表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/178

第2-12話 タウン・アタック・ビースト

 魔獣と討伐隊の双方がぶつかり合い一方的に魔獣を倒し続けていたその一方、アベルたち街の防衛にあたっている者たちの中に不穏な空気が漂っていた。


 しかし、彼らの前に魔獣が姿を現したわけではない。ではなぜ不穏な空気が漂っているのか。理由は防衛班に配置された人材によるものであった。

 

 お互いに睨み合う冒険者と獣鏖(じゅうおう)神聖隊(しんせいたい)の面々。舌打ちすら響き渡っている。まさに一触即発の空気を漂わせている防衛班たち。


 なぜ討伐組と違ってこのような空気を漂わせているのか。それは単純に緊張感の問題であった。討伐組は今すぐにでも魔獣と相対する可能性がある。乱戦に陥り、命を落とす可能性がある。その緊張感が「お互いに喧嘩なぞしている場合ではない」という雰囲気を作り出した。


 しかし、防衛組は討伐組より魔獣と相対する可能性が低い。故にあちらよりも緊張感が低い。それで思考に張りがなくなり余計な思考が入る余地が出来てしまっていた。そのため、彼らはお互いの敵対意識を表面に出したまま、防衛に回っていた。


 そんな彼らを見て思わずため息を吐くアベル。彼の胸中にあるのは呆れ。こんな状況であるにも拘らずまだ手を取りあうことが出来ないのかという彼らに対する落胆と侮蔑であった。もちろん彼にだって嫌いなものはある。だが、命がかかっている、まさに今のような状況でそれに対する不満を口にするような小さな人間ではないと彼自身は思っている。だからこそ、他の人間たちの意地の張り合いをみて呆れてしまったのだ。


 彼らの放つ雰囲気を嫌い、彼らから少し離れた位置に移動するアベル。距離を置き、壁の上に移動したことで彼らの放つ険悪な雰囲気は和らいだ。心を落ち着かせるために深く息を吸い込んだアベルは、気持ちを入れ直すために自分で頬を叩く。そしてキッとカルミリアたち討伐組の戦っている方向に向きなおるとそちらを見据えた。


 カルミリアたちの戦っている方向とは少しズレた場所で戦闘を待ち構えるアベル。そんな彼の瞳が妙な現象を捉えた。今までの彼の人生の中で一度として経験したことのない現象に彼は心臓を握られるような感覚を覚えるのだった。


 突如として目の前に現れた魔獣たち。数は三十体とおらずカルミリアたちが相対している大群とは比べ物にならないが、それでも何もない場所からいきなり姿を現したという事実は大きい。気が緩んでいる防衛班への奇襲としては十分すぎるほどの効力を発揮するだろう。


 アベルの目の前に現れた魔獣たちは一瞬も躊躇った様子を見せず、まるで指揮されているかのような整然とした動きを見せ町に向かって走り始める。それを見たアベルはこのことを他の者へ伝えようと一目散に駆け出す。


 たとえ魔獣であろうと門以外のところから町の中に入ることはできない。しかし、襲撃を知らない状態で襲われれば防衛にあたる者たちに余計な被害が生まれる可能性がある。被害を抑えられるのであればそのほうがいいに決まっている。その一心でアベルは走っていた。


 そんな気持ちで壁の上を疾駆するアベル。そんな彼の側面からヒト型の物体が飛来した。






























「チッ……、なんで俺が冒険者なんぞと町の防衛に回らなきゃならねえんだ……」


「ぼやくなよ。隊長の命令なんだから仕方ねえだろ」


 壁の上を走るアベルのその一方、カルミリアから町の防衛を言い渡された獣鏖(じゅうおう)神聖隊(しんせいたい)の隊員たち。二十人余りの彼らのうち、防衛として残されてしまった彼らは不満一杯で防衛にあたっていた。おかげでモチベーションも低い。今魔獣に襲われればいつもの戦闘能力は発揮できないだろう。魔獣を狩ることを目的として必死で努力してこの部隊に入ったのだ。どうせならば前線に出て戦いたいと思うのが彼らの常識である。


「おい、誰が『なんぞ』だと。エリート気取りの牛歩野郎ども」


 そんな彼らの言葉を聞いていた冒険者のうちの一人が自分たちをなんぞ呼ばわりした男に詰め寄っていく。下に見られたくない。彼らの内心としてはそんな感じであろう。更に冒険者の中には身内を魔獣に殺されたものがおり、その直後に獣鏖(じゅうおう)神聖隊(しんせいたい)が来たという事例を経験したものは決して少なくない。そのせいで冒険者の中には『獣鏖(じゅうおう)神聖隊(しんせいたい)は重要なときに来ないのろまな軍団』と思っている者も少なくないのだ。


 もっとも他の場所でたくさんの人間の命を救っているため、のろま、などという事実はないのだがそんなことを言ったところで通じる問題ではない。


「あ? なんだ、無法者のサルどもが。やんのか?」


 ともかく自分たちのことを悪く言われた冒険者と詰め寄られた隊員の間で今日一番の険悪さを雰囲気が漂い始める。何か火種が投入されれば開戦の合図、魔獣よりも先に彼らに襲い掛かりかねない。そこまでの雰囲気になっていた。


 何か非常事態が起こればこの空気も変化するかもしれないがそう容易く起こるものではない。そう思われていた。が、望んでいた事態は思ったよりも早くやってくることになった。想定以上に最悪な状態で。


 突如として周囲に響き渡るベキベキと木が折れる音。音のほうを向けば兵の近くに立っていた木製の小屋が踏みつけられたかのように潰れており、残骸の中で誰かが倒れている。倒れている人物は呻き声を上げながら残骸の中で痙攣している。


 何か異常事態が起こっていると即判断した彼らは残骸に駆け寄っていく。そこには塀の上を走っていたはずのアベルが横たわっており苦痛で顔を歪ませていた。一瞬不注意で落下したのではないかという考えが浮かぶ男たちであったが、そんなはずはない。もし壁の上から落下したとして普通に落ちればこの小屋に届くはずがない。状況を考えると、アベルは落ちてきたというより吹き飛ばされてきたというほうが正しい。


 では一体だれが、何のために。そのことを追求しようとした男たちであったが、それを妨げるように次の出来事が起こる。


 完璧に閉じられていたはずの侵入者を拒む巨大な門。それが動き始めたのだ。防ぐはずの門は徐々に開いていき、壁の向こう側の景色を見せていく。


「おい! なんで門が開くんだ!!! 門の見張りは何をやっている!!!」


 しかし、門の見張りをしていた冒険者からの返答は返ってこない。当然である。既に彼は殺されている。門を開け放とうとした人物の手によって。更にご丁寧に下手人は門を開閉するための装置を破壊した。これでは門を閉めることが出来ない。 


 徐々に開かれていく門。もはや止めることもできず完璧に開け放たれてしまった。その向こうに姿を見せるのは多数の魔獣。その数およそ、四十体。先ほどアベルが見た数よりも増えているが、そのことを知るものは本人以外おらず、当の本人は小屋の残骸に埋もれて気絶している。


 何の前触れもなく開いた門の先に佇む魔獣たち。彼らはその先に人間を見つけると一目散に走り始める。狙いは町の人間すべてを滅ぼすこと。走り出した魔獣たちが自らの意思で止まることはない。


「止めろぉ!!! ここから先に絶対に進ませるなァッ!!!」

 

 押し寄せてくる魔獣と戦闘に発展する防衛班の面々。しかし、状況としては悪い。想定していないタイミングでの襲撃で気持ちの準備が出来ていない。これがかなり大きく作用しており、魔獣との戦いで既に劣勢に追い込まれている。数の上では三十人近くがいるため、数として大きく劣っているとは言い難いがいかんせん先手を取られている。


 既に二十近い魔獣が町に侵入した。必死で食い止めるために魔獣と相対する防衛班。その騒ぎを聞きつけて

避難していたはずの町の住民が音によってやってきた。そして魔獣を視認する。そのことで町の住民が騒ぎ始め、徐々に喧噪は広がっていった。パニックにならずに行動できているのは長年にわたっての経験があるからだろうが、戦闘を行っている者たちからしてみれば焼け石に水のようなものである。






























 魔獣との交戦が始まって五分ごろ。戦闘が拮抗し始める。先ほどさんざんいがみ合っていた二陣営であったが、これほど追い詰められ切羽詰まった状況であんなことやっている暇などない。即席の連携でお互いをフォローし合いながらなんとか魔獣の攻撃を凌ぎ、数を減らそうと試みていた。


 しかし、さすがに即席の連携。行き届かないところも出てくる。他の者たちと孤立する形で魔獣と対峙する一人の冒険者。練度も中の中程度の彼女が魔獣と相対したところでできることはわずかである。


「グゥッ、ウウウウゥゥゥ……」


 追いつめられた彼女は地面を背にして魔獣との力比べに奮起していた。しかし、力自慢でもない彼女では魔獣との押し合いなどできない。すぐに押し込まれていき、牙が眼前に迫ってくる。いつもは自慢の武器であるはずの剣がこの時ばかりは力不足に感じられる。もう一つの武器である弓を撃つことが出来ればまだ可能性はあるが、そんなことを魔獣が許してくれるはずがない。


(神様ッ……)


 間近に迫った死という人生の最後に、神にすがる冒険者。とうとう彼女の剣はヒビが入り、真っ二つに砕けた。直後、迫りくる魔獣の牙。彼女の命の灯が掻き消えそうとしたその時。


「……えっ」


 顔の皮膚を噛みちぎろうと迫っていた魔獣の口に噛ませるような形で剣が滑り込んでくると、それが一気に斜めに魔獣の頭を切り裂いた。青天の霹靂、まさに一瞬の出来事に冒険者は呆気に取られて剣の行く末を見つめる。


 その剣は彼女の横に荒い息をしながら立つ男、アベルの横に戻っていった。力なく倒れこんだ魔獣の身体を蹴飛ばしどかしたアベルは彼女に手を差し伸べた。


「大丈夫か」


「あ、うん」


 無意識のうちに頬を赤くした女性はアベルの手を掴むと身体を引き上げられる感覚を覚える。彼女が自分の足で立っていることを確認したアベルは剣を握り直した。


「よかった。それじゃ俺は次行くから」


 簡潔に用件を伝えたアベルは次の魔獣に向かって走り始める。一番近くの魔獣に突撃していったアベルは力任せに魔獣の頭に向かって剣を振りぬく。当然何の工夫もない一撃のため躱されて反撃に跳びかかられるが、そこは彼の身体能力の使いどころ。驚異的な膂力で魔獣の飛び突きを押しとどめ、投げ飛ばし体勢を崩すと無防備に晒されている喉に剣を突き立てた。


「すごい……」


 瞬く間に一体の魔獣を倒してしまったアベルに女性は思わず動くのを忘れ感嘆の声を上げる。見たことのない顔であるため、自らの知らない冒険者、――――例えば新人―――― であると考えた女性はこれが終わったら命を救ってくれた礼も込めて食事にでも誘おうと心に決める。そして遠ざかっていくアベルの背中を守ろうと動き始める。


 手近な民家の屋根に上った彼女は背中に携えた弓を手に持つと、矢を引き絞り今アベルが相対している魔獣に対して引き絞り撃ち放った。打ち出された矢は魔獣の胴体にあたり一瞬の隙を作り出す。その隙を見逃さずアベルは魔獣に渾身の力で剣を振り下ろした。


「援護するわ!」


 どこからか飛んできた矢に軽く動揺したアベルであったが、矢の飛んできた方向から響いた声と、そちらで弓を持つ先ほど助けた女性で彼女が援護してくれたということを察し、手を上げ礼を伝える。


 続いて動き出し魔獣に向かって行くアベルと、彼を援護しようと弓を構える女性冒険者。二人はまたも即席とは思えない連携で魔獣を討伐しようとしていた。動きを止めるため、魔獣の足に向かって矢を打ち出した女性は場所を変えようと立ち上がり、ふうと息をついた。


「おい、余計なことしてんじゃねえ」


 直後、彼女の背後から響く声。殺意に満ち満ちた重低音を聞き、全身から血の気が引き背中に冷や汗が走る感覚を覚え、彼女は距離を取るため動き出そうとする。


 まずは背後の存在を確認しようと身体を捻ったその瞬間、それを妨げるようにして彼女の身体に衝撃が奔る。その威力で吹き飛ぶかと思われた彼女の身体であったが、その場から動くことはなかった。なぜなら彼女の胸から生えた人間の腕らしきものが彼女の身体をその場に縫い留めていたからであった。身体を伝って建物の屋根に滴り落ちる彼女の血。口に溢れた血、力が入らなくなり弓を取り落とす腕、もはや身体は震えることしかできず背後の人物がいったい誰かも確認できない。


 ――――ああ、お礼の一つも言えなかったなぁ――――


 助けてくれた男の顔を思い出し、お礼を言えなかったことを少し後悔しながら彼女は意識を失った。


 この話は面白いと思った方は



 ☆☆☆☆☆からの評価やブクマへの登録、願うならば感想をよろしくお願いいたします!



 ぜひ次回の更新も見に来てください!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ