第2-13話 ウォーリアー・フェイス・ビーストマン
女性冒険者の援護もあり三体目の魔獣を倒したアベルは、再度彼女に礼をしようと矢の飛んできた方向に視線を向けた。
しかし、彼女に礼を言おうと告げようと上げた手は虚空を切った。そこに立っているはずの彼女は胸から血を流しながら倒れている真っ最中であり、その背後には右腕を血で染め、全身で彼女の胸を貫いた張本人だと言っていた。
腕に滴る彼女の血を舐める不気味な笑みを浮かべる謎の人物。その存在に気づいた他の冒険者たちは魔獣との戦闘中であるにも拘らず身を震わせ硬直した。魔獣も彼が姿を現した途端に動きを止め、同じように効力している。
姿を現しただけでその場の全員を硬直させた謎の人物。しかし、アベルにはその男に見覚えがあった。今、自分たちの前に敵として姿を現したその男に思わずアベルは怒声にも似た大声を張り上げた。
「お前……、どうしてこんなことを!!!」
血を舐めながら防衛班を見下ろしていたのは以前ラケルを狙ってひと悶着あった冒険者の男。しばらく姿を現さなかったため、どこか別の場所に行ってしまったのかと思っていたアベルであったが、まさかこんな時に敵として姿を現すとは思っていなかった。
しかし、どうも彼の様子がおかしい。以前よりも体格がよくなっており、手の爪はまるで猛獣のように鋭く変化している。額には何本もの血管が浮かび上がり、目は白い部分が見つからないと言っても過言でないほど血走っている。何より三日月形に開かれた口の中には前歯があった。三週間弱の短い期間でいったい彼に何があったのだろうか。推測しようとしたアベルであったがそれよりも先に男が声を上げた。
「久しぶりだなァ!!! 俺がいなくて寂しかっただろォ!!!!」
空気を震わせ、町の反対まで聞こえそうなほど大きな声にアベルは思わず顔を顰める。そんな彼を差し置き男はさらに言葉を続ける。
「町に来た時からおめえにやられた傷が疼いて仕方なかったんだァ!!! それも今日でようやっと晴らせるぜェ!!!!」
猛獣のような荒々しい笑みを浮かべながらアベルを指さす男。そんな彼の挑発にも乗らず、アベルは冷静に言葉を紡ぐ。
「冒険者なのになんでお前が魔獣の側に回ってる。目的はなんだ!」
男とアベルの関係から男の目的は半ば分かっているようなものであるが、一応確認のために問いかけるアベル。すると、アベルの問いかけが癇に障ったらしく男は、声に怒りを乗せ、空気を震わせる。
「アアァ!? んなもんおめえをブチ殺すために決まってんだろうが!!! 舐めてんのか!!!」
「そうか……、喧嘩を売られるようなことをした覚えはないけどお前が敵に回るっていうなら俺も容赦はしない!」
アベルの挑発じみた言葉に男は怒りのボルテージをさらに上げ額に浮かぶ血管をさらに増やす。全身からその場一体を押し潰さんとするほどの殺気を放っている。初球の冒険者であれば、蛇に睨まれた蛙のごとく動けなくなるだろう。
殺気を身体にみなぎらせ、そのまま怒りに身を任せて跳びかかろうとしたその時。彼の背後に動く影、彼の存在に気が付き、回り込んで攻撃を加えようとする冒険者が姿を現した。狙ったわけではないが、アベルが言葉で気を引いたのも大きい。男は冒険者の存在に気づくことが出来なかった。今ならば確実に一撃入れることが出来る。冒険者は手に持つ剣を男の首に向かって横薙ぎにした。
回避は不可能と思われた。しかし、男はその不可能を可能にして見せた。それを可能にしたのは、間違いなく今までアベルたちが感じ続けていた違和感である。
男は冒険者が振るった剣を振りぬくと同時に掴み取る。掴まれた剣を引き戻そうとする冒険者であったが、いくら剣を引いてもビクともしない。引き戻すどころか、徐々に男のほうに引かれていく。
剣を掴まれ狼狽する冒険者に対して、ニタリと口角を吊り上げた男。力任せに掴んだ剣を引き、冒険者を近くまで引きつけると剣に籠める力を徐々に強くしていく。その力にミシミシと音を立てる剣は耐久性の限界を迎え始め、小さくヒビが入っていき、それは徐々に大きくなっていく。
そしてほどなくして剣の限界が訪れる。甲高い金属音を立てながら剣が砕け、その残骸が宙に舞う。剣が砕かれたことで鎖のようなものから解き放たれた冒険者はやっと剣を手離すという選択肢を得て距離を取ろうとする。
しかし、それよりも男の動きのほうが速かった。剣が砕けたと同時に拳を握りこんだ彼は、得物を失い無防備になった冒険者の腹部に強烈な一撃を叩きこんだ。爆発を超至近距離で受けたような衝撃を受けた冒険者は胃液を吐き出し、膝をつき倒れこむ。
呻き声を上げながら倒れこんでいる冒険者。彼を助けようと動き出そうとする冒険者であった。
「テメエらなんぞ相手にする気はねえんだよ!!! こいつらの相手でもしておけ!!!」
男が声を上げたと同時に周りで固まっていた魔獣が突如として動き出し防衛班に向かって襲い掛かる。魔獣を男が操っているのだと本能的に理解するが、それを頭で考える暇もなく魔獣たちは襲い掛かってくる。
再び牙を剥いてきた魔獣の対処に移りたいアベルであるが、男から目を離すわけにはいかない。加勢に向かわずに男の動向を窺う。
魔獣に指示を出した男は、大きく息を吐くと地面に横たわる冒険者に手を伸ばすと襟元を掴み持ち上げた。そして余った片手を頭に添え、襟元にかけていた手を頭に添える。頭を挟み込むように冒険者を持ち上げている男は、挟み込む力を徐々に強めていく。
「ガッ、アアアッ、アグッァ!!! タスっ、助けっ!!!」
強くなる頭への締め付けに苦悶の声を漏らす冒険者。ミシミシと頭蓋骨が音を立てていることで殺されると思ったのか、必死で逃れようと身をよじり男に反撃するが、不安定かつ腹部に残る痛みで大して力が入っていない。彼一人で逃れることはできないだろう。
男の行いをアベルは近くに落ちている石ころを拾うと男に向かって投げつけた。しかし、男は頭を締め付けたまま身体を横に向けるだけで回避する。続けて石を投げつけたアベルであったが、それらもすべて躱された。
手近な石がすべてなくなり、少し動かなくてはいけなくなったところで男は最後の仕上げに入る。頭を挟み込む両手に渾身の力を込めた。
「い、いやだッ、死にたくなッ」
短い断末魔とともに、限界を超えた冒険者の頭が潰される。その余波で冒険者の脳漿が飛び散り、残された身体はボトリと落ちる。手に付いた脳漿をまるで手に付いたソースでも舐めるかのように口に含んだ男はゴクンと喉を鳴らすと、アベルを指さし声を上げる。
「これがお前の最後だ。よく目に焼き付けたかァ?」
男の一挙手一投足に嫌悪感を覚えるアベルは男を睨みつけると剣を握り直した。
しかし、ここでアベルの脳裏に疑問が浮かぶ。たった二週間のうちにいったいどうやってこれほどまでの力を見に付けたのだろう。普通に鍛えてもこうなるのは不可能であり、魔技やそれを使っているのであれば冒険者の誰かが気付きそうなものだ。しかし、そんな感じはなくただ不気味な雰囲気が彼を包み込んでいた。全員に血管が浮かび上がり、全身猛獣のように変化している。まさに異常な姿に変化している男。アベルの見聞では見当もつかなかった。
しかし、意外なところからヒントが飛び男の変化の理由が明らかになる。
『気をつけろ。あの男、魔獣が混じってる』
「ってことは、半分魔獣ってことか!? どうやって!? たとえ生き血を啜ってもそうはならないだろ!?」
『知るか。少なくとも目の前にいるんだからどうにかして魔獣の力を取り込んだってことだろ』
半分魔獣化しているというヴィザの指摘によりアベルの疑問は氷解する。確かに半分魔獣になったのだとすればあの人間離れした膂力や、異形と化した男の肉体にも説明がつく。
人間と魔獣のハーフアンドハーフという未知の存在に思わず喉を鳴らしたアベル。そんな彼を内心を知らない男はさらに言葉を続ける。
「……とはいえこのままテメエを殺しても面白くねえ。テメエよりも先にこうする奴が一人いる。そいつは誰だと思う。当ててみな!!!」
それだけ言い残すと男は町の中心部に向かって走り始める。男の言葉の意味を一瞬考えたアベルであったが、すぐにその意味を理解する。
「あいつッ、ラケルちゃんを狙うつもりか!!!」
以前のもうひとりの当事者であり、トラブルの中心人物であるラケル。男は彼女を狙おうとしていた。そんな聞き捨てならないことを聞いては黙っていられない。
「ここは任せるぞ!!!」
短く言い残しアベルは男を追うようにして町の中心部に向かって走り始める。しかし、さすがのアベルでも半分魔獣と化した男の速度にはかなわない。屋根の上を進む彼とどんどん差がついていく。加えて彼を追ってきた魔獣も足を引っ張る要因となった。男はアベルの目の届かないところまで離れてしまい、手が出せなくなる。
「クソッ、どけぇッ!!!」
魔獣と相対するアベル。一体の魔獣に対して剣を振り下ろそうとするが、側面から魔獣が襲い掛かりその巨躯で彼を吹き飛ばす。何とかタックルに合わせて飛ぶことでダメージを軽減させたが、倒れたのを見逃さず魔獣がアベルの足に噛みつく。更にもう一体の魔獣はアベルの胴体に牙を突き立てようとする。二体の魔獣にマウントを取られてしまうアベル。しかし、アベルは必死でラケルの下へ向かおうともがいて見せる。
胴体の魔獣を押しのけるため拳を打ち付けるアベル。その衝撃で一瞬怯んだ様子を見せた魔獣の喉にアベルは手を突っ込む。噛みつかれないように下顎にもう一方の手を掛けて全力で顎を開かせると、喉の奥にある何かに手を掛けた。その苦しみで魔獣は暴れるように身をよじるが、アベルは全力で魔獣を押さえつけながら喉の奥のものを一気に引き抜いた。引き抜くと同時に噴水のように吹き出す血。
痛みでもがく魔獣を尻目にアベルは傍らに置いていた剣を手に取ると足に牙を突き立てている魔獣に何度も剣を叩きつけた。叩きつけるごとに魔獣の身体に傷が入っていく。と同時に血が溢れだしていきアベルの身体を赤く染めていく。
足に食い込む牙が緩み、脚が自由に動かせるようになったところでアベルは身体を起こすと、苦しみでもがいている魔獣に向かって跳びかかり首元に剣を突き立てた。先に喉をやられたことで弱っていた魔獣に抵抗することなどできず、何もできないまま魔獣は息を引き取った。
「クソッ、かなり足引っ張られちまった……。急がないとラケルちゃんが……」
牙が食い込み、血が出ている傷口を適当な布で縛り上げ血を止める。立ち上がり、まだ走れることを確認すると、ラケルの無事を祈りながら再び男の向かって行ったほうへと走り出した。
アベルたち防衛班が必死で町を守ろうと戦っている中、討伐隊の方にも異変が起こっていた。炎の壁の中で魔獣を仕留め続けていたカルミリアに、魔獣の陰から姿を現した鋭い爪を持った男が襲い掛かったのだ。
それを槍で薙ぎ払い対処するカルミリア。彼女は突然の闖入者に眉を顰め、口を開く。
「……何者だ」
しかし、男たちは彼女の問いには答えない。
「コイツァついてるぜ! この女を仕留めれば俺たちの名声もぐんと高まるってもんだなァ! お前らもそう思うだろ!」
「当たり前だろ! この女を叩きのめして今以上の力をもらうんだからなァ!」
「今の俺たちに勝てねえ存在何ているわけねえからなァ!!!」
続々と魔獣の陰から姿を現す男たち。その数五人。しかも彼らも町の男と同じように魔獣の力を得ている。
「この男たち、……魔獣の力を持っているのか」
『どうやらそうらしい。そのような行動に出るとは人間も意外と愚かだな。どうするんだ? 全員焼き払うか?』
槍の主であるアボリスが男たちの対処について提案するが、彼女の考えは違ったらしい。
「いや、彼らには聞きたいことがある。もらうと言ったということは裏に黒幕がいるということだ。それがあの仮面の男だというならば奴の正体を突き止める絶好の機会だからな。……とはいえ手は抜けないかもな。少し本気でいこう」
『わかった。全力でやるがいいさ』
男たちを前にして槍をぐるりと一回転させ、構えたカルミリア。それを見計らったように男たちは一斉に彼女に跳びかかった。
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