くの魔獣を弓で討伐しながら周囲の状況を見て魔技で援護を行い、忙しなく動き続けるサリバン。彼らの参戦で出口付近の戦いは不利な状況から五分五分の戦いまで持ち直していた。


「しかし、中の隊長さんはいったい何をやってんだ!? 何とかさばけてるがあいつが全力で戦ってくれんと相当きついぞ!」


「知るかよ。この炎の壁の中に入って確認してくるか?」


「もー! レオもドトークも今はそんなことやってる場合じゃないでしょ! 集中して!」


 カルミリアに愚痴を呈すレオとそれに対して苦言を呈すドトーク。そして荒っぽい二人に対して苦言を呈するナリス。余裕のある会話を繰り広げながら応戦する彼らを見てひとたびの安心感を覚えるサリバンであったが、それと同時に何か嫌な感覚も覚えていた。これから何かが起こるのではないかという胸の奥がむかむかするような感じを捉えていた。  


 その正体もわからないまま、魔獣と戦うサリバン。しかし、その正体はすぐに明らかとなる。


「危ない!」


 サリバンは声を上げると同時に腰の矢筒から三本の矢を取り出す。彼の視線の先には()()から魔獣に襲われる獣鏖(じゅうおう)神聖隊(しんせいたい)の一人であった。サリバンの声に反応して振り返った隊員であったが、既に彼自身にはどうしようもないほどに迫ってきていた。


 このままでは彼は魔獣に食われてしまう。それを防ぐためにサリバンは行動を起こした。手に持った三本の矢を弓につがえると、一本ずつ、目にもとまらぬ速度で三本撃ち出した。三連続で撃ち出された矢は前足、喉元、脳天を的確に貫き魔獣の命を奪った。


「すまん。助かった!」


 隊員はサリバンに向かって礼を言うと再び襲い掛かってくる魔獣に立ち向かう。しかし、ホッとしている時間などない。なぜ背後から魔獣が襲い掛かってくるのか、その謎を解かなければならない。幸いなことに手掛かりはある。魔獣の身体が一部焦げている。ということはこの魔獣は壁を抜けてきた魔獣であり、そこを担当しているはずの冒険者たちの身に何かがあったということになる。


 ()()()()()()()()()、魔獣のやってきた方向を睨みつける。すると冒険者たちが布陣していたはずの場所に何人もの冒険者が倒れており、その中央に下手人と思われる男が立っている。所々が異形の形に変化し、人の形から逸脱している。彼も魔獣化しているのだが、サリバンはそのことを知らない。瞳に移った男の存在にアベルは動揺を見せる。


「なんだアイツは……。アイツがアレをやったのか……」


 動揺を声として漏らしたサリバンであったが、それでも彼は動揺を心のうちに押し込み、行動を起こした。


「ナリス! 援護を頼む!」


 その言葉とともにサリバンは走り出した。このまま彼を野放しにするのは戦線の崩壊につながりかねない。今動いて止めることが出来るのは彼だけだろう。ならば動かなければならない。その思いのもと彼は走りだす。サリバンの声に反応したナリスは彼の走る先に視線を向けると即座に状況を理解し弓に矢をつがえ狙いを定めた。


 一方、冒険者を地面に伏せさせた男もサリバンが走り出してすぐに彼の存在に気が付く。地面に倒れる冒険者から興味を失うとサリバンに視線を向けるとにやりと笑い口を開く。


「アル・アイブ・インクル・ブセタ・イル・ドゥブル」


 詠唱が紡がれるとともに男の周囲に多数の氷の塊が現れる。男が指を振ると氷の塊は凶器となってサリバンに向かって飛翔を始めた。迎撃のために腰の剣を抜き放つ。しかし、足を止めるそぶりはない。あくまでも駆け抜けて強行突破するつもりである。


 視界を埋め尽くすほどの氷塊。サリバンは臆することなくそれに飛び込んだ。このままでは直撃してしまう。が、彼にあたりそうな氷だけが砕け、細かな氷に変化した。サリバンにあたる半分の氷塊が砕け散った。その分負担も半分になる。走りながら回避し、当たりそうな氷塊を剣戟で砕く。それで氷塊の嵐を抜けたサリバンは着々と男との距離を詰めていく。


「もう! リーダーも無茶言うんだから!」


 四本の矢でサリバンを援護したのはナリスであった。百メートルは離れていようかというサリバンに襲い掛かる氷塊を針の穴を通すような正確な狙撃で破壊したのだった。彼女はただのムードメーカーではない。狙撃の一点に限って言えばサリバンよりも上なのだ。長距離においてこれほど頼りになる存在はいないという。


 男との距離をまっすぐに、最短距離で詰めていくサリバン。そんな彼に合わせて男はさらに詠唱を刻む。


「アル・スピリタ・スタプ・イル・ドゥブル」


 男の詠唱が紡がれるとともに男の身体から魔力が溢れだしていく。何か大技がくると考えたサリバンは速度を落としながら身構える。足を止めることはない。


「死ね」


 短く紡がれた男の声とともに、男から衝撃波のようなものが発射される。視認することすら難しいほどの速度で広がった波は回避の暇すら与えずサリバンの身体を突き抜けた。


 何が起こったかを判断するため、サリバンは足を止め自分の身体の状態を確認しようとした。


 その直後の出来事であった。サリバンはまるで蛇に睨まれた蛙のように微動だにせず、ただ敵を前にして直立するだけの存在になった。 




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 ぜひ次回の更新も見に来てください!


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